061 裏切り者と愚か者
数十分後。
全員が、所定の位置への配置が完了する。
師匠とサムは地上で突入のタイミングを待っている。
僕とヴァイオラ、そしてイエラは下水道への侵入を終え、工場と繋がるという排水口の前にいた。
「私はここで待機だねー」
「何かあったら戻ってくるから、そのときは回復魔法をお願いするね」
「魔力はばっちりだからー、いつでも使えるよー」
「頼もしいわね。合図が出たらしっかり逃げるのよ」
「うん、がんばって走るー」
頼りない返事だが、イエラがしっかりした女性であることは僕がよく知っている。
だから心配はしない。
自分のことだけに集中する。
僕とヴァイオラは視線を合わせ、汚れた水が流れ出るダクトへと入り込んだ。
僕が先頭、ヴァイオラが後方。
ちなみにヴァイオラも諸事情で執事服を着ていない。
悪臭に耐え、身を捩りながら暗闇の中をしばらく前に進むと、鉄格子が見えてくる。
――あれが処理室側の排水口か。
鉄格子に手をかけ、力づくで押し外した。
できるだけ音を立てずに、そっとそれを横に置く。
ゴミの山が置かれた工場の処理室、そこに這い出た僕は、ヴァイオラに手を貸し引きずり出した。
サムの情報通り、この時間は処理室には誰もいない。
服の汚臭はひどいものだ、このまま外にでたら汚れや匂いでバレる可能性もあるほどに。
だから一段上にあがって、きれいな場所に移動すると、ヴァイオラが袋に入れて持ってきた執事服に着替える。
おそろいの衣装――だったら前からヴァイオラが貸してくれればよかったんだけど、彼女が嫌がったのだ。
確かに、執事服のペアルックというのは少し気持ち悪いものがあるけれど。
僕の服の中には、破れた自分の執事服から移したナイフがたっぷりと仕込んである。
さすがに元の数よりは少ないけれど、潜入任務なら問題なくこなせるはずだ。
着てきた服は、ゴミ山に投棄。
部屋から出ると、廊下は左右に別れていた。
「こっからは別行動だね」
「無事に外で会えることを祈るわ」
「うん、またあとで」
僕とヴァイオラは、それぞれ逆方向に駆け出す。
足音はほぼゼロ。
執事の基本技能だ。
このまま陽動作戦開始の所定位置まで急ぐ。
廊下の突き当りを左へ、さらに突き当たったところを右に向かうと、まず階段があって――
「……ない」
ただの、行き止まり?
いや、そんなはずはない、地図にはしっかりと書いてあったはずだ。
壁を触り、隠し階段がないか探る。
だが風の流れからしても、ここにそういった類のものがあるとは考えにくい。
第一、ここは工場だ。
普段から働いている人間が使う通路を、わざわざ隠すはずがない。
焦りを感じる僕の耳に、足音が近づいてくる。
警備員だろうか。
僕はひとまず道を引き返し、無造作に置かれた箱の影に身を隠した。
特に怪しまれることなく、人影は遠ざかっていく――するとそのタイミングで、持ってきていた端末が震える。
発信元は――ヴァイオラ?
