最終章 第六話 天地否
本陣も大光寺城へと進む。座していた林を抜け、見晴らしのよい田んぼの、細い畦道に入った。すると……向こう側の林から、南部の二羽鶴の旗が見えた。
滝本勢七百、大浦の本陣を急襲する。予想外の事態に兵らは乱れ、倒されていった。組織していた火縄隊は無意味。敵兵は一斉に矢を浴びせかかり、怯んだところを討ち取っていく。田んぼに転げ落ちた者、泥まみれになりながらも起き上がって、敵兵と取っ組み合いをする者。ただし助太刀に入った敵に横より刺される。
為信の危機だ。
すべてを捨て、大浦城へと戻ろうとする。滝本は“あれが為信ぞ”と指さす。敵の意気は高まり、こちらへと向かってくる。
己の馬は、どこかへと行ってしまった。おい、そこの者。馬を貸せ。……よし、そうだ。大将が死んでは、津軽統一は果たせぬ。今は退いて、様子を見るべきだ。
その時、為信の乗る馬の尻に、槍が突き刺さる。馬は大声をあげ、高く足をあげた。為信は後ろざまに倒され、田んぼの泥の中に転げ落ちる。
兜が外れた。紐が切れる。長く伸びたあご髭が、汚泥に浸かる。虫などは毛をつたい、体の至るところをまわる。為信にそれらを払う余裕はない。
……近くの者が兜を拾い上げて、自らかぶった。田んぼのあぜ道に仁王立ちし、敵兵へ刃を向ける。“我こそは為信だ”と叫び、勇ましく敵兵の中に飛び込んだ。
為信はなんとか田んぼより足を出す。草履は失い、裸足のまま大浦城へと駆けていく。
そのうち、異変に気付いた第一陣と第二陣がこちらへ来る。滝本は仕方なしに襲うのをやめ、大光寺城へと引き上げていった。……沼田は本陣を見つけることができず、近くにいた第二陣の小笠原に知らせた。こちらの兵らも弱ってはいたが、本陣が倒されては元も子もないと急いで探したのだ。
こうして、大光寺の初戦は滝本勢の勝利に終わる。数多くの錫杖の旗は戦の泥にまみれ、神仏の加護だけでは勝てぬ相手だと証明していた。ただ一つ、卍の旗だけが汚されることなく戻ったのは幸いか。