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The Gift  作者: 鈴紀 通
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「俺はイヤホンして聞いてないから、このまま珈琲飲ませてもらう。折角【黒猫】が開店したんだ。コロナでしばらく旨い珈琲飲んでねえんだよ」

 カウンターに腰掛けながら榊がゆっくりと振り返った。神奈川県警の刑事二人のうち40過ぎであろうし刑事が口を半開きにした。

「榊さん。あんた、何でこんなところで」

「失礼だな、お前。俺は旨い珈琲の為にここまで来てるんだよ」

 彫りの深い顔で、スコーンをかじりながら榊は言った。

「そちらのお嬢さん達がお帰りになったら、俺にかまわず話を続けてくれ」



 興味津々でありつつ、女性客が去った後、

「榊さんは部外者でしょ」

「恭がなめられない為だ。そんなこたあ良いから何があった」

 少し長めに刈り込んだ髪をかき上げると、人にはない迫力が榊にはある。そして元検事であり、所謂〈やめ検〉というやつだ。

 刑事たちは渋々、恭介の方を向き直ると、ここに来た理由について話し始めた。

「松原 英恵とは、どういう関係だったか話して頂けますか」

「は?ただの喫茶店の店主と客ですよ。それ以外のなにものでもありません」

グレーのスーツが田中、少し不遜な口調が松森という刑事で、その松森が懐から数枚の写真を取り出して、恭介の目の前に差し出した。

「・・・・・」

 写真中央、倒れた女は英恵だろう。それよりも、彼女を囲む壁一面に写真が貼ってあった。少なくない枚数だ。そのうち引き延ばした写真は、一人の男がうっすらと微笑した顔で写っていた。

「英恵さんの部屋に貼られていた写真は、恭介さん、貴方をなんていうか、盗撮した写真のようです。それについて心当たりは?」

「ありません。彼女だって、仕事が終わってからふらっと寄るような頻度でしかうちには来なかったし」

「個人的なおつきあいは無いと?」

「ありません」

恭介はきっぱりと言った。


第一発見者は同僚だった。ワンルームで事務所が借りている部屋だ。地方出身のソープ嬢の為に事務所が貸している為、マスタキーでそろそろと入った結果、英恵はうつ伏せで倒れ、背中に包丁が突き刺さっていた。

そして一面の、若い男の写真が壁に貼られ、その写真の中の男はシャッターをおした人物を見ている様子はなく、角度もずれている為盗撮したものと思われた。



・・・・あたしたちみたいなさ女ってさ、初恋とかさ、真面目そうな男を好きになったってさ。絶対にかなうわけないんだよ。でもさ夢くらいさ見たっていいじゃん。

 


英恵は東北出身で、家出の末新宿のネットカフェで寝泊まりしていたのを支配人がスカウトしたのを同僚は知っていた。

 お金貯めたらさ。普通にOLして、普通に結婚したい、と英恵は言った。

 もう、それもかなわない話だけれど。

ただ一枚、引き延ばされたのは、二年前のクリスマスに常連客が大量のリシャールを抱えて訪れた時のものだろう。あまりの馬鹿馬鹿しさに苦笑した。

「ここホストクラブじゃなんですが」

「いつも俺たちをいやしてくれる【黒猫】の店主にプレゼントお~。クリスマスって客の財布が緩むからいいねー」

 だが、恭介は英恵の記憶は薄い。付き合っているのかと言われたら、よく覚えていない、というしかないほどに。




 刑事二人に言えることは、【黒猫】に「時折、仕事帰りによる事、面識はあっても、会話等ほどの事は無かった。恭介は寡黙な事でも有名だ。時折、酔客で態度の悪い男が入ってきても、それを知っているホストがうまくそういう客は追い出してしまう。

「だって【黒猫】がなくなったら、夜中に旨い珈琲飲めなくなるじゃん」

そう言ったトオルもコロナからしばらく顔を見ていない。飲食店の在り方を変えたウイルスは、いつおさまるのかは誰も知らない。

「あの殺された娘はお前のストーカーか」

先ほどまで一言も発さなかった、榊「スツールの上で伸びをした。質の良い生地のスーツなのは一目でわかる。

「でもさ・・・・ストーカーってもっと・・・。店でも喋りかけてきたはしなかったし・・・」

「うつ伏せ、背中を向けて自分の家のパン切ナイフで刺されるとはな。女は自分の家に入れて背中を安心して向けるのは見知らぬ男じゃない。恋人か、友人か。あいつらだって、犯人がお前じゃないこと位はわかってるだろうさ。だが、あの部屋のお前の写真を見れば、ストーカー、ファン心理。第一彼女が殺されたのは、午前1時40分、お前が店じまいするのは午後2時。お前が殺すには時間が無さすぎる」

 写真の一枚にスツールにおかれた電子時計は午前1時40分を示していたのを榊は言っているのだ。

「ファン心理?」

「お前は言われるのが嫌かもしれないが、大枚つぎ込んで整形までしていた女からすれば天然でその造形は眺めているだけで羨ましすぎるだろ」 

恭介が容姿の事を言われるのが嫌いなのを承知で榊は言った。

「彼女が何で整形なんて榊さんがわかるんだよ」

「金型みたいな同じ顔になるだろ。」

「榊さんほんと、口悪いよね。やめ検の弁護士だから?」

「クライアントの前じゃお上品だからいいんだよ」

 榊がふらりと店に現れたのは二年前だろうか。ひどく疲れた顔をして、

「ほんとにここで珈琲飲めるのか・・・こんな時間に」

 午前二時の閉店間際だったが、男の様子があまりに疲れていて、あまりに左肩がすとん、と落ちていた為だろうか。殴り合いでもしたんだろうか。でも榊の顔にはかすり傷一つない。恭介は、おしぼりと水を出した。

「生憎アルコールは置いてませんので、ご希望の場合は他の店を」

「珈琲が飲みたいんだ」

 せっかちな男らしかった。そしてひたすら疲れているようだった。目の下に隈がある。端正な顔だが、幾分粗野な印象を与えるのは少し荒んだその目元の背だったかもしれない。

 それが、榊と恭介の出会いだ。

「恭、戸締りは気をつけろよ。何かあったら俺のスマホを鳴らせ」

 こうしてさくっと、榊と恭介は携帯を交換する事となった。何故だかわからない。自分の写真に囲まれて死んだ女。それを殺した殺人者。これでひとりぼっちでいるなんて寂し過ぎたせいかもしれない。







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