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120 アンシュ

120


優里は、呆然と立ち尽くしていた。


(えーと、あれ? 私って……シュリさんの恋人だよね? あ、もしかしてシュリさんて実は子持ちだったの? バツイチって事だったの?)


ぐるぐると考えを巡らせている優里の耳に、今度は女性の透き通った声が聞こえた。


「シュリ!」


優里が声のした方に目を向けると、そこには、ニーノの過去の夢で視たリアに付き添われた、アリシャの姿があった。アリシャの瞳は白く濁り、目の周りの傷も痛々しかった。視力が失われている様だったが、しっかりとシュリの姿を捉えている様に、こちらを見ていた。


「母さま!」


その子供はそう言って、今度はアリシャの元へと駆け寄った。


(母さま!? え!? 待って待って……アリシャさんが母さまで……シュリさんが父さまって事は、つまり……つまりシュリさんとアリシャさんは()()()()()で……私は……私はシュリさんの恋人じゃなくて……もしかして……愛人だったの!?)


アリシャは目がよく見えていないにもかかわらず、シュリの方へ歩み出そうとし、シュリが慌ててアリシャの元へ駆け寄って、その華奢な体を支えた。美しい森をバックに、金色の髪を風になびかせた美男美女の姿は、まるで絵画を切り取ったかのように、ため息が漏れる程美しかった。


「シュリ……アリシャ……これはどういう……い、いや、()()()()()なんだな」


ニーノはこの状況を問い詰めようとしたが、アリシャの幸せを誰よりも願っていたニーノにとって、これは納得せざるを得ない事だった。


「ニーノ!? ニーノもそこにいるの!?」


ニーノの声が聞こえ、アリシャは名前を呼びながら手を伸ばした。


「アリシャ……ただいま……」


ニーノはアリシャのそばに寄ると、伸ばされた手をそっと握った。


「ニーノ……! よかった……無事だったのね……!」


微笑みながらそう言ったアリシャの隣で、リアが涙目でニーノを見つめていた。


「生きてたなら……連絡ぐらいしなさいよね、馬鹿……!」


「ごめんな、リア。アリシャも……心配かけて悪かった」


「母さま……この人だれ?」


小さな子供の問いに、アリシャは優しく答えた。


「彼はニーノ。私たちの家族よ」


家族と言われ、ニーノは嬉しい反面、目を吊り上げシュリに耳打ちをした。


「おい、シュリ、正直あんたに言いたい事が色々あるが、とにかくこの状況はまずい。アリシャに、ユーリの事なんて説明するつもりなんだ? 上手く隠さないと修羅場だぞ」


「何がだ? 別に隠す事もないだろう。ユーリ、こっちへ」


「えっ」


シュリは優里を呼び、さすがの優里もためらった。


「ユーリさん……? ニーノの他にも誰かいるのね? 近くに来て手を取ってくれると嬉しいわ」


「え、えっと……は、はい……」


アリシャの優しい声色に、優里はおずおずと差し出されたアリシャの手を握った。


「アリシャ、彼女はわたしの恋人だ」


(いやいやいや、この状況で何言っちゃってんのシュリさん!!!!)


「シュ、シュリ!! 恋人じゃなくて友人な!? そうだよなユーリ!!」


慌てたニーノに対し、シュリが眉間にしわを寄せた。


「いや、恋人だ。毎日抱いている」


(ここでそう来たかーーーー!!)


優里は、アリシャに握られた手にじっとりと汗をかいていくのを感じた。


(どっ、どうしよう……! 子供の前でまさかの愛人発覚……!!)


ダラダラと嫌な汗を背中にかいている優里に、アリシャは明るい声を上げた。


「まあ! そうなの!? 歓迎するわ、ユーリさん!」


「……へ?」


キョトンとする優里とニーノを尻目に、アリシャはウキウキした口調で喋り出した。


「まさかシュリが恋人を連れて戻って来るなんて……! すごく嬉しいわ! ふたりの馴れ初めを、ぜひ聞かせて欲しいわ!」


「父さまの……こいびと……」


笑顔で話すアリシャとは裏腹に、小さな子供は呆然とした表情で優里を見つめた。


「いや、えっと……」


困惑する優里の心情に気付いたのか、アリシャは小さな子供をそっと抱き上げると、優しく微笑んだ。


「この子は私とルドラの子、アンシュよ。アンシュ、ちゃんとご挨拶して」


「え……」


(ルドラさんとの……子供!?)


