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050 インタールード

 



 規模が規模だけに、後始末には少々手間取った。


 まずはキャミィやイエラ、そして子供たちの救出。


 アルトとシージャは、真っ先にウェイクに泣きついた。


 そしてキャミィも僕に泣きついてくる。




「びえぇぇぇぇええええんっ! こわかったですううぅうううう!」




 泣き方がちょっとふざけているようにも聞こえるけど、これがキャミィという生き物だ。


 そんな彼女を優しく抱きとめると、顔をぐりぐりと胸に押し付けた。


 炎に包まれたあの家で閉じ込められていたのだ、さぞ怖かっただろう。


 一方でイエラは、冒険者なだけあって比較的落ち着いていたが、それでも顔色は悪い。


 なので手招きしてみると、戸惑いながらも近づいてくる。


 抱きとめる――のはさすがに距離が近すぎるので、とりあえず頭を撫でておいた。




「遅くなってごめんね」




 そう言うと、イエラは少し顔を赤くした。




「私のほうが歳上なはずなんだけどなー」


「こういうのは好きじゃなかった?」


「……そうじゃないけどー」




 嫌がられてる――わけではなさそうだ。


 なので続行する。


 ヴァイオラからは冷たい視線を、そして師匠からは生暖かい視線を向けられた。


 なぜだろう。


 その後、町長や街の有力者を呼び、リモーダルの死体を見せた上で説明をする。


 黒の王蛇が魔薬と呼ばれる薬物をマリストール領内に広めていること。


 その薬には、人間を魔物化させる力があること。


 そして紅の飛竜は、黒の王蛇から流れてきたその薬を改造し、動物に使って魔物を量産していたこと。


 すべてを聞いたあと、町長は感極まって膝をついた。




「なんと愚かな……すべてが紅の飛竜の自作自演なら、私たちはこれまで、一体、何を……」




 虐げられた子供たち。


 殺された冒険者。


 荒れ果てた街、枯れ果てた花畑――その全ての後悔が、彼にのしかかる。


 誰が彼らを責められるだろう。


 しかし、誰も責めなかったとしても、同時に彼を許せる人もいない。


 マリシェールから失われた二年間は、あまりに重い。


 そこに、ウェイクたちが歩み寄った。




「町長さん」


「おお……ウェイクか……すまなかったな。私たちは……取り返しのつかないことを……」


「そんなことはありませんよ。これから、いくらでも取り返せます」


「ウェイク……」


「そーだそーだ。悪は滅びた! だったらすぐに、元のマリシェールに戻るって!」


「う、うん。みんないっしょうけんめいなら、きっと、あっというまだよ!」


「アルト、シージャ……私たちを許してくれるのか?」




 ウェイクは笑う。


 もちろん、アルトとシージャも。


 別に意識してその表情を作ったわけじゃない。


 最初から、子供たちは街の人々を恨んでなどいなかったのだ。




「アルトの言葉通りですよ。悪は滅びました。だから、僕たちが恨むべき相手は、もう誰もいません」


「お……おぉ……すまなかった……本当に、すまなかったぁ……っ!」




 すがりつくように、町長はウェイクの手を握り、涙を流した。


 禊――というには即席すぎて、きっと街の人たちは、これからしばらく罪の意識に苛まれるだろう。


 けれど、もうこの街に悪はいない。


 子供たちが笑うのならば、いつしか傷は癒え、また美しい花々に包まれた街が戻ってくるはずだ。


 そのときは、リーゼロットを連れて見に来れたらいいな、なんて――調子に乗って、僕は甘い夢を見た。




 ◇◇◇




 別れのときがやってくる。


 僕たちにはあまり時間がない。


 まだ日暮れまで時間があるということで、その日のうちに街を発つことにした。




「みなさん、あと一晩ぐらい泊まっていってよかったのに」




 ウェイクが寂しそうにいった。


 最初に出会ったときとは、随分と違う表情だ。


 見送りには、子供たちだけでなく、街の人々がほぼ全員やってきた。


 こうも盛大な送迎をされると、少しむず痒い。




「そうだそうだ!」


「私も……お姉ちゃんたちと遊びたかったな……」


「う……私たちもできればそうしたい気持ちはあるんですが……」


「クリスたちは急いでるみたいなんだー。だから、またそれが終わったら会いに来るねー」


「うむ……むごっ、ふぐ……戦いはひっこくを争うようだからな。なぁに、すぐに勝利して戻ってくるさ。執事が三人もいるのだ、恐れるものなど何もあるまいよ」




 師匠の手には、初日に食べられなかったフライが握られていた。


 ついさっき、店の人が謝りながら持ってきてくれたものだ。


