第一章 第五十四話
第一章 第五十四話
メルイーウ王家討伐軍の交渉を任されているセンジンは、指揮官の指示により小舟で港に向かった。夜間だがむやみに近づくと弓を射かけられる可能性もあったため、岸の明かりを頼りに無灯火である。無事桟橋に降り立ったセンジンは、護衛の兵と共にわざと目立つように旗を立て、悠然と港へ歩を進めた。それに気づいたメルイーウ軍の兵士がすぐに伝令に走り、センジンは軍議のテントへ案内された。
「おい!状況を説明しろ!」
「失礼。こちらも報告が錯綜していまして。ひとまず分かっているのは……、王が逃亡しました。」
今回はタクトがセンジンに対応した。
「何だと?」
「予想外の事態です。どうやら一部の海賊らと裏で結んでいたようで、中型船で南へ逃げたという報告です。」
「キサマら!わが軍を謀るか!どうせお前らが王を隠しているのだろう?!この町を消し炭にしてやる!」
「いえ、実は……、今回の通門者は地理学者で。」
「む?」
「この島の南の海域一帯にある未知の島の場所と地図を示したのです。人が生活できる島が多数あるとか。おそらく王は海賊らとそこに逃げたのだと思います。宝物の一部も一緒です。」
「信じられん。」
「その学者が書いた地図をお見せしましょう。これです。」
「む?むむ?こ、これは……。」
「我々の知る地図と違う……、でしょう?見てください、海岸線の形状までこれほど詳しく。その彼が残したこの島一帯の地図がこれです。」
「ぬう?ここから南にこれほど巨大な島があるのか?」
センジンは現代で言うジャワ島のあたりを指さして驚きの声を上げた。タクトはニヤリと口角を釣り上げた。
センジンも優秀な軍の指揮官である、出陣にあたってタライバン島一帯の地図は頭に叩き込んでいた。しかし今タクトが目の前に広げている地図は、今まで誰も見たことがないほどの精緻さで描かれており、薄い線でびっしりとタクトの注釈が入れられていた。
「地理学者だといったな?」
「はい、そしておそらく王と共に南に逃げたものと思われます。どこを探しても見当たりません。」
「うむぅ……。」
「上には報告する。残っているものは?」
「王妃が。」
「うむぅ……、してやられたわ。」
「こちらからも追跡を出しますが、そちらはどうします?」
「上に聞かんと分からぬわ!その地図をよこせ!」
「もちろんダメです。」
タクトは地図を端からクルクルと丸め、後ろ手に隠した。
「そうですね……、地図は差し上げてもいいですが、いくらか譲歩していただきたい。ただ、こちらの地図には複製はありません。こちらでも追跡に使いますので、明日の早朝までにご返答を。」
「ぬ、ぬぅうぅ。力づくで奪ってもよいのだぞ。」
「これ一枚ではどこに逃げたか分かりませんよ。それとも燃やします?だれも王を追跡できなくなりますよ。」
「す、すぐに戻って報告する。このままここで待て。」
「こちらも王を追跡しなければならないので、急いでください。海賊の船は足が速いので、数刻もすれば追うことができなくなります。」
「くぅう、貴様ら!よい、すぐに戻る。待っておれ!」
センジンは顔を赤くし、小走りでテントを後にした。共を連れて全速力で舟をこいで報告に戻った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「日本語、……じゃないな。なんだ?」
チハルは秘法≪始王之門≫の小穴からかすかに聞こえる音に、耳をつけて集中していた。
「……イxーxxxxXXXxxニXXスXXxxドXXXxxルXXヘxxxxローxxxxベーxxxxxxxルxxXXXXヌXxxxカXXXバ。」
「んー。英語でもないかな。なんだこれ?」
その音声はチハルが今まで聞いたことのあるどんな言語とも違っていた。10分ほど集中して聞いていたが、どうやら1分ほどの同じ内容が繰り返されているようだった。
「しかし何でまた急に?俺が独り言言ったからか?ってわけでもないな。なんでだろう?しかも普通にしてたら気づかないぞこんな小さい音。あ、やべ、日が暮れる火を焚いとかないと。」
チハルは日の傾きかけた空を見上げ、枯草や枯れ木を集めて火打石で火を起こした。チハルが野営する場所は丘陵の陰になっているので山側からも街道側からも見えにくい。
