薄暗い日常
初書き小説です。よろしくお願いします。出来る限り作品の雰囲気に飲まれつつ読んで頂きたいので、一区切りつくまで前書き、後書き共に書かないつもりです。
【五月十一日 金曜日 午前十一時三十分】
「起立、礼」
ちょうど三時間目終了のチャイムが響いた。
同時に教室の生徒達はバラバラに行動を始め不規則に動き出す。
「おい購買行こうぜ!」「腹時計一時間ズレてんぞ」
机や椅子が動かされ、話し声が一気に発生し教室内は騒々しく変化する。
雑音の発生に俺は加担しない。
友人と話す者、次の授業の準備をする者、教室を出ていく者。
皆それぞれがしたいこと、しなくてはならないことに次の授業までの十分間を費やす。
だが、俺は違った。
やりたいこともなくやるべきことも無い。普通ならここで友人としょうもない話でもして時間を浪費するのだろう。
しかし、俺には話す友人がいない。
よってこの十分間は俺にとって空白の時間、全部が全部無意味な時間となるのだ。
いつも通り携帯を取り出し通知を確認する。無論トークアプリにそれはひとつたりともない。
結局ゲームを開き何の成果も生み出さぬ暇つぶし。我ながら本当に毎回同じことをしている。毎日毎日飽きもせず。
だが、俺はこんな自分に誇りを持っている。
それはなぜか。答えは簡単だ。
一つ、誰にも害を与えていないからだ。
世のわちゃわちゃしてる奴らはみんな俺らのような静かな住人に劣等感やら喧騒やらを押し付けてきたが、もちろんそんな事はしない。(というか出来ない)。
時折見た目が害悪だなんて酷いことを言われる人もいるらしいが俺はそうじゃない。
自分で言ってしまうが俺のルックスは悪くない。
というか人によってはイケメンと捉えることだってあり得る。そう胸の中で威張りつつスマホの黒い画面に写る自分の顔を見た。
……なんか違うんだよな。
さりげなく前髪を整えた。
「ねぇ、あの」
自尊心を保つための無駄な行動をしていると、背後から声をかけられた。
弱々しそうな女子の声だ。
だが、ここで振り向いてはいけない。
俺のような人種にたまにある事だ。他人への呼びかけを自分へのものだと錯覚してしまうことが多い。
多くの人間は振り向いてしまうだろう。
だがいくつもの場数を踏んできた俺はこの程度の罠にはかからない。
そして分かっていた。女子が俺に話しかけるなんてありえないことを。
「えっと、もちづき、くん?」
直後、俺の苗字が呼ばれた。
思わず背中が少し強ばり、携帯を握る手が僅かに力む。
「ん、どした?」
ついさっきまで俺に話しかけるものなどいないと思っていた。まるで音速のフラグ回収だ。女子に話しかけられたという現実に少し舞い上がる心情を隠すように何食わぬ顔で振り向き声の主を視認する。
「あの、その、これ……」
振り向くと長い艶っぽいストレートの髪の毛の女子がノートの切れ端を差し出していた。
「え、あ、おう?」
戸惑いつつもとりあえず受け取る。
そこには
『放課後、待ってます』
そう書かれており、僅かながら目を見開いた。
これは、まさか……
「じゃあ、またね」
――告白!?
