10 暴食の吸血鬼
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「わぁ~! すごい大きな街ですね!」
朝からクロエとのことなど色々あったが、優里たち一行は、その日の午後に街に到着した。
「ユーリ、これを羽織っておけ」
シュリはそう言うと、自分が着ていたマントを優里に被せた。
「え? そんなに寒くないですよ?」
「そのままだと、お前は目立つからな。服のことを、気付いてやれずすまなかった」
シュリに頭を撫でられ、気恥ずかしくなった優里は、マントのフードを被って顔を隠した。
(シュリさん、私の格好のこと、気にしてくれたんだ……)
マントからシュリの香りがして、何だかシュリに抱きしめられているような感覚に陥り、優里は余計恥ずかしくなった。
(言葉足らずな所もあって、いつも翻弄されてるけど……私のこと心配して、気遣ってくれる。ミーシャ君のことも、クロエのことも、結局は受け入れてくれた。本当は、すごく面倒見が良くて、優しい人なんだろうな)
優里は、自分の胸がトクトクと音を立てていることに気付いた。
(あれ……なんだろ、この気持ち……)
「ユーリ! さっそく服見に行こうぜ! オレが見立ててやるよ!」
「わ! う、うん」
ミーシャに勢いよく引っ張られ、優里は芽生えた気持ちを一旦仕舞った。
「待て、先に宿に荷物を置こう。自由行動はそれからだ」
シュリはテキパキと今夜の宿を決め、クルルも専用の厩舎で休ませた。
「服はふたりで見に行ってくれ。夕飯までには戻るように。街の者に、迷惑はかけるなよ」
(なんか、修学旅行の時の先生みたいだな……)
「シュリさんは……?」
「わたしは、行く所がある」
そう言って、シュリはひとりで歩いて行った。
(行く所……? どこに行くんだろう)
「よし! オレたちも行こうぜ!」
優里はシュリの行き先が気になったが、ミーシャに引っ張られて、訊くタイミングを逃してしまった。
「こんな大きな街は久しぶりだ! 色々見て回ろうぜ!」
嬉しそうに尻尾をブンブンと揺らすミーシャを見て、優里も気を取り直して楽しむことにした。
「とりあえず、私は服が見たいなぁ。ミーシャ君は?」
「オレは、本屋に行きたい。オレが読んでる物語の、最新刊が出てるはずなんだ」
「ミーシャ君、本が好きなの?」
(何だか意外だ)
「ああ! 弟も本が好きで、いつも寝る前にオレが弟に読んで聞かせてたんだ。続きが気になるって駄々こねるから、母上に内緒で、ふたりでよく夜更かししてさ」
ミーシャは目をキラキラさせながら、弟との思い出を語った。
「そうなんだね。弟さんとすごく仲が良かったんだね」
ミーシャは優里のその言葉を聞いて、なぜか暗い顔をした。
「違う……オレは……」
そしてキュッと唇を噛むと、話題をそらした。
「先に、ユーリの服を見に行こうぜ! あそこの服屋なんてどうだ?」
ミーシャは、少し先にある服屋を指差して、歩き出した。
(亡くなった弟さんの事、思い出させちゃったかな……。辛い出来事だったろうし、あまり触れないようにした方がいいのかも……)
優里は胸が痛んだが、ミーシャの気持ちを汲み取り、明るく言った。
「うん! ミーシャ君、一緒に選んでくれる?」
「まかせとけ!」
ミーシャが笑顔を見せたので、優里は少し安心した。
ふたりが服を選んでいる頃、シュリはとある場所にいた。
そこには、通信筒を付けた鳥がたくさんいて、シュリは店員に代金を支払うと、一羽の鳥を選び、筒の中に手紙を入れた。そして、その鳥に左手をかざした。すると鳥は青色に輝き、窓から空に向かって羽ばたいた。
鳥が飛んで行った方角を見つめながら、シュリは呟いた。
「アリシャ、待っていてくれ。わたしは必ず……」
優里たちは服を選び終わり、その後本屋に行ったり、出店を見て回ったりして、夕方ぐらいに宿に戻って来た。シュリはすでに部屋で待っていた。
「シュリさん、戻ってたんですね。あの、マントありがとうございました」
優里は、借りていたマントをシュリに返した。
「ああ。服を新調したのだな」
優里は、買った服に着替えていた。
(ミーシャ君が、あまりにもお嬢様風な服ばっかり選ぶから、決めるの大変だったけど……)
ミーシャが勧めた中で、一番動きやすそうな服を選んだ。