慌てて耳に当てる。
『クリス、ちょっと問題が発生したわ』
ヴァイオラの声は小声だが、焦った様子が聞こえてくる。
「奇遇だね、こっちも問題が起きてる」
『このまま、通信を続けて移動できる?』
「警備員の数はあまり多くない、行けると思う」
『じゃあ、少しこのフロアを探りましょう』
僕たちは手分けして、この工場の地下フロアを探った。
途中で、確かに上への階段は見つかったが――明らかに前もって見ていたあの構造とは違う。
そして階段には、魔石を使った探知センサーらしきものまで備えられていた。
警備員を殺して、対となる魔石を奪えば突破はできるだろうけど――あまりに予定と違いすぎる。
上に行った先の見取り図も間違っていたとしたら、作戦もへったくれもない。
僕たちは一旦処理室に戻り、話し合う。
「……クリス、逃げましょう」
ヴァイオラは即座にそう告げた。
「僕も同感だよ。あのサムってやつ、やっぱり信用するべきじゃなかったんだ」
「でも……師匠も騙されてたのかしら」
「それは……」
師匠がそんなヘマをやるとは思えない。
だがそうだとすると、師匠とサムは、最初からこれを知っていたことになる。
そんなわけはない。
頭が混乱する。
駄目だ、こんな精神状態でまともに隠密行動なんてできる気がしない。
「考えるのは後にしよう、まずは脱出が先だ」
「そうね、排水口に戻って――え?」
先に侵入口に使った排水口前に来たヴァイオラが、足を止める。
僕もそこまで移動し、立ち尽くした。
「排水口が、無いわ。どういうことよ! さっきまで確かにここにあったじゃない!」
「埋められたんだ、【土使い】に」
「じゃあ、私たちの侵入は……」
「とっくに気づかれてる」
いつから。
誰のせいで。
あまり、信じたくはないが――ここまでずっと胸に抱いてきた小さな小さな疑念が、芽を出して、葉を付けて、花開こうとしている。
だが僕はまだ見ないふりをした。
どうせ逃げ道は塞がれている。
後戻りはできない。
直視しようがしまいが、じきに、結果は出るのだから。
再び処理室から出る。
廊下に警備員の姿はない。
「もうどうせ気づかれてるなら、センサーを気にする必要もないわね」
「うん、上に向かおう」
階段を目指して角を曲がる。
すると――警備員が立ちはだかった。
僕らは足を止める。
……さっきまでここに、人の気配なんてなかった。
完全に消していたんだ、僕も気づけ無いぐらい。
こいつは――普通の警備員なんかじゃない。
相手は帽子を深くかぶり、腰を落とし、こちらに迫る。
「シッ!」
深く、素早く息を吐き出し、複数のナイフを投擲――狭い通路で放たれた風刃針鼠は、壁にあたり、跳弾しながら読みにくい軌道を描いて相手に迫る。
だが敵は速度を落とすことなく、それを避けながら接近を続けた。
僕の横で、ナイフの隙間を埋めるように、ヴァイオラが魔法を放つ。
「[コープスワーム]、これならッ!」
闇の上位魔法。
かざされた手のひらから、無数の闇が放たれる。
それは毛虫のようにうねりながら、不規則な動きで警備員を追尾する。
彼の口元がニィ、と歪む。
次の瞬間、その姿は消えた。
どこに――とヴァイオラが戸惑いの声を発する前に、その体が、“彼女の放った闇魔法の中”から現れる。
そしてヴァイオラの頭に手を伸ばし――
「ヴァイオラぁっ!」
僕は彼女に向かって飛び込み、押し倒すことで難を逃れた。
「く……ありがと、クリス」
「あいつはどこに――」
警備員の姿は、廊下の後方にあった。
こちらに背中を向け、その姿は遠ざかっていく。
「【闇使い】の執事と聞いていたが……この程度か。つまらんなあ……」
そして影に溶けるように、男の姿は消えた。
「馬鹿にしてくれて……!」
完全に、遊ばれている。
逃げ道は塞がれたというのに、現れた敵はこちらを見逃す。
