117 友好の証
117
優里たちが温泉を満喫した数日後、西の国の新事業はすぐに話題になり、各国から続々と問い合わせや観光客が押し寄せていた。
失業者が現れるどころか、人手が足りない場所も出てきて、他の国からも仕事を求めて労働者が集まり、西の国は活気に満ちていた。
事業は早くも軌道に乗り、運営は全て西の国に任せる事し、バルダーたちは北の国へと戻る事にした。優里たちも、ついにシュリの故郷、南の国へ行く準備を進めようとしていた。
そんなおり西の国の王から、新事業の成功に貢献した北の国に対し、感謝の気持ちの品を送りたいと申し出があり、優里たちは北の国へ戻る前夜、王と謁見する事になった。
「感謝の品か……」
ゾロゾロと謁見の間に行く廊下の途中で、ニーノは頭の後ろで手を組み、歩きながらそう呟いた。
「人買いの捕縛にも貢献した、ユーリとニーノへの褒美も兼ねているそうだ」
バルダーがそう言うと、ニーノは興味無さそうに鼻を鳴らした。
「分けられるモンならいいけどな」
「そういえばニーノ、結局アルフレッドに近付いた理由って何だったの?」
人買いの話が出て、優里はニーノの目的が何だったのかまだ聞いていなかった事を思い出した。
「それは……」
ニーノは、ばつが悪そうに目を伏せた。
「あ、えっと、言いたくないのなら無理に言わなくてもいいよ?」
「……いや、あんたには酷い事したし、聞く権利はあるよな」
ニーノは観念した様にひとつ息をつくと、目を伏せたまま話し始めた。
「……森が襲われたあの日から……俺は、襲った奴らの足取りを追ってた。奴らは盗賊で、盗んだものはすぐに闇市に売りさばいていた。それは巡り巡ってアルフレッドが率いる人買いの手に渡った。俺の目的……手に入れたかったものを、アルフレッドが管理していた。俺はそれを、あんたを港に連れて行く報酬としてアルフレッドに要求した」
「それで私を港に……。ニーノが欲しかった報酬って……?」
「皆静かに、謁見の間に着いたよ」
ハヤセに注意され、またしても会話が中断されてしまった。
「後でゆっくり話してやるよ」
ひそひそ声でそう言ったニーノに頷き、優里は背筋を伸ばした。
従者が扉を開け、先頭にいたバルダーが謁見の間に足を踏み入れた。
(わ~、北の国とはまた雰囲気が違う)
赤い絨毯の先には、王がいる玉座があった。優里たちは気を引き締め、王の前へと歩を進めた。
「そなたらの協力により、我が国は長きに渡る労働問題に終止符を打つ事ができた。人買いの一味捕縛の件についても、そなたらの勇気ある行動が、我が国を平和に導いた事実に深く感謝する。西の国を代表して、そなたらに敬意を示す」
王は優里たちにそう言うと、従者に合図をした。従者は、きらびやかな装飾が施された、両掌に乗るくらいの箱を手にし、優里たちの前へと歩いてきた。
「これを、どうか友好の証として受け取って欲しい」
王の言葉に従者が箱を開けると、そこには、何やら白い円柱状の石の様な物体が置かれていた。
それを目にしたシュリは、息をのみ口元に手を当て後ずさりをした。
「……シュリさん?」
優里がシュリを見上げると、その顔色は真っ青で口元に当てた手は震えていた。
「シュリ……!」
ぐらりと体が傾いたシュリをルーファスが支えたが、王はシュリのその様子を見て、単に驚いただけなのだと解釈した。
「ほう……。そなたには、それが何かわかるようだな? 大した目利きだ。原型を留めていないそれは、一見ただの石の様にみえるが、とても珍しく価値のある物だ」
優里の隣にいたニーノがその石の様な物を見つめ、同じ様に息をのんでいた。
「ユーリ……これが、俺がアルフレッドに要求していた報酬だ……」
「えっ?」
優里がニーノを見上げた時、王が意気揚々と言った。
「それはユニコーンの角だ。例の人買いの一味が所有していた物だが……。これならば、北の国との友好の証としても、一味捕縛の褒美としても皆で分けられるだろう」
「え……」
(ユニコーンの……角!?)
