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ヘビとコマドリと

作者: 柏木大翔

またこういう系列になってしまいました

ここは逆さ虹の森。


かつてどこそこの誰かがそう呼んだとか。十年だか百年だか、恐らくそれくらいは昔のこと。そんなこと、今となってはどうでもいいことでしょう。

今は愉快な動物たちがたくさん暮らしている、とても不思議でおもしろおかしい森です。


この森で一等食いしん坊のヘビさん。今日もニョロニョロと食事を探し回っています。

昨日は大好物のネズミをいただきました。本当ならしばらく食べる必要もないのですが、食欲だけは余りあるヘビさん、今日も今日とてごちそうを探すことはやめられませんし止まりません。

このヘビさんはなんともまあ珍しいことに薬味を好んで食べるのです。つい先程もつまんで食べたシダの葉っぱもいい味を出していました。なんとも言えない苦味が舌を打つのが癖になるとか。


おや、森ではあまり聞かない不思議な音が聞こえますね。

好奇心というか、食欲の湧いたヘビさんはとりあえずその音が聞こえる方へ向かってみることにしました。

シュルシュルと移動します。いつも食べ歩いていますからね、森の中は熟知しています。そうですね、だいたい二キロくらいですかね。それくらいスルスルっと移動してみました。実際のところ、そんなに速くはありませんでしたけど。


移動中でもずっと不思議な音は聞こえていました。よくよく聞いてみれば一定のリズムを刻んでいるようにも聞こえるじゃありませんか。こりゃきっと"歌"と言うやつだなとヘビさんは確信したわけです。歌と言えばそりゃあんた、耳を覆いたくなるものの代名詞じゃないですか、ええ。おっと、ヘビに耳はない? こりゃ失礼。


辿り着いてみればなるほど、樹上で優雅に歌っているのは一羽の鳥でした。頭部は特徴的な燃えるような橙一色。間違いありません、コマドリさんです。ヘビさんにはそんなこと、どうでもいいことです。

あまりにも無防備なもんで、そりゃヘビさんの野生が騒ぎ立つというもの。本来であれば、そうであったに違いありません。今日はどうしてかな、好奇心が勝ったのか、湧き立つような食欲は微塵も姿を表しません。これ幸いにとヘビさんはコマドリを眺めるわけです。


鳥語が分かるわけではありません。それでもその歌は非常に練度が高いことが伺えます。なぜならヘビさんがこうして穏やかにそれを聞いていられるのが何よりの証左。下手くそな歌であればのたうち回って暴れまわっていたに違いないのですから。

長音、単音、高音、低音。音はあらゆる音階を自由自在に行き来しています。音符のことを知らないヘビさんでも何かが自由自在に泳ぎ回っているように、まるで音自体が意志を持って動き回っているようにも聞こえます。


とても心地よい音色と、歩き回った疲れからか、ヘビさんのまぶたが重くなってきました。ヘビにまぶたはない? 比喩表現ですよ、比喩。

身体を打つ心地よい音に包まれながら、ヘビさんはとぐろを巻いて眠りにつくことにしました。


見る夢はきっと、楽しいものに違いないでしょう。


* * *


一月は経ったでしょうか。ヘビさんの生活はコマドリさんの巣を中心にシフトしていきました。

コマドリさんがいる時間帯は基本的に巣のある樹の根本に、コマドリさんが飛び立てば食事を探しに行く生活です。


おっと今まさにコマドリさんが何処かへ飛び立って行きました。こうなればヘビさんもご飯を探す時間です。

シュルシュルといつものように足を運びます。もちろんヘビに足なんか描いては駄目ですよ。ちょっとした木の実とかつまみ食いしてそのへんにいた虫を貪ります。満腹とまではいきませんが腹八分目に医者いらず、少し物足りないくらいがちょうどいいでしょう。


戻ってみるとあれは誰でしょうか、見かけない顔の鳥が巣に居座っていますね。コマドリさんのお友達でしょうか。コマドリさんではないので襲って食べてしまってもいいのですが、もしかしたら素敵な歌を歌ってくれるのかもしれません。少しばかり様子を見てみましょうか。


ちょこちょこ姿勢を変えていますね。なんでしょうか。歌うための準備でもしているのでしょうか。コマドリさんも時々姿勢を変えたりしていますからね。そんな感じなのかもしれません。