相手から、あまりに圧倒的な余裕を感じた。
ならば進んだ先に待つものは何なのか――想像もしたくない。
「行きましょう、クリス。こんな悪趣味な戯れ、早く済ませるに限るわ」
「だね。時間をかけたって苛立つだけだ」
検知されることもいとわず、堂々と階段をのぼり、次のフロアへ。
一階――地下よりはかなり明るい。
そして階段から出た先は広場のようになっており、かなり広かった。
僕とヴァイオラがそこに足を踏み入れた瞬間、パンパンパンッ! となにかが弾け、色とりどりの紙テープが飛び、頭上からは紙吹雪が降り注いだ。
「ようこそ、黒の王蛇の本拠地へー! ボクらは君たちを歓迎するよ、クリス、ヴァイオラっ!」
目の前に現れたのはピエロのような姿をした男――サム。
そして彼の腕の中には、猿ぐつわを咥えさせられ、手を拘束されたイエラの姿があった。
「イエラッ!」
「あんたは――やっぱりあそこで殺しておくべきだったみたいね!」
「あはははっ! 面白いことを言うんだね! 殺そうとしてもボクは殺せないよ―。なぜなら、君たちは弱いからさ! あははははっ、あはははははっ!」
「こいつッ!」
「ヴァイオラ待って。サム、師匠はどこにいるの?」
あくまで冷静に。
もちろん心の中は落ち着いちゃいられないけど、取り乱しては相手の思うつぼだ。
「心配は無用だ、クリス。我ならここにいる」
広場の向こうの通路から、師匠は普通に歩いて現れた。
およそ敵地での行動とは思えない。
「師匠、そこの脳みそ虹色ピエロが用意した地図、かんっぜんに間違えてたんだけど。どういうことなの?」
「そのままの意味だ」
「説明しろって言ってんの!」
「クリスに聞け。お前ならわかっているんだろう?」
急に話を振られた僕は、思わず体をこわばらせた。
わかっている。
わかっているが――認めたくはなかった。
しかしヴァイオラの視線がこちらに向けられると、言わないわけにもいかない。
「……大丈夫よクリス」
すると彼女は諦めたように、肩から力を抜いた。
「その顔で、大体の想像はつくわ」
「……」
「ふははははっ、クリスは人が良く、簡単に相手を信頼するようだが、実は用心深いところがあるからな。お前、本当は我と再会した時点で怪しんでいただろう」
「偶然にしてはできすぎているとは思ってましたよ」
「ははっ、そうだろうな。我もチャチな筋書きだとは思ったよ。だが、お前たちの“信頼”を利用すればどうとでもなると判断した。そして事実、こうして成功したわけだ」
「回りくどいわね。とっとと答えを言いなさいよ」
「わかっているのなら、言う必要があるのか?」
「認めるって作業が必要なのよ」
「何のために?」
「そんなの――師匠を、ぶっ殺すために決まってんでしょうがッ!」
ヴァイオラは師匠への敵意を隠しもせず、戦闘態勢を取る。
グローブから伸びる糸が、ふわりと舞い上がった。
「あはははははっ! 君はよく怒る子なんだねっ。怒るのは健康によくないんだよ? 笑おうよ、もっと楽しく!」
「変態ゴミ道化は黙れッ! 私はベアトリスと話してんのよッ!」
「ひどいなあ。ボクだって無関係じゃないのに。ほら、自己紹介を聞いてよ、きっと驚くから。ボクは十悪のNo.Ⅹ、“道化”のクラウンっていうんだ!」
「あっそう」
「うわあ、なんて薄いリアクション! そんなのステージに上がった演者としては失格失格大失格だよぉー! ねえベアトリス、プンプンしてあげてよ。師匠なんでしょ?」
師匠もあまりサム――もといクラウンのことは良く思っていないのか、反応は見せない。
だが、彼の名乗りの時点で、師匠の正体には察しがつく。
「ベアトリス……あんたもそうなのね」
「師匠とは呼んでくれんのか」
「呼ぶか呼ばないかはこっちで決めるわ」
「そうか……寂しいな。クリスはまだ我のことを師匠と呼んでくれるだろう?」
