空へ飛び立つ小鳥のように
「お待ちなさい!」
「や〜だよ〜だ」
教室の窓からタリアは勢いよく飛び出していった。
2階建てだというのに、タリアは怖がることはなく、宙へと体を預け空を舞う。
そして建物のそばに生えていた大きな木へとしがみつくと、するすると地面へと降りていき、教室からの逃亡をまんまと成功させたのだった。
「はぁ〜また私の授業中ですか」
タリアがいなくなった教室から、哀愁漂う声が聞こえてくる。
これから教室で授業を開始しようとしていたルーダリアが、ため息交じりの言葉を吐き出したのだ。
彼は何とかタリアを捕まえようと手を伸ばしたのだが、その手は何もつかむことはなかった。
目的を果たすことのできなかったルーダリアの手は、彼の額へと導かれ軽く痛みを覚える部分を押さえる作業へと移ったのだった。
「またやられたようですな。ルーダリア先生」
「ディルラ先生、これは恥ずかしいところを見られてしまいましたね」
不意にルーダリアへと声をかけたのは、教室の開いたドアから顔を覗かせていたディルラであった。
彼はどうやら一連の流れを見ていたらしく、同情のような感情を込めた笑みを浮かべている。
そのディルラの表情に含まれる感情をルーダリアは感じ取ると、苦笑を浮かべながら、額へ持っていった手を頭の後ろへもっていき、参ったとなぁと言ったポーズを取りながら彼がいる廊下へと、歩みを進めたのだった。
「しかし、タリアが逃げるのはルーダリア先生の授業だけというのは、やはり甘えたい盛りなんでしょうね」
「そうかもしれませんが、結局は私の教育がうまくいってないのが原因なんでしょうね、何せ子育ては初めての経験なので右も左もわからない状態でしたから、そのせいでタリアにさびしい思いをさせてるのかもしれません」
廊下にルーダリアが到着すると、彼は教室にいる子供達に声が聞こえないように教室のドアを閉め、ディルラへと向き直った。
ディルラは授業で使われる機材を持ちながらも、そのことを邪魔とは思わず話を切り出す。
無論話の内容はこの騒ぎの原因でもあるタリアのものだ。
ディルラの言葉には子供だから仕方ないというような含みがなされていたが、ルーダリアには自分の子供だからこそという考えがあったのだろう。
彼へと言葉を返すルーダリアの表情は笑みを浮かべながらも、どこか悲しげで笑ってごまかしているといった様子である。
結局のところ、タリアがあのようになってしまったのは、自分が教育を失敗したせいと思い込んでいるのだ。
そんなルーダリアを気遣ってか、ディルラはそれについて反論する。
「なにをいってるんですか、あの子があんなに明るくなったのはあなたのおかげですよ。一人教会で泣いていたあの子に、名前と住む場所を与え、食事と愛情を注いできたのですから。並の人間ならそんなことできませんよ」
その行為がいかに大変で常人ではまず無理だと、身振り手振りを交え多少オーバーになりながらもディルラが諭す。
実際彼が言うとおり、自分の子供ならまだしも他人の子供を育てるというのは、非常に難しいものである。
もし誰かにこの子を育ててくださいと言われ、赤の他人の子供を差し出された場合に、自分が無事育てきることができるかどうか考えれば、ルーダリアがしたことがどれほどのことかわかるだろう。
「そう言ってもらえると、少し気が楽になります。ですが、私の授業だけ受けてくれないというのは少しさびしいものですよ」
ディラルに励ましの言葉をかけられ若干ではあるが、笑みに含まれる暗さが取れる。
だが、すべてを拭い去ることはなく、再度ディラルに向けられた笑みにも寂しさが感じ取れた。
「ルーダリア先生、あんまり深く考えない方が良いですよ」
自分の励ましではルーダリアの悩みは拭いきれないと悟ると、彼はこう口にした。
「はぁ……」
「それじゃ私も授業がありますので」
はぁの後に、わかってはいるのですけど、と続きそうだとディラルは感じたが、ルーダリアは口にはしなかった。
彼も今が授業中であることを理解していたため、これ以上の会話は授業に影響が出ると考えたのだろう。
ルーダリアの次の言葉がないとわかると、ディルラは一言口にして隣の教室へと向かっていった。
その後ルーダリアも自分の担当している教室の子供達に、遅くなってごめんねと一声掛け授業を再開する。
しかし、ルーダリアの心配は消えることはなく、授業を行っていてもタリアのことを考えているのだった。
(甘えてくれるのはうれしいのですが、さすがに魔術の授業をサボるのは考え物ですね)
一方逃げ出したタリアはというと、学園の裏手にある森へときていた。
森の奥へと進むと、太い切り株があり、その周りは日の光に照らされ、森の中だというのに非常に明るい。
小さな花々も咲いており、森の小さな小人、コロボックルが出てきそうな場所だ。
この切り株が生えている場所はタリアの大のお気に入りで、何かあるとすぐここへとやってくる。