「ルドラの……角だ」
ぼそりと、優里にだけ聞こえる様にニーノがそう言った。優里は言葉を失い、再びシュリを見上げた。シュリは自分を落ち着ける様に、静かに呼吸を整えている様だった。
バルダーはユニコーンの角と聞いて、受け取るのをためらっていた。しかし、シュリは後ろからバルダー越しに角を見つめ、静かに口を開いた。
「バルダー……、受け取ってくれ……頼む」
「……わかった」
バルダーはそう言うと、従者からきらびやかな箱を受け取った。
謁見の間から出て、バルダーはシュリを気遣いながら話しかけた。
「シュリ……これは、お前の肉親の角か?」
シュリはルーファスに支えられたまま、伏し目がちに答えた。
「……わたしの兄のものだ」
「シュリ、とりあえず自室に戻ろう。酷い顔色だよ」
ルーファスはそう言って、シュリを部屋へと連れて行った。そんなふたりを追いかけようとした優里を、バルダーが呼び止めた。
「ユーリ、これをシュリに」
きらびやかな箱が優里の手に乗せられ、優里はバルダーの顔を見上げ戸惑いの表情を見せた。
「でも……」
「これは、シュリが持っておくべきだ」
バルダーにそう言われ、優里はニーノを見た。ニーノは唇を引き結んだまま、コクリと頷いた。
「わかりました……」
優里は、箱を持った手にギュッと力を入れると、シュリとルーファスの後を追った。しかしその足取りは重く、今、シュリに渡していいものかどうか迷っていた。
「ユーリ様……」
シュリとは距離をとっていたクロエが、優里を心配し付き添った。部屋の扉の前まで辿り着いた時、ルーファスが部屋から出てきた。
「ユーリ……」
「ルーファスさん、シュリさんは……」
心配そうな顔をした優里を見て、ルーファスは軽く首を振った。
「ひとりにしてくれと言われたよ」
「そんな……」
「……シュリは、自分の弱みを見せない為に、ひとりになりたがる時があるんだ。これは、ユニコーン族の習性の様なものかもしれない。今は……そっとしておこう」
ルーファスはそう言って部屋を後にした。優里が部屋を覗くと、シュリはベッドに座り額に手を当てていた。シュリが受けたダメージは思いのほか大きいのだと、優里は胸を痛めた。そばにいたいと思う反面、シュリはそれを望んでいないのかもしれないと思うと、足が前に進まなかった。
「ユーリ様」
クロエは優里の手を握ると、魔力をコントロールした。
「今、隠密のスキルを発動しました。これで、シュリのそばにいてもシュリには気付かれませんわ」
「クロエ……」
「ユーリ様は、シュリのそばにいたいのでしょう? ユーリ様が触れているその箱も、隠密のスキル発動時には認識できませんので、そのままシュリのそばに。わたくしは自室に戻ります」
クロエに背中を押され、優里はゆっくりとシュリがいる部屋へと入った。クロエは静かに部屋の扉を閉めると、そのまま扉に額を預けた。
「こんな時ですが……わたくしはシュリが……こんなにもユーリ様に思われているシュリが、羨ましいですわ……」
そう呟くと、クロエは切ない表情を浮かべたまま、その場を後にした。
優里は、ベッドに腰掛け額を押さえているシュリに、ゆっくりと近付いた。そして隣に座ったが、隠密のスキルを発動していた為、シュリは優里の存在に全く気付いていなかった。
(シュリさん……)
そばにいるだけで、自分には何も出来ないのだろうかと、優里は俯いた。手の中にある箱の豪華な装飾が、その中味が背負う重たい感情とはちぐはぐで、怒りや悲しみが一気に押し寄せた。
隣で、浅く早く呼吸しているシュリの手は震えていた。優里は居ても立っても居られず、思わず膝の上で震えているシュリの手をそっと握った。
シュリは、冷たくなった自分の手に、何か違和感を感じた。
「……ユーリか?」
「!!」
気付かれたと思い、優里は咄嗟に握っていたシュリの手を離した。シュリは、居るはずもないその気配に顔を上げ、しばらく一点をみつめていたが、フッと自嘲気味に笑うと、優里が触れていた手を自身の唇へと近付けた。その瞳は弱々しく揺れていて、シュリの本当の心が滲んでいる様に見えた。
「……何を言ってるんだ、わたしは」
(ああ……そうだ、シュリさんは……)
優里は、自身の膝に乗せていた箱を横に下ろすと、ふわりとシュリを抱きしめた。
(シュリさんはいつだって、“弱さ”を隠そうとする。でも、本当は……)
その時、優里の隠密のスキルが時間と共に薄れ、シュリはその気配をゆっくりと感じ取っていた。
自分を優しく抱きしめている優里の存在に気付いたが、シュリは特に驚いた様子もなく、静かに口を開いた。
「それは隠密のスキルか?」
シュリの言葉に、優里は目を伏せたまま黙ってコクリと頷いた。シュリはフッと息をついた。
「ひとりにしてくれと言ったはずだが」
「嫌です」
「……そうか」
「はい」
シュリは優里の方に体を向けると、優里の体に腕を回し、強く抱きしめた。
「では……そばに……いてくれ」
「……はい」
優里は、泣きそうになったのを必死でこらえた。
(隠さないで欲しい。私にだけは、シュリさんの全部を見せて欲しい。私は、全部、どんなシュリさんでも、全部受け止めたいから)
優里は強くそう思い、冷えたシュリの体を温めるかのように、優しく抱きしめていた。
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