表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

トンネル

作者: いもむし

列車がトンネルに差し掛かろうとしていた。

5、4、3、2、1。

車窓が一瞬にして暗転する。

窓ガラスは、一面鏡へと姿を変えた。

私は、ボックス席に座りながら、窓を見つめていた。

当然、自分の姿が映り込んだ。しかし、何だか奇妙だ。

私だけど、私じゃない。

ガラスに手を伸ばす。

しかし、窓の中の手は、止まったまま動かない。

思わず体を仰け反らせた。

窓ガラスの中の私は、相変わらず止まったままだった。

息を潜めて、じっと様子を伺っていると、あることに気がついた。

窓の中の私の顔が、どんどん変化しているのだ。

これは、5年前の私じゃないか……。

まだ悲惨な未来を知らない、無垢ともいえる瞳が、そこにはあった。

脂ぎった顔は、疲労感を感じさせず、充実した生活を思い描かせる。

プォー。

列車が汽笛を鳴らした。

その音を合図に、私の顔は元の覇気のないものへと戻った。



今から5年前。私はろくでもない失態を犯した。

不倫していた相手が、妻に毎日無言電話をかけ始めたのだ。

「ねぇ、あなた。最近、妙な電話がかかってくるんですよ。私がいくら聞いても、何も答えないで、30秒くらいすると切れてしまうの。ねぇ、あなた。心当たり、ないですよね?」

背中に刃物を突きつけられたような気がした。

ここで認めてなるものか。うまくやっていきたいんだ、俺は。

最初は「イタズラ電話だろう」と、鼻で笑い飛ばしていた。だが、日に日にその回数は増えていった。

妻は泣きそうな顔になって

「お願い。警察に言いましょう。気味が悪くてしょうがないわ」

と繰り返した。もう限界だった。

「無言電話なんて、こっちから出なけりゃいいんだ。今度来たら、俺に回せ」

プルルルル。プルルルル。

妻の体が一気に強ばるのがわかった。

私は、受話器をとるのを、少し躊躇いながらも、電話口に出た。

辺りに沈黙の時間が流れる。

「……いい加減にしろ」

それだけ言って、電話を切った。

翌日からは、無言電話は一切なくなった。



再び窓を見る。

何の変哲もない、50代の男が映っている。

さっきのは、幻覚だったのだろうか。

最近のあまりの息苦しさに、ストレスが溜まっていたのだろう。きっとそうだ。白昼夢でも見たんだろう。

そういえば、最近よく眠れていない。

夜、横になると、あの不気味な声が繰り返し再生されて、なかなか寝付けないのだ。

ここなら、眠れるだろうか。

ガタガタと音を鳴らす箱の中では、あの不気味な声も掻き消されていく。

そっと目を閉じた。

今なら安らかな夢の中に入っていける気がした。



ピーポーピーポー。

サイレンの音が鳴り響く。

自宅の廊下には、赤黒い血溜まりができていた。

「和也さん。これで邪魔者が消えましたよ。私と一緒に来てくれるでしょう?」

恍惚とした表情で笑う彼女に、背筋がゾッとした。

道子、由香、お前たち、何で。

頭の中の言葉が、途切れ途切れになっていく。

ただ、目の前の女を殺さなければ、殺さなければ、皆死んでしまう、と思った。

笑う彼女に奇声をあげながら突進した。馬乗りになって、何度も、顔や、お腹や、頭蓋を殴る。

女は、笑っていた。

女が絶命する瞬間、けたたましい笑い声が鳴り響いた。

「あひはははひひひひひははははひひひひはっ!!!」



全身にびっしょりと汗をかいていた。

嫌な夢を見た。

あんなことがあったのだ。安らかに眠るなんてことは、私にはもう二度とできないのだろう。

再び窓ガラスを見た。

今度は、老け込んだ初老の爺が映り込んでいた。

あれ。私は何歳だったか。

だんだんと記憶が捻れていく。

さっきは50代だったのだ。

今は何歳だ?

頭がぼんやりしてきた。

そうだ。電車だ。電車に乗っていたんだ。

だけれど、私はどこへ行こうとしていたのだろう。

それに隣のボックス席で、こちらを見てニヤニヤと笑っている女は、一体何なんだ。

不安になって、先頭の車掌室の先を見つめる。

ずっと前に入ったはずのトンネルの出口は、まだ見つからなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