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106 ニーノの過去 その2

106


「よし……あと少し……」


アリシャと出会った次の日、俺は、いつでもアリシャが言う“また”会う日が来てもいい様に、家周辺の雑草取りをしていた。


婚約者がいると知っても、俺の中でアリシャに対する気持ちは変わらなかった。それでも彼女が好きだ。また会いたいし、もっと彼女の事が知りたい。


アリシャの笑顔を思い浮かべ、胸の鼓動が速くなった時、背中から腕が回され、俺は後ろから誰かに抱きしめられた。


「ニーノ! 遊びに来たわよ!」


「うわァ!」


アリシャの事を考えていたから、思わず彼女かと思って俺は真っ赤になって飛び退いた。そんな訳ないのに。


「リア! ビックリさせるな!」


「なによ、いつもと同じ登場の仕方じゃない」


突然現れた彼女は、幼馴染のリアだった。緑色の長い髪を高い位置でふたつに結び、クリクリとした桃色の瞳をした幼顔の彼女は、腕組をして少しふてくされた様に俺を見た。


「ねぇ、いつになったら帰って来るの? あっちの森の方が広いし、ここより空気もいいのに」


リアの言う“あっちの森”とは、俺の故郷の森の事だ。


「あんな田舎の森にはもう帰らないって言ってるだろ? 俺は町で働いてるんだよ」


「あっちにも町ぐらいあるじゃない」


「酒場と商店がひとつずつしかない場所を、よく町なんて言えるな」


俺の故郷はド田舎だ。酒場はじーさんたちのたまり場で、俺はもはや孫扱い。綺麗な女性の姿など皆無だった。だから俺は、少し離れてはいたが、比較的栄えてる町に通えるこの森に移り住んだ。


「てゆうか、リアもこの森に越して来たらいいんじゃないか?」


「あたしは……あの森が好きなのよ」


樹木の精霊であるドライアドのリアは、森と森を行き来できた。だから、故郷とは離れていたこの森にもしょっちゅう遊びに来ていたが、拠点を移そうとはしなかった。


「とにかく、俺はここに住むと決めたんだ」


ここにはアリシャがいる。今までは、それ程この森に執着はなかったが、今は少しでもアリシャの近くにいたいと思った。


「急に雑草なんか抜き始めちゃってさ……何かあったの?」


俺はぎくりとした。女ってのは、何でこうカンが鋭いんだ?


「別に……なんもねェけど」


「ふうん?」


俺がブチブチと雑草を抜いているそばから、ニョキニョキと再び草が生え始めた。


「おい、リア! 邪魔すんな!」


「雑草だって森の恵みよ。むやみやたらに抜かないで」


リアはそう言って、俺が数時間かけて綺麗にした場所を、ドライアドの能力(ちから)で再び草だらけにした。


「あー! お前なんて事を!! せっかく綺麗にしたのに!!」


「ニーノがホントの事を言わないからでしょ」


「ホントの事ってなんだよ!? ったく、今はお前と遊んでるヒマはねェの! これが終わったら相手してやるから、少し待っとけ」


「……」


リアは不服そうな顔をして黙り込んだ。作業を再開した俺の手元に影が落ち、俺はハァとため息をついて顔を上げた。


「おい、リア、いい加減に……」


「こんにちは、ニーノ。昨日はありがとう」


俺を見下ろすその美しい人に、俺は我が目を疑った。


「えっ、あっ、アリシャ……!?」


「急に訪ねたりしてごめんなさい」


俺は驚きと感動のあまり、しばらく動けなかったが、我に返り急いで身なりを整えた。


「いや!! 大丈夫!! でも何で急に……あっ、勿論、あんたならいつでも大歓迎だけどっ!! ちょ、ちょっと待っててくれ!! すぐお茶を淹れるから!!」


慌てふためく俺を、アリシャは落ち着いた表情で見ていた。するとその後ろから、ひとりの男が伸びきった雑草を踏みしめながら歩いてきた。


「へぇ……本当に、人が住んでたんだね……」


男は、まるで品定めするかのような視線を俺に向けた。


(誰だ……?)


その男は、昨日のシュリとかいうヤツではなかった。だけど、長い黒髪に真紅の瞳、首にでかい傷跡があるその男の事を、俺は()()()()()


(ま、まさか……)


男の種族は吸血鬼。俺はごくりと喉を鳴らし、思わず後ずさりした。


「暴食の……吸血鬼……!?」


その男は、血の様に赤い瞳で俺を捕らえると、微かに笑った。


「キミ……昨日アリシャの種族を知りたがったんだって……? いけないなぁ……隠蔽してるって事は、容易に知られたくないって事なんだよ……?」


俺は、近付いて来る男から目を逸らせなかった。目を逸らした瞬間に襲われるんじゃないかと、俺の野生のカンが警報を鳴らした。


そんな、まさか、アリシャは暴食の吸血鬼と知り合いなのか? そして、秘密を探ろうとした俺を始末しに来たのか?


