121 シュリの夢
121
しばらくして食器を洗い終えたシュリが、優里の元へ戻って来た。
「ユーリ、案内したい場所がある。ニーノも一緒に来てくれないか?」
「俺も?」
「ぼくもいっしょに行く!」
シュリは、くっついて離れないアンシュと優里とニーノを連れ、家の裏手に出た。そこには綺麗な花が咲き乱れる花畑があり、周囲よりも少し小高くなっていたその花畑の一角には、小さな苗木が植えられていた。
「すごい! 綺麗ですね!」
優里が花畑に感動していると、シュリは苗木を見つめ口を開いた。
「ここに、兄さんのたてがみを埋めた」
「……っ」
言葉を失った優里とニーノに、シュリは落ち着いた口調で言った。
「花畑は、リアが管理してくれている。苗木は墓標の代わり……兄さんが好きだった、ミモザの木だ」
「そう……なんですね」
優里は小さな苗木を見つめ、唇を引き結んだ。
(たてがみを埋め、お墓をつくった後も、シュリさんはルドラさんが生きている事を願ってた……)
優里は胸に手を当てる様に拳を握り込み、心の中でルドラに問いかけた。
(ルドラさん、私は貴方の代わりに、シュリさんを支える事が出来るんでしょうか……)
優里の少し前でで佇んでいるシュリの背中が、とても寂しそうに見えて、優里は思わずその背中に手を添えた。
『シュリのそばを離れないで』
その時、ルドラに言われた言葉を思い出し、優里は顔を上げシュリに告げた。
「私は……ずっとシュリさんのそばにいます」
シュリはその言葉に目元を和らげると、優里の頭を優しく撫でた。
ニーノは苗木を見つめ、何かを決意したかのようにギュッと拳を握ると、ずっとシュリにくっついているアンシュに歩み寄り、目線を合わせる為にしゃがみ込んだ。
「アンシュ、俺はアリシャを……あんたの母さまを守りたい。俺がアリシャのそばにいるのを許してくれるか?」
ニーノがそう語りかけると、アンシュは一度シュリを見上げた。シュリがコクリと頷くと、アンシュはしゃがんでいるニーノに抱きついた。
「母さまが、ニーノのこと家族だって言った。だからニーノはぼくの家族だ」
「ありがとうアンシュ……これからよろしくな」
(よかったね、ニーノ)
その光景を見つめていた優里に、アンシュがチラリと目を向けた。その視線に気付いた優里は、アンシュに対してニコッと微笑んだ。しかしアンシュはその笑顔から目を逸らし、シュリの方へと逃げた。
(う……、なんか私……やっぱり嫌われてる……?)
それからも、優里はベッタリとシュリに張り付くアンシュとコミュニケーションを取ろうと努力していたが、にべもなく避けられ続けていた。
夜になってもアンシュとの距離は縮まる事がなく、優里は、どうすればアンシュと仲良くなれるのかずっと考えていた。
(うーん……いい案が何も思い浮かばない。少し違う事を考えよう)
優里は、気分転換の為に転生者特典の地図を広げた。
「あれ……」
久しぶりに広げた地図には、星マークが3つあった。優里が顔を上げその位置を確認すると、そこにはアンシュと遊んでいるシュリとニーノがいて、ニーノの星の色が変わっていた。
(シュリさんの星はともかく……ニーノとアンシュにまで星マークが付いてる! それに、ニーノの星は既に色が変わってる!)
優里は地図を見ながら考え込んだ。
(思い当たるのは……ニーノに見せた過去の夢……。あの時、ルドラさんの死を自分のせいだと思い込んでたニーノを、救う事が出来てたのかな……)
優里は顔を上げ、シュリとアンシュを見つめた。
(シュリさんの星はまだ黒いままだ……。シュリさんを救うには、まだ何かが足りないんだ。そしてアンシュ……。アンシュにも星マークが付いてるなんて……)
「ユーリさん、ふたりで少しお話しない?」
ふたりを見つめ考え込んでいた優里に、アリシャが声をかけた。
「あっ、はっ、はい」
優里は慌てて地図をポーチにしまった。アリシャは、治療のために目に包帯を巻いていた。アリシャの部屋へ招かれ、横並びにベッドに座ると、申し訳なさそうに切り出された。
「ごめんなさいね、アンシュがシュリにベッタリで……」
「い、いえ! シュリさんが久しぶりに帰って来て……きっとアンシュも今まで寂しかったんだと思います」
優里はそう言って、膝の上で自分の指をもじもじと動かした。
「私……アンシュに嫌われちゃったみたいで……。シュリさんの恋人として認められてないというか……」
優里の台詞を聞いて、アリシャはフッと息をついた。
「アンシュは……ルドラが死んでから私のお腹にいる事が判明した子なの。だから、あの子は父親の顔を知らない。生まれてからしばらくは、シュリの事を父親だと思ってた。でも私は、少し大きくなったあの子に言い聞かせたの。貴方の本当の父親は、優しくて聡明で、私たちを守る為に命を落とした勇敢な人だったって。あの子もそれを理解して、『ぼくもルドラ父さまみたいな立派な大人になる』って言ってくれたのよ」
黙って話を聞いている優里に、アリシャは続けた。
「シュリの事を“父さま”と呼ぶのは、父親を亡くした寂しさからかもしれない。シュリは本当の父親じゃないけど、ずっとそばにいて自分を守ってくれる存在だって思ってるのかもしれない。だから……嫌いとかじゃなくて、そんな“父さま”を、貴方に取られるって心配してるのよ」
「わた、しは……」
アリシャの話を聞いて、優里はズキリと胸が痛んだ。
(シュリさんと一緒にいたい。けれどそれは、アンシュからシュリさんを取り上げるって事になるの?)
