老害転生――魔王様は『そんなこともわかんねえの?』と言った
先代魔王様は予言をした。
『我が永遠の眠りにつくとき、異界より現れし新たな王が魔界に安寧をもたらすであろう』
予言通り、魔王様の亡き後、白装束の一人の男が玉座の間に現れ、魔王を継いだ。
「魔王様、魔王様は異界から来られたとおっしゃいました。異界では何をしておられたのでしょうか」
私は魔王様に使える使い魔。執事のようなもの、と言った方がしっくりと来るだろうか。
新たな王のことを知るべく、僭越ながら質問をさせて頂きました。
「そんなこともわかんねえの? 」
魔王様はサキュバスの尻を撫でながらおっしゃった。私は舌打ちした。
「申し訳ございません、ご教示のほどお願いできないでしょうか」
「会社勤めだよ。カ・イ・シ・ャ。分かるか? 」
クソムカついたが私は使い魔。魔王様の為に存在しております。
「部長だよ俺。俺もさ~若い頃はブイブイ言わせてたんだぜ 」
「や~ん魔王様素敵~」
サキュバスは魔王様の腕に胸を押し当てた。
ビッチが。わけも分からずにおだてるんじゃあない。
「左様でございますか。それはすばらしいですね」
「そそ。あ、使い魔ちゃーん、熱燗もってきてよ」
昼間から酒を呑むのが魔王様の習慣だ。
「熱燗……はございませんが、ウイスキーなら」
熱燗とやらは異界の飲み物らしい。
「チッ、ねえのかよ。ウイスキーでいいや。ロックでよろしく」
「毎日そのように飲まれてはお体のほうが心配です」
私は持ってくるのが面倒くさいので心にもないことを言った。
「あー呑み過ぎかなあ」
「そうですよ。魔王様はまだ肉体強化もされておりません。万が一のことがありましたら……」
「俺さ。一回死んでるんだよね」
珍しく暗い表情をして魔王様はうつむいた。
サキュバスは悲壮な顔を作った。
「死んでいる、とは異界の事ですよね。魔王様は偉大な方です。その死は歴史に残ったことでしょうね」
「いんや。寿命だよーん。肝硬変っつーの? 悪化しちゃってポックリよ」
ビックリしたー?と馬鹿面する魔王様に平手打ちをしたくなったが手のひらに爪を立ててなんとかこらえることに成功を果たす。
「やだー魔王様ったらあ。もう冗談がお好きなんだからあ」
「俺が死んだら悲しい? サキュバスちゃん泣いてくれる? 」
「泣くに決まってるじゃないですか!! そんな悲しいこと言わないでっ」
この三文芝居はさっさと終われば良い。
広間の扉が大きな音を立てて開く。
東を守る猛将、ベルゼブブが大股で玉座の前へ歩み寄ると跪いた。
「申し上げます、魔王様。東から中央へ通じる街道が完成間近となりました」
東の地方から中央へ来る道は険しい。急な山をいくつも超えなければならない上に、天候の変わりが激しい為、中々開けないでいるのだ。
そのせいで、東は貧しい。人も魔物も陣地争いを常に繰り広げ住みやすい地域を開拓しようとしている。
適当に東側の人間と休戦して街道でも建設しろよ、と提案したのは、魔王様だ。
いわく、「公共工事は儲かるぜえええ」よく分からないが、魔王様がおっしゃるのならそうなのだろう。
「え、もう出来んの?すげえなお前ら!! 」
肘掛けを魔王様はバンバンと叩いた。
「はい、部下を大量に導入して作らせております。現場の指揮は私の腹心に取らせています故」
なるほど、今日ここへ来たのは功績を示すためか。全てを部下に丸投げし、自分は何一つしていないはずだ。毎日汗水たらして老人のワガママを聞いてる私からすれば反吐が出る。
「ハァ~?? 」
魔王様は甲高い声を出しながらタイキックをかましたくなるような変顔をした。
「俺さあ、お前になんて言ったか覚えてる? 」
ベルゼブブは困惑した。
「か、街道を作れと……」
正しい回答だ。私でもこう答えるに違いない。
「おめえに作れって言ったんだよ俺。なんでこんなとこにいんの? どうでも良い報告してる暇があったらさっさと現場戻れよ」
ベルゼブブは絶句した。サキュバスは口に手を当てて肩を震わせている。私は顔を反らして腹筋に力をいれた。
「すぐに戻ります!! 」
広間を慌ただしく出て行くベルゼブブの後ろ姿に私は合掌した。
「仕切り直しましょう」
私は何も見なかったことにし、手のひらに魔導書を出した。
これは先代が書き遺した物で、ありとあらゆる魔術に関する知識が詰め込まれている。
歴代の魔王にのみ伝わる禁書であり、それを管理するのは私の役目の一つだ。
「魔王様、これは先代が遺された魔導書です。そろそろ魔術の勉強をなさいましょう」
魔王様に私はそれを掲げて献上した。
「おう、魔術な。そろそろ覚えねえとな」
