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小さくて細いブラウン管

作者: 秋葉夕雲

 大丈夫。

 私ならできる。

 私は職業上機械の修理には慣れている。

 自分にそう言い聞かせる。

 そうして必要な工具を揃えてから骨董品のように実家の納屋に置かれていたブラウン管を分解し始めた。


 こんなことをする原因になったのは母の一言が原因だ。

則夫のりおが遊んでいるビデオが見たいわあ』

 パソコンやスマホを何度も探すが、それらしい動画は見当たらなかった。

 無理もない。

 もう何年も前のことなのだ。

 途方に暮れ、縋るような思いで物置を探ると一本のビデオテープが見つかった。

 そこには運動会、小学生。その二言が書かれていた。

 これだ。

 そう確信した私は、またしても絶望した。

 今どきビデオデッキなんかあるはずがない。

 時間さえあれば業者に依頼してビデオをDVDなどにダビングできるだろう。

 しかしあまりにも時間がない。

 ビデオを母に見せられる機会はそうない。

 そうしてもう一度物置を漁ると、ビデオデッキ付きのブラウン管テレビが見つかった。

 だが、故障して動かなかった。

 覚悟を決めた。

 修理するしかない。


 ブラウン管の中身は煤で真っ黒だった。

 マスクをつけても咳き込む程に空気が淀む。

 故障内容ははっきりしない。

 とりあえずひび割れしているはんだを片っ端からはんだ付けしていく。

 トランジスタなどが故障していた場合、新しい部品を購入するしかないが、時間がない。

 はんだのひび割れによる接触不良であることを祈るしかない。

 地味な作業を続けて数時間。

 ひとまずできるだけのことはやった。

 電源を入れる。

 そして……


『まあ則夫ったら頑張って走ってるわね』

 ()()()()()()()()()()に移っているのは私の息子の姿。

 百メートル走で一番になっていた。

「ねえ義雄さん。そう思わない?」

 母が私に、()()に尋ねてくる。義雄は父の名だ。

「そうだね」

 複雑な顔で相槌を打つ。

 老人ホームに頼んで動画を再生させてもらってよかった。

 母の喜ぶ顔が見れた。

 ……それがたとえ、自分の努力と関係がなかったとしても。

 次に直接会えるのはいつになるかわからないから。

 数か月後、母は老衰によって世を去った。

 認知症が進行してから随分時間が経っていた。


 現在、老人ホームの面会はコロナの影響で著しく制限されている。

 重症になりやすい老人を守るためにはやむを得ない処置なのだろうが、それだけに家族と会える機会を逸してはならない。

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