休日はここに遊びに、ルーダリアの授業中は特訓をしにとほぼ毎日通いつめていた。
そして今日はルーダリアの授業をサボってここに来ている。
つまり彼はある魔術の特訓のためここに来ているということだ。
タリアは切り株の上に立つと、目を閉じ魔力を集中させ始めた。
タリアの魔力の集中に最初に反応したのは、切り株の周りに咲いている花々であった。
花達は風もない森の中で、その身をゆらゆらと揺らし始めた。
次に反応したのは、周りを取り囲む木々、こちらも風もないのにざわざわと音を立てその身を揺らす。
そして、そのゆれが徐々に強くなっていくと、タリアは目を見開き自分のうちに溜めた魔力を変換させ魔術を行使した。
「ウィング!」
タリアが呪文を唱えると、ふわっとタリアの体が浮かぶそして……どさ!
2mほどタリアの体が浮かぶと、まるで糸が切れたマリオネットのように地面へと落下したのだった。
「つっっ、いって〜。ちぇまた失敗か〜。火を出したり、氷を出したりとかはできるのにな。これだけはなかなかうまくいかないんだよな〜〜」
落下した位置は、切り株から少し離れた草花の生えたやわらかい地面だったため、たいした怪我はすることはなかった。
しかし、落下した勢いで軽く切り株へと頭をぶつけたため、タリアの頭には小さなこぶができあがっている。
タリアはたんこぶを擦りながら、一人つぶやく。
彼自身が言っていたとおり、タリアは空を飛ぶ魔術、ウィング以外の魔術はある程度使うことができる。
もちろん初級魔術に限るが、それでも彼の年を考えれば十分優秀といえる。
だがタリアはそれでは満足せず、ルーダリアの魔術の授業をサボっては一人黙々とウィングの魔術の練習をしていたのだった。
「ルーの奴、ほかの魔術は教えてくれるのにウィングだけは危ないからって言って教えてくれないし、学校でやる授業は簡単すぎて面白くないし、はぁ〜空飛べないかな〜」
タリアは草の生えた地面に寝転がると、手を空に向け独りごちた。
手の隙間から、空を飛びかう鳥達の影が映り、それをうらやましそうに手で追い掴もうとするが、当然つかまるはずもなく空を握る。
しばらく、手を空へとむけたまま横たわっていたタリアだったが、いつの間にかその手は地面へと誘われ、空を映していた目は徐々に狭くなっていき暗闇を映し出していった。
いつの間にやら眠ってしまったタリアが、起きたのは1時間ぐらい経ってからだった。
はっとなって起き上がると、日は南から少し西へと傾いており、昼を過ぎたことを示していた。
「まず! 寝過ごした。昼食片付けられちゃうよ!」
タリアは日の位置を確認すると、服についた葉っぱをはらおうともせずに、一目散に学園へと戻っていった。
学園へ戻ると、残念なことに昼食の時間はとうに過ぎ、昼休みの時間となっていた。
校庭には、遊んでいる子供達が見える。
「あぁー……、さすがに昼食はルーもとっておいてくれないよな〜」
楽しげに遊んでいる同年代の子供達を見ながらタリアはガックリと肩を落としたのだった。
そしてとぼとぼと校舎のほうへと、進んでいくと校舎の屋上から悲鳴が聞こえてくる。
「うわぁぁぁぁーーーー!」
何事かと思ったタリアは、すぐさま声のするほうへと顔を向けた。
同じように、校庭で遊んでいた子供達もいっせいに顔を向けている。
「きゃーーーーー!」
すると一人の女の子が屋上を見て叫び声をあげた。
彼女が見たのは、鉄棒にぶら下がるように校舎の屋上にしがみつく男の子の姿だった。
どうも男の子が屋上で遊んでいたら、安全のために取り付けられた金網にぶつかり、勢いあまって今のような状況になったようだ。
校庭のところどころから、危ない! 頑張って! と声が上がるが、校舎の屋上にしがみついている男の子の顔はすでに限界であることを示していた。
それはそうだろう。
金網が壊れるほどの勢いで、男の子は遊んでいたのだ。
しがみついていられるほどの体力など、少ししか残っているはずがないのだから。
誰しもが男の子は自力では助からないと思い、だからといって自分ではどうすることもできないと憤りを感じていた時、タリアは走っていた。
できるだけ男の子に近づくように。
そして魔力も溜めていた。
できるだけ多く、自分が使える限界ぎりぎりまで。
「ウィング!」
「あぁーーーー!」
タリアが呪文を唱えた。
まだ一度も成功したことのない呪文を。
呪文を唱えると、タリアの体は宙へと浮き、走った勢いを加算し一直線で男の子へと向かっていった。
だが、ついに限界を迎えた男の子は校舎から手を離してしまう。
すると周りからは耳を劈くような叫び声が飛び交った。
それでもタリアはあきらめなかった、自分のもてるだけの魔力を出し切り必死に男の子を追う。
そして校舎の2階ほどの位置でタリアの頑張りは実を結ぶ。
男の子の手を掴むことに成功したのだった。
うおぉぉぉぉーーーーー!