「今後、人型に戻ることも考えて、魔法もかけてもらいました」
優里は、クロエの一件で本来の姿に戻ってから、元の人型に戻れないでいた。
クロエに魔力をコントロールしてもらって戻る、という方法も考えたが、本来の姿になって、特に不自由も感じていなかったので、とりあえずは何もしなかった。
「ふむ……、あの時は危機を感じて変身したのだから、逆に、安心感を感じることが出来たら、人型に戻るかもしれんな」
シュリは口元に手を添えて考えていたが、そのときミーシャのお腹がぐぅと鳴った。
「なー、とりあえず夕飯にしねーか?」
「うん、そうだね……って、あれっ!?」
優里が振り向くと、ミーシャは子供の姿になっていた。
「……ったく、慣れろよなー。もう夜だぜ」
(そっか、日が落ちたら、子供の姿になっちゃうんだっけ)
「では、下で食事にしよう」
宿屋は、客室が2階にあり、1階が食堂になっていたので、優里たちはそこで夕飯をとることにした。
「ユーリ」
階段を下りている途中で、シュリが振り向いた。
「その服、とても似合っている」
「!!」
階段の段差のせいで、目線の高さが一緒になっていて、シュリの海の色の瞳が、優里を真っ直ぐ射抜いた。
「あ、あり…がとうございます……」
優里は突然の褒め言葉に、心臓がバクバクした。
(びっくりしたぁ……。突然褒めるなんて、反則だよ。シュリさんの言動はいつものことなのに、なんだか、変な感じだ……)
優里は、ふぅと息をついて、自分を落ち着かせた。
ミーシャはすでに席についていて、店員に適当に注文していた。
「なんか、食事時なのに空いてるな」
ミーシャが店を見渡して言った。
確かに、割と大きな食堂ではあったが、人はまばらだった。
「みんな、夜はあまり出歩かないようにしてるのさ」
しばらくして、食事を運んできた店主が、優里たちに言った。
「3日くらい前に、暴食の吸血鬼が現れたって噂が出て、みんなビビっちまってんのさ」
「暴食の吸血鬼?」
優里が聞き返すと、ミーシャが驚きの表情で優里を見た。
「マジかよ! お前、暴食の吸血鬼を知らないのか? 子供の頃、悪いことをすると、暴食の吸血鬼に血を吸われるって言われなかったか?」
(転生したとき、すでにこの大きさだったからなぁ……)
優里は、あははと気まずそうに笑った。
「普通の吸血鬼とは違うの?」
「ああ。吸血鬼ってのは普通生き血を吸うもんだけど、暴食の吸血鬼はそれだけでは事足りず、死体の血も吸うって話だ。口の周りが血液でベトベトになるまで、この世の者とは思えない恐ろしい形相で、血を求めて彷徨い歩くらしいぜ」
優里はぶるっと震えた。
「退治されたとかされてないとか、色々と噂が飛び交ってるけどねぇ。あんた可愛いから気を付けなよ。吸血鬼は、美女の生き血が大好物だからねぇ」
店主が優里にそう言うと、ミーシャが、片手で自分の首を指差しながら言った。
「そうそう。長い黒髪に真紅の瞳、首に大きな傷がある吸血鬼を見たら、一目散に逃げろって教えられてきたぜ」
「なんだか、それだけの特徴の吸血鬼って、いっぱいいそうな感じですけどね、シュリさん」
優里は怖くなって、シュリに助け船を求めたが、シュリは食事の手を止めて、ずっと考え込んでいた。
「シュリさん?」
優里がもう一度名前を呼ぶと、シュリはハッとして、食事を再開した。
「きっと、闇夜に怯えた奴の見間違いだろう」
「そうですよね! きっとそうですよね!」
優里が自分に言い聞かせるようにそう言うと、ミーシャがいたずらっぽく訊いた。
「なんだよユーリ、怖いのか?」
「べ、別に……ただの言い伝えでしょ?」
「オレもそうだと思ってたけどよ、その割には目撃情報が多いんだよなぁ。ま、もし遭遇しても、オレが……お前ひとりぐらい、守ってやるから安心しろよ」
少し照れ臭そうにそう言ったミーシャを、優里は可愛いと感じ、頭を撫でた。
「うん、そのときは守ってね」
「おっ、お前またオレのことガキ扱いしてるだろ!?」
頭を撫でられ、余計赤くなったミーシャは、反論しながらも尻尾が嬉しそうに揺れていた。
(子供姿だと、ついつい母性が刺激されちゃうなぁ)
和やかな空気の中、シュリだけは、ずっと黙って何かを考えていた。
月・水・金曜日に更新予定です。




