第二章 第三話 他国者とは
理右衛門は答えた。
「“敵を作らないこと” でございましょうか。」
彼は、持っていた湯呑を茶托に戻した。
「……商売は、相手に嫌われるとやっていけません。私の仕事は、交易によってもたらされる様々な商品を、多くの方々に売ることです。肝心要は……こちらが一歩引いて……実を取るのです。」
……町が荒らされるのは一大事。お客様が飢えてしまうのも一大事。幸いにも、万次殿は分をわきまえておられます。……決して取りすぎることをしない。私を潰してしまったら、元も子もないですし。
理右衛門はそういうと、ニコリとほほ笑んだ。為信は腕組みをしたまま。だまって一つ、うなずいた。
「それに……これはあくまで私情ですが。」
ん。為信は頭をあげる。
「万次殿のお仲間には、多くの他国者がおります。独りでに歩いてやってきた者もあり、船に乗って来たる者もあり……。」
“奴隷もおりますれば”
為信は一気に目を開いた。それは真かと問う。
「はい。ここらの者の中の、常識でございます。」
驚いている為信をしり目に、理右衛門は飲み干してあった碗に茶を注ぎ足した。平穏そのものである。
奴隷は……戦争で生まれる。どこかの国がどこかの国に攻め入り、捕虜となす。彼らを人の足りない国に売り、銭に替える。ほかには貧民がわが子を売って、生計を立てる場合もある。
「……その奴隷を買い取って、自由の身にさせてやっているのが万次殿ですよ。」
奴隷だった者たちは感謝し、残りの人生を万次のために捧げると誓うという。それが “万次党” の強さである。
為信はいっそう悩んだ。はたして万次はいい人間なのか悪い人間なのか。……型には決してはまらない。