 だからといって、このタイミングで食べるのはどうかと思うけど。




「まったく、師匠ったら簡単に言ってくれるわよね」


「とにかく自信過剰なのが師匠だからね。けど、それぐらいの心構えでいけってことだと思うよ」


「クリスさん、僕はあまり黒の王蛇のことは知りませんが……がんばってください。この街から応援してます!」


「うん。お互いに、お互いの戦場で頑張ろうね。今のウェイクなら大丈夫だと思うけど」


「今はまだまだです。ですが――いつか父さんみたいに強い男になって、この街を守れたらいいと思います!」


「その意気だよ」




 瞳に宿る強い意思は、きっと父親譲りなんだろう。


 この子供たちと、優しい大人がいれば、マリシェールはもう大丈夫だ。




「では出発しますよーっ!」


「クエェェェェェエエェッ!」




 リーくんが鳴き声をあげると、五人が乗ったリザード車は走り出す。


 重さのせいか、少しばかりスタートは鈍いが、勢いに乗れば速さは前と変わらない。


 遠ざかっていく街の出口。


 手をふる人々。


 僕らも、その姿が見えなくなるまで手を振り続けた。




 ◇◇◇




 それから走り続けること数十分。


 キャミィは地図とにらめっこしていた。




「今日の目的地はもう決まってるんですが……そこから先はどうしましょうかね」


「道が別れてるの?」




 僕が尋ねると、キャミィは首を縦にふる。


 そして師匠が人差し指を立てて解説を付けた。




「セントラルマリス周辺には、食料供給のために多くの村が集まっているからな。我も網羅できないほどだ」


「ルートを選ぼうと思えばいくらでもあるわ。ただし、私たちの目的地である魔薬工場に向かうとなると、行き先は限られる」


「それでも結構あるんですよ。どこが黒の王蛇に見つかりにくいとかありますかねぇ」


「そこまで行くと大差はないのではないか?」


「ええ……少なくとも、魔薬の汚染度はティンマリスやマリシェール以上でしょうね」


「ううぅ、どこに行っても地獄ってことですか」


「しっかり次の街で体を休めておかないと、下手すれば連戦かもしれないね」




 敵の本拠地が近づいている、という実感が湧いてきた。


 とはいえ、情報がないからといって、行き先を適当に選ぶような真似はしたくない。


 理由の一つか二つぐらいはほしいところだが――


 すると、黙っていたイエラが口を開く。




「だったらー、このウェスマリスなんてどうかなー?」




 彼女はキャミィの持つ地図を指差しながら言った。


 位置はセントラルマリスの南西。


 ヴァイオラの言う魔薬工場の可能性が高い施設からは、それなりに近い場所にある。




「イエラ、ここに何があるの?」


「実はー、私の故郷なんだよねー」


「へー……故郷かぁ。なら万が一のことがあっても身を隠せそうね」


「マリシェールみたいに宿に困ることもなさそうです」


「断られて美味いものを食えなくなることもない、と」


「師匠、食べれたんだからもういいじゃないですか……」


「何を言うか。食は人生を構成する重要な要素の一つ。そこをないがしろにしては執事としてさらなる高みには達せぬぞ?」


「なるほど」


「いや納得させられてんじゃないわよ。この人、ただ食い意地が張ってるだけだからね!?」


「あははー。でもウェスマリスはおいしい食べ物がいっぱいある村だよー」


「……確かにそんな雰囲気はありますね」




 キャミィはイエラの体つきをみながら言った。


 さすがにそれは失礼だぞ、キャミィ。




「ところで――ねえイエラ」




 ヴァイオラは、ふいに目を細め、顎に手を当ててイエラに問う。




「あなた、本当に私たちに付いてきていいの? しばらくマリシェールで活動したほうが、冒険者としては賢い選択だと思うわよ」




 それは――僕も気になっていた。


 マリシェールでの騒動を経て、イエラは自らの意思で僕たちに付いてくることを決めた。


 確かに[光使い]がいてくれるのは心強い。


 実際、今日負った小さな傷も、さっき治してもらったばかりだし。


 けどそれだけで済ませていいほど、僕らの戦いは甘いものじゃない。


 命を落とす危険性だってあるのだから。




「いいんですよー。私は人々を魔物から守りたくて冒険者になりました。なのに、人間を魔物にする危ない薬を放っておくなんて、自分の目的を足蹴にするようなものじゃないですかー」


「イエラさん……すごいです。立派です!」


「その志は眼を見張るものがあるな。どうだ、執事になってみるつもりはないか?」


「えへへー。嬉しいお言葉だけどー、私は食べる専門だからー」




 執事を料理人かなにかと思ってる……?