俺は頭が真っ白になり、その場から動けなくなった。男はそんな俺に容易く近付いて、俺の頬に手を添えた。俺はビクリと体を揺らしたが、男は俺の耳に唇を近付け、囁いた。


「動かないで……。痛いのは一瞬だ。すぐに、抗えない程の快楽がキミを襲う……」


(なんだ……これ……。俺の人生は、これで終わりなのか……?)


男の唇が俺の首筋に近付いた時、アリシャが男の首根っこを捕まえた。


「ルーファス、同意なしの吸血はダメよ」


「沈黙は同意と一緒だよ、アリシャ」


「どう見ても、怯えて動けなくなってるだけでしょう」


ズルズルとルーファスと呼ばれた男を引っ張り、俺から引き離したアリシャは、申し訳なさそうな顔をした。


「ごめんなさいね、ニーノ。家に帰ってあなたの話をしたら、ルーファスがどうしてもあなたに会いたいって駄々をこねて」


「キミが、若くて純真でカッコイイ男だったなんて言うからじゃないか~」


「……え? え?」


俺は状況が呑み込めず、呆然としていた。すると、先程まで何処かで大人しくしていたであろうリアが興奮気味に現れ、俺の背中をグイグイと押した。


「この男の同意はあたしが認めます!! なので早く先程の続きを!!」


「え? いいのかい? じゃあ遠慮なく……」


リアの台詞を聞いて、ルーファスという男が再び近付いて来たから、俺は慌てて距離を取った。


「いや、待て!! リア!! 勝手に同意を認めるな!!」


「飢えた男に誘惑され、初めは抵抗していたけど、与えられる刺激に抗える術もなく蹂躙(じゅうりん)される純真無垢な男……。本能の赴くまま、快楽に溺れる獣たち!! この状況を刮目せずにはいられるか!!」


「帰れ!! 変態!!」


リアには特殊な性癖があった。それ以外はまァいいヤツだから、それ程気にはしてなかったが。


「えーと、ニーノ、この方は?」


ぎゃあぎゃあと喚く俺たちに、アリシャが落ち着いた声で問いかけた。


「あ、こいつは……」


「あたしはリア! 見ての通りドライアドよ。ニーノとは幼馴染で、海の方にあるもっと田舎の森に住んでるんだけど、この森にもよく遊びに来るの。あなたたちは、ニーノの友達?」


リアは、紹介しようとした俺を押しのけ、興味深そうにアリシャたちを見た。


「私はアリシャ。彼はルーファスよ。私たちもこの森に住んでて……ニーノとは、昨日知り合ったの」


“私たち”という言葉を聞いて、俺は、このルーファスとかいう吸血鬼が、アリシャの婚約者なのだと思った。


「この森に? あ、もしかして……森の奥に続く道が結界で守られてるみたいなんだけど、それってあなたたちの仕業?」


少し落ち込んだ俺を尻目に、リアは質問を続けていた。


「ええ……。ドライアドのあなたに断りもなく、ごめんなさい」


「別に構わないわ。森は、森を愛する全ての人のものよ。それに、あなたたちの張る結界は、すごく純粋で綺麗なオーラを感じるわ」


アリシャとリアが話し込んでいる間に、ルーファスが俺に近寄って来た。


「ボクはルーファスだよ! キミの言う通り、暴食の吸血鬼だ。よろしくね、ニーノ!」


ニコニコと笑いながら自己紹介をしたルーファスを見て、俺は顔をしかめた。


「冗談だろ?」


「ホントだよ」


つまり、アリシャは暴食の吸血鬼と結婚の約束をしてるのか? 俺は何だか納得がいかなくて、じろじろとルーファスを見た。


「弟と全然似てないんだな」


「弟?」


「ピピーーーー!!」


ルーファスが首を傾げた時、鳴き声と共に、白い玉の様なものが物凄い勢いで俺とルーファスの方へ向かって来るのが見えた。


「な、何だ!?」


「まずい! クルルだ! 避けてニーノ!!」


白い玉の様なものは、よく見たら昨日弟と一緒にいた白い大きな鳥だった。クルルと呼ばれていたその大きな鳥は、明らかに俺たち……というか、俺と一緒にいるルーファス目掛けて突進してきていた。


「うわーーーー!!」


俺は避けたが、ルーファスは突進してきたクルルを受け止め、そのままの勢いで俺の家に突っ込み、家は大破した。


「お、俺の家がァ!!!!」


無残にも崩れた家の中から、ルーファスとクルルが這い出てきた。俺は駆け寄って、瓦礫と化した家を前に膝を付いた。


「ニーノ……大丈夫、ボクは無事だよ。不死身だからね」


「おめェの心配なんかしてねェよ!!」


この森に住むと心を決めた俺だったが、その思いは自称暴食の吸血鬼と白い鳥によって打ち砕かれたのだった。



月・水・金曜日に更新予定です。

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