115 癒し
115
その後優里たちは城に戻り、西の国の王から、今回の件について正式な謝罪を受けた。
王は、城に優里たちの部屋を用意し、西の国に長く滞在できるよう取り計らった。優里たちは、その日は各々の部屋でゆっくり休む事にした。
「ユーリ、体は大丈夫か? 生気は足りているか? 足を捻ったと言っていたな」
優里とシュリは同じ部屋にしてもらい、部屋に入ったシュリは、すぐに優里の事を気遣った。
「はい、大丈夫です。足も、優一郎君に薬を処方してもらったので、すぐ良くなりました。……えっと、あの……そ、その節は、ありがとうございました……」
優里は、シュリが生気を与えてくれた時の事を思い出し、赤くなりながらお礼も尻すぼみになった。
(ど、どうしよう……! 思い出すと顔が火を噴く! シュリさん、よく普通でいられるよね!?)
優里は、気まずい思いを隠しながらシュリの様子を窺った。赤くなる優里とは裏腹に、シュリの顔色は悪く、ベッドに腰掛け何故か愁いを含んだような瞳で、膝の上で組んだ手を見つめていた。
「シュリさん……? どうかしたんですか……?」
優里はすぐにシュリの異変に気付き、シュリの隣に腰掛けた。
「いや、何でもない。大丈夫だ」
シュリはそう言ったが、明らかにいつもより元気がない様に見えた。
「もしかして体調が悪いんですか? 優一郎君を呼びましょうか?」
「いや……そうじゃない」
「でも……」
心配そうにする優里の方に顔を向けると、シュリは小さな声で訊いた。
「抱いてもいいか、ユーリ」
「え!?」
思わぬシュリの言葉に、優里の顔はみるみるうちに赤くなった。
「えっと、あの、そそそれは……」
(それはどういう意味ですか? って訊きたいけど、シュリさんの様子が、明らかにいつもと違う)
「はい……」
優里は動揺しながらも返事をすると、シュリはうなだれる様に優里の肩に顔を埋め、軽く腰に手を回した。優里にとってそれはまるで、“抱く”というよりもむしろ、“抱きしめて欲しい”と言ってるように感じた。
優里はシュリの背中に腕を回し、シュリに対して思った事を素直に伝えた。
「シュリさん……何か……何かあるなら話して下さい。私じゃ、力になれないかもしれませんけど……それでも、シュリさんに寄り添いたいんです」
シュリは優里の言葉に小さく息をのむと、少し震える声で呟いた。
「ニーノの過去の夢で……兄さんの凄惨な姿を目の当たりにして……少しまいった」
「……っ!!」
優里は思わず体を離し、うなだれたシュリを見て泣きそうになったのをグッと耐えた。
「ごっ、ごめんなさいシュリさん!! 私っ……」
(どうして気付かなかったんだろう!! シュリさんは、ルドラさんの死を知っていたけど、きっとその場面を見たわけじゃない。大事な人のあんな姿を見て……平気でいられるわけないのに!!)
優里は、自分のスキルが酷い光景を見せてしまったと思った。それなのにシュリを気遣う事が出来ず、考えが至らなかった自分を責めた。しかしシュリは涙目の優里を見ると、優しくその頬に触れた。
「お前が謝る事じゃない。ただ、こうして……温かいお前に触れていると……安心するんだ。わたしは……お前を守る事は出来たのだと」
いつもしっかりとした光を宿している濃紺の瞳が、優里を映し弱々しく揺れていた。優里は涙をこらえ、黙ってギュッとシュリを抱きしめた。
(何て……声をかけたらいいのかわからない。私に出来る事が何かあるの?)