今度は体を固めてなにか構えているような様子。声を出す前準備でしょうか。ヘビさんはちょっとワクワクした気分になってきました。

さて歌え、やれ歌え、心の中でそう思うわけです。もしかしたら歌が下手なのかもしれないのに。


おやまあ、不思議な鳥は結局歌うこともなく、そのまま飛び退ってしまいました。食べておけばよかった、ヘビさんはそう後悔するわけです。時すでにおすし。逃した獲物は鳥ですけどね。


* * *


珍客はそれから見かけることはありませんでした。

そのまま幾許かの日が経ちました。ヘビさんにとっては餌か歌くらいしかないので正直どうでもいいことです。


今日は少しだけ、何か様子が違うようです。

樹上からなにか、ピーピーと騒々しい声が聞こえてくるわけです。コマドリさんの歌のようにお上手なわけではありません。ただの騒音と言っても差し障りないでしょう。

やれこれは食ろうてやるかなと重い腰を上げるヘビさん。ああ、なんとうるさい声なのでしょうか。


さて樹を登ろうかという時、上からまあるい何かが落ちてきました。あまりいい感じではない音が響きます。繊細な何かが壊れてしまったかのような音です。

藪から覗いてみれば、ターコイズブルーとレモンイエロー。二色のコントラストです。


キュルルル、ヘビさんのお腹が鳴りました。美味しい美味しい栄養源、ありがたく召し上がりましょう。

ヘビさんがそれを味わっていると、お空からターコイズブルーが沢山降ってきます。大漁です。降ってくるのは卵なんですけどね。

こりゃ天の恵みとばかりにヘビさんは全部を美味しく頂きました。お残ししたらもったいないオバケが出てしまいますからね。美味しい美味しい、命の味がします。


上では相変わらず騒音がしますが、お腹がいっぱいなので今日はもう何もする気が起きず、ヘビさんは眠ることにしました。


* * *


辛抱たまらん! ヘビさんの気持ちを代弁すれば恐らくこんな感じじゃないでしょうか。

寝ても冷めてもピーチクパーチク騒がしい騒音。静かになるのは餌を受け取る時のほんの一瞬と、恐らく眠りについている僅かな時間だけ。もううるさいったらありゃしない。

時々見える幼いその姿は無防備で無防備で、まるでヘビさんに食べてほしいと言っているようじゃありませんか。こうなればもう、食べてあげるのが道理というものでしょう。


木登りも得意なヘビさん。木の幹だってなんのその。普段歩くのと同じペースでスイスイと登っていきます。その間も騒音はやみません。むしろ大きくなっているような気もします。


さてその姿を拝んでやろうかと言うその瞬間、ヘビさんの視界に目も眩むような橙が飛び込んできました。

いつもは美しい歌声を奏でているはずのその嘴からは、普段とは打って変わった、とても激しい憤りのようなものが込められた叫びが放たれます。

しつこく突かれ、引っかかれたヘビさん。鬱陶しくなって巣に近づくことは一旦諦めることにしました。こんなに抵抗されるのも面倒御免です。


樹上から下ったヘビさんですが、コマドリさんは延々と威嚇を続けてきます。雛の鳴き声も合わさって下手くそな大合唱です。本当に耳障りですね。

ヘビさんはこりゃ堪らんとばかりにそそくさとその場を立ち去ることにしました。


* * *


気付けばあの雛もコマドリさんと同じくらいの大きさになりました。でも相変わらず綺麗な歌を聞かせてくれることはありません。本当に、全く面白くありません。

ヘビさんは雛のことを虎視眈々と狙っていました。食べ物の恨みは七代先まで祟られてしまうくらいですから。美味しそうなご馳走を目の前に我慢なんて出来る訳がありません。

今日まではコマドリさんに邪魔されて食べることはできませんでしたが、今日こそは、今日ばかりは美味しく頂いてしまいましょう。

何度もコマドリさんに襲われた体は傷付き、ところどころ痛みも走ります。ですが今日こそは食ってやらねばならないのです。ヘビさんの勘がそう囁くのです。


コマドリさんが飛び立ちます。今日もきっと餌を探しているのでしょう。然らば即ち襲撃の時分。いざや彼の雛をば食わん。

思い立ったが吉日。サクサク行きましょう。


お得意の木登りで雛に肉薄します。雛は慌てた様子でジタバタしています。しめしめ、ここで舌なめずりするのは二流のすることです。仕留めてから存分にしてやることにしましょう。

既に巣の端っこ、もはや逃げ場はありません。それ!食らうぞ! そう思った瞬間でした。何をトチ狂ったのか、雛が巣の外へ飛び立ったではありませんか!

