第一章 第四十七話
第一章 第四十七話
「何じゃ?キラキラ?」
「きらきら星。って、まてまて、ラック、ちょっとこっち来て。」
後ろの荷車からフォーシュ語を話せるラックが下りてきて、チハルとショーピンの乗る荷車にやって来た。さすがにチハルたちの荷車に三人は重いのでチハルはイアイパッドを片手に車を降りて歩きながら先ほどまでこの歌を歌っていた亜人らに並んだ。ラックが車から顔を出してチハルとサイシャワット・ウシの会話を通訳した。
「質問。その歌はどこで習った?」
「先祖代々伝わる歌で、集落のものは全員歌える、だそうです。」
「タカ族にも同じ歌がある?」
「あるそうです。」
「まさかワニ族にもあるのか?」
「分からないそうです。」
「ちょっと聞いてみよう。おーい!」
チハルは後続のワニ族の者らを呼んで、同じメロディーの歌が伝わっているかを訪ねた。チハルが曲のさわりの部分を口ずさむとワニ族の若者はその後に続けて歌い始め、驚いたウシ族、タカ族の者たちも歌に加わり、大合唱となった。
「マジかよ……。まって、俺たちの世界にもこの曲があるんだけど、これによると最初は18世紀末のフランスのシャンソンってなってる。今から200年後の歌だぞ?なんでお前らが知ってる?」
「先祖代々に伝わっている。神を祀る歌だ、そうです。詳しいことは族長が知ってる、だそうです。」
「族長ってあの女か?呼んでくれ。」
「いないそうです。」
「あ、っと、さっきサクシードさんとこに呼ばれてたな。あのおっさん……手が早ぇ。俺が呼んで来る。」
チハルはイアイパッドを荷車のショーピンに預け、隊列の先頭付近にいるはずのサクシードの荷車を目指して走った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
サクシードの乗った荷車はチハルたちのモノよりも一回り大きく、小型のキャンピングカー並みのサイズがあった。亜人ら6人がかりで引く大掛かりなもので、派手な装飾こそされていないが一目でそれとわかる。
チハルは側を並走する商会のモノに挨拶し、サクシードが中にいるか尋ねた。
「あ、居ます。が、ちょっと今はまずいかもしれません。」
「なんとなくわかるけど、悪いね。ちょっと急なんだ。」
チハルがサクシードの荷車に近づくと中から何やら話し声が聞こえてきた。嬌声ではないので睦言中ではないようだが、いくらチハルとはいえいきなり飛び込むのは気が引けたのかしばらく荷車と並走しながら、中に耳を澄ましてみた。二人はフォーシュ語で何やら言い合っているようだが、喧嘩をしているわけでもないようだった。チハルは意を決して外から声をかけた。
「サクシードさん、すいません。用事です。」
「う、うむ?おお、チハル殿か?ちょうどよい、入ってくれ。」
「ん?あ、いや、ワニ族の女性、ちょっと貸してください。聞きたいことがあるんで。」
「じゃから、ちょっと手伝ってくれ。」
チハルはどうしたのだろうと荷車の入り口辺りに向かうと、ガチャリと中から扉が開いてサクシードが顔をのぞかせた。
「入れ入れ、ちょっと助けろ。」
「ん?」
チハルは促されるままにサクシードの荷車に入った。サクシードの荷車には綿を詰めたクッションが敷き詰められており、壁には金具で固定された酒や保存食の小瓶が乗った棚が、備え付けられていた。外装に反して中はかなり豪華に作られており、二、三人なら少し窮屈なのを我慢すれば十分にくつろげるスペースがあった。
「アラ、XXXXX!」
奥の座布団にしゃなりとしなだれたワニ族の女がチハルの顔を見て声をかけた。フォーシュ語なのでチハルには聞き取れない。チハルの与えたTシャツと尾の部分に穴をあけた7分丈のジーンズという格好で、下着は着けていないので形の良い胸がTシャツの生地から透けて見えている。
「うーん、美人だわ。」
「『アラ、神様』だと。おい、この女全く俺の言うことを聞かぬ。お主こやつらの神になのだろう?どうか俺の女になるように言うてくれ。」
チハルがサクシードの顔をよく見ると頬にうっすらとひっかき傷のようなものがある。何が起こったのか明らか過ぎてチハルはあえてその傷には触れず、サクシードの質問に答えた。
「でも僕フォーシュ語話せませんよ?」
「そうであった!こやつらがおぬしを神というからつい……。」
「いい年して何やってるんですか。あ、ちょっとこの歌、聞かせてください。」
