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現代日本人が綴るタライバン島史  作者: 黄蘿蔔
第一章
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第一章 第五十五話

 第一章 第五十五話


 チハルは翌早朝から街道を北に向けて出発した。戻ってきたときと同じく一人旅である。途中まで迎えの者が引き返してきているはずなので、移動距離は10km少しの予定である。チハルの体力なら走れば2時間ほどの距離であるが、背中には布にくるんだイアイパッドの入ったカバンを背負い、手には秘法を持っている。転んだり落としたりして壊してしまうと元も子もない。チハルはのんびり景色を楽しみながら歩くことにした。


 周囲に人影はないが野犬などの野生動物が襲ってこないとも限らないので、チハルは完全には気を抜かずに少し早足で歩いた。じっとりと汗の浮かぶ額を空いた方の手で拭う。もう片方の手には≪始王之門≫が握られている。


「しっかし、昨日のはなんだったんだ?いきなり星空が変わるし、呼び出されたっつーことか……。成功したんならいいけど、まさかここがまた別世界とかだったらどうしよう……。でも特に変わった点もないしなぁ……。一番現実的なのが"俺の勘違い"だってのが笑うに、笑えんよなぁ。」


 そういいながら、チハルは≪始王之門≫を太陽にかざした。


「太陽光で充電ってなら、もう十分だと思うけど……。どうだろう。」


 チハルが≪始王之門≫の小穴に耳を澄ますと……。


「……イxーxxxxサンXXxxXXスカローXXxxドXXXxxルXXヘxxxxローxxxxベーxウヘーンxxルカサハーハXXヌXxxxカーシルXバ……。」


「お、聞こえる聞こえる。やっぱ太陽光でしばらく充電すると聞こえるみたいだ。昨日よりはっきり聞こえるな。何言ってるか分からんけど。」


≪始王之門≫は記録に残っているだけで1000年以上前、文字が存在する前からこの世に存在するという未知のアーティファクトである。仮に2000年前の言語で記録されているとしたらおそらくそれを聞き取れるものはこの世に存在しない。


「でもたぶん英語とかラテン語系の音じゃあないんだよなぁ。アジアとか中東の古い言語か?そうなるとお手上げだわ。」


 チハルはあれこれ考えを巡らせながら北へ歩いた。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 南タライバン市街、港近くの天幕内では追跡軍司令官へ王の逃亡を伝え、返答を得たセンジンが再びタクトと向き合っていた。


「こちらにわが軍の一部を駐留させてもらう。残りで逃げた王族を追跡することにした。メルイーウ軍は武装解除し投降せよ。」


「投降してどうします?」


「ほ、本国に送り返してやるわ!王に置いて行かれた軍人にいまさら忠節も何もなかろう。大ジル帝国の軍人として復帰するかそのまま家族の元で暮らすかくらいは選ばせてやると伝えろ。ここに残ってもよいが、その場合は二度と大陸の土は踏ませぬ。」


「ま、その辺が落としどころでしょうね。」


「それと地図をよこせ。」


「駄目です。そういわれると思ってすべて燃やしました。」


「な!なんだと!」


「私は覚えてますので。」


「ぐ……、では追跡には貴様が同行しろ!」


「それもお断りします。」


「な、なんだと!」


「王への最後の忠誠です。これから先は王がどうなろうと知りませんが、これ以上あなた方に何を伝えるつもりもありません。拷問でもしたければどうぞ。私の首一つでも本国への手土産にはなるでしょう。ただし兵たちへは手出し無用をお願いします。」