「……早くして、ベアトリス」
「ふっ、ふはははははっ! 無理はするものではないなあ、クリスよ!」
腹が立つ。殺したい。
僕だって、師匠にそういう感情を抱くことはある。
彼女を睨みつけ、ナイフを握り構えると、さすがにベアトリスも笑うのをやめた。
そして改めて、腕を組んで無駄に大きな声で名乗る。
「我は十悪No.Ⅴ、“執事”ベアトリス!」
裏切るどころか、最初から十悪の一人――ああ、まったく、馬鹿にされたものだ。
ヴァージニアは、僕らがここに来ることを最初から知っていた。
どこから流れたのかと思えば、そういうことか。
誰かが尾けていたとか、魔法で見張られていたとか、そんな事情ですらなく。
単純に。あまりに単純に。
「ここにたどり着くまでの道程は、お前たちに対するテストであった」
「僕たちを黒の王蛇に引き込もうっていうの?」
「くはははははははッ! 笑止千万ッ! お前たちの実力程度では組織で生き残れん。我が見ていたのは、“素材”としての適正だ!」
「私たちを魔物に変えようってこと? はっ、悪趣味ね。その趣味の悪さが顔にまでにじみ出て隣のピエロまで醜くなってるわ」
「一週間後、久しぶりにヴェルガドーレが姿を現す。そのときの献上品というわけだな」
「ヴェルガドーレは旧友とか言ってたじゃない」
「事実だが」
「その部下になってへーこらして挙句の果てには献上品? うっわ惨めだわー、死んでもあんたとそこの道化みたいにはなりたくないわ」
「……ねえベアトリスぅ。ボク、そろそろあいつに立場をわからせてやりたいなあ」
「我慢しろクラウン。今は捕らえることが先決だ」
「捕らえる、ねえ。ベアトリスは【武道家】、魔法なんて使えないはずよね」
「だから魔力障壁を持つお前は倒せない、と?」
「まあ、隣の魚のフンみたいな虹色男にやらせれば、障壁は突破できるでしょうけど」
「お前えぇ……ッ!」
体を震わすクラウン。
彼を再び止めるように、ベアトリスが一歩、前に出た。
「では、試してみるか」
両拳を軽く握り、中段に構える。
距離は拳の間合いではない。
リーチだけを見ればヴァイオラが有利だし、何より彼女が言った通り、物理攻撃じゃ魔力障壁は突破できない。
どういう手で来るのか。
ベアトリスの狙いはヴァイオラ、だが別に律儀に一対一を守る必要もない。
いざとなれば割り込めるよう構えながら待つ。
「いいわよ、かかってき――」
ヴァイオラの言葉の途中、ベアトリスの姿がそこから消えた。
そして次の瞬間、腰を低く落とした彼女の打撃が、ヴァイオラの腹部に深くめりこむ――
「虚震拳」
「がっ――!?」
まるで魔力障壁など存在しないかのように、それは突破され、ヴァイオラは吹き飛ばされた。
今――何をした?
魔法は使っていない、動きに【武道家】のスキルの片鱗は見られたが、しかしそれだけで障壁を突破するのは不可能だ。
何らかの力が、あの拳に宿っていたはず。
その答えにたどり着く前に、ベアトリスはこちらを向いた。
先手必勝――僕は刃を振るう。
「風刃――血鷲ッ!」
加速する風の刃。
だがベアトリスはためらいなく、真正面から突っ込んできた。
もちろん直撃。
あちらも魔力障壁はない、だから本来なら、それで体が輪切りになって終わり。
なのに――刃はまるで、ベアトリスの体に弾かれるように後方へと飛んでいく。
そして彼女は飛び上がり、僕の側方に瞬間的に移動すると、
「虚震脚」
鞭のようにしなる脚で、何の変哲もない、ただただ鋭い“蹴り”を放つ。
僕は腕でガード。
だが触れた瞬間、明らかに物理現象とは異なる強い振動が、僕の全身を襲った。
ガクン――と意識が揺れ、次の瞬間、僕はヴァイオラの真横でぐったりと座り込んでいた。
吹き飛ばされたのか……?
く、体が……重い……っ、ただの蹴りなのに、ダメージがここまで……っ!