『シュリのそばを離れないで』
その時、ルドラから言われた言葉を思い出した。
(ルドラさんが、私のそばではシュリさんがシュリさんらしくいられるって言ってた。もし本当にそうなら……私は、どんなシュリさんでも受け止めたい)
優里の中に、シュリを癒したいと思う気持ちが溢れ、それは紫の靄となってふたりを包んだ。
「わたしを……癒して……眠らせてくれるのは……」
(いつもお前だ、ユーリ……)
猛烈な睡魔が襲う中、最後の言葉は声に出せなかった。ゆっくりと目を瞑ると、心に刻まれたルドラの最期の光景が、ぼんやりと薄れていく感覚に陥った。
(兄さん……)
温かい優里の腕に抱かれながら、シュリは意識を手放した。
その後、西の国の王は、外交官という立場を利用して悪事を働いていたアルフレッドに相応の罰を与え、一味が所有していた絵画などの高級な調度品を押収し、売り物として捕らえられていた女性や子供を保護した。
アルフレッドの後任も新たに就任し、新事業の為の土地の浄化が再開される事となった。
ニーノも、新事業の為の協力を申し出た。サテュロスは自然の精霊で、ニーノは特に大地に関する能力が高く、浄化された土地の下に温泉が湧いている事を察知した。
「ここは海も近いし、港を整備すれば他国との流通も盛んになる。温泉を掘れば、それ目当てのヤツらが増えるだろうし、すぐに栄えるんじゃないか?」
「温泉……!!」
優里が、温泉というフレーズに目をキラキラさせた。
「ユーリはホントに温泉が好きだね」
ルーファスがそう言うと、ハヤセも頷きながら話に加わった。
「僕たち東の島国の出身者は、身近に温泉があったんだ。温泉の事なら、僕とリヒトも良い意見を出し合えると思う」
「……そうですね。リオの様に、炭鉱で肺の病気になった人たちの療養にもいいかもしれない」
(リヒト君……)
「最近、リオも少し調子がいいので、温泉に浸かればもっと良くなるかもしれない。温泉には、色々な効能がありますからね」
リヒトは、新事業を手伝う傍ら、リオの様子も毎日見に行っていた。
「よし、いい考えがあったら聞かせてくれ。話をまとめたら父上に報告して、出資者を募る」
ミーシャがそう言って、その場ですぐに意見交換が行われた。
皆の迅速な対応で、新事業に関してのプランが固まりだし、話はとんとん拍子に進んだ。そして、北の国からも優秀な魔法師が派遣されたり、元々西の国の炭鉱で働いていた男たちの働きにより、ひと月ほどで立派な温泉施設が誕生した。
そして優里たちは、出来たばかりの観光客向けの温泉施設にやって来ていた。
「早過ぎる……! 魔法の力って凄い!」
高級リゾートホテルの様な外観に、優里は感嘆の声を上げた。
「ファンタジー世界って何でもアリだよね。まぁ僕たちも、あり得ない能力を授かってる訳なんだけど」
ハヤセが苦笑いをしながらそう言った。
「今日は、西の国の王のはからいでこの施設に招待された。この国の新しい事業を、ゆっくりと存分に味わって欲しいとの事だ」
バルダーの言葉に、ハヤセがこっそりと優里に耳打ちした。
「グランドオープン前の、レセプションみたいなものらしいよ。何か気になる点があったら、遠慮なく意見して欲しいって」
施設の中も、外観同様に素晴らしい造りだった。
「個人的には純和風テイストにしたかったんだけど、西の国のイメージにはそぐわないかなって思って、アジアンリゾート風を提案したんだ。古代ローマ風と悩んだんだけど……この世界の人は、お城なんかは見慣れてるだろうから、それとはまた違ったテイストの方が流行るかなと思って」
「そうなんだね! うん、凄く豪華で洗練されたデザインだけど、なんかどこか落ち着く感じがするよ」
ハヤセの言葉に、優里は周囲を見回しながら答えた。
「ちなみに、浴場の暖房は古代ローマのセントラルヒーティングシステム……通称ハイポコーストを採用しました。古代ローマではたくさんの奴隷が必要となるシステムでしたが、ここでは魔力という非常に便利なエネルギーがあるので、過酷な労働もそれ程必要とされません。炭鉱の様に劣悪な環境ではなく、安全面にも配慮し、福利厚生も充実した仕事場になったと思います」
「うん、なんかよくわかんないけど、働く環境が整って良かったよ!」
リヒトの言った事はあまり理解できなかったが、優里は西の国の人たちが安全に働ける場所が出来た事にホッとした。
「ハヤセ先生! リヒト先生!」
その時、ハヤセとリヒトを呼ぶ明るい声が聞こえた。優里たちが振り向くと、そこには父親に付き添われ、手を振るリオの姿があった。
「リオ!? どうしたんだ!?」
リヒトは驚いて、リオと父親の元へ駆け寄った。
「実は、俺とリオの元に招待状が届いたんだ。何かの間違いかと思ったが、王家の紋章のある招待状だったから、騙されたと思って来てみたら……本物だった」
「招待状が……?」
リヒトが首を傾げると、話を聞いていたバルダーがリヒトの肩に手を置いた。
「ミハイルが提案していた件を、王が受理したのだろう。湯治としての効果を検証したいからと、リオを施設に長期滞在させて貰いたいと進言していた」
「ミーシャが?」
リヒトがミーシャの方を見ると、ミーシャは少し顔を赤くして早口で答えた。
「べ、別にお前の為じゃねーからな! 経営には実績とか統計学的な情報が必要不可欠だから、それを検証して父上に報告する義務があるから、だからオレは……!」
「……ありがとう、ミーシャ」
リヒトは、必死に言い訳をするミーシャに礼を言った。
「おれ、温泉なんて初めてだ」
「よかったな、リオ。ミーシャのおかげだ」
リヒトがそう言ってミーシャの方に目を向けると、リオはミーシャに歩み寄った。
「ありがとな、ミーシャ。 お前何歳だ? 一緒に風呂で遊ぼうぜ」
「は……?」
日が落ちて、子供姿になっていたミーシャは、リオに屈託のない笑顔を向けられ、何とも言えない表情をした。
「オッ、オレをガキ扱いすんな!」
「なんでだよミーシャ? どう見てもおれより年下じゃんか」
「そうだぞミーシャ、リオに遊んで貰え」
リヒトが笑いをこらえながらそう言い、ミーシャはリオに無理矢理手を繋がれていた。
そんな光景を微笑ましく眺めながら、優里たちも温泉を満喫する事にした。
月・水・金曜日に更新予定です。