「……貴様……!」


 再び交渉に赴き、追跡軍司令官からの返答を告げたセンジンの顔が怒りに紅潮した。センジンはタクトをその場で切り伏せようと腰の剣に手を伸ばした。


「センジン、よせ。」


 天幕の入り口からセンジンの元同僚であるチャンモが声をかけた。


「地図なら俺も知っている。俺が同行する。この辺の海のことならタクト殿より俺の方が詳しい。追跡の役にも立つ。剣を下ろせ。」


 チャンモが止める声を無視し、センジンは剣を横へ薙いだ。


 タクトの前髪が横一文字に切られて毛先が床に落ちた。額には全く傷がついていない。


「部下に武装解除の命令を出せ。貴様ら高官は捕縛する。メルイーウの者が使っていた建物はすべて明け渡せ。明日までだ!貴様は……、この場で捕らえる!手を出せ。護衛官!縄を持て!」


「では、チャンモさん、後はお願いします。」


「タクト様……。……分りました。」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 その日、メルイーウ軍は素直に武装解除に応じ、追跡軍に投降した。タクトは追跡軍の指揮官に顔を改められた後、王の追跡に協力するよう再三の説得を受けるがこれを頑なに拒否したため、首を刎ねられてた。はねられた首は港湾の門前に数日さらされた後、海に捨てられた。


 武装を解除したメルイーウ王国の軍人らは縄に繋がれて船の倉庫に押し込められた。ほとんどが大陸への帰還を希望したが、一部対岸フォーシュの貧しい農家出身の者はタライバン島に残ることを選択した。


 そして大ジル帝国からの400人ほどの駐留軍が南タライバンにやってきた。もともとメルイーウ軍が使っていた兵舎や仮の王宮を使ったが、駐留開始から二週間以内に謎の疫病が流行し半数が死亡した。残された者たちは恐怖におののき、指揮官の判断で荒波の中を大陸へ引き返した。


 王の追跡に南へ向かった追跡軍の船団は、チャンモが"記憶を頼りに"書いた地図を元に王を追跡した。途中王が乗っていると思しき海賊の使う船を発見し、数日追跡するが結局見失った。追跡軍は周辺の島を記録してチャンモの書いた地図が正確であることを確認し、本国へ戻り王宮へ報告した。その後数度南方へ追跡隊を派遣するが、逃亡した王らの行方は遂に知れ無かった。追跡隊が南方の島民らに聞き取り調査を行ったところ、ある島の近海で嵐が起きて多くの船が難破し、海岸線に多くの宝物や遺体が流れ着いたのだという。追跡隊が流れ着いたという宝物や遺体が身につけていたという装飾品などの一部を持ち帰って調査したところ、メルイーウ王家の者が持ち出したものであることが確認された。大ジル帝国は旧王家であるメルイーウ王家が滅亡したことを国内外に発表した。大ジル帝国はその後も数年をかけてタライバン島南部の群島を調査し、小島に隠れ住んでいた"海賊の残党"を発見した。このとき戦闘になったが、わずか数名の海賊の抵抗は激しく、全員が戦闘で死亡した。海賊の残党らはメルイーウ王家の者から奪ったと思われる宝物を少し隠し持っており、追跡隊はこれを回収、その後追跡隊は解散した。


 記録によるとメルイーウ王家はタライバン島へ逃亡してから半年で滅亡、追跡軍派遣による戦闘はなし、明らかになっている死者はたったの一名。最後まで王へ忠誠をしめして首を刎ねられた参謀のタクト一人だけである。その後タクトは忠義の士としてタライバン島で民間信仰されるようになり、小さな廟が建てられた。


 帝国は疫病が蔓延し、亜人と海賊が跳梁跋扈するタライバン島へ再度渡航禁止令を出した。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「おーい!」


「チハル殿!」


 チハルは多く手を振りながらがら北へ目を凝らした。見覚えのあるTシャツ姿の亜人らが引く荷車を中心に、数人の人間が手を振り返した。


「あ、カンさんだ。おーい!」


 荷車を離れて数人がチハルの元に小走りで駆け付けた。


「ご無事でしたか!」


「何ともなかったよ。いや、あった、けど、後で話す。あれ?ショーピンは?迎えに来ると思ったけど……?」


「ひ、姫は……、その……。」


「ここじゃ!」


 近づいてきた荷車からショーピンが飛び降り、"日本刀"を構えて切っ先をチハルに向けた。


「やめろ!そんなもの軽々しく振り回すな!ケガするぞ!お前が!」


「知らぬわ!妻に相談もなく独りで消えてしまいおって!しかももう一度門をくぐるじゃと!わらわを置いていくつもりか!ひどいのじゃ!わらわを二度も未亡人にするつもりかえ?そのような夫はもういらぬわ!チハルを殺してわらわも死ぬ!」