その瞬間ものすごい歓声が、学園を包み込んだ。
歓声は校庭から、校舎の中からと学園のいたるところか巻き上がった。
そのどれもが、男の子を助けたタリアを称えていたものであった。
男の子をしっかりと掴んでいたタリアは、ゆっくりと地面へと近づき無事着地する。
「あ、ありがとう!」
地面につくと男の子は恐怖のため腰を抜かし、ぺたりと地面に座り込んでしまう。
だが、泣きそうな顔をタリアへと向けると、自分を助けてくれた人へ今できる精一杯の感謝の気持ちを伝えた。
「へへへ、いいってことよ」
これまでにない感謝の気持ちを伝えられたタリアは、照れ隠しのためか鼻下を右の人差し指でこすりながら、男の子へ笑顔で答える。
その様子を誰しもが笑顔で見つめていた。
「大丈夫ですか!?」
歓声が収まり始めた頃、ようやく教員達が校舎から出てきた。
誰も彼もが息を切らしていたため、全力で走ってきたのは見て取れる。
「遅いぜ、ルー。もう俺が助けちゃったぜ」
しかし、教員達が到着した頃にはすでにタリアが男の子を助けた後であり、すべてが終わっていた。
そしてそのすべてを終わらせたタリアは、バンと胸を張り、先頭になって駆けつけたルーダリアに向かって遅いと言い放ったのだった。
「そうですか、それはよかった……ですが」
駆けつけた教員達は面目ないなといったように苦笑を浮かべてはいたが、男の子が助かったことに関しては安堵を浮かべていた。
同じように地面に無事降り立った男の子を見て、ルーダリアも安心したように胸をなでおろしていたのだが、タリアに見せた表情はとてもきつい怒りの表情であった。
バチン!
校庭にこれでもかというほどの豪快な音が鳴り響く。
タリアは最初何をされたのかまったくわからなく、ただ呆然とそこに立っていた。
見ていたほかの生徒や教師達も唖然としている。
いったい何が起こったのかわからなかったタリアであったが、しだいに熱を持つ頬をなでることにり理解する。
ルーダリアが自分に向けて思い切りビンタをくりだしたことを。
「あれほど飛行の魔術は使うなといったでしょう! 今回はうまくいったから良いもののもし失敗してあなたまで落ちたらどうするのですか!」
早口でタリアをまくし立てるルーダリア。
その様子をとめようとする教員達。
そしてそれをなぜといった形で反論すらしないタリア。
だが次のルーダリアの一言により変わる。
「あなたまで落ちて怪我、いえ怪我ですめばまだ良いほうです。死んでしまったらどうするのですか。私に心配させないでください……」
そういってルーダリアはきつくタリアを抱きしめたのだった。
「ルー……」
打たれた方の頬を手で押さえながら、タリアはルーダリアを見つめる。
タリアが見たルーダリアの顔にはうっすらと涙が浮かんでいた。
タリアはここで初めてルーダリアが自分のことを大切にしてくれているのだと気がつくのだった。
「……すいません。タリアぶってしまって。そしてまだあなたのしたことを褒めていませんでしたね。よく彼を助けました。さすが私の息子です」
抱きしめた手を緩め、ルーダリアはタリアに向かってそう笑顔で話すと、また強く抱きしめたのだった。
「うわぁぁぁーーーーん!」
タリアは泣いた。
ルーダリアに怒られたことが悲しくて。
タリアは悔いた。
ルーダリアとの約束を破ったことを。
タリアは喜んだ。
ルーダリアに褒められたことを。
その後、今日の英雄が泣き続ける中、ルーダリア以外の教員らの手により事態は収束し、いつもと変わらない日常へと移っていったのだった。
そして、夜を向かえる。
場所はルーダリアの家、一緒に暮らしているタリアは今日の事件のせいで魔力を使いすぎたのと、泣きつかれたのもありもうすでに自分のベットで眠りについていた。
その様子をルーダリアは笑顔で見つめながらも、机に置かれている用紙へと文字を記述していく。
コンコン
家のドアから聞こえるノック音。
まだ夜になってからそう時間はたってないとはいえ、この時分での来訪者は珍しい。
