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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

強さを求めて

作者: クエルア

 ある時、少年は強さを求めた。それは()()()()求めたのか。

 答えは未だに出てこない。






「八雲ぉ……!」


 ドタン、と。大柄な男が倒れた。


「はぁ……」


 と、ため息をつく。

 周りには見た目からしてイキリ丸出しの野郎どもがゴロゴロ転がっていた。数えたら50はくだらないだろう。その中で立っているのはただ一人。ため息をついた張本人、八雲(やぐも)(たすく)だ。

 立っていると言っても、それは立つのがやっとと言ったところだ。流石に一人の人間が武器持ち50人を相手に無傷で圧倒することなどできるはずがない。

 彼は全身に満遍なく痛みを感じていた。いますぐにでも眠りたいが休養を求める体に鞭打ってなんとか歩く。喧嘩をする前にどけておいた鞄から、携帯電話を取り出した。


「警察ですか?実はですね────ええ、はい、そうです。では」


 通話を切る。ふと上を見上げると、満月ではないがどことなく満月っぽい中途半端な月が目に入った。これが明日なら、綺麗な満月が見えたのかもしれない。


「帰るか」


 彼は迫り来るサイレンの音を聴きながら、明日夜にもう一度空を見上げようと決意した。












 八雲佑、17歳。◯◯高校2年A組に在籍している。となれば平日は学校に通わなければならないわけで。

 ガラッと、勢いよく教室のドアを開けた。黒板にチョークを打つ音が止まる。


「八雲、遅刻だぞ」


 四限目の現文の教師が彼に言い放った。そんなこと言われんでもわかっとるわ!!!!と言いたいのを抑えて入室届けを教師に出した。


(また傷が増えてるよ……)(昨日△△公園で不良がたくさん捕縛されたんだって)(怖いなぁ、学校なんてくるガラじゃないだろうに)(来なけりゃいいのにな)


 無駄にいい耳のせいでヒソヒソ話の内容が入ってきてしまうが、気にしたら負けである。

 自分の席に雑に座り、鞄を置いた。

 皆勤賞なんてものを狙うほど真面目ではない。学校は毎日行くものだという常識があるため、もはや習性だ。もっとも、4日に一回の頻度で遅刻をするのは些か常識はずれではあるが。

 ふと前を見ると教師がいつのまにか中断していた授業を始めていた。

 教科書の長文を読んで教師が解説。段落に分け、漢字をチェックし、接続詞を三角や丸で囲む。

 いつ見てもつまらない。退屈な授業だった。こんな風に感じるようになったのはいつからだったか。あれは確か──




「八雲君」

「……んあ?」


 いつのまにか寝てしまっていたようで、教壇に先生は居らず、周りは弁当を広げている連中でいっぱいだった。


「もう、授業とっくに終わっちゃったよ?」


 ええと、となりの席の女子だ。確か名前……名前名前名前名前……。


「ありがとう、委員長」

「え、あ、ちょっと!」


 ヤバイ名前出てこなかった。委員長であってるよな?気まずすぎるだろこれ。さっさと退散するに限る。屋上に行こう。





 さて、どの学校でも今のご時世、自殺防止だかなんだかの理由で屋上が閉鎖されてるところが大半なのではないだろうか。しかし、我が高校には屋上に上がる裏技がある。

 まず旧校舎の三階の一番端のトイレに行く。すると奥に窓があるのだが、開けたところで外は見えず、空の一坪のようにただ穴が空いてるような構造になっているのだ。その狭さがまた絶妙で、体を引っ掛けて登ることができる。



「はぁ……」


 防護策ギリギリのとこで寝っ転がって空を仰ぐ。青い下地に白いアクセント。紛うことなき快晴だろう。

 ポケットからタバコとライターを取り出す。一息してタバコを持った右手を放り出す。

 ……()()()()()()()()()。このまま生きていく自分、突っかかってくる周りの人々。

 その全てに嫌気がさすし、改善しようにしてもどれから手をつければいいか途方にくれてしまう。


「どうしたの?ため息なんて」

「うおっ!?」


 急に影が刺したと思ったら、長い髪と整った顔が視界に入ってきた。

 起き上がり、もう一度顔を見る。それは、先程教室で話しかけてきた


「い、委員長……」

「佐川雫ね、どーせ私の名前、覚えてないでしょ」

「う、」


 覚えていなかったことは図星であるため特に反論できなかった。まず彼女から逃げるためにこの普通の人なら出入りできない屋上に来たのだから……


「て、どうやってここに」

「にひひ、ジャーン」


 彼女の手のひらにはいろんな鍵がついたごちゃごちゃの塊があった。よくわからないストラップとよくわからない紐やらが絡まって余計に訳が分からなくなっている。

 それが学校の全ての鍵であろうことはなんとなく推測できた。


「八雲君の後をついて行ったらトイレに行くのが見えてね、少し待ってもトイレから出てこないから覗いてみたらいなかったの。なら屋上しかないかなって。八雲君が屋上にあるかもしれないから連れ戻してくるって、鍵をもらったの」