 いや、それはさておき――




「綺麗事だけで付いてこれるほど楽な戦いでもないわよ」




 そう、問題はそこだ。


 冒険者としてのプライドだなんて、そんな曖昧な概念で、人の命を奪って奪われ――なんてことできるだろうか。


 僕は単純に心配なんだ。


 安全圏で足がすくんでも問題ない。


 でも一番怖いのは、いざ戦場に立ったとき、動けなくなることだから。




「綺麗事かー……ヴァイオラさんからはそう見えるかもしれないねー。でも、私はそう決めたからー」




 へらへらと笑いながら、イエラはそう言った。


 それがヴァイオラは気に食わないのだろう、なおも食らいつこうとしたが――僕が手で制して止めた。




「クリス?」


「イエラがいいって言ってるんだから、言葉に甘えようよ、ヴァイオラ」


「でもっ!」


「何かあったら、僕が必ず彼女を守るから」




 僕は、イエラの瞳に強い意思の光を見た。


 それは彼女の気の抜けるような喋り口調とは対象的な、極彩色の感情で――ああ、この子は胸の奥に何かを秘めているんだ、と直感的に察する。




「あんたはまたそうやって女を口説こうとするぅ……」


「……え? い、いや、そんなつもりないけどっ! ね、イエラ?」


「んー……んふふー……どうだろうねー……」




 イエラはどこかぽーっとした表情で微笑みながら、頬を赤らめた。


 何でここでそんな表情を!?


 あ、ほら、キャミィがジト目で睨んでるじゃないか!




