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現代日本人が綴るタライバン島史  作者: 黄蘿蔔
第一章
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第一章 第三話


チハルはコンピューターの概念がないこの時代の人々に、イアイパッドの中に自分の作った、自分の言うことしか聞かない、そして記憶力と計算力に優れた小人を飼っていると説明した。定期的に電気という餌を与えないと、死んでしまうため、それを与える装置を作る必要がある、と。電気はこの時代にはまだ存在しないが、それを鉱物や液体から取り出す方法があり、まだ生き残っている小人に、先ほど電気を自然から取り出す方法を尋ね、必要な知識を得たのだと説明した。なにより電気、それさえ手に入れば、小人に餌を与えることができ、その優れた知識と記憶力を利用できると。それを使って国を救うことができるかもしれない、とも。


「つまりその小人は、我々の疑問に答えてくれるのか?国を救う方法を?」


「いや、疑問に答えるというより、すでに知られていることのほとんどすべてを教えてくれるといった方が正しいでしょうか。小人が覚えているのはこの世界から400年後、僕の国で知られている専門的な知識などです。たぶん。」


「……。」


「では戦に勝つ方法を教えてくれるわけではないのだな?」


「違います。戦争に勝ための方法、まず書いていません。(あ、そういうゲームなら入ってたっけ?)知りたいことがあるなら役には立ちます。」


「……。」


「では武器は?」


「武器の知識はあります。」


「……。」


「おお!」


質疑応答の場と化した室内に驚きの声が広がった。チハルの発言を通訳しているのはサクシードと神官であったが、どこまで正確に伝えられているのかはチハルにも不明だ。チハルの持つイアイパッドにはオフライン用のヴィキペディア以外にも、さまざまなアプリケーションがインストールされている。趣味で集めている海外の教科書や図鑑、ハウツー本などのデータはこの世界でも大いに役立つことだろう。ただし……、それは平時にあってのことだ。一国の存亡に際して必要な情報が何なのか、チハルに分からないものは調べようがない。


「ただ、ここでは絶対に作れません。」


「……。」


「絶対ということもないのではないか?」


「イアイパッドが、あの板の小人の餌が集められれば、答えられるかもしれません。が、武器を作るのはたぶん無理です。僕の世界の武器を再現するには相当に高度な技術が必要です。あと僕にその知識がありません。読んでも言葉を理解できないんです。そして材料が足りません。材料を集める技術も、加工する技術もたぶんありません。そしてできた武器を使う技術もありません。」


「……。」


「では、歴史は?」


部屋に集まったものらではなくサクシードがチハルに尋ねた。


「小人には技術以外の記憶がありません。僕が興味なかったので、覚えさせていないんです。」


「……。」


「……。」


サクシードが自分の質問を翻訳して伝えると室内が静まり返った。


「とにかく、電気です。それを作る電池を作らないと小人はあと数時間で死にます。今は眠らせているので生きながらえさせますが、それでも少しずつ弱っていきます。理解していただけましたか?他に、質問は?僕に関することでもいいですよ。」


「では……。」


その後チハル自身に関することが二、三質問された。チハルは一部適当にはぐらかしながら答え、しばらくしてその場はお開きとなった。結局、現在神官や王が得られる有用な情報はほとんどない。すべては板の小人に餌を与えなければならないというチハルの方針に従うしかなかった。


そうしてチハルは準備してほしい物品のリストを作り、サクシードに記録させた。サクシードはそれを翻訳し、神官や部下にら可能な限り手配するよう伝えた。すでにサクシードは準備をしていたものも含まれるので、大部分は明日にでも手に入るだろう。


チハルは退室する前に、日本語の話せる神官とサクシードに礼を述べた。


「今日はありがとうございます。二人とも疲れたでしょう。」


「いや、大丈夫だ。」


「オウノタメ、モンダイナイデス。」


「ところでサクシードさんは商人でしたね。この辺りで強い力を持っているとか?本当ですか?」


「あ、あぁ、今はイャマトの言葉がわかるということでこうしておるが、本業は海運だ。」


「一つだけどうしても手に入れてほしいものがあるんですが。」


「私の知っているものであれば、可能だと思うが。何か?」


「人って買えますか?」


「む?奴隷か?」


「あ、はい。奴隷……です、ね。」


「うむ?」


「僕と話ができる人を、ひとり買ってくれませんか?女、女で、そうですね、夜中に寝台で話を、メルイーウの言葉を教えてくれる人とか、いいなぁ。対価は"僕が"払います。」


チハルは目力を込め、サクシードに向かって言った。


「意味は、分かりますか?」


チハルはサクシードの目を見たままである。


「アタラシイオンナカ?コチラデヨウイデキル。」


「あ、やっぱり?ですよねぇ。」


「うむ。だろうな。我が身もしばらくはここで自由にはならぬ身、タライバンの女は、ここを出られるようになったら用意させよう。ちなみに好みはあるか?」


「亜人がいるとか?」


「奴らは病気が多いぞ。」


「あ、ならやめときます。」


「ショジョ、マダイル。コドモモイル。」


「あ、いや、子供はいいです。まぁ、なら、そう?お願いします。サクシードさんもありがとう。お疲れさま。とにかく電源です。それさえ解決できれば大概のことは何とかなります。」


チハルは神官とサクシードの右手を引っ張り、自分の右手で強引に握った。握手だ。サクシードの手を握るときは、目を見ながら強く力を込めた。


「うむ」


チハルは最後にもう一度サクシードに目配せし、紙の束を整理して退室した。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