黙り込んでいる優里に、アリシャはハッとした様に声をかけた。
「誤解しないでユーリさん。私は……貴方に、シュリをここから連れ出して欲しくて話をしてるの」
「え……?」
(連れ……出す?)
アリシャが手探りで優里の手を握り、優里は思わず顔を上げた。
「シュリは、私とアンシュを守る為に生きてる訳じゃない。シュリにはシュリの人生がある。もっと色んな場所に行って、色んなものを見て、色んな事を感じて欲しい……ルドラとの約束に囚われてるあの子を、貴方に解き放って欲しいの」
アリシャの言葉を聞いて、優里はルドラの事を思い出した。
(アリシャさん……ルドラさんと似たような事を言ってる。シュリさんが“約束”に囚われてるって……)
優里はキュッと唇を結ぶと、アリシャに向き合った。
「アリシャさん、シュリさんは囚われてる訳じゃありません。貴方たち親子の事を本当に大事に思ってるんです」
シュリと一緒にいて、それは痛い程感じた事だった。だから優里は、シュリのその気持ちを汲んであげたかった。その上で、自分もシュリと一緒にいたい。そんなシュリを支えたいと思っていた。
「だから、その……アリシャさんたちが嫌じゃなければ、私も一緒にここで……暮らしても……」
優里は、何とも図々しいお願いをしているのかもしれないと思い、途中から尻すぼみになり俯いた。
「ユーリさん、シュリの夢って知ってる?」
「え? 夢……ですか?」
突然話が変わり、優里は顔を上げた。
「あの子、小さい時に、一度集落を抜け出して迷子になったの。幸いすぐ見つけられたんだけど、抜け出した理由を聞いたら、“外の世界を見たかった”って言ったの」
「外の世界?」
「シュリは、本当は凄く好奇心が強くて、いろんな国の本や色んな動物の図鑑、色んな言葉を知りたがって、森の外に興味を抱いてた。だけどおじさま……シュリのお父様は、そんなシュリを心配してた。自分たちが常に人間に狙われている事、自分や仲間を守る為には、自由を犠牲にしなければならない時がある事……シュリはちゃんとわかってた。それでもシュリは、“いつか森の外に出て、いろんな国を旅したい”って言ってたのよ」
「……知らなかった……です」
(シュリさんの夢……。でも確かにシュリさんて、私とかリヒト君が使う言葉に興味を持って、すぐ使いたがる所があるよね……)
考え込んでいる優里の手を、アリシャがキュッと握った。
「シュリは、私の為に“伝説の薬師”を探す旅に出たけれど、きっととても楽しかったと思うわ。その途中で貴方に出会って、恋をして……あの子がそうやって充実した日々を送ってくれる事が、私が望んでるあの子の幸せなの。ふふっ、まるで母親みたいでしょう?」
アリシャの見えない瞳には、シュリの未来がしっかりと見えているのだと優里は思った。
「ずっとあの子を見てきた。ルドラと一緒に。私は、あの子の望む未来を守りたい」
(アリシャさんはアリシャさんで、シュリさんの事を……シュリさんの未来を“守りたい”と思ってるんだ……)
シュリがルドラとした約束、ルドラとアリシャの思い、それぞれが守ろうとしているものを知り、優里の心は揺れていた。
そんな優里たちの話に、そっと聞き耳を立てている小さな影があった事に、優里もアリシャも気付いていなかった。
月・水・金曜日に更新予定です。




