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   アウトサイド

          ―血の雨通りの守護者―


 モノの形や役割はその時々で変化していくものである。それは文化や思想、価値観などあらゆる影響を受け時にゆっくりと、時に瞬く間に人知れず、あるいは意図的におとずれる。極端な話、今日神として崇められているものが一週間後には悪の化身と成り果てているかもしれない。


 冬も終わりに近づきつつあったが、しつこく吹く北風が通りを行きかう人の口数をへらしていた二月下旬。ルーンは古くから親交のあるライフ家の長男坊に呼び出されていた。別に無視をしてもよかったのだがライフが支払うといってきた報酬に目がくらみ、のこのことイギリス某所の警察署に出向いていた。

 警察署内は外よりも喧噪でやかましく、人でごった返し妙に埃っぽかった。

「久しぶりですな、ルーン殿」警察署の受付で名前を告げると程なく恰幅がよく口髭をカールさせた男が奥からやって来てルーンたちを歓迎した。受付の女性が幼い容姿のルーンとその連れに腰を低くするライフ所長を見て怪訝な表情を浮かべている。「そちらのレディは?」ライフはルーンの後ろに隠れ―ルーンより大分背が高いので隠れられてはいないが―様子をうかがっている少女を見ていった。

「紹介するほどでもないけどね」ルーンはライフが差し出してきた手を軽く握ると素っ気なく答えた。「彼女はプリヤ。ただの居候だよ。事務所にひとりで置いておくとイタズラばかりするからこうして連れまわしてるんだ」ルーンはやれやれとしかめっ面で首を振ったが、プリヤは悪びれる様子もなくニコニコしながら頭を掻いた。

「よろしくお嬢さん。私はここの署長のローリー・ライフです。お見知りおきを」ライフはプリヤに微笑みかけながら手を差し出したが、プリヤはルーンとライフの顔を交互に見て結局握手はせずお辞儀をした。

その様子を見てルーンはクククと笑った。

「立ち話もなんです。私のオフィスにどうぞ」ライフは何でもないと手を振って明るく振舞い、二人を奥にある自分のオフィスへ案内した。

 ライフのオフィスは警察署四階、下の喧噪が嘘のように静かな廊下を行った一番奥にあった。部屋には仕立てのいい執務用の机がひとつと小さな書棚がふたつ。それと革張りの高級感漂うソファとクリスタルガラスのテーブルの応接セットがあった。あと目立つものといえば部屋の一番日当りのいい場所を占領している観葉植物くらいで、小ざっぱりとしていた。オフィスに着くなりライフは机の電話の受話器をとると二言ほど話しすぐに電話を切った。すぐにオフィスに女性が現れコーヒーとお茶菓子を置いていった。

「どうぞお掛けになってください」ライフにうながされルーンとプリヤは素直に従った。プリヤは出されたコーヒーにすぐに手を出したが、熱さと苦さに悶絶し渋面を浮かべた。それを見たルーンがまたクククと笑う。

 「早速だけど要件を話してくれるかな、ジュニア君」ルーンはソファに浅く座りライフに呼び出した理由を話すようにいった。正直、警察署というのは居心地が悪い。

「世間話もなしですか。相変わらずですな、あなたは」ライフは苦笑いを浮かべ、ルーンにキャメル色のくたびれたファイルをわたした。

「最後に会ったとき君はまだみっつかよっつだったじゃないか」ほとんど覚えてないだろうとルーン。

「これは失礼。いつも祖父からあなたの話をうかがっていたものですからつい」ライフはルーン達の向かいに腰掛けた。

「これは?」ルーンはわたされたファイルを振ってみせた。

「今回の事件の調査記録です」ライフはルーンがファイルを開くのを待ったがルーンは一向にファイルに興味を示さず、退屈そうにライフを見るだけだった。「最初の事件があったのが十二月八日」ライフはあきらめて咳払いすると事件の概要を話し始めた。

「最初?」

「えぇ、これは連続殺人ですので」ライフは出鼻をくじかれて苛立ちをあらわにした。「続けても?」勿論とルーン。ライフはもう一度咳払いをして説明に戻った。「現場はメインストリートをひとつ外れた通りで、その通りに時計塔のある古い貸金庫があるのですがその貸金庫の目の前で四十二歳の男性が何者かによって殺害されているのが発見されました。死亡推定時刻から被害者が殺されたのは八日未明ということがわかっています。その後三か月間に五人が同じ場所、同じ時間帯に殺されています。犯行現場は夜は人通りも数なく目撃者はなし、犯人のものと思われる遺留品もありません。唯一の手掛かりは最初の現場にあった被害者のものではない血液だけです」

「血」ルーンは無意識にそう口にしていた。「他にはないのかな?」

「犯行に使われたと思われる凶器があまり見ないタイプのようでして」ライフは右手で引っ掻くようなジェスチャーをした。「こういう、クローというのですか。腕に装着するタイプの爪のような得物を犯人は使っているようです」

