続・英雄と呼ばれた男 ~引き籠もりのあがり症の俺だけれど、ゲームの最強キャラになって異世界転生したから今までの俺とは違ってバラ色の人生を送りたいと思う~
前回が得た物なら今回は失った物中心
どうも。異世界チート転生者です。訳も分からない内に剣と魔法の世界に最強の肉体でやって来た俺は数多くの人を助け、冥王だなんて中二臭い通り名を持つ英雄扱いだ。
前の人生じゃ数多く量産されて俺も楽しんでいたネット小説みたいな出来事。妄想の中で俺ならこうするとか考えたりしたんだけれど、夢ってのは夢の中だけで良いし、物語は物語だからこそ楽しい。
俺はそれをこの世界に来て直ぐに思い知ったよ……。
「朝か……」
それなりに宿賃が必要な部屋のベッドの上で目を覚ます。最新鋭の科学に基づいて設計されたベッドって訳じゃないから寝心地は其処まで良くない。まあ、板の上に薄い布団を敷いただけの安宿に比べればマシなんだが、朝っぱらから地球のベッドが恋しかった。
「今日は何曜日……いや、この世界じゃ曜日とかも別物なのか。確か竜の月鷲の日だったっけ? 覚える常識が多くて嫌になるなあ……」
俺が得た肉体は戦闘能力以外に頭脳もハイスペックで、前の俺よりも物覚えがずっと良い。でもさ、ずっと使っていた物が急に別物に変わるとか習慣の問題って大変なんだぜ?
「鷲の日は日曜日と同じだから何時ものパン屋は休みか。日曜……朝から特撮とかアニメとかやってるんだよな。あー、テレビ観たい。ゲームしたい。好きな歌手の歌を聴きたい」
絶対に無理だと分かっていても口に出してしまう欲求。前世では多くの娯楽があった。ソシャゲのイベントが重なって同時進行に苦労したり、見たい番組の時間帯が重なって、別のを録画してるからってチャンネル争いになったり、好きなマンガの発売日には開店時間から本屋に向かったっけ。
でも、この世界にはどれも無い。娯楽と言えば本とか劇場とか……娼館とかその程度。でも運送とか製本技術とかの問題でそんなに多くの種類が出回る訳じゃないし、文化の違いなのか歌だって日本のアーティストの物とは別物だ。まあ、洋楽好きなら楽しめたんだけれど、俺は音楽の授業や映画でしか聴いてなかったから。
それに王侯貴族や宗教が絡んでの規制もあってさ。
「ラスボス手前で止まってたんだよな。……それに見られたら恥ずかしい本を隠してるし」
もう俺はゲームで遊べないし好きだった映画や漫画の続きがどんなのか知れない。好きな歌だって自分で歌うだけだ。……前世ではネットの掲示板で趣味が同じ人達と語り合ってたんだけれど、この世界じゃ無理だ。
「寂しい。誰かと好きな物について語り合いたい……」
この世界にもネットが有れば良かったのに。それなら他人が怖い俺でも話が出来るし、勧められる事で新しく好きになる物が発見出来るかも知れない。無い物ねだりしても意味がないんだけれど……。
「……さて、顔でも洗うか。体も寝汗でベトベトだし。昨日のアレが原因だよなあ……」
昨夜、俺は依頼の報酬を受け取って帰ろうとしたんだけれど、お得意様の商人に案内されて彼の店に向かったんだ。報酬の支払いが良い人だし、何時までも人と関わり合いになりたくないってのも駄目だと想い、一歩踏み出した。
「貴方にはお世話になっていますし、通常の半額で宜しいですよ」
素晴らしい物を安く売ってくれると言って俺を呼び出した商人は多分良い人だ。小太りの小さいオジさんで、何時もニコニコ笑っているし、評判だって悪くない。
だから俺も安心して付いて来たんだけれど、その商品が問題だったんだ。
「奴隷……」
「ええ、奴隷です。身の回りの世話をさせるには便利ですし、有名な冒険者の殆どが購入していますよ。奴隷の紋章によって従順ですし、購入して損はないかと」
俺の目の前には首輪を装着させられた女の人達。セクシーなダークエルフにスレンダーなエルフ、お子様体系の猫の獣人。
そうか。この世界じゃ奴隷なんて当たり前の存在だったな。殆ど働かない頭の中で俺はそんな事を考える。商人が何やら言っていたけれど理解不能だった。