「ちょっとまっててください。今開けますから」
疑問に思いながらもルーダリアはドアを開けたのだった。
ドアに立っていたのは初老を迎えた、女性、タリアが通い、ルーダリアが教えている学び舎、学園の園長トリステアだった。
「トリステア先生、どうしたんですこんな夜分に」
「ただ息子に会いに着ただけじゃだめかしら?」
自分の上司にあたる、トリステアの急な来訪に驚きを隠せないルーダリア。
そんなルーダリアに相対するトリステアの表情は微笑を浮かべ、母親が子を見るそれであった。
「別にだめというわけではありませんが……とりあえず中に入ってください。今お茶を入れます。あぁそれとタリアが寝てるので静かにお願いします」
「えぇわかっているわ」
ルーダリアは慌てながらも、そう言って彼女は家の中へと案内する。
案内されたトリステアは、彼が書き物をしていた机への椅子へと腰を据えたのだった。
トリステアを案内したルーダリアは奥のキッチンへと行き、魔術を使いお湯を沸かしている。
「今日は大変でしたね。あなたも、その子も」
机に置かれた書きかけの用紙を手に取りさっと読んだあと、トリステアはタリアの寝顔を見ながらルーダリアへと話しかける。
その自愛に満ちた表情は、誰が見ても心を落ち着かせるだろう。
「えぇ、まさかあんな事件が起きるなんて夢にも思ってませんでしたが、それにしてもいつの間に飛行の魔術を覚えたのか……」
ルーダリアはトリステアの言葉に返答しながらも、お茶を入れる作業を進める。
作業が終わると彼は湯気の出ているカップを二つ手に持って、彼女の目の前にそれを差し出し、もう一方を向かい側に置き、椅子へと腰を掛けた。
「子供は常に成長するものよ、あなただってそうだったじゃない」
「私はあんなに……いえ、大して変わりませんね」
まっすぐ見つめられながらトリステアにそう言われると、ルーダリアは最初否定しようとしたが、自分の子供の頃を思い出し否定を肯定へと変えた。
そして照れ隠しのためか、自分の入れたお茶を口にする。
「本当、変わりないわ。あなたもその子も。それでこれを見る限りだとあなたの意思は決まっているようね」
ルーダリアの照れ隠しもトリステアはお見通しなのか、その様子を微笑を浮かべて見つめていた。
それに気づいたルーダリアはなにやら気まずそうに、苦笑いをうかべる。
そんななんともいえない間のあと、彼女は机に置かれている用紙を指しながら彼へと尋ねた。
ルーダリアもトリステアが何を示しているのか察して答える。
「はい、今のあの子ではここは狭すぎるでしょうから」
そう言うとルーダリアはぐっすりと眠るタリアを見つめ、微笑と悲しみの中間のような顔を浮かべた。
トリステアはそんな彼の顔を見つめ、くすっと笑い話しかける。
「ふふ、あなたも立派になったものね」
「やめてくださいよ。母さん」
その後もトリステアとの会話は続き、夜が更けていった。
そしてトリステアがルーダリアを尋ねてから一週間が経過した頃、タリアは学園の放送で園長室へと呼ばれることとなった。
「トリステア先生、いったいなんですか〜?」
「タリアよくきました。まずはこれを御覧なさい」
なぜ自分が呼び出されたのか皆目見当のつかないタリアは、疑問符を浮かべながら園長室の扉を開いた。
トリステアはそんな疑問符だらけのタリアを、自分の机の前まで呼び寄せると一枚の用紙を差し出した。
そこにはこう書かれている。
サムズ学園のタリア、このもののギラルド魔術学園への編入を認めると。
「先生これ!」
それを見たタリアは疑問符が消え、驚きの一色に染まった。
無理もない予告も何もなく急に言い渡された、編入の手続きであるのだから。
そんなタリアとは対照的にトリステアは、さも当たり前のようにタリアへと告げる。
「タリア、あなたの魔術をもうこれ以上この学園で伸ばすことはできません。ですからあなたは今から魔術都市ギラルドのギラルド魔術学園へと行ってもらいます」
「今から!? そんな急に!」