「この力を、我は虚と名付けた」
こちらが動けないと知ってか、余裕たっぷりにベアトリスは語る。
「魔法使いでなくとも、魔力障壁を突破する方法。魔法使いになれなかった人間がそれを求めるのは当然のことだ。その結果、我がたどり着いたのがこれだ。どうだ、素晴らしい力だったろう?」
虚、ねえ。
何だかしらないけど、胡散臭いこと極まりない。
変な薬でもキメてなきゃいいけど。
「……クリス、戦うだけ無駄よ」
横たわったまま、ヴァイオラは言った。
「右側の影があと少し伸びたら、僕は抜けられる」
「オーケー、なら私が魔法で影を伸ばすわ。行くわよ……」
ベアトリスの話を聞くつもりなどない。
イエラには申し訳ないけど――助けるためにも、あの二人とは戦うべきではないという判断。
まずはヴァイオラがぴくりと指を動かし、魔法が発動。
離れた場所に、“闇溜まり”が生まれる。
それに合わせて、僕は走り出した。
「[ブリッツアサルト]ッ!」
「ふん、無駄なことを」
加速――そしてつま先が影につく。
ベアトリスがこちらに動き出すのと同時に、続けて[シャドウステップ]を発動。
僕の体は影に沈んだ。
「【暗殺者】のスキルかっ!」
相手の意識がこちらに向いている間に、ヴァイオラも動く。
右手にあるパイプに糸を伸ばし、引掛け、加速して横を通り抜けた。
その先で合流。
相手はすぐに追跡してくると思われる。
背後を振り向く暇はない、ただただ僕らは前方へと全力疾走する。
「あの窓に突っ込むよ、ヴァイオラっ!」
廊下は一直線。
窓までの距離は十メートルとちょっと。
あとは駆け抜けるだけ――そう思った僕らの進路上に、角から曲がってきた人間が障害物として現れる。
ひと目みただけで、一般人ではないとわかった。
頭が天井に当たりそうなほどデカい。
体も筋肉の鎧を纏っており、纏うスーツの上からでもそれがはっきりとわかるほどだ。
そして何よりその表情。
数多の修羅場を生き延び、戦い抜いてきた、“戦士”の顔をしている――
「黒死ッ!」
ヴァイオラは問答無用で、必殺の一撃を叩き込むつもりのようだ。
僕も合わせる。
「血鷲ッ!」
加速した最上位魔法が、その男をめがけて放たれた。
彼はそれを、退屈そうな目で見ると、右腕一本で受け止める。
そして軽々と握りつぶした。
「は――?」
僕とヴァイオラが困惑する中、さらにそいつは握った拳を振り上げ、前に突き出す。
ゴォッ――風が吹き、僕らの頬を撫でた。
覚えているのはそこまでだ。
その風――いや、おそらくはそのあとにきた“何か”が、まるでギロチンのように瞬間的に僕らの意識を刈り取ったのだ。
視界は暗転。
奈落の底に、転がり落ちる。
◆◆◆
床に倒れたクリスとヴァイオラを乗り越え、大男はベアトリスとクラウンの前までやってきた。
そして興味なさげに、彼女たちに問いかける。
「あれは何だ」
「あははっ! 生贄さあ! ベアトリスが言ってたろう? ヴェルガドーレに献上する贄が必要だ、って!」
「その怯えて震えている女もか」
「これはボクの玩具だよぉ。ねぇ?」
クラウンはぎょろりと瞳を見開いて、イエラに顔を近づける。
彼女はすっかり青ざめており、声も出せないほど怯えきっていた。
「悪趣味だな。首領はそのようなことを望んでいないと言ったはずだ、ベアトリス」
「ふははははっ、久しぶりの友人の再会なのだからな。プレゼントの一つや二つ、用意したって構わんだろう?」
「……ふん、まあいい。それでクラウン、俺をここに呼んだのはなぜだ」