「どうにも今回は無自覚だとは思えませんねぇ」


「この女はそうやって人を誑かしていくのよ。やっぱり悪女だわ」


「重ねて言っておくが、我はそのような方法は教えておらんからな」


「だからぁっ! 僕はそんなつもりないんですってーっ!」




 僕の弁明は空回り。


 必死な声だけが虚しく響き、冷たい視線が僕の心をグサグサと突き刺すのだった。


 ……耐えろ、耐えるんだ僕。


 そうだ、こういうときは現実逃避をするのがいい。


 ああ、そういえば――今頃、キルリスはどうしてるんだろうか――




 ◆◆◆




 ティンマリスの北西部に位置する、黒の王蛇が牛耳る村があった。


 村を支配する幹部の男は、キルリスと同じく冒険者ランクSの強者。


 粗暴な男だったが、魔薬にあまりいい感情を持たず、彼女と同じ派閥に所属していた。


 キルリスとカウリィはアジトに向かう。


 足を踏み入れた時点で、すでに内部は血なまぐささで溢れていた。


 もはや男の安否は確かめるまでもなかったが――扉を開く。




「う……何よ、これ……」




 カウリィは口元をおさえ、こみ上げてくる吐き気をぐっとこらえた。


 キルリスは足を踏み入れ、しゃがみ込み、死体をまじまじと観察する。




「趣味ワリーな」




 無事なのは頭部のみ。


 体は皮膚と肉が綺麗に取り除かれ、まるでパズルのように綺麗な内臓が、元々あった位置と同じ場所に置かれていた。


 部屋を見渡せば、彼の部下も似たような有様だ。


 壁に十数体の死体が貼り付けられている。




「ここ、あなたの味方のアジトじゃなかったの?」


「そウダぞ」


「だったらどうして死んでるのよ!」




 しばし一緒に過ごしたからか、カウリィの口調はすっかり砕けていた。


 キルリスはそんな彼女に、いつもどおり「シシシ」と笑いながら問いに答える。




だカラ(・・・)じゃネーの?」


「……キルリスの味方だから死んだってこと?」




 キルリスの仲間が始末されたのと同じだ。


 黒の王蛇は、本格的に魔薬に賛同しない人間を排除しようとしている。




 それは、他の街に向かっても同じことだった。


 カウリィの足では遅すぎるため、キルリスは彼女を抱えて街と街の間を移動する。




 今度はティンマリスの北東へ――黒の王蛇の幹部は、すでに殺害済み。


 やはり同じように肉と骨が取り除かれている。


 だが今回は人体を模した配置ではなく、まるで芸術作品のように飾られていた。


 カウリィは耐えきれずに嘔吐。


 キルリスは平然な顔をして、幹部から通信端末を回収。


 クリスやヴァイオラの連絡先は、自分の端末が死んでいるためわからないが、これで先んじて他の幹部に連絡が取れる。




 キルリスは次の街にいるはずの幹部にアポイントメントを取って、待ち合わせ場所に向かった。


 そこはあまり広くはないバーだった。


 カウリィはこういった店に慣れていないため、キョロキョロと周囲を見回している。


 バーテンダーは明らかに幼い彼女を訝しんでいたが、特に追い出したりはしない。


 キルリスを見て、その異常さに気づいているからだろう。


 もっとも、この店にはよく黒の王蛇の人間が来るので、“いつものこと”と言ってしまえばそれまでだ。


 待ち合わせ相手は、中々現れない。


 キルリスにも焦りがあるのか、貧乏ゆすりが床を鳴らしていた。




「遅せェな……約束は守ルタイプの女だと思ってたガ」


「またやられたんじゃないの?」


「早すギル。一つ前ノやつも、殺さレテからそんなに経ってナカったハズだ。そレニ、あいつニハ警戒シロと言っておイタ」


「……それでも、負けちゃったとか」」


「ランクSだゾ? そんな簡単にやられるわけが――」




 キルリスは強烈な悪寒を感じた。




「やられちゃうんだなあ、それが」




 直後、背後から聞こえてくる男の声。


 キルリスは前に飛び出す。


 反応ではない、本能的な危機察知による反射である。


 でなければ、これを回避することは不可能だったろう。


 彼女はカウリィを飛びかかるように抱きかかえ、転がった。


 先ほどまでキルリスのいた場所に真後ろに、猫背の男が立っていた。


 目の下にはくまがあり、ボサボサの頭は白髪交じり、顔には無精髭。


 よれよれのジャケットを纏い、下は絵の具で汚れたズボンをはいている。


 到底、戦うための姿には見えなかったが――軽く手を前にかざすだけで、キルリスの座っていた椅子が消滅(・・)する。




「避けないでほしいんだけどなあ」




 愚痴る男に、バーテンダーが食って掛かる。




「だ、誰だあん」


「うるさいんだなあ」


「た――」




 手をかざすと、まるで砂が風で飛ばされるように、バーテンダーの皮と肉が吹き飛んだ。


 骨と内臓だけが残ると、それらはべちゃりと床に落ちる。




「ひっ……あ、あれって……」


「あア、どーヤラあいつが犯人ラシい」


「じゃ……待ち合わせてしてた人も……」


「殺したんだなあ、当然」




 キルリスはカウリィをかばうように前に立つと、背負っていた斧を構えた。


 だがその表情は険しく、いつものような余裕は見えない。




「予定にはなかったけれど……出会ったのなら、殺すしかないんだなあ。キルリス・アングラッジ」


「殺されてヤルつもりハねェよ。なア――」




 なぜならキルリスには、相手の正体に心当たりがあったからだ。


 同じ組織に所属する者として、名を知らぬものはいない。


 だがその正体を知るものは少ない――




「No.Ⅷ、“画聖”」




 それが十悪(じゅうあく)と呼ばれる人間たち。


 随分とうぬぼれたネーミングだが、それもまたヴェルガドーレらしいといえばらしい。


 だが能力は決してうぬぼれなどではなく、黒の王蛇という組織において、単純に戦闘力で勝る十人がそう呼ばれている。


 つまり、数字を持たぬキルリスよりも、数字を持つ“芸術家”のほうが、間違いなく強い。


 ランクはSS。


 超人揃いと呼ばれるランクSをさらに越える、人外の領域である。




「わかっているなら、真っ先に逃げなかったのは失敗だったんだなあ」




 男はゆらゆらと揺れ、暗い声でそう語る。


 キルリスは内心、『逃げたとコロで結果は同じダロうガ』と投げやりに吐き捨てた。




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[良い点] 51/51 ・出ました早速。ヤバそうな人。グロ能力にリスは耐えられるのか!? [気になる点] 十悪。四天王じゃなかった! [一言] クリスさんさすがですw
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