今まで読んだ小説では主人公が美少女の奴隷を購入、優しい扱いに惚れられるなんて当たり前の展開だったけれど……ああ、駄目だ。
「……要らない。悪いが疲れたから帰る」
人をお金で買う? 物として所有? そんな扱いをする気は無いし、そんな勇気はないけれど、人をお金で売り買いするという事に途轍もない嫌悪感が湧いて出る。今にも吐きそうだった。
あの商人は間違い無く善人……だと思う。奴隷の扱いだって他より優しいんだろう。でも、そんな人でも人間をお金で売り買いする事を普通だと思っている事に、善意で勧めて来る事が怖かった。
ああ、俺は本当に日本とは全く違う世界にやって来たんだと、強く思い知らされた。
「お水をお持ちしました」
水道設備なんて存在しないから顔を洗う為の水は宿屋の人が水瓶に入れて持って来てくれる。この人は……首輪がないから奴隷じゃないな。少しだけホッとした俺は浄水設備なんて無いからか少し臭い気がする水で顔を洗おうとして、水面に映る顔を見てしまう。……当たり前だが元の俺の顔じゃない。
「……おぇ」
込み上げて来た吐き気を堪える。気にしないでいた声も元の俺とは別物で、水や鏡に映るのも別人。銀髪碧眼の見慣れぬ自分に覚える途轍もない違和感が気分を悪くさせた。
「確か何処かの国の人体実験だったよな。鏡に向かって”お前は誰だ”って言わせ続ける奴。精神がやられるんだっけ? 悪役転生者ってそうなった結果なんじゃ。……俺の末路か」
多分本当に今の俺の状態がそれに近いんだと思う。慌てて仮面で顔を隠し、作った声を出す。大丈夫だ。これで安定する。今後は注意しないと……。
「俺、本当に別人になっちゃったんだな。美形になったけれど、全然嬉しくない。前の姿の方が良かった。地味で冴えなくても親から貰った見た目のままの方が……」
恋しい。前の自分が恋しい。日本が恋しい。何よりも……家族が恋しい。
「先に死んでごめん。親孝行出来なくてごめん。親不孝な息子でごめん。もう十年しか生きられなくて良いから元の世界で元の俺として暮らしたいよ。少しでも恩返しがしたいのに……」
家族のことを思い出せば涙が溢れて止まらない。永遠に会えない家族に関わる事も次々に思い出された。
母さんのカレーは美味しかったし、父さんが連れて行ってくれる回転寿司のラーメンはお気に入りだった。小さい頃に死んだ祖母ちゃんの好物だった水饅頭を仏壇に供えてたっけ。
どれも二度と食べられない。そもそもこの世界に存在しない料理だし、材料も作り方も分からないけれど好きだった物は沢山ある。この世界の主食はパンで米は存在しないけれど、俺ってパンより米派だったんだ。明太子と大葉とチーズを具にしたおにぎりも、塩だけで味付けしてパリッと炙った海苔を巻いたのも大好物で、パンだってコンビニで気軽に買えた総菜パンも無い上に固くてボソボソのばかり。
それでも生きる為には食べる必要があって、臭みの強い肉を香草で誤魔化したのとか食べていたら日本の食事ってどれだけ恵まれていたか感じさせられる。もう栄養のための作業みたいな食事は嫌だ。
「……仕事に行こう」
終わった後は吐きそうになるけれど、仕事中は今の現実を忘れられる。映画でも観てる感覚で自分を誤魔化せるんだ。
まあ、盗賊退治は殺そうと向かってくる連中とか加減を損ねて殺してしまう重圧で酷いもんだけれど、モンスター退治なら非現実で何とかなる。断末魔の叫びが暫く聞こえるから鳴く間も与えず死体も出来るだけ残さないようにすればね。
「ああ、非現実的と言えば何処かの国が勇者を召還したとか。拉致から強制傭兵労働か。人権なんてまるっきり無視だな。……本当だったら大変だ」
まあ、俺には関わりの無い事だし、勇者に選ばれるのって陽キャのイメージが有るから関わりたくない。
……だったのに。
「貴方が冥王ですね。俺達と一緒に世界を救いましょう!」
まさかの遭遇、そして勧誘。見るからに陽キャのハーレムパーティーからお誘いを受けました。
これ、宗教とか王家とかバックに居るんだよな?
……吐きそう
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