淡い期待を抱く俺に背を向ける彼女は長い髪を靡かせ俺の席から去っていった。
人生初の彼女、ですかね。
あの子の名前は覚えてないけど可愛かったしまぁ付き合ってあげてもいいかな。
身の丈に合わない尊大な考えを抱きつつ放課後を待った。
そして放課後。
「……はぁ」
掃除も終わり柔らかな暖かい夕日が差す教室で、野球に青春を捧げる野郎共を見下す。
別に黄昏たくてこんなことをしているわけじゃない。
行き先がなかったのだ。
何故あの時気づかなかったのだろう。
『放課後、待ってます』だけの時点でどこで待ってるの? という疑問はどうして出なかったのだろう。
「……はぁ」
胸の内で浮かれすぎたと後悔しつつ、彼女から渡されたノートの切れ端をポケットから取り出した。
何度見たって内容は変わらない。
『放課後、待ってます』この一言が記されているだけだった。
自分はそれなりに色恋沙汰が起きても心を乱さないつもりだった。しかしそんなの経験したことないんだから本当に心を乱さないかなんて分かるわけがないじゃないか。
無駄に高いプライドに少しヒビが入った。
その時――
「望月君!」
ガタッと大きな音を立てて教室の扉が開いた。
視線を向けると拗ねるように眉を逆八の字に寄せる例の黒髪ロングが俺を見つめていた。
「あ、予め言っておくと待ち合わせ場所を書かなかったお前が悪い」
既にプンスカ怒っている彼女がこれから言うであろう内容に先手を打った。
「えぇ?」
彼女は怪訝そうに俺の顔を見つめた。
「ほらよ」
彼女に向けて先ほどの紙を差し出す。
少し早足に寄ってきた彼女はすぐに呟いた。
「……ありゃ、ごめん」
そう言いつつぎこちなく苦笑した。
若干天然な子なのだろうか。わかりやすく移り変わる表情からどことなく親しみやすさを感じた。
「えっと、それで話があるんだけど」
「あぁ、うん?」
そんなことを思ってるうちに彼女から話を切り出してきた。
「えっと、あのね」
変にもじもじとしている。少し伏せ気味な顔は若干赤い、ように見える。
やっぱりこれは告白なのか。
先に続く彼女の言葉を聞かずとも、この状況、彼女の態度からそれは察せた。
「えっと!」
突如、彼女は顔を上げ、凛として発した。
「色々と手伝ってください! お願いしますっ!」
彼女は子気味良い音で両手を合わせ、深々と頭を下げてきた。
「……はい?」
発された言葉に、俺の思考回路は一瞬フリーズした。
「えっと、訳が分からないんだが?」
あまりにも唐突な申し出だ。色々手伝え? なんだそれは。俺は奴隷売買にでも扱われるのか?
おまけに予想していた話と全く違うじゃないか。
「あ、細かいとこはちゃんと説明するよ」
彼女はブレザーのポケットに手を突っ込んだ。
「お、おう」
「ちょっと待ってね……よし、おけ。はいっ!」
ポケットから携帯を取り出し、少し操作した途端その画面を呈してきた。
「えっと、これは?」
見せられたのは某青い鳥のSNSだ。
プロフィール画像は真っ黒で名前は『雨ちゃんの闇闇病み期』。
あまりにも安直でどこがとは言わないが酷い名前に内心引いた。
なぜかフォロワーはやたら多く一万人を超えている。……俺のは三桁も超えてないのに。
「私のアカウント。見ればわかるでしょ」
ちょっと威張るようにしながら再び画面を少し操作して見せてきた。
それは一ヶ月ほど前の彼女自身の投稿だった。
『マジで陰口とかだるい。言いたいなら直接言えばいいのに』
なかなか疾悪を感じさせる投稿だ。
彼女は再び携帯を操作して同じように他の投稿を見せてきた。
『人の男奪ったって何? 私別に好きな男いないしどうせあっちが顔か体目的に寄ってきただけでしょ。それで悪いのが私とかまじ笑える。妬んでないで少しは自分の魅力磨けよカス』
少し長めに綴られた文章全体から凄まじい勢いを感じる。相当な怒りを込めて打ち込まれた文章なのだろう。
最後の『カス』が清々しいほどに文章の印象を一段と締め上げていた。
オマケに千件以上いいねがついている。どうやらそういう界隈で割と拡散された呟きのようだ。
読んでいる最中から背筋が凍るような感覚だった。
