第一章 第五十二話
第一章 第五十二話
チハルたち一行はサチと別れてからさらに数日かけて海賊たちの支配域を通り抜けた。チハルたちはサチの忠告通り新王朝側についたという別の海賊の一団を警戒し、ぐるりと山側を回り込んで村を避けて進んだため、予定より一日余計に時間がかかってしまった。
ちょうど潮が凪ぎ始めたので、夕食時の話題はタクトがどのような作戦で追跡軍を迎え撃つのか、という話題でもちきりだった。タクトの人となりを知るチハルは、彼がみすみす全滅するような作戦を取らないことは予想していた。鉱山の地図にしてもああは言っていたがタクトなら上手く使ってくれそうな気もしていた。
「……、でも俺たちを追跡してこないってのも、おかしくないか?街の人たちにはバレてると思うけど?」
「……、んー、いえ……。そろそろチハルさんには伝えても良いかも知れません。」
チハルと話していたエム護衛官が歯切れの悪そうに他の護衛官に目配せした。
「え?もしかして知ってるの?」
「はい、我々三人には知らされています。追跡軍が迫って来た時期にチハルさんに伝えるようにも。」
「ああー、なるほどね。んで?結局どうするの?奇襲?」
「実は……。」
護衛官らはタクトの作戦の要点をチハルへ説明した。実はチハルたちが北へ向けて出発したすぐ後から、サクシード商会の商船団が東西南北各地の拠点へ大規模な船団を組んで交易に向かい、それに王族に変装させたメルイーウ軍の兵を少しずつ紛れ込ませていること。本物の王は追跡軍が到着したその日の夜に、最も足の速い船で南タライバン島よりもさらに南部の諸島軍へ逃げる手はずであるらしい。すでにサクシードの協力で南部の島には拠点が設けられているそうで、王はそこに逃げる算段になっているそうだ。
「なるほど、さすがサクシードさん!あんなことやってるけど、陰でいろいろやってたってたのね。」
チハルは別のたき火を囲んでいるサクシードの方を流し見た。サクシードは相変わらずビダイ・シュランに食べ物を与えて機嫌を取っている。チハルは数日前に「好みのタイプでも聞けばいいのに」とサクシードにアドバイスしていたが、「女を惚れさせるのが口説きの醍醐味だから、そんな野暮なことはしない」と妙に男らしい返事で断られていた。
「チハルさまの書いた地図も役に立ったそうです。」
「なるほどねぇ、さすが軍師さん。よく考えてるわ。てことはタクトさんも一緒に逃げるってこと?」
「ええ、メルイーウの高官、といっても40名ほどしかいませんが、それらは全員別々の船で別々の方向へ逃げるそうです。王さえいなくなってしまえばこの島に手を出す必要もなくなるだろうとも言っていました。海賊を買収したと言っていましたが、いつ裏切られるか分かりませんしね。」
「島に監視を残したりはしないのかな?」
「さぁ、そこまでは。手土産は渡すとか言っていましたが……。他にもいろいろ手は打っているそうです。」
「へぇ……、さすが。じゃあ、カンさんたちは?置き去り?もしかし王様と一緒に逃げたほうが良かったんじゃない?もしかして俺が呼んだせいで?」
「ああ、いえ、我々のことはお気になさらず。チハルさまには恩もありますし。皆付いて行きたいと思っておったのです。」
「いや、でも、カンさん奥さんは?向こうに残してきてるんじゃ?」
「そうですね。チハルさんがここに拠点を作ったら、迎えに行かせてください。はっはっは。」
「お、そうか……。すまんね。そうできるよう頑張るよ。」
「いえいえ。」
「そう、それで、俺からも話があるんだけど。三人にだけはあらかじめ伝えておく。」
「なんでしょう?」
「おそらく明日か明後日、かなりの距離を無人の土地を行くことになると思う。」
「はい、聞いております。」
「その時俺は途中で二日ほど、抜ける。ひとりでな。」
「え?どういうことでしょうか?」
「そのままの意味さ。無人の土地で俺一人が隊から外れる。心配するな二日ほどでまた合流するさ。サクシードさんにも言ってある。」
「な、なぜ!?」
「シー!あんまり驚くな、侍女たちがこっちを見てる。もうちょっとこっち寄れ。」
護衛官三人がチハルのそばへ寄って顔を近づけてきた。侍女たちは男たち四人で何をしているのかと不思議そうな顔をして、チハルたちを見ている。