「つ、尾けてたのか……」


 驚きはしたものの一応は納得できた八雲。タバコを吸おうと右手を口元に近づけた。


「あ!タバコ!ダメだよ!」

「あ!?」


 サッと右手からタバコを取る佐川。まったく……と言った様子でそれの火を消そうとするが、彼女の動きが途中で止まる。そして、近づけてみたり遠くに離してみたりしだした。


「お、おい?」

「えい!」

「あ」


 佐川は取り上げたタバコを口につけた。入ってきた煙にびっくりしたのだろう。すぐに口から離して激しく咳き込む。


「こ、こんなの吸ってるの!?絶対体に悪いじゃん!」

「……ほっとけ」


 また新しく吸おうとしたが取り上げられる未来しか見えずそのまま頭で腕を組んで寝そべった。


「ねぇ、どうして喧嘩なんてするの?」

「喧嘩なんか……ね」

「だって、八雲君頭いいでしょ?テストだっていつもいい点とってるし」

「まあ、勉強は好きだったからな」

「だった?」


 ふと、ポツリと漏らした。


「……虐められてたんだ。中学で」

「え?」


 当時、喧嘩なんて無縁のヒョロヒョロガリガリの肉体を携えて勉学に励んでいた若き頃の八雲。

 今考えてもわからないが、()()()きっかけがあったのだろう。いつの日からか虐められるようになった。


「最初は些細なことだったけれど、だんだんエスカレートしていった。靴を隠すとか花を机に置くとかそんな可愛らしいものから中には犯罪まがいのものもあった」

「そうなんだ……。どうなったの?」

「負けず嫌いだった」


 立ち上がって策に体重を任せる。少し冷たい風が肌を撫でた。


「負けず嫌いだったから、勉強してきた。それが虐めがきっかけで、虐めに負けるかって。体を鍛え始めたんだ」

「うん」

「で、いつも通り俺をリンチしにあいつらがやってきたわけだ。勝てると思ったから逆にあいつらをボコボコにした」

「うんうん、因果応報だね。虐められてたんだからそれくらいは許されるよ!うん、雫さん許しちゃう。それで?」


 佐川はシュッシュッと効果音を口に出しながらぎこちないシャドーを繰り出す。案外、たくましい性格なのだなと八雲は苦笑した。


「……ご覧の通りさ」

「?どういうこと?」

「俺が喧嘩する理由さ」

「……え?だって、虐めの主犯格をボコボコにしたんでしょ?」

「ボコボコって……まあ、そうだけど」


 俺をリンチする奴はクラスカースト上位の5人ほどだったが、それを完膚なきまでにボコボコにした。だが、それで終わることはなかった。


「そう、俺はあいつらをボコボコに叩きのめした。戦意すら削いだはずだ。そしたらな、あいつらこう言い出したんだ『先輩が黙ってねーぞ!』って」

「え、と。つまり……」

「そう、なんとあいつらの兄貴分みたいなやつが出張って翌日に俺をリンチし出したんだ」


 と、その時。チャイムが鳴った。

 高く鳴り響くそれは、八雲の話を打ち切るかのように絶妙なタイミングで鳴り始め、同じ話題を話し始めるには長すぎる沈黙をもたらした。


「その話、あとで聞かせて?」

「え」

「予鈴鳴ったから。今からは授業の時間です!」


 ジャラッと持っている鍵を鳴らす。タタッとかけてきて俺の後ろに回り込んだ。


「ほら、はやく!」

「ちょ、押すな押すな、地味に怪我してんだからな、俺」

「あ、ごめんごめん」


 にひひ、と笑いながら俺の背中を押す彼女は、眩しかった。本来なら、俺みたいなのと関わらないような人種なのだろう。だけど、少し、この時間が何か尊いもののように感じた。