「……と、いうことで」
俺に見せていた携帯をポケットに戻しつつ彼女は再び口を開いた。
「私、めちゃくちゃいじめられてます!」
胸に手を当てまるで誇らしいかのように無駄に威勢よく言い放ってきた。
「それは、その、お疲れ様です?」
普段ならどう反応しろと? でも返していただろう。
だが読むだけで背筋が凍るようなもの見せられたら適当なこと言えるわけがない。
「もうほんとに、このクラスで話しかけても振り向いてくれる子なんてほとんどいないです!」
「それ元気に言うことじゃないだろ」
もう割り切ってるのかもしれないけれど俺より悲しい人間は初めて見たかもしれない。
「まぁたまに普通に接してくれる子もいるけど君を含めて三人だし、そのうち二人はくっついちゃってるからもう私が入る隙なんてないし」
どんどん早口でまくしたててきた。その勢いには言葉ひとつ挟む暇すらなく、弾丸のような言葉はさらに撃ち出された。
「でも正直一人でもいいんだよ? いいんだけどそれじゃこの学校生活厳しすぎてもうああああって感じ!」
「わかった、わかったから落ち着けって」
さらに勢い付いて語気も荒くなる彼女をどうにか落ち着かせようと試みるが彼女の言葉は止まらない。
「先生達は味方してくれてますよ? 一応進学校ですもん。そりゃいじめ発覚とか怖いですよね〜だからもう必死ですよ必死」
「先生達の努力の結晶がお前かよ……」
彼女は両手を軽く上げ可愛い顔が台無しの皮肉った表情で言い放った。
「でもまぁ限界あるっぽいんですよ。ペアワークとかペアワークとかペアワークとか!」
三度も繰り返しやたら強調されたペアワーク。
確かにこの学校はそれが多い。英語の時間は恒例のように隣の席のやつとなにかしらやらされ、体育は二人一組でペアを組んでストレッチをしろなど様々だ。
正直俺もそれにはうんざりだった。
だいたいちょっと気まずくなるしペアの相手にも多少の申し訳なさを感じるのだ。
「てことで、望月君!」
「お、おうっ?」
彼女はぐっと一歩踏み出しブンっと勢いよく人差し指を向けてきた。
その迫力というか威圧感に圧倒され相槌ですら喉に詰まる俺に彼女は勢いよく発語した。
「これからあなたの学校生活棒に振って私の為に捧げなさい!」
と。
「え、えぇ……」
勢いでイエスといえるような内容ではなく、一瞬理解ができなかった。
言ってることがめちゃくちゃ過ぎて反応に困り視線が泳いだ。
「……だめ?」
そう言いながら俺の顔を覗き込んできた。
上目遣いとやらを同年代の女子にされたのは初めてかもしれない。
意外と悪いものじゃないな――
そう思いつつ顔が少し熱くなってることに気づき慌てて彼女から顔を背けた。
「んー、ごめん」
悩む、というか考える時間が欲しかった。
もう少し返事を待ってくれという意味のごめんだった。
「そっか、わかった。またね!」
しかし彼女はそれを拒否と受け取ってしまった。
軽やかに身は翻され美しい黒髪が夕陽を照り返し、すぐに教室の扉へと向かってしまった。
「あっ」
思わず呼び止めようと手を伸ばした。しかしそんなちっぽけな行動は意味を成さない。
――バタンッ、とやたら大きな音を立てて扉が閉まった。
その音と共に体の内側から染みでるような妙な後悔に苛まれた。
彼女は変化を求めていた。俺より辛くつまらない日常だったのだろう。変化を求めて当然だ。
俺だって、楽しい生活を送れるのならそうしたい。
……いや、俺はさっき否定したわけじゃない。彼女が勝手に勘違いをしただけだ。
俺がこんなに悩んでやる義理はない。
分かっていた。こんなものは全て言い訳であり、くだらない自己正当化だと。
怯えていたのだ、俺は。
まだ経験した事のない、現状より酷い可能性に歩み寄ることが出来なかった。
彼女と関わる事は言わば暗黒だ。光源一つない暗闇だ。
所詮無駄にプライドが高いだけの俺なんて、蓋を開ければ臆病者なのだ。
俺は、薄暗い今のままでいい。何となくどこに行き着くかのわかる直線の道だ。
変わらない。これからも。
変わらなくていい。
無駄な刺激に背を向けて、ゆっくりと教室の扉を開き、静かな廊下を辿り始めた。