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津軽藩以前 (1568-1576)  作者: かんから
屋裏の変 元亀一年(1570)秋
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第四章 第五話 妻との別れ

「守り切れなかった。」


 信直は妻の翠姫に対し、深く頭を下げた。妻にしてみれば、まったくわからない。


 「離縁してくれ。」


 

 翠はかたまった。夫になんとか頭をあげさせようと伸びていたその手は、宙に浮かんだ。


 “万民の為だ”


 いくら言葉で飾ろうとも、事実は変わらない。“私の何がいけなかったのですか” と問い返すも、答えはさらに過酷だった。


 

 “そなたの父が、望んだことだ”


 

 愕然とした。

誰よりも幸せを願っているはずの父が……言うはずない。


 つぐらのゆりかごでは、子がわめく。


 信直は、目を合わせない。誰もいない横の方を向くだけ。翠は、わが子をあやさない。赤子はひたすら泣く。


 

 その日のうちに、翠姫はわが子と共に家来に連れられ、三戸へ出発した。このことにより兵は動かず、晴政も矛を収めた。


 

 信直は主君晴政の変わりようを恨み、九戸の行いを恨んだ。


いつしか心の中に、鬼が生まれた。それはまだ小さく未熟であったが、太い角を生やし尖った爪を持つ。


 呪った。妻を奪い、己を不幸にした全ての者を。いつしか流行り病が糠部全体に広がり始めた。それは無縁な領民を殺めていくのだが……民は噂しあった。


 

 “信直の祟り”


 

 晴政は、酒を多く呑むようになった。その口髭にはひどい匂いがこびりつき、会う人すべてを戸惑わせた。


 とある初秋の日。晴政は出戻り娘の翠を呼びつけ、ともに酒を呑もうとした。


 翠は何もかも信じることができない。すでに夫は夫でなく、父は父でない。感情を持たないのが一番と、無表情で晴政の酌をした。

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