それはズルです。ヘビさんは空を飛べません。それを分かっていてやったというのであれば、これはクレームを入れるべき事案です。慰謝料を請求するしかありません。


ヘビさんはガッカリした様子で飛び立った雛を眺めていました。飛び慣れていないせいであっちへフラフラ、こっちへフラフラ。いつ落ちてきても不思議はないくらいです。でもやっぱり手も足も出ません。ヘビですから当然ですね。


おや、雛に沢山の影が(たか)っていきますね。雛は黒い影に揉みくちゃにされてキリモミ飛行に移行しました。なんと恐ろしい光景でしょうか。空は飛べなくて良かったのかもしれません。空を飛べていたらヘビさんもきっと同じ目にあっていたでしょうから。

雛と黒い影は森の奥へそのまま消え去ってしまいました。お陀仏サヨナラです。明日は我が身、食いしん坊のヘビさんも流石に食べられる趣味はありません。他鳥の振り見て()が振り直せ、ですね。ヘビさんは食欲が旺盛なだけなので気にしなくても良いでしょう。


* * *


今日も今日とてコマドリさんの巣の下でヘビさんは寛いでいました。最近違うことと言えばコマドリさんの歌声が聞こえてこないことです。あの雛の巣立ちの日からでしょうか。もしかしたら何か嫌なことがあったのかもしれません。だからといってヘビさんの楽しみがなくなったのはいただけません。ヘビさんは歌を聞きにここに来ているのです。歌が聞こえないならここにいる必要性はないでしょう。

ちょっくらコマドリさんにご挨拶をしてあげなければいけないかもしれません。舞台挨拶です。


ふむ、こうして樹に触れてみると意外に手触りがいいですね。この場合は肌触りというのが正しいかもしれません。

察するにコマドリさんは結構センスがいいのかでしょう。


シュルシュル樹を登っていきます。ツンツンガシガシ攻撃されていた時を思い出します。今日は特に攻撃されていないのでとてもスムーズに登り切れました。うるさい雛もいないので特に気分を害されることもありません。むしろ気分も盛り上がるというものです。


最初に目に入ったのは扇情的とも言える橙色でした。

でも特徴的な橙の羽毛ももなんだかしんなりしているようです。ヘビさんが巣に登っても騒いだり逃げたりする様子もありません。コマドリさんはヘビさんを全く見ていませんでした。

その体には力が入っていないことは明らか。そして熱がないことは一目瞭然です。ヘビさんのピット器官がそう告げていました。

これは全く面白くありません。全然イケてません。


シュルシュルとコマドリさんに這い寄ります。もちろん反応はありません。すごく、ものすごくつまらないです。

ヘビさんのお腹がキュルキュルいっています。ヘビさんは食いしん坊ですからね、これはきっと仕方がないことでしょう。

冷たくなったコマドリさんを見つめます。大きな体です。これならヘビさんでも満足できるに違いありません。これも挨拶の一つでしょう。


ヘビさんはコマドリさんを丸飲みさせて頂きました。正直美味しかったのか、なんだかお腹いっぱいな気分でよく分かりませんでした。


お腹が一杯になったのでとりあえずヘビさんは歌ってみることにしました。シューッと空気の抜けるような下手くそで間抜けな音が響くだけでした。コマドリさんとは比べるまでもなく、つまらなくてくだらない歌です。満腹になったはずのお腹がなんだかキューッと鳴ったような気がしました。


きっと誰にも、この時のヘビさんの気持ちはわからないでしょう。

ヘビさんにも、未だにわかっていないのですから。


いつか分かる日が、来るのでしょうか。


ヘビさんはもう一度シューッと鳴いてみました。

耳を塞ぎたくなるような、本当に下手くそな歌でした。

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