114 復讐
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ニーノのケガの治療が終わる頃、バルダーとルーファス、城の近衛兵が港へ到着し、人買いの一味は捕らえられた。
「くそっ! てめぇのせいでこのザマだ!」
連行される行商人の男が、シュリたちと一緒にいたニーノに向かって悪態をつき、それを聞いた近衛兵がニーノも捕らえようとした。
「お前も一味の仲間か!?」
ニーノは小さく息をつき、大人しく近衛兵に従おうとしたが、優里の一声がそれを阻んだ。
「ま、待って下さい! ニーノは……彼らの仲間じゃありません!」
「ユーリ……」
ニーノは優里の真っ直ぐな紫色の瞳を見つめ、諦めたように笑った。
「ユーリ、いいんだ。酷い事してごめんな」
そう言ったニーノだったが、優里はひとつ息を吸うと、近衛兵に向き合った。
「その、これは……おとり捜査だったんです!!」
「……は?」
優里の言葉に、ニーノが思わず声を漏らし、近衛兵も顔を見合わせ優里に声をかけた。
「どういう事ですか?」
「じ、実は、アルフレッドから汚い仕事を持ちかけられたとニーノから相談されて! それで、逆にこっちがハメてやろうという話になったんです! ね! シュリさん!!」
優里は、口から出たでまかせに自分ひとりではボロが出ると思い、シュリに話を振った。シュリは優里を見つめるとコクリと頷き、力強く言った。
「そうだ」
「いや、そうだって言われましても……」
「あ、えーと、僕から説明します」
困惑する近衛兵に向かい、ハヤセが口を挟んだ。
「そちら側の外交官が関わっていた手前、どこに協力者がいるのかわからなかったので、近衛兵の貴方方には何も知らせていませんでした。実はバルダーから西の国の王へ報告する手筈だったのですが、その前にアルフレッドが行動を起こしてしまったので、順番が逆になってしまったのです。そうだよね、バルダー!」
ハヤセはそう言うと、バルダーに話を振った。
「は? あ、ああ。あー、ゴホン。そ、そうだ。報告が遅れてしまった事を、ここで詫びる。すまなかった」
突然話を振られたバルダーは、咳ばらいをし目を泳がせながらも威厳のある態度で近衛兵に接した。
「い、いえ、バルダー王子がこの事を把握し、陛下に報告しようとしていたのなら問題ありません。勇気ある行動に感謝します」
近衛兵は、真摯な態度を見せたバルダーに恭しく礼を言った。ハヤセの機転でその場は事なきを得て、ニーノが拘束される事もなかった。
近衛兵がコンテナから出て行った後、ニーノは呆れたように優里を見つめた。
「あんた……どんだけお人好しなんだよ。俺のせいで、あんたは死ぬとこだったんだぞ」
(なんか……似た様な台詞を、前にミーシャ君にも言われた事あったな……)
優里はそんな事を思い出しながら、ニーノに向き合った。
「ニーノは……何か目的があったんだよね? 私を人買いに引き渡そうとしたのは、その為なんじゃなかったの?」
優里の言葉に、ニーノは息をのみ押し黙った。
「しかも、その目的は自分の為じゃない。きっと……アリシャさんの為……。アリシャさんの為なら、ニーノは悪者になる覚悟だった。一体、ニーノの目的って何? 過去の夢で言ってた、やらなきゃいけない事って……もしかして、復讐……じゃないよね……?」
優里は、ニーノの目的が“復讐”なら、止めなければと思った。それはルドラの本意ではないし、シュリもアリシャも、そんな事は望んでいないと思ったからだった。
「そんなんじゃ……ない」
ニーノは消え入るような声でぼそりと呟いた。
「俺は、ルドラを襲った奴らと戦える程強くない。ただの吟遊詩人だ」
「じゃあ、ニーノはどうしてアルフレッドに近付いたの?」
ニーノが観念した様に息をついて、何か話そうと口を開けた時、アスタロトとベルナエル、ミーシャがコンテナへと顔を出した。