数日後、チハルたちの軟禁されている建物の一室にサクシードが準備した鉱石や金属が運び込まれた。チハルはそれを一つずつ手にしながら、サクシードに説明を求めている。


「これはこの島の特産でな、シャーク石という。これと銅を混ぜると質の良い青銅ができる。」


「スズかアエンを含むということかな。不純物は……、ブツブツ。」


「これが銅の鉱石だ。溶かしてから加工する。」


「では、これで、このくらいの大きさの板を作ってください。厚さはできるだけ薄く。数は大量に。それと前に話した太さの銅線も。いや、すいません、線は真鍮で。」


チハルとサクシードの手にはチハルがありあわせの材料で作ったペーパークリップがある。歩きながら記録を取るならこれを使えと神官に"木簡"を渡されたのだが、さすがに使いにくいと断り、その場でありあわせの材料を使って作り上げたものだ。


「うむ、すでに様々な金属で作らせておる。銀線もあるが?」


「おー、さすが!優秀ですね。話が早い!銀か、ああ、銀の方が伝導率高いんだっけ?じゃあ、真鍮と銀で両方お願いします。」


「あと、そっか、電線なら絶縁体が……、まぁ糊とか膠でいっか。」


「うむ?」


「動物の筋を煮込むと固まるのは知っていますか?」


「おお、≪ヤキュー≫だな。薬になる。」


「手に入りますか?」


「うむ、それをどうするのだ?」


「この穴の、こことここにさっきの真鍮線をつなぎたいんですが、それがお互いに触れないように、こうかぶせるようにして……。」


チハルは図を描いてサクシードに見せた。それが何に使うものなのかさっぱりわからないサクシードであったが、深く追求するのはもうやめにしたらしい。チハルが必要だというのだから準備するだけだ。


「わかった。しかしチハル殿は商人ではなかったか?このような絵をも書けるとは……。」


「リケー魂です。」


「リ、ケー?」


「えっと、僕は元々工人なんですよ。」


「うむ?どう、ま、まぁよい。まずはこちらであるな。」


サクシードは疑問を呑み込み目の前の仕事に集中した。


「これが、硫黄、そしてその何といったか、黒い粉の原料だ。こちらでは≪ジャード石≫という」


「硝石?おお、これが!本物かぁ。」


「見たことがないのか?」


「いや、まぁ、こないだ写真で見ましたよ。」


「シャし……、うぅむ。」


「硫黄と硝石、ジャード石はたくさんあるんですよね?えっと……。早速やってみるか。陶器のお皿ありますか?あと火は?きれいな水も。水は一度沸騰させたもので。」


「ジャード石は燃えるぞ?硫黄も。危険ではないか?というかそれに炭を混ぜると爆発する。」


「少しだけです。てか、そういえばこれに木炭混ぜると黒色火薬ですね。」


「ちょっとまて、何をするのかわからぬが、それはまずい。ジャード石に硫黄に火はならぬ。」


どうやら火薬の製法を知るサクシードが慌てふためいていたが、室内にはサクシードとチハルの他に火薬の製法を知るものがいないようだ。


「いや、爆発まではしないですよ。たぶん。とにかく皿と火と、水を準備してください。神官さんには、……適当にごまかしておいてください。」


チハルは神官への説明をサクシードに丸投げし、硫黄と硝石を砕き始めた。あらかじめ用意してあった天秤に乗せ、分銅を使って重さを量っていく。もちろん硫黄も硝石も大量の不純物を含むので、大雑把なものである。そもそもチハルは黒色火薬の配合比を知らないのだが。


サクシードは神官をうまくごまかせたのだろう。しばらくすると様々な大きさの陶製の皿と桶に入った水が運ばれてきた。ちなみにチハルは呼び出されて最初の数日で出された食事と水でひどい下痢をして以降、自分の飲む水は必ず一度沸騰したものを、食材はしっかり加熱して温かい状態のものを出すように要求している。


チハルは砕いた硫黄と硝石を混ぜ合わせ、用意させた陶器の皿の中央にのせた。指でつまんで山形にし、見張りの兵士に持たせ、中央の山の先端に火をつけるよう指示する。全部が燃え尽きたら桶の中の水を加えるようにとも。


兵士が部屋の外に出て、建物の中庭に進んだ。開け放された門からチハルとサクシードが首だけをのぞかせている。


簡単な燃焼の実験であるが、黒色火薬の現物を見たことのないチハルは、どの量でどのくらい燃焼が起きるのか知らない。木炭を混ぜていないため爆発はしないと考えているが、ロウソクの火には煤が混ざるので、それと反応しないとも限らない。


「……。」


「はじめるそうだ。」


チハルの反対側の扉から首だけを出したサクシードが言った。


ッポ!ッシュ……。


白い煙と気の抜けた音を立ててあっけなく燃焼が終わった。兵士は足元の桶から皿に水を加え、ゆっくりした足取りで部屋に戻ってきた。燃焼実験に使った皿の中央部分が少し焦げており、水の表面にも炭が浮いてはいるがひとまず燃焼は成功したようだ。


チハルは皿の中の水の臭いを嗅ぎ、ニヤリと薄笑みを浮かべた後、自らの指先で水を混ぜ合わせてそれを口に運んだ。舐める直前にツンと鼻を衝く刺激臭がし、口に入れてからうっすらとした酸味が口腔に広がった。


「たぶん成功です。硫酸ができました。」


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