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039 落ち穂拾い

 



 戦いが終わり、夜が明ける。


 あのあと僕たちはまともに歩くこともできない状態で、ひとまず避難所で一晩過ごした。


 目を覚ますと昼過ぎ。


 体は【光使い】のレナが治療してくれたらしく、起きると問題なく動かすことができた。


 しかし消耗した体力はなかなか戻らず。


 あの半魔物化と呼ぶべき現象のせいか、強烈な気だるさが全身を重くしていた。


 だが、いつまでも寝ているわけにはいかない。


 余力のある冒険者たちは、今も消火や救出作業にあたっているのだから。




 ◇◇◇




 避難所から外に出ると、晴れ渡る青空が僕を迎えた。


 作業の指示にあたるフィスさんと目があう。


 彼女はこちらに駆け寄ってきた。




「おはよう、クリス。昨日はご苦労さま」




 その表情はかなり疲れが滲んでいたが、無理をして笑っている。




「すいません、こんな時間まで寝てしまって」


「いいのよ。あなたがいなかったら、私たち全滅してたんだから」


「他のみんなはどうしてます?」


「キャミィちゃんとヴァイオラって人は、ニール先生の診療所よ。あそこは建物が頑丈で無事だったから、キャミィちゃんのご両親も無事だったみたいね」


「ヴァイオラも一緒なんですか?」


「ええ。あのミーシャって子、診療所で面倒をみることになったみたいなのよ。放っておくとたまに暴れたりしてたから、外に出すわけにもいかなくて」


「そうですか……ありがとうございます。ではフィスさん、僕も瓦礫の撤去を手伝います」


「こっちは気にしないでいいわよ」


「ですが、まだ生き残った人がいるかもしれませんし……」


「それは私が風の魔法でバッチリ探したわ。まあ、五人程度だけどね。あとは全滅」


「……五人、ですか」


「それだけ助かっただけラッキーと思うべきね。瓦礫の撤去と死体の処理は長丁場になりそうだし、近隣のギルドに依頼して応援を呼んだところよ。だからあなたは、キャミィちゃんのところに行ってあげて。あの子、気丈に振る舞ってたけど、かなり精神的に落ち込んでるみたいだから」




