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1 転生ポイント


「安心しろ。これから毎晩、わたしがお前を抱いてやろう」


すらりと伸びた長い手足、深く、冷たい海のような濃紺の瞳、金色の髪からは水が滴り、朝日を浴びてキラキラと輝いていた。

まるで、物語に出てくる王子様のような姿のその男は、悪びれもせずにそう言った。


(だ……抱くって……抱くって、一体どういう意味ですかーーーーーーーーーー!?)


彼女、加瀬優里(かせゆうり)が、なぜこのイケメンにこんなことを言われるに至ったのかを説明するには、少し時間を遡ることになる。





「おーい!生きてるか?」


何か、もふもふとしたものが顔に当たり、ゆっくりと目を開けると、クリクリとした青いビー玉のような大きな目が、優里を覗き込んでいた。


「ね、猫!?」


そう、猫だ。しかし猫と呼ぶにはあまりにも大きく、服を着て二足で立っていた。長いしっぽでつんつんと優里の顔を突っつきながら、猫はケタケタと笑った。


「いや、おぬしはすでに死んでいたな! すまんすまん!」


どういう状況なのかわからず、優里はしばらく考えを巡らせていたが、やがてあきらめたようにひとつ息をついて、猫に問いかけた。


「ここは天国ですか?」


すると猫は腕を組んで、少し上を見ながら答えた。


「天国に行く一歩手前というところじゃな。このまま天国に行くこともできるし、別の世界への転生をも可能じゃ。……というかおぬし、意外と冷静じゃの」


「自分が死んだということは、覚えてるんで……」


夜遅く帰路に就いていた優里は、駅のホームから線路に転落した酔っぱらいを目撃した。

夜遅い郊外のホームに車掌はおらず、近くにいた一人の男性が、その人を助けようと線路に降りたため、優里も慌てて彼を手伝おうと近くへ駆け寄った。


二人がかりで酔っぱらいを引き上げ、次に、ホームの上からその男性の手をとった時、眩い光がすぐ近くまで迫ってきていたことに気が付いたが、間に合わなかったのだ。


「あの、私と一緒に酔っぱらいを助けた男の人は、どうなったんですか?」


「即死じゃよ。ちなみにおぬしは、3ヶ月の昏睡状態じゃったが、先ほど息を引き取った」


「そう……なんですね……」


優里は、自分が死んだことよりも、その男性が亡くなったという事実にショックを受けた。


(なんであの時、すぐに電車に危険を知らせなかったのだろう。駆け寄るよりも、まず非常ボタンを押すのが先決だったのに)


そんな優里の気持ちを察したのか、はたまた心を読んだのか、猫は慰めるように、優里に語りかけた。


「まぁ、そう落ち込むでない。あのタイミングでは、どのみち間に合わなかったじゃろ。お前が助けた酔っぱらいは無事だったし、その時の男も、わしが希望の種族に転生させてやったから安心せい。なにせ最後に高ポイントゲットじゃからな! カスタマイズし放題じゃ!」


「え?」


何の話だかわからず、優里は首をかしげた。


すると猫は、手慣れた様子で優里に説明し始めた。


「転生支援プロジェクトの一環で、前世での良い行いが、ポイントとして加算されていくシステムなんじゃ。例えばおぬしが、前世で道端のゴミを拾ったり、困っている人を助けたりすることにより、転生ポイントがたまってゆく。そうしてためたポイントを使えば、より希望に沿った転生ができるというわけじゃ!」


「はぁ……」


「なんじゃ、ノリが悪いのぅ。他者を助けるために、自分を犠牲にしたおぬしもまた、高ポイントゲットじゃ! 次の世界は、今をときめく異世界じゃぞ! 転生初心者が必ず通る、魔族と人間が共存している安心・安全な世界じゃ」


(なんか……最後の問題に正解したら大逆転! の、デタラメなクイズ番組みたいだな……)


優里は少し考えてから、猫に尋ねた。


「えーと、転生じゃなくて、天国に行くこともできるんですよね?」


「もちろんできるが、最近は天国よりも転生の方が人気があるぞ。正直、天国なんて場所はくそつまらん。花畑でぼーっとするだけの毎日じゃ」


(この猫、口悪いな……)