「その割には顔が笑ってるぞ、ほら、そんなの下してこっち来い。」


 チハルは両腕を広げてショーピンに飛び込んで来るよう促した。ショーピンは一瞬ぎくりとしたが、あきらめ顔で日本刀をカランと傍らに投げ捨て、目に涙を浮かべながらチハルに駆け寄った。


「こうじゃ!」


「それっ!やっぱり予想通り!」


 チハルの間合いに入ったショーピンが思い切り足をみぞおちに向かって蹴り上げた。しかし、その動きを予想していたチハルはすんなりとその蹴り足をつかんでショーピンの体を抱きつかみ、肩にあごを乗せた。


「残念!!」


「むぅうぅ……。」


 チハルがショーピンの耳元で呟くと、ショーピンは全身の力を抜いてチハルにしなだれかかった。おそらく泣いているのだろう、鼻をすする声が聞こえる。


「あーン……、あー、もう!ばかばかばか!怖かったのじゃ!チハルが消えてしまうと思ったのじゃ!もう誰かを失うのは嫌なのじゃああぁ!」


 チハルはショーピンの頭をポンポンと叩いて慰めながら、眼球だけを動かして自分たちを眺めるカン護衛官やサイシャワット・ウシ・パスバキを交互に見た。言葉の通じない亜人の視線からも「女の子泣かせた……」という軽蔑の意思を感じ取ることができた。


「と、とにかく、ちょっと、不思議なことがあったんだ。」


「……。」


「ほら、ショーピンは荷車に戻れ、俺は歩く。まずはみんなのところに戻ろう。」


 チハルはその場にいた全員に昨晩自分が見た天球の変化について話した。


「なんじゃ?北極星が消えた?そんなことあるはずなかろう。」


「私も昨日空を見上げましたが、特に変わった点はありませんでした。」


「私も別に……。……。"星については詳しくない"と言っています。」


「気のせいではないのか?」


「んー、たぶんそうなんだけどね。」


「体に変わったことはないのですか?」


「特に……、手も透けてない、足もある。影も薄くなってないし、変なあざも出来てない……ハズ。今まで通りだよ。」


「ふむ、消えてしまわぬということは失敗したかもしれんのじゃな。」


「星がおかしく見えた時に成功したんじゃないかって思ったんだけどね。こればっかりは試してみないと分かんない。それともう一つ……。」


 チハルは≪始王之門≫を取り出してショーピンの耳に充てた。


「む?なんじゃ?……、何か言っておるの。」


「なんて言っているか分かるか?」


「いや、さっぱりじゃ。よく聞き取れん。」


 その後チハルはその場の全員に秘宝から流れる音声を聞かせてみたが、予想通り誰一人として聞き取れるものはいなかった。


「ウシ君は?意味話わからなくても音だけは近いとか、そういうのない?」


「……。"よくわからない"、だそうです。」


「んー、亜人語もダメかぁ……。ちょっと期待してたんだがなぁ。」


「……。"しかしトシと言っているかもしれない"と言っています。」


「トシ?年?一年二年の年?」


「"そういう風に聞こえる"だそうです。」


「んー、そういわれてもなぁ、俺にも「傘」とか言ってるようにも聞き取れるし、たまたま似てる単語だろうな。まぁ、後でワニちゃんにも聞かせてみよう。」


 その後数時間かけてチハルは先行していた本隊と合流を果たし、更に数日後、無事北の村へ到着した。

もうすぐ第一章終わります。

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