 結局、なんでかは知らないが1日中つきまとわれて、帰りも共にすることなった。

 我が高校はそれなりの進学校であるため、電車からくるやつが多いが、俺は登校が歩きだ。なぜなら距離が近い。30分もすれば校門に着くのだから便利である。

 そして奇遇なことに彼女もまた歩き登校者の一人だった。


「でねー、そしたら……」

「ははは、そりゃ面白いな」

「でしょー!?だからね……」


 と他愛のない話をしながら歩いた。ゲームセンターにやったりカラオケによったり、気づけば日も暮れかけていた。ついに彼女があとで聞くといった話を切り出せず、さて帰ろうかという時にそいつらは現れた。


「よお、八雲。そいつは彼女か?」

「はーん、結構可愛いじゃねぇの」


 見た目イキっているのに怪我のせいでクッソダサい格好の連中がぞろぞろとやってきて進路を塞いだ。


「お前ら……」

「八雲君……誰?」

「昨日絡んできた奴らだ」


 そう、昨日仲間を必死に集めて色々武器を持ちあって全力で挑んだ挙句八雲にボコボコにやられた奴らだった。


「なんだ、まだ殴られたりないのか。今度は整形してやるか?」

「ひひ、そんな軽口言えんのも今のうちだぜ!今度こそお前はただじゃすまねぇぞ。なにせ俺の兄貴はヤクザだからなぁ!」

「……え?」

「ほぅ」


 彼らの近くに停めてあった黒い車から明らかに堅気の人間ではない、つまり見ただけでヤクザなんだろうなとわかる奴らが3人出てきた。


「うちの弟が、お世話になったようで?」

「これは、ご丁寧に……」


 顔は厳つく、スーツを着ている。ここいらは最近中華系マフィアの侵略が進んでいたはずだが、まだヤクザがいたとは驚きだった。


「佐川」

「な、なに?八雲君」

「こういうことなんだ」

「え?」


 八雲はネクタイを外して靴紐を締め直した。


「強くなりたいと願ったとしよう。それはどこまで強くなりたいのか。強くなりたいなんて思う奴らは大抵世界最強になりたいなんてわけじゃない」


 そもそも、強さの定義が曖昧だ。なにを持って強さとするのか。


「俺は勉強が強かった。だけど今度は肉体的な強さが必要になった。あぁ、俺は鍛えたさ。強さを欲して鍛えて鍛えて鍛えまくった。最初の目標は虐めの主犯格5人。ボコボコにした。それで終わったと思った」


 そしたらどうだ。もっと強いやつが出てくる。


「虐められないようにしたい、そう思って鍛えた。絡まれた時にその力を使った。するとどうだ。そいつらの上のやつが出てくるだけだ。欲しても欲してもキリがない。俺はどれだけ強くならなきゃいけないんだ」


 上を見上げると月はまだ見えない。


「格闘技を極めたいわけでもなし。ただ向かってくる()をしのげればそれでよかった。……なぁ、これは、どこで終わると思う?」

「それは……」

「死ねば終わるぞ、八雲とやら」


 ヤクザの方を見るとすでに構えていた。なるほど、周りには人がいなかった。人払いはすでに済ませている、と。用意周到なことで。


「そう、だな。死ねば終わる」

「や、八雲君!」

「……」


 後ろから声をかけてくる彼女になんて声をかければいいのだろうか。


「すぐ、戻る」


 結局それしか言えなかったが。「約束だよ」と小さい声で応援されては、簡単に死ねないだろう。


「死ね、八雲佑」

「おーこわいこわい」


 こうして、俺とヤクザの戦いが始まった。


















「……勝った」

「八雲君……強すぎだよ」


 夜もすっかりふけてしまったが、俺は骨折やら大きい怪我はせずになんとか相手を叩きのめした。


「おっと」

「だ、大丈夫?」


 少し足がもつれてよろけてしまった。昨日の今日で随分怪我が増えたもんだ。


「悪いけど、肩、貸してくれ」

「うん」


 よいしょ、と小さく呟く彼女を尻目に、俺は支えられながら上を見上げた。


「はは、なんだ」

「ど、どうしたの?」

「いや、満月っておとといだったのかーって」

「うん、確かスーパームーンとかなんとか」

「……見たかったなぁ」


 笑いながら空をあおいだ彼の目には、昨日よりも欠けている不恰好な月が写っていた。
























この後付き合いました

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