小ネタ2
はぁ、と小さく零した溜め息が目の前のガラスを白く曇らせる。目の前を滑り落ちる雨粒を視線で辿って、そうしてまるで諦めるように瞳を閉じた。
どうしてこうなってしまったのか。
どこで間違ってしまったのか。
そう思わずにはいられない。
ただ、守りたい人がいて。
ただ、ともに在りたかっただけなのに。
けれどそれこそが間違いだったのだと今ならわかる。
キィ、と音がして部屋の扉が開いた。流れるように振り向けば侍女が礼をしているのが見えた。
「お時間です」
無機質な声色。決して合うことのない目線。淡々と告げる侍女に落ち度などあるはずもない。
原因があるとしたらすべて、この私にあるのだから。
「ありがとう」
一言告げて、身近な椅子へ掛けていた外套を手に取った。
金銀煌びやかな勲章で彩られた真っ白な戦闘服。
私の白髪を模して縫われた特注品で、大変高価なものだと風の噂に聞いたがいまいちピンとこない。
どうせ汚れるとわかっているのに金をかけずにはいられないらしい。つくづく王国人の考えることは理解できない。
部屋を出て足早に招集所へと向かう。
コツコツという足音と、腰に佩いた剣の立てるカチャカチャという音だけがやけに大きく廊下に響く。
今回の相手はすでに数十人の民間人と兵士数名の犠牲を出していると聞く。村一つの被害が出てようやく私に声がかかったらしい。
大方、上層部が決断のタイミングを見誤ったせいだろうがあまりにお粗末な対応だと言わざるを得ない。
そうこうしている内に招集所へと続く扉の前へと到着した。
扉の向こうでざわざわとした異様な空気が渦巻いているのが感じ取れる。が、私には関係ないので勢いのままに扉に手をかけた。
バンッと大きな音がして扉が開かれた。
その瞬間、敵意、侮蔑、畏怖、同情と様々な感情の入り混じった視線を受けるのにもとうに慣れた。
揺らぐことなくただ真っ直ぐに前へと歩を進める。
巨大な魔方陣が描かれている部屋の中央へと進む。
周りには自前の魔道具を携えた術士が数十名と近衛兵が数名、私を取り囲むように配置されている。これもいつもの風景だ。
これから私は戦地へと転送される。
逃げられぬよう魔法という名の首輪をつけられて。
「用意はいいか」
もちろん私に対しての言葉ではない。
周りの術士が無言で頷いた。
術士が詠唱を始めると床の魔方陣が仄かに光を帯びる。同時に熱源もないというのに僅かに周囲に熱気が走った。
私はただ、その中に佇んでいた。
段々と魔方陣の放つ光が大きくなり、周囲と断絶されていく。下から上ってくる上昇気流に身を任せれば自然と身体が宙に浮いた。転送術の最終段階だ。
まるで母体に浮かぶ赤子のように体を丸めてその時を待つ。
きっとこれから大勢の人が死ぬだろう。
大勢の血が流れ、森が燃え、地が穢れるだろう。
そんなこと少しも気にならない、と正直に言ったら貴方はどういう顔をするのか。伝える術すらもたないというのに、少しだけ気になった。
おぞましく醜悪な化け物と対峙するのも。
民と呼ばれる他人を救うことも。
全て貴方への贖罪だと言ったら、貴方は軽蔑するだろうか。
「化け物め」
囁くように吐き捨てるように発せられた音が鼓膜を揺らす。
なにを今さら、と思ったが口に出すことはしない。そんなことは自分こそが一番よくわかっている。
光が一際強くなって、視界が白く塗りつぶされる。
自分の存在が極端に曖昧になり、薄れていく感覚に浸された。
次の瞬間、噎せ返るような血臭がする戦場へと私の体は投げ出されていた。
周りには屍の山と血だまりがそこかしこに広がっている。
目の前では狂ったようにけたたましい雄たけびを上げて化け物と呼ばれるソレが木々を薙ぎ倒しながら一人、また一人と玩具のように人を屠っていた。
ぺろり、と舌で唇を舐める。風にのってきた血煙でわずかに鉄の味がする。
化け物を前にして否応なしに心臓が脈を打ち、気分が高揚してくるのが手に取るようにわかった。
「来い、化け物」
ヒタリと両者の視線が交わった。
私はきっと、笑っている。
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