その時優里は、不思議な空間でルドラが言った言葉を思い出した。


『アリシャは、もっと確かな絆を手にしていて、その絆が彼女を強くさせてる』


(確かな絆……ルドラさんとの間に出来た、子供の事だったんだ!)


言葉が出ない優里の代わりに、ニーノが声を上げた。


「は!? ルドラとの子供!? いや、だって、シュリの事を父さまって……」


「なぜかそう呼ぶんだ。だが、アンシュはわたしが本当の父親ではないという事を、ちゃんと理解している」


「先に説明してくれよ! あんたとアリシャの子供だと思っただろ!」


声を荒げるニーノに、シュリは息をついた。


「そんな訳ないだろう。それにアンシュの顔を見れば一目瞭然だ。兄さんそっくりじゃないか」


「いや、言われてみればそうだけど!」


確かに、アンシュと呼ばれたその子供は、ルドラと瓜二つだった。


「そ……そうなんだ……よかった……」


優里は、ヘナヘナと体から力が抜けていくのを感じた。シュリはそんな優里を支えると、アンシュに向き合った。


「アンシュ、わたしの恋人のユーリだ」


「……ユーリ……」


アンシュは、じろりと優里を見た。優里はホッと胸をなでおろすと、アンシュに笑顔を向けた。


「えっと、よろしくね、アンシュ!」


「……」


アンシュは、笑顔の優里を一瞥すると、プイっと顔を背けた。


(あ、あれ?)


「アンシュ、どうした?」


シュリが声をかけても、アンシュはそっぽを向いたまま黙っていた。その様子に、シュリがため息をつき、アンシュに何か言おうとしたので、優里がそれを制した。


「い、いいよシュリさん、きっと、色々ビックリして疲れちゃったのかも」


(まだ小さいし、人見知りしてるのかもしれないしね)


優里の言葉に、シュリは開きかけた口を閉じ、アリシャを見た。


「アリシャ……“伝説の薬師”を見つけられたのは、ユーリのおかげだと言っていい。まずはハヤセに症状を診て貰おう。そして……お前にちゃんと話さないといけない事がある」


“ちゃんと話さないといけない事”それはきっと、ルドラの角の事……ルドラの死についてだろうと優里は思った。


「本当に……“伝説の薬師”を連れて来てくれたのね……。ありがとう、シュリ。ありがとう、ユーリさん」


優里は首を振りながら「いいえ」と小さく呟いて、ハヤセを見た。ハヤセはアリシャのそばへ寄ると、穏やかな口調で話しかけた。


「初めまして。僕が薬師のハヤセです。アリシャと呼んでいいかな?」


「勿論です、ハヤセ先生。よろしくお願いします」


アリシャはリアと共に、優里たちを家の中へと案内した。ハヤセは通された部屋で早速アリシャの病状を診察し、優里たちは同じ部屋で静かに待っていた。


しばらくして、ハヤセが口を開いた。


「うん、大丈夫アリシャ。少し時間はかかるけど、また見えるようになるよ。僕に任せて」


「本当か!?」


アリシャではなく、そばで見守っていたニーノが声を上げた。


「うん、これは、すぐに的確な処置が施されてる。だからケガをしてから何年も経ってるけど、状態が凄くいいんだ。自分で治療したの?」


「シュリがやってくれたの。リアが良く効くっていう薬草をいつも探してきてくれて……。今でも毎日塗ってるわ。ルーファスも、目にいいって言うお茶をいつも淹れてくれて……私は皆に助けられたわ」


