王子様の婚約者5 sideエレノア
わたくしが親友と―――シンシアと出会ったのは、6歳のころだった。
侯爵家の娘であること、年相応でない冷ややかな容貌、そのくせ容貌に反して内気な性格が災いして、お友達をうまく作ることのできないわたくしを心配して、お父様が小さなお茶会を開いてくれた。
大きな港町を抱えるリメリオと古くから付き合いのある、リベラニア領主であるオルティス伯爵家。
たまにお会いするオルティス伯爵夫人は、冷たい印象を持たれてばかりのわたくしの容貌を、家族以外で『可愛らしい』と言ってくださる唯一の方だった。
本来、社交の場に出ることのできないわたくしがお母様と夫人のお茶会に顔を出しても、いやな顔一つせず、微笑んで迎え入れてくれる優しい方。
そんな方の娘がわたくしと同い年で、さらに大変な読書家らしいと聞いて、会ってみたいと思えた。
初めて会った彼女の印象は、『不思議な女の子』だ。
夜空のような藍色の髪はさらりとなびくストレートで、輝く月のような灰色の瞳は、わたくしと同じく少し吊り上がっている。
わたくしと一緒で、見た目の色味は冷たいのに、ころころと変わる表情のためか冷たい印象は抱かない。
どんな時でも穏やかで、優しくて、家族のことが大好きで。
分かりやすく表情を輝かせたかと思えば、思慮深くこちらの様子を伺っていたりもする。
同い年なはずなのに、ずいぶん年上に感じるほど落ち着いた子供。たまに年相応な子供らしい反応をしたかと思えば、次の瞬間には両親と同じくらい大人に見えたりもする。
そんな不思議な子だった。
目を合わせて会話ができたのも、会話が途切れることなく続いたのも、逆に沈黙がちっとも気にならなかったのも、彼女が初めてだった。
本の好みが似ていたので、おすすめの本を紹介しあい、感想を送りあい、家族に呆れられるほど頻繁に手紙のやり取りをした。
次第に本以外の話題も増えて、家族以上になんでも話せる存在になるのに、時間はさほどかからなかった。
彼女は、いつも家族のためになることを考えていて、自分にできることを常に探していた。
わたくしも家族のことが大切で、心から愛している。それでも、家族のために自分を高めようと考えたことはなかったけれど。
「わたしたちはまだまだ子供で、できることは少ないけれど…。少しずつでも積み重ねれば大きな力になるはずよ。その小さな積み重ねを怠ったことで、わたしの大切な家族が馬鹿にされたり不利益を被ることに耐えられないの。」
「それだけよ」と言って微笑む彼女がとても大人に見えたことをよく覚えている。
たしか、まだ8歳のころのことだったと思うが、なぜそれほど熱心に勉強をするのか、と聞いた時のことだ。
「まあ、あとは…、お父様もお母様も、お兄様までわたしを甘やかそうとしてくるからかしら。それに甘えていたらとんでもなくわがままな子供になりそうでしょう?」
そう言って困ったように笑う彼女に、自分が何と返したのかは覚えていない。
それでもその時、わたくしが抱いたのは―――大きな危機感だった。
わたくしの家族も、わたくしのことを甘やかすのが大好きだ。
あまり大きなわがままを言ったことはなかったと思う。
しかし、わたくしが小さなわがままを言うと、少し困ったように、しかしとてもうれしそうに叶えてくれる。
それが分かっているから、時々小さなわがままを言って、甘やかしてもらうのが好きだった。
もし、それが当たり前になってしまったとしたら?
わがままを聞いてもらうことが当然のことになって、家族以外の周りの人たちにも同じことを求めるようになってしまったら?
―――きっと叶えてくれるだろう。わたくしが侯爵家の娘だから。
けれど、陰で後ろ指をさされることになるかもしれない。
わたくしだけではなく、愛する家族たちさえも。
そこまで想像して、とても耐えられないと思った。
シンシアの言うとおりだ。
それからのわたくしは、侯爵家の娘として自分も家族も恥をかかないように意識するようになった。
マナーもダンスも勉強も。些細な立ち居振る舞いも、王族に連なる侯爵家として恥じないように。
わたくしが本当の意味で侯爵家の娘であることを自覚できたのは、彼女のおかげなのだ。
(わたくしがエドワード様の婚約者になれたのも、シンシアのおかげだわ…)
エドワード様主催のお茶会で初めて彼と言葉を交わしたときから、わたくしの心は彼に奪われてしまった。
敏い彼女にはすぐにばれてしまったけれど、家族には知られないよう気を付けた。
遠くから眺めるだけで満足していたわたくしを、優しくひっぱってエドワード様のいる輪のなかへ連れて行ってくれて、彼との仲を取り持ってくれたのは他でもない、シンシアだった。
エドワード様からの夢のような申し出のあと、冷静になって少し落ち込むわたくしを慰めてくれたのも。
誰よりもわたくしたちの婚約を喜んでくれたのも。
彼女と出会わなければ、今のわたくしはないだろう。
わたくしの運命を変えてくれた彼女が幸せになれるよう、彼女のためにわたくしも何かをしてあげたい。
―――人のことにはよく気づくのに、自分への好意には疎い彼女を。
(そのためには、ジェイドお兄様に頑張ってもらわなくてはね)
今日の婚約式を乗り切ったら、奥手な兄をせっついてみようと思う。