「荷物はここにまとめられています。私からは以上です。詳しくはルーダリア先生から話してもらいます」
驚きを隠せないタリアは声が大きくなっていることも気づかず、トリステアへと言葉をぶつける。
しかし、トリステアは、淡々と必要事項のみ伝えるだけであった。
そして以上ですと告げた後、タリアの後ろを手を返して指し示す。
タリアはトリステアが指している後ろを振り返って確認してみると、そこにはいつの間にか園長室へと訪れていたルーダリアが立っていたのだ。
ルーダリアの急な出現にも驚いたタリア、だがルーダリアはタリアの驚きなど気にはせず、タリアの前へ歩みを進める。
それからルーダリアはタリアの身長とちょうど同じぐらいになるよう片膝をつき、彼の肩に手を乗せて語り始めたのだった。
「タリア、いいですか良く聞いてください。私があなたに飛行の魔術を教えなかったのは単に危険だからというわけではないのです。もちろん危険なのも事実です、ですが本当の理由は飛行の魔術を使える者はギラルド魔術学園へと入れなければいけないからなのですよ」
「えぇ……それってどういうこと……?」
ルーダリアの言葉に思わず、タリアはそう返す。
あまりにも衝撃的なことだったため、現状を把握できていないタリアではあったが、真剣に話すルーダリアの瞳に見つめられ彼は必死に理解しようとしていた。
「これは国で決められていることなのですよ。国は優秀な魔術師を増やすために、15才以下で飛行魔術を使えた場合、ギラルド魔術学園に入らなければいけないと定めたのです。それはなぜかというとあなたも知っているとおり、飛行の魔術は扱いの難しい魔術です。自分を浮かせるための魔力の強さ、それを維持するための持続性、そしてそれらをコントロールする精神力がなくてはいけません。つまり飛行魔術が使えるということは、将来優秀な魔術師になる可能性を持っているということです」
「それじゃルーが俺に飛行の魔術を教えなかったのって……」
理解しようと努めたことにより、タリアには自分がどうするべきなのかを把握していく。
「……ごめんなさい、それは私のわがままなんです。まだあなたと一緒にいたいという、ただそれだけの理由で。ですがあなたはそんなわたしのわがままを振りほどき、すでに自分の翼で空へと飛び立ちました。タリア、ギラルド魔術学園へ行って立派な魔術師へとなってください」
そう言い切ると、ルーダリアはタリアを強く強く抱きしめた。
その後、抱きしめていた手を解くと、ルーダリアはタリアへ笑顔を向けたのだった。
そして、その数時間後タリアは旅立って行った。
文句も何も言わず、しっかりとした足取りでギラルドへと。
学園の皆から、見送りを受けながら。
そんな中、学園の園長室からタリアの旅立ちを見守る二人の影がある。
「本当に外まで見送りに行かなくて良かったのですか?」
「いいんです。外まで見送りに行ったら、引き止めてしまうでしょうから」
「ふふ、それもそうね。それにしても急なことなのに、何も文句も言わず旅立って行くなんて、まるで昔のあなたみたい。そしてあなたは昔の私見たいよ」
トリステアはルーダリアの顔を見て彼に言葉を残すと、自分の仕事へと戻っていく。
一方ルーダリアは、窓から離れなれず、タリアの後姿を涙で見えなくなる目を凝らし、笑顔で見続けていたのだった。
タリアという小鳥はこうして自分の空へと飛び立っていった。
彼はいつしかきっと立派な魔術師となり、ルーダリアの元へ帰ってくるだろう。
タリアとルーダリアの親子の絆はこの澄み切った空のように永遠と続いているのだから。
覆面小説家になろう2008秋に投稿しようとした小説のひとつです。
ただ見てもらえばわかるとおり、文字数制限オーバーで没となってます。
個人的には結構気に入ってるので、この話の続きを書こうかななんて考えもありますが、あくまで短編で書いたものなので、これはこれのままでも言いのかなとも思っています。
気が向いたら続きを書くかもしれませんが、その時は見てやってください。