「記録にはこんな音声のこと書いてなかったよなぁ。てことは俺が初めて発見したのか……。っはっは、パズルみたいで燃えるね。とりあえずメモっとくか。」
チハルはカバンから取り出した紙と鉛筆で、聞こえてくる音を聞こえてくるままに書き写そうとした。
「あれ?音が小さい……。えー、待って待って、聴こえねぇ……。」
先ほどまでかすかに聞こえていた音声は、音の分別ができないほど小さな音になっていた。チハルはそのまま耳をくっつけていたが、その音は次第に小さくなりやがて聞こえなくなった。
「おいー、まじかよ。壊れた?なわけないよな。きゅうに途切れたわけじゃないし。……、バッテリー切れ?」
チハルは手のひらの上で秘宝を回し、空を見た。先ほどまでの夕暮れ空は急速に闇に包まれ始めており、明るい星が姿を見せていた。
「……太陽光?太陽光か?今まで箱の中に入れられてたからか?いや、ありうるな。明日もう一回試そう。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あー、でも全部過去の話だとすると鉱山の話がおかしくなるな……。いくつかの鉱山が掘りつくされてないとおかしいしなぁ。てことはやっぱり別の平行世界?……タイムマシンってよりはワームホールみたいなもんか。」
チハルは腹の上にイアイパッドと≪始王之門≫を乗せて満天の星空を見上げていた。あれからずっと思索にハマっているが、結局≪始王之門≫がどういうものなのか結論は出ていない。
「にしても、俺たちの世界とはやっぱ見え方が違うな……。すげーよなぁ、これぞまさに"星空"って感じだよなぁ……。そういや改めて見上げるのも久しぶりだな……。北斗七星……、北斗七星……。」
チハルはかろうじて覚えている小学校の知識を使って北斗七星や北極星を探してみた。
「北斗七星……ない?もう沈んじゃった?じゃ……カシオペヤ?どこだ……。」
チハルは記憶の中にあるうっすらと残る星の形を思い出しながら、天球に目を走らせた。
「……ない?」
チハルは寝ころんだまま上体を起こし、イアイパッドを起動させた。画面の光がチハルの目を刺した。
「そういや、この世界の星については誰にも聞いたことがなかったな……。」
チハルはパッドの輝度を最低まで落とし、頭から布団代わりの布をかぶって幾つかの星座の名前を検索した。
「今は……元の世界でいう9月くらいだよな?まだ真夜中ってこともないし、≪秋の四辺形≫か……、ペガサス座?なんだカシオペヤ座も秋の星座?どれ……。」
チハルは寝袋代わりの折りたたんだ布団から顔を出し、空を見上げた。
「あれか?いやぁ……、でもちょっと形が違う?カシオペヤはどこいった?」
チハルの全身にぶるりと悪寒が走った。枕代わりのカバンから方位磁針を取り出して方角を確認して空に向き直った。もちろん星の配置はそのままである。
「……、北極星がない!?」
見知った星がないという事実、チハルは愕然とした。
「星の配置が違うってことは……、ここってもしかして別の惑星?いーや、まてまてまて……、太陽も、月もある。何より地形が全く同じだ。言語も、鉱山の位置も。てことは地球なのは間違いない。うん。ここは地球だ。」
「……太陽系ごと別の場所に移動したってか?いくら高度な文明が発達してもそりゃ無理だろ……。てか何のために……。」
「……あ、平行世界だとしたら別に星の配置が違ってもいいのか……、星の位置くらいで文明に大きな影響は与えそうにないしな。代わりに南極星みたいなのがあったりして。」
「おー、ふー、ビビったー。一人になると怖いこと考えてしまうわー。」
チハルは落ち着きを取り戻し、改めて星空を眺めた。
「あれ?……。」
チハルはごしごしと両の目をこすった。
「ん?……。うぃん?」
チハルは"今"見上げている星空が先ほどまでと異なっていることに気付いた。
「カシオペヤがある?なんで?えー!?北斗七星……、も、ある!秋の四辺形、も……。え?なになに?どういうこと?」
チハルの体に再び悪寒が走った。
「あ、もしかして今俺、呼び出されたってこと?……成功した?」