 ひょっとするとフィスさんは、僕の体調が本調子でないことも見抜いているのかもしれない。


 善意を断るのも悪い。


 僕は彼女の言葉通り、診療所の方面に向かうことにした。




 ◇◇◇




 診療所に向かう途中、僕は寄り道をする。


 キルリスが使っていたアジトだ。


 その前には、血痕らしきものは残っていたが、魔物化したテイリーたちの死体は残っていなかった。


 すでに彼女が処理したあとなのだろうか。




「ン? 起きたノカ、クリス」




 街の外に抜ける通りの方角から、キルリスが姿を表す。


 彼女の体は赤い液体で汚れていた。




「うん、ついさっきね。キルリスは……お墓を?」


「ああ、あンナ惨めな姿のママ放っておきたくないからナ」


「僕もお参りしていいかな」


「もちロンだ、あいつラも喜ブ」




 キルリスに案内され、街の外に向かう。


 街道を少し外れた茂みの奥に、その石碑はあった。




「どうダ、立派ダロ?」




 手を合わせる僕に、自慢気に語るキルリス。


 どう考えても、一人で持ち運べる岩の大きさじゃない。


 彼女が魔法で作ったものなんだろう。


 せめて、少しだけでも彼らの命を讃えたい――そんなキルリスの気持ちが籠もっているようだった。




「すごいね、偉い人でもなかなかこんなに大きなお墓は持てないよ」


「だよナー。町外れッテあたりモ、あたしらラシイだろ? シシシッ」




 歯を見せて笑うキルリス。


 一見して、彼女はもう悲しんでいないようにも見える。


 いずれ、まともではない死に方をするだろう――そう覚悟していたからだろうか。


 そんなことを考えていた矢先、キルリスはその墓を見つめながら、強烈な殺気を放つ。




「あたしハ、犯人を許さナイ。どんな手段を使ってデモ、絶対に殺ス」




 悲しんでいないのではなく――そのすべてを、怒りに変えたのだ。


 より密に、より強固に、先鋭化した狂気を胸に宿して。




「クリス、お前モ協力シテくれるカ?」


「もちろん。僕もヴァイオラも、キャミィだって考えてることはきっと一緒だ」


「そうカ、ソレはよかった。それゾレ、やり方ガ違うのが好ましイ。別々の方向デ、あの顔を変えるクソ野郎を追い詰めラレル」




 それぞれキルリスとヴァイオラは、黒の王蛇の関係者に、そこに繋がるマリストール家の関係者だ。


 情報源も異なれば、相手を追うためのアプローチも違うだろう。


 多角的に相手を追い詰められるのは、僕にとっても非常に頼もしい。




「テイリー、エテルード、ニャンデリィ、クラッツ……必ズ仇を取っテ、あいつの惨めな死に顔、お前ラに見せてヤルからナ」




 キルリスは石碑に手を当てながら、そう言った。


 そして同時に、言葉を自らの胸に刻みつける。


 いかなる状況であっても、この憎しみを忘れない。


 憎悪を力に変え、キルリスは最後まで戦い続けるだろう。




 ◇◇◇




 僕とキルリスは、診療所に向かう。


 フィスさんの言っていた通り、建物は無事そのものだ。


 石造りだったのが幸いしたのだろう。


 建物に入ると、スクルタさんが相変わらず無表情に、青い髪を揺らしながら頭を下げた。


 僕も軽く会釈する。


 すると、部屋の奥――例の牢獄めいた病室がある棟から、ニール先生とキャミィが戻ってくる。




「クリスさんっ、目を覚ましたんですねっ!」




 キャミィは勢いよく僕の胸に飛び込んできた。


 僕は「おっと」とその勢いに少し焦りながらも、両手でしっかり受け止める。




「おかげさまで、お父さんもお母さんも無事でしたっ!」


「それはよかった」




 目元に疲れは見えるが、キャミィの笑顔に僕も少し救われる。




「古臭い建物で困っていたんですが、こういうときは役に立つんですねぇ」




 ニール先生がしみじみと言った。


 確かにこういうとき、案外古い建物のほうが頑丈だったりすることはままある。




「先生たちも、火事に巻き込まれないで何よりです。ところでヴァイオラも来てるんですよね?」


「はい。ヴァイオラさんなら、ずっとミーシャさんの部屋の前にいます」


「最初は名前を呼んでいたと聞きましたが、今はさっぱりですね。キャミィさんの両親以上に、薬による脳への影響が深刻なようです」


「どういった薬が使われていたのかはわかりましたか?」




 僕がそう尋ねると、先生は顎に手を当てて、「うーん」とうなる。


 キルリスはマイペースに手近な椅子に腰掛けると、部屋の中を見回していた。




「検査薬は使いました。ですが見たことのない反応パターンでしたね。これは私の予想になってしまうんですが――」


「聞かせてください」


「おそらく、彼女は異なる二つの薬を服用したと考えられます。まず、強く反応が出たものは、“非常に新しく”、かつ“刺激が強い”ものです」


「……あたしの前で飲ンダやつダナ」


「その薬が衝撃を与えて、体に蓄積していた魔薬の効力を爆発的に高めたと考えられるでしょう」


「ではやはり、もう一つの薬は日常的に……」


「ええ、数年単位で毎日のように摂取し、体の中に溜め込むものです。ですがおそらく、服用者の魔力量が少なければ、その前に溢れて破裂してしまう――」


「つまり彼女に薬を与えていた何者かは、ミーシャが高い魔法の才能を持つことを見抜いていた」


「ミーシャはまだ十二歳です。啓示の日も迎えていないのに、高い魔力を持ってるなんて、そんなことあるんですね」




 普通はありえない。


 啓示の日とは、この世界を作り出した神が生んだ仕組みだ。


 それを人間の身で解明することなど、できるのだろうか。




「それを可能とする何者か、あるいは装置のようなものを、黒の王蛇は持っているってことですか……」


「あたしは知ラネーけどナ。んなモンがあるんナラ、薬を広メルより、才能のアル子供を買い漁った方がズット有効的に使えると思うゾ」




 キルリスの言葉はあまりに正論だった。


 薬を使わずとも、その装置、あるいは能力だけで、十分に驚異だ。


 その気になれば、マリストール領という地方にとどまらず、国を支配することだって可能なほどに。




「まあ、全ては私の想像ですから。それよりクリスさん、聞きましたよ。あなたの体にも魔物化の兆候が現れたと」


「ええ……まあ」


「でもクリスさんの場合、凶暴化したりはしないんですよね」


「今モ光らせタリできるノカ?」




 そう問われ、僕は試しに両腕に力を込めてみる。


 すると思ったよりも簡単に、赤い筋が現れ、光を放った。




「オー、自分で使えるんダナ」


「どこからどう見ても、魔薬の症状ですね……意識に変化は?」


「ほとんどありません」


「そうですか。不思議ですね、ティンマリスで見かけたどの症状とも違う。試しに血を貰ってもいいでしょうか?」




 断る理由がない。


 僕は軽く指先をナイフで切ると、滲んだ血を渡されたガーゼに染み込ませる。


 先生はそれをピンセットでつまみ、例の検査薬の中に入れた。


 薬は、淡いピンク色の光を放つ――




「せんせー、その色はどうなんです?」


「……みたことはありません。ですが、反応色としては、存在するものです。どうやらクリスさんが摂取した薬には、他の魔薬よりもかなり高価で希少な魔石が使われているようですね」


「特別製ってコトか」


「ええ、こんなもの、そう簡単に粉末にして薬にしようとは思いません」


「どうしてクリスさんに、そんなものが使われてるんですか?」




 キャミィの純粋な瞳が僕に向けられる。


 胸が痛い。


 僕はあの戦いの中で、その可能性に思い当たったはずだ。


 すると奥の棟から、ミーシャとの面会を終えたヴァイオラが姿を表す。


 どうやら彼女は会話を途中から聞いていたらしく、どこか冷めた様子で口を開いた。




「【賢者】リーゼロットじゃないの?」


「おオ、ヴァイオラじゃネーか。もうイイのカ?」


「ええ、次に会うのはあの子を救う方法が見つかったときよ」


「あ、あの、ヴァイオラさん。リーゼロットさんが原因って、どういうことです?」


「さあね、私にはわからないわ。ただ、魔薬は人間を魔物化させるだけでなく、精神に影響を与えることもできるはずよ。いや、むしろそちらの効能こそ、今まで本命として使われてきた。だったら、あなたがそういう影響を受けてそうなのって、“主への忠誠心”ぐらいしかないじゃない」




 ヴァイオラの言葉を受けて、みんなの視線が一斉に僕のほうを向く。


 隠し通せない――そう思った。


 何よりここで隠すのは誠実じゃない、無責任だ。




「……心当たりは、ある」


「クリスさん……じゃあ、リーゼロットさんが……?」




 どうして今まで忘れていたのか、思い出した今となっては不自然さしかない。


 だから、そういうこと(・・・・・・)なんだろう。


 僕は目を細め、思い出す。




「あれは、十二年前。僕とリーゼロットがまだ六歳だった時のことだ――」




 綺麗な思い出なんかじゃない。


 僕はあの頃、リーゼロットのことを強く憎んでいた。


 これは、そういう記憶だ。




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