優里は苦笑いをし、再び考えた。


優里は生前、広告代理店で働いていた。仕事は正直ハードだったし、休日も仕事のことを考えてることが多かった。この先、天国でゆっくり過ごすのもいいだろうと思った。


加瀬優里(かせゆうり)、30歳、独身か……」


猫は、手に持った束ねられた紙をペラペラとめくり、内容を確認して、優里を見た。


「おぬしは前世でやり残したことはないのか? 次の人生でやりたいことはないのか?」


猫にそう尋ねられて、優里は今までのことを思い出していた。


(やりたいこと……やり残したこと……)


少しの後悔が胸の奥に沸き上がり、優里は口を開いた。


「あの、私、実は……今まで誰とも付き合ったことがなくて! その……この歳でこんなことを言うのは恥ずかしいんですけど……こ……恋がしたいです!!」


「恋……じゃと?」


猫は鋭く目を光らせた。

それを見た優里は、瞬時に萎縮した。


「あっ、やっぱりくだらないですよね!! すいません、忘れてください!」


優里は慌てて下を向いたが、猫は目をキラキラさせて、優里の肩に手を置いて答えた。


「よいではないか! 恋!」


「え?」


「出会い、育み、愛し、愛され、結ばれる! 生きとし生ける者にとって、なくてはならない、素晴らしいものじゃ! よし、決定じゃな! 次の人生では、存分に恋をするのじゃ!」


猫はどこからかペンを取り出し、ウキウキと質問をしてきた。


「こういう純粋な要望は久しぶりじゃからの! 腕が鳴るわい! まず種族はどうする? 人間は寿命が短いからの、おすすめは魔族じゃ! 若く美しいまま、200年以上は生きるぞ。いい男と出会って、恋をして、最愛の者と結ばれ、幸せな日々を送る……そんな新しい人生の始まりじゃ!」


半ば興奮気味に話す猫は、なぜか気まずそうにうつむく優里に気付いた。


「どうした?何か不満か?」


「い、いえ……不満とかではなくて……」


優里は、打ち明けるべきか迷ったが、意を決して猫に向き合った。


「私……本当にまともに恋愛をしたことがなくて、異性との思い出も、幼稚園の時におままごとで結婚の約束をしたっていう事ぐらいしか……。だから……その……じ……実は……しょ、処女なんです! な、なので、そんな私でも、この先ちゃんと男の人と知り合って、関係を築けるのか不安で……!」


「処女……だと……?」


猫の目が、再びギラリと光った。


(うわぁぁぁ! やっぱり言わなきゃよかった!)


優里は途端に恥ずかしくなり、一気に顔が熱くなったが、猫はそんな優里の両肩に手を置き、真剣な顔で言った。


「つまりおぬしは、最終的にはやりたいと、そうゆうことじゃな?」


「へ!?」


猫の突拍子もない発言に、優里の声が裏返った。


「いやいやいやいや、そーゆう事じゃないです! あの、そりゃあ恋愛の過程で、その……色々あるとは思いますが、私はただ単に恋がしたくて……」


優里はしどろもどろになりながらも、猫に説明しようとしたが、猫は優里の話を遮り、意気揚々に言った。


「大丈夫じゃ! みなまで言うな! わしに任せておけ! 普通は赤子からなんじゃが、おぬしはポイントもたんまりあるし、成長した姿で転生させてやるぞ! 恋愛初心者のおぬしが何もせずとも、相手が一目で恋に落ち、おぬしに死ぬほど焦がれるような、そんな最強の女性へと変貌させてやる!」


「え!? いや、あの、何か私が思ってる恋愛観と違うような……」


もはや猫には、優里の言葉は届いていないようだった。

猫はサラサラと、持っていた束ねられた紙にペンを走らせた。するとその紙から虹色の光があふれ出し、あっという間に優里を包み込んだ。


「きゃあ! ね、猫さん!?」


光の壁に遮られ、猫の姿が見えなくなり、声だけが聞こえた。


「おぬしは大船に乗ったつもりでいればよい! 第二の人生、わしがしっかりお膳立てしてやるからの!それとわしは猫ではない! ()()じゃーーーーーーーー!!」


猫、もとい神様の声を遠くに聞きながら、優里は光の柱となって、地上に降り立ったのだった。


月・水・金曜日配信予定です。

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