文章下手の練習帳 その15 『「帰り道」、「後悔」、「注文」』の三つを使って小説を書いてください。
学校からの帰り道。俺はひたすらしょげていた。
話はそれほど複雑じゃあない。誰でも簡単に述べられる。たったの一行で充分だ。
悪友に彼女ができた。
同情してくれとは言わない。ただ、そういう場面に出くわしたら、自分自身はどう思うかを考えてほしい。
悪友というか、幼馴染。歳は一緒で、学年も一緒。十七年続いてきた仲、腐れ縁というものだ。
そいつにまさか、恋人ができるとは。俺の人生設計じゃ、先に彼女ができるのは、俺の方だったのだが。
まあ……、正直に言えば、俺よりも悪友の方が、魅力的だろう。
文武両道? 違う違う。
顔が良い? それも違う。
お金持ち? あいにくと、俺もあいつも、普通のサラリーマン一家だ。
なら何が、と言うならば、悪友の方が、多少大人だった。
小さなことで、ぐちぐち言わない。判断は、いつも冷静で的確。モテようなんて思ってないのに、女の子への気配りが上手い。
妹がいるからだろう。悪友は、妹の育て方から、色々と学んだらしい。
俺には姉がいるが、そこから学べたのは、家事くらい。何もやらない姉の代わりに、覚えただけだ。
いつものように、校門まで一緒に歩いていた。週末は何をやろう、なんてつまらない話をしていたら、悪友は、校門前で待っていた下級生に捕まった。
同じ委員会をやっている、顔なじみだという話だ。
可愛い子だった。俺なら、告白の「こ」の字を聞いた時点で、頷いてるね。
だが、悪友はいつものように冷静に、二人きりで話をしてから結論を出した。校門前で、たっぷり三十分は待たされたよ。
わざわざ教室に戻って話をしていた悪友らは、待っていた俺に頭を下げると、二人で帰っていった。帰り道も、ほぼ同じだったらしい。うらやましいね。
さて、そんなのを見たら、一般的な男子高校生はどう思うだろうか?
そう、俺は、そんな二人を祝福してやれるほど、大人じゃなかったって話だ。
嫉妬、憧れ、後悔、希望。何て言ったらいいんだろうか。胸中複雑だった、と言葉を濁すしかない。しょげているあたり、嬉しさだけは感じなかったんだろう。
一人で歩く通学路は、どうにも寂しい。同じ道を歩く奴らはたくさんいるが、人口密度だけじゃ、俺の心は安らいでくれない。
肩を落として、猫背で、ダルさを隠せずに歩く。先に行った、あの二人のことはなるべく考えたくない。とはいえ、肩が寒くて仕方がない。
子供の頃から、肩を並べて歩いていたんだ。悪友がとなりにいない、だけじゃない。俺のとなりから、下級生があいつを引っぺがしていくもんだから、いきなりの寒さに、凍えている。
遅かれ早かれ訪れたイベントなんだろうが、心の準備もなしにやられてはダメージが大きい。あの二人を祝福してやれるようになるまで、ちょっと時間がかかるだろう。
寂しさに打ちひしがれながら歩いていると、腹の中まで空っ風が吹きやがる。
いつもの通り、よく二人で馬鹿話していたバーガー屋が目に入った。
心の隙間を食い物で満たせるかは知らないが、少しくらいはマシな気持ちになるだろうか。
店は、意外と空いていた。いつもこの時間帯なら、席を探す方が難しかったものだが。
レジには女性の店員さんがいた。ああ、そういえば、店員のどの子が可愛いかなんて話もしたもんだ。
もう懐かしいとすら感じる。一気に老け込んだ気がするのは、子供だからの錯覚だろう。実際に老け込んだ方々に叱られる。
さて、何で腹を満たしたものか。メニューは覚えている。一番安いバーガーでも、とメニューを指でなぞった。
「あ、すいません、普通のバーガーをお願いします」
注文を伝える。口調にダルさが乗っていたのは、ご勘弁願いたい。
「かしこまりました。セットになさいますか?」
それでもあっちは営業スマイル。客の一人一人に感慨なんて抱いてちゃあ、仕事にならないだろうからな。
財布の中身を確認して、ポテトとのセットにした。
「お飲み物は何になさいますか?」
「あーっと、コー……」
そこまで言って、固まる。いつもならコーラで即答するもんだが、今日はさすがに炭酸でさっぱりするという気分じゃない。
「コーラでよろしいですか?」
店員さんが確認してくる。
ただでさえ、心が冷え切っている。コーラなんて飲んだら、さらに寒くなってしまう。
「コー……ヒーで。ホットの」
「はい。では、バーガーのセット、ポテトとホットコーヒーでよろしいですか?」
はいそれで、と注文すると、店員さんはすぐさま用意してくれた。
代金を渡してから、いつもの席に向かう。
が、二人掛けの狭苦しいテーブルも、いまはなんだか大きく見える。
立ち止まって、正反対を向いた。今日は、カウンター席で、外でも眺めていたい気分だ。
安っぽいバーガーと、脂っぽいポテトを食べながら、ぼんやりと夕暮れを眺めた。
悪友は、明日、俺になんて言うだろう?
ぼけっと考えたが、あれだけ仲良さそうに並んで帰っていったんだ。何を言ってきたとしても、今日ほどに驚かされることもない。
適当にバーガーとポテトをパクついて、コー……、
「あー、そうか」
コーヒー、しかもホットじゃ、胃袋に流し込めない。
仕方ないのでちびちび飲むと、いやに味が舌につく。
「あー、苦い苦い」
全く、今の気分そのままの味だ。
しばらくこのまま、コーヒーの味にひたっていよう。そうすりゃ、明日の気分がマシになるかもしれない。
根拠も何もないが、マシになるんじゃないかと思いながら、コーヒーを飲んだ。
あー、本当に、
「苦いな」
添えてあった砂糖とミルクを全部ぶち込む。
すると、コーヒーは一気に甘くなった。
「……」
何も言うまい。
極端な味になったコーヒーを舌の上で転がしながら、俺はしばらく、夕焼けみたいにたそがれていた。