「えー? 呼んだのはフォルディだけじゃないよぉ。ⅨのモックレーやⅧのヘンリー、ⅦとⅥはいないから仕方ないとして、Ⅳの空白やⅢの聖女だって呼んだんだ!」
「それが何のためだと聞いている」
「エンターテイメントさ!」
クラウンが両手を広げてそういうと、彼の背後から紙吹雪が舞った。
自分の顔に降ってきたそれを、フォルディは鬱陶しそうに振り払う。
「黒の王蛇に抗う勇敢な戦士が二人! 数多の戦いを乗り越え、ようやく敵の本拠地までやってきた! だが! そこで待っていたのは最愛の師匠の裏切りと、敵組織の幹部たちだった! やっぱりこういうシーンって、全員が揃ってこそ映えるものだと思わないかい? だっていうのに、誰も乗ってくれないんだ。モックレーとヘンリーは自分の趣味が忙しいっていうし、ヴァージニアに至ってはボクの顔をみるなり『そんな気分じゃない』とか言ってくるんだよ? ああでもフォルディが来てくれたのは嬉しい誤算だったなあ。なんたって“超人”だもん、最強のNo.Ⅱだもん! お客さんもみんなワクワクさ!」
一人ハイテンションに語るクラウン。
フォルディは無言、ベアトリスもノーリアクション。
そしてクラウンの背後に突如として現れた、警備員の姿をした男も、つまらなそうに言った。
「そんなくだらない理由で俺たちを呼んだのか」
「おや、君はⅣの空白君じゃないか! ありがとう、君も来てくれていたんだね!」
「ベアトリスの弟子で【闇使い】の執事がいるっていうからやりあってみたんだよ。ま、期待はずれだったが」
「だが魔物にするには、あれぐらいの素材でちょうどいいだろう」
「何でそこに、大事な大事な弟子を使う必要があるんだ?」
「大事だからこそだ」
ベアトリスは瞳に憎悪の炎を宿し、強く拳を握りしめる。
「我は復讐の鬼。悲願を果たすためならば、修羅にでもなる。その証明と思ってもらえればいい」
「……ふーん。他の十悪が何を考えてるかなんて俺にはどうでもいいが、邪魔だけはするなよ?」
そう言い残し、立ち去る“空白”。
「用事がそれだけなら俺も戻らせてもらう」
「三人ほど地下牢にぶち込むが構わんか?」
「勝手にしろ」
フォルディも同じように、上のフロアへと戻っていった。
二人きりになると、クラウンはベアトリスの顔を覗き込み、相変わらずの茶化した口調で言う。
「ねえねえベアトリス。あの二人はヴェルガドーレに見せるから必要だとしても、こっちのイエラとかいう女はいらないよね? ボクが貰っていいかな?」
「何をするつもりだ」
「そんなの決まってるじゃないか! とっても痛いことさ! まだボクはこの子の悲鳴も聞いていないからね。一度でいいから鳴かせてみたいんだ! ね、ね、いいよねっ?」
「駄目だ。二人と一緒に地下牢に連れて行く。勝手に触れることも許さん」
「はぁ? ねえねえ、ボクってベアトリスを手伝ってるんだよね?」
「手伝う? 何を言っている、我はお前に金で依頼をしただけだ。きっちり払った分、働いてもらった。それ以上、譲る道理はない」
「……ボクより新入りのくせに偉そうに」
殺意のこもった、低い声で脅しをかけるクラウン。
だがベアトリスは一笑に付した。
「ⅩがⅤに勝てるとでも思っているのか?」
「……ちぇっ。わかったよ、今回は従う。でも用事が終わったら使わせてもらうから、そのときはヨロシクね!」
ベアトリスは心底軽蔑した眼差しを彼に向けると、すぐに目をそらす。
そしてクリスとヴァイオラを抱えあげると、地下牢へと運んだ。




