文学少女は詩と共に
なろうラジオ大賞2第二弾。今回はお題からネタ出ししてみました。ややビターめな出来ですが、よろしければご一読ください。
鉛筆の音だけが僕と保笑の空間を埋めている。
「……区切り、付いたね。御飯にしよう」
「ん」
手が止まったのを見てすかさず声をかける。このタイミングを逃すと、彼女は次の詩を書き始めてしまう。そうなると、食事も風呂も数時間先だ。
「今日は水炊き作ってみたよ」
「ん」
椀を差し出すと、保笑は箸を取って食べ始める。コメントは無いけど、食べ進めているから悪くはないのだろう。
「あ、そうだ。先月出した詩集、もう増版がかかるって」
「……」
保笑の詩は、炎の様だと評される。燃える様な激しさと輝く炎の美しさ、それが心を打つのだそうだ。
「活字離れが嘆かれる昨今でこれは凄いって、編集長も褒めてたよ」
「……」
でも僕は知っている。彼女の詩は芸術ではなく、激情そのものだと。理不尽に家族と幸せを奪った世界への怒りなのだと。
「食べたらお風呂入ろう」
「ん」
保笑の父親は高名な作家だった。小説家を目指すも挫折した僕に、編集の仕事を与えてくれた恩人でもある。だからあの火事は正に悪夢だった。彼女は天涯孤独となり、それ以来取り憑かれた様に詩を書き続けている。
「今日は髪を洗おうか」
「ん」
保笑は一人ではお風呂どころか食事もしない。延々と燃える様な詩を書き続ける。命を削ると言う言葉そのものだ。倒れた事も一度や二度じゃない。死を望んでいるとさえ思った。でもきっと違う。
「流すよ」
「ん」
痩せた身体に火傷の痕が痛々しい。きっと保笑の中であの日の炎は燃え続けているのだろう。それが身を焼かない為に、詩に吐き出しているのだ。生きる為に。
「明日は天気が良いみたいだから、ちょっと散歩に行こうか」
「ん」
保笑の文才は素晴らしい。言葉に出来ないはずの心の奥底を、詩として表現できる力がある。だからこそ辛い。保笑が書く詩が燃え立つ限り、彼女が救われていないと言う証なのだから。
「河原の辺りまで行こう。きっと気持ち良いから」
「ん」
でも炎が消えたら、保笑に何が残るのだろう。炎が生きる支えだとしたら……。
「そうと決まったら今日はもう寝ようね」
「んん」
寝巻きに着替えた彼女は、再び鉛筆を取る。溜息を押し殺して僕は隣に座る。
「一つだけだよ」
「ん」
「今度はどんなのを書くの?」
保笑はさらさらと紙に題を書いてみせた。
『焼け野原に咲く花』
読了ありがとうございました。
千文字ってあっという間過ぎる。本当ならじわじわ保笑ちゃんの作風が変わっていく様を書きたかったのに。そのうち別で書き直そうかな。
ちなみに保笑は、保+笑む(えむ)でpoemとかけてます。ダカラ『ドーダコーダ』言ウワケデハナインデスガネ。