アリシャの言葉を聞いて、ニーノは申し訳なさそうに俯いた。


「ごめん、アリシャ……。俺……あんたが一番大変な時に、何も出来なかった……。そばにいて助けるどころか、ずっと音信不通で……」


ギュッと拳を握ったニーノを見て、アリシャに付き添っていたリアは一度唇を噛み締め、そしてニーノに向き合った。


「ホントそーよ! ニーノがいなくて大変だったんだからね! この家だって、不器用なルーファスが役に立たないから、ほとんどシュリがひとりで建てたんだから!」


「リア~、ニーノを叱るのに、ボクを傷付けないでよ」


リアとルーファスのやり取りに、アリシャはフフッと笑い、手探りでそばにいたニーノに触れた。


「何か、理由があったんでしょ? ニーノ、今までの事は許してあげる。その代わり、もう黙っていなくならないで」


ニーノはアリシャの言葉に息をのんで、自分に触れていた彼女の白い手をギュッと握った。


「アリシャ……俺は……あんたに、必ずルドラを連れて帰ると約束した。取り戻したかったんだ、俺は、ルドラを……だけど……」


ニーノはそう言って俯いた。


(“必ずルドラを連れて戻る”その約束を守る為に、きっとニーノは、ルドラさんの角をアルフレッドから奪い返そうとしてたんだね……)


事情を知っていた優里は、胸の前でギュッと拳を握った。


「アリシャ、渡したいものがある」


シュリはニーノの言葉を受けて、荷物から例のきらびやかな箱を取り出した。


「じゃあ、僕たちは別室にいるよ」


ハヤセが気を使い、席を外そうと立ち上がった。優里とニーノ、他の者たちも、シュリとアリシャ、アンシュだけを残し、部屋を後にした。


「ニーノ……アリシャさんのそばにいなくていいの?」


「あんたこそ、シュリのそばにいなくていーのかよ」


優里とニーノは、お互いにそう言って黙り込んだ。あくまでも自分たちは部外者の様な気がして、その場にいる事がためらわれた。


やがてアリシャのすすり泣く声が聞こえ、その場にいた誰もが言葉を失った。


しばらくして、シュリに支えられながら戻って来たアリシャは、今まで泣いていた事を隠す様に明るく振る舞った。


「皆森を歩いて疲れたでしょう? 大したおもてなしはできないけど、ゆっくりしてね。ルーファス、皆にお茶を淹れてあげて。シュリはお菓子の用意ね」


「アリシャ、ボクとシュリの事はゆっくりさせてくれないのかい?」


「貴方たちはお客さんじゃないでしょう?」


ため息をついてキッチンに向かうルーファスと共に、シュリもキッチンに向かった。


「私も手伝います」


そう言ってシュリの元へ行こうとした優里を押しのけ、アンシュがシュリと優里の間に立った。


「ぼく、おてつだいできるよ! 毎日リアをてつだってる!」


「すごいなぁアンシュ! じゃあ人数分のカップを準備してくれるかい?」


ルーファスの言葉にアンシュは頷き、じろりと優里を見上げた。その目はまるで、あっちに行けと優里の事を拒絶しているかの様に、強い光を宿していた。


(う……どうしよう……)


「ユーリさん、お茶とお菓子はシュリたちに任せて、私たちはお喋りしましょう」


思わずたじろいだ優里を、アリシャがソファーへと呼んだ。ソファーでは既にリアとクロエがくつろいでいて、ちょっとした女子会の様な雰囲気になっていた。


「ユーリ、アリシャも久しぶりにリア以外の女性と話が出来て嬉しいんだろう。こっちはいいから、お前もアリシャの話し相手になってくれ」


「あ……はい……」


シュリにそう言われ、優里はアンシュの事を横目で見ながらソファーへと向かった。

それからも、優里がシュリに近付こうとする度に、アンシュが間に割って入り、ことごとくブロックされた。


(こ、これは……牽制されてる!?)


さすがの優里もアンシュの意図に気付き、どうすればいいのか考えていた。


(シュリさんに近付こうとすると、なぜかアンシュに邪魔される……。なんで? 私、やっぱりアンシュに嫌われてるのかな……)


悶々と考え込んでいた優里を、アンシュはシュリの足に隠れながら睨みつけ、そしてボソッと呟いた。


「お前に父さまは渡さない……」


アンシュの呟きはとても小さく、その声は誰にも届かなかった。




月・水・金曜日に更新予定です。

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