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105 ニーノの過去 その1

105


その日、俺はいつものように町で大きなため息をついた。女に声をかけても相手にされず、正直少し……いや、かなりふてくされていた。


俺の生まれは南の国の田舎の方だが、俺は町で吟遊詩人をしながら生活していた。美味い酒、美味い食い物、心が躍る音楽に、綺麗な女性……町は刺激的で楽しい。けれど、この日の俺も空振りだった。


「サテュロスってだけで警戒されんだよなァ……。俺は真面目なサテュロスだっての」


サテュロスは好色で酒好き、女ったらしの快楽主義者だという悪い印象が根付いてしまっている。まァ否定はできないが、俺はただ単に“運命の女”を探してるだけだ。


出会った瞬間に雷が落ちる様な、そんな“運命の女”と恋に落ち、全てを捧げたったひとりを愛し続ける……そんな大恋愛に、俺はずっと憧れていた。


けれど現実はそう上手くはいかない。俺はその日はもう諦めて、森に帰る事にした。


俺は町外れにある森の中に小さな小屋を建て、そこでひとりで暮らしていた。町を出て、森への帰り道を歩いていると、前を歩いていた女が持っていた袋から果物が落ちて、俺の方へ転がってきた。


「あの、落ちましたよ」


「あっ、すみません」


女が振り向いた時、風が吹き女が被っていたローブが頭から外れ、顔があらわになった。その瞬間、雷が落ちる様な衝撃が、俺の体を貫いた。


眩いばかりの金色の髪の毛に、故郷の海の様な綺麗な緑色の瞳、長いまつ毛が白い肌に影を落とし、桜色の唇が緩やかに弧を描いた。


「ありがとう」


そう言って俺の手から果物を受け取ると、その女は再び歩き出した。


俺は、あまりの衝撃にしばらく動けなかった。これはまさしく、雷が落ちる様な出会い……彼女こそ、俺の“運命の女”だと思った。


「待てよ!」


俺の上ずった声に、彼女はビクッとして振り向いた。


「あ、いや! 待ちなよ! ……じゃなくて、待つんだ? えーと、待ちやがれ?」


俺は運命の出会いに動揺し過ぎて、自分でも何を言ってるのかよくわからなくなった。

彼女は黙って俺の次の言葉を待っていてくれてたが、ペコリと軽く頭を下げると、足早にその場を去ろうとした。


(何やってんだ俺はーーーー!!)


完全に変なヤツだと思われた。このままではマズイ。俺は焦りながらも平常心を装って、彼女を追いかけた。


「待って!」


とにかく、出来る男だと思われなくてはならない。彼女の様な美しい女性に相手にしてもらえるような、女の扱いに慣れている洗練された男だと思わせなければ……!


最初からすでにぐだぐだだったが、俺は必死で出来る男を演じようとした。


「重そうだな。俺が持ってあげるよ」


「大丈夫ですよ。私、結構力持ちなんです」


そう言ってニコッと笑うと、彼女はすたすたと歩き始めた。


「強がらなくてもいいよ。俺にかしてみな」


俺は食い下がり、彼女の手から荷物を取り上げた。その荷物は本当に重く、俺は落とさない様に両手でしっかりと支えた。


「いいえ、強がってなんかいないわ」


彼女はそう言うと、いとも簡単に俺から荷物を奪い取った。


「いやいや、手が赤くなってるじゃないか! 俺が持ってあげるよ!」


「あなたこそ、少し持っただけなのに、腕の血管が浮き出てるわよ」


俺と彼女は早歩きをしながら、荷物の取り合いになった。


「ほら、息が上がってるじゃない。無理をするのは良くないわ」


「む、無理なんかしてない! あんたみたいな細腕が、こんな重そうな荷物を持っているのを見てられないんだ! 俺に持たせてくれ! 頼む!! 頼みます!!」


俺は息を切らしながら彼女の前に立ちはだかり、彼女が届かない位置まで荷物を持ち上げて懇願した。出来る男の演出は、脆くも崩れ去っていた。


彼女はハァと大きくため息をついて、呆れた様な顔をした。


「じゃ、そこの森の入り口まで」


「ありがとうございます!!」


何故荷物を持ってあげる俺が礼を言ってしまったのかは謎だが、とにかくこれで彼女と話ができる。俺はにやける顔を必死で隠しながら、彼女に話しかけた。


「俺はニーノ。あんたは?」


「アリシャ」


「アリシャ……いつも、こんな大量に買い物を?」


「そうね……。あまり町には行かないから。あなたこそ、サテュロスなのに町に出かけていたなんて珍しいわね」


「俺は町の酒場で吟遊詩人をやってるんだ。その、俺はサテュロスだけど、俗にいう好色じゃなくて、真面目なサテュロスなんだ!」


俺はどうしてもアリシャに好印象を与えたかったし、自分の事を誤解して欲しくなかった。けれど、自分で自分を真面目だと言うあたりが怪しさ満点だよなと、すぐに言った事を後悔した。