魔王様は軽い調子で言われると、パラパラとページをめくる。
真剣な表情だ。今日から彼は真の魔王になるはずだ。
「――文字が小さすぎて読めねえよ!! 」
魔王様は魔導書を勢い良く燃え盛る暖炉にぶち込んだ。
「ちょっ」
サキュバスはドン引きした。私は魔術もかけられていないのに石になった。
「魔王様、敵襲です!! 勇者一行が城下まで迫っています!! 」
城中の魔物たちが慌ただしく走り回る気配を感じる。
私はショックから立ち直れないまま、水晶球を取り出すとサキュバスに指示を飛ばす。
「サキュバス、階下の守りを固めて下さい」
「わかったわ。魔王様、行って参ります」
一礼すると黒い羽を揺らして彼女は走り去っていった。その瞳は赤く輝いている。
「サキュバスちゃん行っちゃうの~つまんねえ。誰か美女他にいねえの 」
魔王様が寝言を言い始めたので私は無視をした。
水晶球に魔力を込めると、乳白色だった珠が透明に輝き、やがて勇者一行を映し出す。
薄い茶色の髪にエデンの剣を腰に下げている。
魔王様はまだ魔術どころか、肉体強化さえ出来ない。これは不味い。
「魔王様、決してこの広間からは出ないで下さい。今から私と他の者が――」
「えっ、ちょ、これ山下じゃん!! 山下じゃん!! 」
私から水晶球を奪い取ると額に押し付けてガン見している。
水晶球に皮脂がついた。ふざけんなチクショウ。
「や、山下とは……? 」
またわけのわからないことを魔王様が言い始めたと私は思った。
「これ俺の部下!! 俺が面倒みてやってた奴なんだよ。仕事が終わったら毎日酔いつぶれるまでおごってやってたんだぜ」
自慢げに言うが、それはアルハラだ。
「ではこの勇者は知り合い、ということでしょうか」
私は慎重に尋ねる。
「知り合いじゃねえよ。俺の部下、俺の言うことなんでも聞くんだぜ。ちょっと呼んでこいよ。開門! 開門! 」
ドヤ顔する魔王様に私はどうにでもなれという気分で勇者を迎えに行った。
勇者と対面して戦闘態勢に入っていたサキュバスはわけがわからないという顔をした。
広間には勇者一行と魔王様が向かい合って座っている。
「よっ、山下、久しぶり。元気してたか? まなみちゃんとはどうなった? カミさんにはまだバレてないだろうな~」
魔王様はグヘヘと汚らしい笑顔で勇者に話しかけた。
勇者は――驚くことに滝のような汗をかいている。
魔法使いは勇者を睨みつけた。そういう関係なのか。
「ぶ、部長……部長もこちらに来ていたんですね」
クッソ死んだんじゃねえのかよ、と聞こえないように呟いているつもりらしいが私の聴力はそれを捉えた。
そわそわと膝を揺らしている。
「良いところだぜ、ここ。俺いまインフラ整備してんの。お前なにしてんの? そっちの姉ちゃんでっかい胸だな」
僧侶は天を仰いで十字を切った。
魔法使いは胸元の開いた服を慌てて腕で隠した。
私は斬りかかろうとする戦士を羽交い締めにした。
サキュバスは魔王様の膝の上に座って甘えている。
「魔王、を、たおそうかと」
か細い声で勇者が答えた。
「俺を倒しに来たの!? お前の面倒見てやったのは俺なのにどんだけ恩知らずなの? 誰のお陰でここまで来れたと思ってるんだよ!! 」
あまりにも理不尽だが、魔王らしいといえば魔王らしい。
「いえ、それは、その……」
いけるかもしれない、と私は思い始めていた。
「俺とお前でさあ~また伝説作ろうぜ!! 」
「伝説、ですか」
魔王様は親指を立てて勇者をキラキラ、いやギラギラした目で見つめている。
「この国全然インフラ整ってねえじゃん? もっと公共事業に力を入れれば金も女もウッハウハよ」
「さすがです魔王様~」
ビッチがキスをした。
「協力しようぜ。俺が社長でお前が副社長な。そっちのボインちゃんが秘書でケツの形がいいほうは受付にまわそう。斧持ってるやつは現場向きだな~」
「いや、あの、その……」
勝手に話を進める魔王様の頭がいつもより輝いて見える。
「勇者様。ここは戦うよりも停戦という形で国を整えたほうがお互いの利益になると思いますが」
国が整えば領地争いも減る。何よりも魔王様に戦闘能力が皆無なことがバレてはいけない。
勇者はふんぞり返った魔王様と、パーティの顔を交互に見ると一言だけ発した。
「世界平和のために、国をまずは作りましょう」
決心、いや諦めた顔だな。
「おっしゃ!! そうこなくちゃ山下ちゃん!! 使い魔!酒持って来い、酒!今日は呑み明かすぞ~」
「承知致しました」
私はありったけの酒を取りに厨房へ向かった。
どうやら、先代の予言は成就するようだ。
異世界転生は初めて書きました。難しいですね。