「被害者に共通点は?」

「被害者にはこれといった共通点はありません。共通の知人、友人もなし。強いて言うなら六人とも黒いロングコートにハットをかぶっていたということくらいです」

「犯人は黒いロングコートとハットに強い恨みがあるに違いないよ」ルーンの冗談にライフはハハハと愛想笑いを浮かべた。「それだけ好き放題やられてるんだ、君らも警備くらいやっているんだろう?職員もなにも目撃していないのかい?」それだけの殺人が同じ場所、同じ時間帯で起こってしまったのだ、警察にどんな言い訳があろうとはっきり言って職務怠慢である。市民の警察への失望と怒りは相当なものに違いない。

「それがあなたを呼んだ理由です」ライフの表情が少し硬くなった。「実はまだそのファイルにはない事件が一昨日の夜に起きていまして。その現場を警戒にあたっていた職員が目撃しています」

「ならあとは見つけ出して捕まえればいいじゃないか」

「それができればよかったのですが、その職員の証言によると犯人は空を飛んだそうです。あの日は霧が出ていて姿をはっきりと見ることができなかったらしいのですが、犯人は背中に羽の生えた化け物だったというのです」

「・・・・・なるほど。で、その職員はハイになっていたわけじゃないんだね?」

「その疑いもあったので検査しましたが、薬は出ませんでした。この話はまだどこにも出していません。職員には夜勤の疲れがでて幻覚を見たんだろうと言い聞かせてあります」

 ルーンはようやくファイルを開きまとめられた事件に目を通した。ライフが話したこと以外に目新しいことはなかったが、事件ごとに被害者の写真が留めてあった。どれも鋭い爪で引き裂かれたような傷があった。人間の仕業というよりは獣じみたものを感じる。

「とりあえず現場をみてみようかな」しばらく黙ってファイルを眺めていたルーンだったがすべて読み終えるとそれだけ言ってファイルをライフに放って返した。「ついでにレストランにも案内してくれるかい?僕もプリヤ君も空腹なんだ」それを聞いた途端、今までうつむいていたプリヤが急に顔をあげ眼を輝かせた。



「あんまり食べた気がしないな・・・・・」ライフが案内してくれたレストランはいわゆる高級がつく店だった。緊張で食べた気がしないのではなく、一皿の量が吸血鬼には極端に少なかった。メインの肉は百グラムもないほど小さく、かけてあったベリー系のソースのせいで肉の味が全くわからなかった。

 全然血が足りない。ルーンはポーチからロリポップキャンディを取り出すと、口にくわえバリバリと噛み砕いた。プリヤはというと物珍しいコース料理にいたく満足げだった。今はデザートに使われていたナタデココをつついて遊んでいる。

「こんなかしこまった場所じゃなくて、フツーのところがよかったよ」ルーンは自分のデザートをプリヤに押し付けながらいった。

「私は楽しかったですよ?」プリヤがなかなか噛み切れないナタデココを頬張りながら微笑んだ。異なる意見にライフは愛想笑いを浮かべた。

「事件が解決したらぜひ、屋敷へ遊びに来てください。祖父がルーン殿に会いたがっています」

「どうせ僕を呼んだのもその爺さんの考えじゃないのかい?」

「お見事、その通りです。今回の事件かなりてこずっているというのが本音でして、祖父に知恵をかりようと相談したらすぐあなたの名前があがりました」

「・・・まあいいけどね。しっかり働いた分をもらえるのなら」

「勿論、その用意はあります」ライフは安心させるように笑みを浮かべた。

「じゃあ、行こうか」そういって立ち上がろうとしたルーンをライフは手をあげた制した。

「その前に、一人紹介したい者がいます」ライフが入れというと個室の扉が開き、くたびれたチョコレート色のスーツを着た二十代半ばくらいの男が入ってきた。ライフの横に立ち、神経質そうな顔でルーンとプリヤを観察している。「この男は今私が目をかけている男でして、頭が切れて仕事もできるのですが少し堅いところがありまして。今回の事件普通じゃない。あなたの捜査から学ぶことがあるはずですので、一緒に捜査に同行させて下さい」ライフはそういうと男にアイコンタクトした。

「どうも、ジャンです。よろしくお願いします」ジャンは迷わずルーンの方へ手を差し出した。

「よろしく」ルーンは出された手を握る。「僕のやり方にあまり口を出さないでくれると助かるよ」ジャンを見ていってはいたがほとんどライフに向けられた言葉だった。

「話はライフ署長からうかがっています。捜査の邪魔はしませんよ。妨害される気持ちは分かっていますので」ジャンは愛想よくしているつもりなのかもしれないが、浮かべた笑みは陰のある不気味なものだった。

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