「俺が未来から来たのは知ってるよな?」
「はい。」
「秘宝で呼び出されたのも?」
「もちろん。」
「その秘宝が、過去からも人を呼び出せるのを知っているか?」
「いえ……。そこまでは。」
「イ神官と記録を調べたんだけど、過去からも人を呼べることになっていた。あんまり試したことはないそうだけど。」
「はい。」
「それでな、まぁ簡単に言うとな。驚くなよ?もう一度俺を呼び出してもらう。」
「「え?」」
「記録を詳しく調べたんだ。そうするとあの秘宝はある程度の範囲の中からランダムに、えーっと、例えば決まった日の決まった地域、たとえば10里四方の中から一人選んでそれを呼び出すものらしい。」
「??」
「難しいか?まぁ、それで時代が遠ければその範囲が少し広くなって、近い時代ならその範囲が狭くなる。50年くらいだと大体半径5km位になる計算だった。いや、もう分かってなくてもいいけど、そんな顔するなよ。」
「し、しかし、それではチハルさまは消えてしまうのでは?」
「それなんだけどね。未来から呼び出された通門者の記録を調べたんだけどさ、どれも呼び出された未来からその人が消えたっていう記録が見つからなかったのよ。」
チハルはイ神官と共に通門者の記録を精読し、とくに200年や300年ほど未来から呼び出された者たちが、どこの街から、いつ呼び出されたのか、という統計を取っていた。その途中で過去に行われた面白い調査の記録を発見し、イ神官に頼んで翻訳をしてもらっていた。それは通門者が呼び出されてから数十年、数百年経過した後、時代が通門者の呼び出された年代に追い付いてからの追跡調査の記録、呼び出された人たちが本当にその時代、その場所に居たのかどうかを調べた記録であった。
通門者の多くは呼び出された日時、場所を正確に記憶しており、時の王朝が調査の可能な範囲で、実際にその日時、時間に調査団を派遣して調査した記録が残されていたのだ。しかしその結果は"ゼロ"、調査したすべての通門者がその時代、その場所に存在していない、という結論であった。
「未来から俺たち通門者を呼び出すことで、少しずつ未来が変わっていく。というより、イアイパッドの歴史を見る限り、この世界とは直接つながりのない別の世界軸から人を呼び出していることになる。」
「「……。」」
「分からなくてもいいよ。まぁ、聞け。ところがな?過去から呼び出された人は、記録が残っていたらしい。2例だけだけどね。でもその人間が消えた、行方不明になった、神隠しに遭ったという記録はなかった。つまり……。で、ここから先は仮説なんだが、あの秘宝は未来から人を呼ぶときは別の世界軸から、しかし過去から人を呼ぶときは同じ時間軸の過去から、しかも人間を複製して呼ぶんじゃないかと考えた。たぶんそうするのが世界に矛盾を与えない一番の方法なんだろう。」
「カンジエー、チハルさまの言っていることが分かるか?」
「いや、まったく。エムユーバイ、お前は?」
「俺に分かるはずがないだろう。」
「ま、とにかくだ。俺にはこれ、イアイパッドがある。まだ壊れてもないし、もう数年は使えるだろう。これを持ったまま、無人の荒野に一人、数日だけ放置してくれれば、分かるか?例えば50年先にこの時間この場所を指定すれば、この俺一人が見事呼び出されるってわけだ。そしておそらく……、俺が消えてしまうこともない。」
「えーっとつまり……、チハルさまがもう一度門をくぐるということですか?」
「そそ。そゆこと。しかもこの時代の俺は消えることなく。それもこれも正確な座標と距離の≪地図≫があってこそだけどね。まぁ、全部仮説だぞ。たられば、できるかどうかも分からないけど、そのための準備はしておこうってこと。それで、その時俺が姿を消してもショーピンたちが騒がないように説明してほしい。事前に話すとショーピンが"わらわも一緒に行く"とか言い出しかねん。ま、それも秘宝が新王朝に奪われてしまえば出来なくなるんだけどね。」
「?」
「ん?どした?」
「あれ?チハルさまは、ご存知ないのですか?」
「何が?」
「秘宝ですよ。」
「≪始王之門≫だろ?何が?」
「我々が持っていますよ。」
「え?そうなの?!」