「あれ、ユーリ、生きてたの?」
からかうような顔をしたアスタロトに、優里はフンと鼻を鳴らした。
「おかげさまで!」
(でも、確かに死にそうだったんだよね、私……)
「優里ちゃんは、恐らく仮死状態になってたんだと思う。死の危険を感じて、自身の体の機能を眠らせたんじゃないかな? サキュバスは、眠りに対するあらゆるスキルを持ってるはずだから、いわゆる防衛本能が働いたんだよ」
優里の疑問を察したのか、ハヤセが自身で分析した事を述べた。
「ユーリが無事で良かったけど、そいつ、近衛兵に引き渡さなくていいのか?」
ミーシャがニーノを見ながらそう言うと、シュリが優里の背中に手を添えながら答えた。
「ユーリがそれを望んでいない」
「……ホント、相変わらずのお人好しだな」
ミーシャの口調は呆れていたが、優里を見つめる瞳は優しかった。
「えっと、ごめんね、バルダー、優一郎君も……おとり捜査の話、合わせてくれてありがとう。おかげで助かったよ。みんなも……心配かけちゃってごめんね」
優里は咄嗟に言ってしまった自分の嘘の尻拭いを、ハヤセやバルダーに押し付ける様な形になってしまった事と、皆に迷惑をかけてしまった事を謝った。
「いいよ。何ていうか、凄く優里ちゃんっぽい。あ、勿論いい意味でね。誰かの為に何とかしようとすぐ行動に移すのは、君の魅力のひとつだ」
ハヤセはそう言って微笑んだ。
「ああ、お前の行動力にはいつも驚かされるが、誰かを思ってする事だと理解している」
「ユーリの人を思いやる優しい気持ちに、ボクも助けられたよ」
バルダーとルーファスも、優しい瞳で優里を見つめた。
「そうですね。その後先考えない潔さは、ある意味才能です」
「リヒトさんだけ、たぶん褒めてないよね……?」
ベルナエルは、リヒトの言葉に苦笑いをした。
「サルガタナス~、いくらユーリが考えなしの馬鹿女だからって、あんまりイジメたらカワイソウだよ?」
「アスタロトが一番酷い事言ってるからね!?」
そう言ってふくれっ面になる優里だったが、その場は温かい雰囲気に包まれ、皆笑っていた。ニーノは一瞬、アリシャたちと森で過ごしていた穏やかな日々と錯覚し、軽く頭を振った。
「不思議な女だな」
ニーノがシュリにそう言うと、シュリは少し苦悩を滲ませた。
「わたしは……兄さんとの約束を忘れた訳じゃない。ただ、大事なものが増えてしまったんだ。お前が苦しんでいた事も……気付いてやれず、すまなかった」
シュリの言葉に、ニーノは自嘲気味に笑った。
「あんただって、同じ様に苦しんでただろ? でも今日、ユーリのおかげで気付かされた。あんただってそうだろ?」
シュリも困った様に軽く笑い、眩しそうに目を細め、皆と笑っているユーリを見つめた。そして再びニーノに向き合うと、真剣な表情をした。
「ニーノ、もう、ひとりで何とかしようとするな。西の国の土地の浄化が終わったら……一緒にアリシャたちの元へ帰ろう」
シュリに、深い海の様な濃紺の瞳を真っ直ぐに向けられ、ニーノは何故か泣きそうになった。
「アリシャに……合わす顔がねェよ」
そう呟いたニーノに、シュリはフッと息をついた。
「アリシャはずっとお前を心配していた。リアも、お前の動向は本当に知らないと言っていたしな」
「リアはお喋りだからな。あんたが嘘を見抜けるって知らなかったけど、リアに行き先を言わなくて正解だったぜ」
「ふたりとも、お前の帰りを待ってる」
シュリの優しい声色に、ニーノは再び目を潤ませた。
「ニーノ、泣いてるのか?」
「泣いてねェよ」
「嘘だな」
「……その能力、うぜェな」
そう言ってそっぽを向いたニーノだったが、何故か笑いが込み上げた。そんなニーノを見て、シュリも少し笑った。
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