「あ、いや、その、俺は……」


「ええ、そうね。あなたは純真なサテュロスみたい」


俺が言い訳を口にしようとした時、アリシャがそう言って微笑んだ。俺の心は、その笑顔により一瞬で幸せに満たされた。


(俺の事を……わかってくれるのか!? こんな女性は初めてだ! やっぱり彼女は、俺の運命の……)


「あんたは、人間か? それとも種族隠蔽をしてるのか? もしかしてあんたも、俺みたく誤解され易い種族なのか?」


俺が種族の事を訊いたら、アリシャは一瞬動きを止めた。


「さあ、どうかしらね?」


「俺は色眼鏡で人を見たりしない。よかったらあんたの種族を教えてくれないか?」


俺は、もっとアリシャの事が知りたかった。俺だけは彼女を理解できるという所を見せたかった。けれどアリシャは、俺から荷物を取ると再びニコッと微笑んだ。


「ありがとう、ニーノ。助かったわ」


気が付くと、そこはもう森の入り口だった。幸せな時間はそう長くは続かない。

スタスタと森の中に入って行くアリシャに、俺は負けじと話しかけた。


「あっ、あんたの家は森の中にあんのか? 俺の家も、この森にあるんだ」


俺は、何とか話を続けようとした。これで終わりたくない。もっとアリシャの事が知りたい。


「森の西側に家を建てたんだよ。よ、よかったら遊びに……」


アリシャは立ち止まると、少し上を見ながら考えを巡らせ、俺の方を向いた。


「あ、もしかして、ミモザの木の所にある家かしら?」


「そう! そうだ! 知ってるのか?」


「ミモザの花が咲いた時に、婚約者と一緒に見に行った事があるの。近くに家があったのを覚えてるわ」


「そう、婚約者と……え? 婚約者?」


俺は思わずその場で固まった。その時、森の奥からひとりの男と、馬鹿でかい白い鳥が現れた。


「ピピー!」


「アリシャ」


男はアリシャの名前を呼んで、彼女の隣に立った。アリシャと同じ金色の髪に、深い海の様な濃紺の瞳を持つその男は、アリシャの様にとても綺麗な顔立ちをしていた。


「シュリ、クルルも……どうしたの?」


「遅いから迎えに来た」


男は、すぐにアリシャから荷物を取り上げると、俺の事を訝し気に見た。


「誰だ、こいつは?」


「彼はニーノ。ここまで荷物を持って貰ったのよ。ニーノ、この子はシュリ。私の婚約者の弟よ」


アリシャはそう言って隣に立つ男を紹介した。シュリは俺と同い年ぐらいに見えたが、()()()と呼ぶあたり、アリシャにとっては本当に弟の様な存在なのだろう。


「ニーノは、あのミモザの木の所にある家に住んでるそうよ」


「家? あの廃墟の事か?」


失礼な言葉が聞こえ、アリシャが「シュリ!」と小声で男を制した。俺は男の言葉に少々ムッとしたが、確かに手作りのボロ小屋だし、アリシャの手前反論はしなかった。


アリシャはクルルと呼ばれた白い鳥を撫でながら、俺の方を向いた。


「もう行くわ。またね、ニーノ」


「あ、ああ、また……」


(婚約者……そりゃあいるよな……。あんな美人、誰もほっとかねェよなァ……)


俺はため息をついて、ぼんやりしながらふたりと1羽の後ろ姿を見送った。アリシャに婚約者がいた事に落ち込んだが、それでも、アリシャが「またね」と言ってくれた事が嬉しかった。

また、会えるかもしれない。それだけで俺の胸は高鳴った。


そして次の日、アリシャは本当に()()俺の前に現れてくれた。恐ろしい刺客を連れて。



月・水・金曜日に更新予定です。

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