チハルはきらきら星のメロディーを口ずさんだ。ワニ族の女ビダイ・シュランは軽く眉を上げ、少し驚いた表情でチハルを見た。
「XXXXXXX?」
「『なぜその歌を知ってるの?』だと。」
「すいません、サクシードさん、ちょっとだけ通訳してください。」
「うむ?よいが、あとで協力しろよ。」
「分かりました。それで、この歌、ウシ族とタカ族にも同じ歌が伝わっています。どのくらい古いのか分かりますか?」
「xXXXXxx、XXxxxxx……。」
「彼女らの祖先がこの島に渡って来た時から伝わる歌だそうだ。」
「どのくらい前ですか?」
「xxxxxxxx。」
「分からないが少なくとも1000年以上前らしい。」
「んー、分りました。それだけです。たぶんまた話を聞くので、その時は頼みます。」
「ん?それだけか?」
「はい、じゃ、あとは頑張ってください。」
「いや、だから協力せよ。」
「女を口説くなら歌ですよ。一曲くらい歌えるでしょう。」
「う、歌か……、ど、どうする。」
「知ってる歌を歌えばいいでしょう。じゃ、僕は戻ります。」
「チ、チハル殿……。」
チハルはサクシードを無視して荷車を降りた。出てきてすぐに従者の心配そうな視線がチハルに向けられたので、肩をすくめて返事に替えた。チハルが自分の荷車に戻ろうとしたその時。
『ハァーー~~、花ならば~♪イゥオーウエー、エイヤー♪、……。』
独特のコブシの利いたお世辞にも上手いとは言えない変な日本語の歌が聞こえてきた。後にチハルがサクシードにたずねたところ、子供のころ日本のヒラドで流行っていた歌らしい。チハルも知らない歌だったが、サクシードは歌といえばこれしか知らないということだった。
「こりゃ無理そうだな……。」
チハルは苦笑する従者に後を任せ、自分の荷車に戻った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
チハルたち一行は斥候に出ていたタカ族の者たちを回収し、無事に初日の宿場まで到着した。南タライバンからルーカンまではメルイーウ王らが半年前にタライバン島までやって来た時に急遽整備した街道や宿場がそのまま残されていた。簡易な作りではあったが宿場には屋根付きの建物や水場もそのままあり、ルーカンから陸路で南タライバンまで移動する旅人、ほとんどがサクシード商会の荷運びたちであるがの良い休憩所となっていた。ルーカンまでは3-4日で到着する予定である。
広場に火を焚き、チハルは皆の足を洗わせて、準備していた保存食をふるまった。亜人たちはサクシードの下男らと共に簡素な食事を食べている。例外はワニ族の族長ビダイ・シュランで、サクシードから贈り物のように提供された肉にかじりついていた。同族の者たちもおこぼれにあずかっているようで、ウシ族とタカ族の者たちの視線が彼らに突き刺さっている。
あんまりかわいそうなのでチハルは肉の燻製を亜人と下男らに一口ずつ提供し、サクシードをにらみつけた。街を襲った亜人たちに贅沢をさせるなと自分で言ったサクシードが、恋心からその言いつけを破っているのだ。隊商の中心人物ではあるが、誰も非難しないためチハルにこのくらいの非難はされてしかるべきだろう。サクシードは視線に気づいてばつが悪そうに頭を書いたが、すぐに口説くのに戻った。ビダイ・シュランはすました顔でサクシードに視線を合わせようとはせず、黙々と食事を摂っている。
王都出身の者たちもそれぞれで固まって食事をとっており、大きく分けてサクシード商会、チハルたち、王都出身者、そして下男や亜人の四つのグループに大別されていた。
「ラック、ちょいと頼みがある。」
「はい?なんでしょう?」
「さっきの亜人たちの歌の歌詞を調べてくれないか?ウシ族と、タカ族と、それとワニ族の。別々に。」
「え?いいですけど、亜人語をフォーシュ語にしてもらって、そこからまたメルイーウ語にするんですか?」
「うん、大体でいい、たぶんそんな難しい内容じゃないと思うんだけど。意味が分からなかったら最初の部分だけでいい。」
「はい、いいですけど、あんまり期待しないでくださいね。」
侍女たちの中で唯一フォーシュ語を話せるラックがカン護衛官を連れて昼間歌を歌った亜人たちの元へ向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しばらくするとチハルと話がしたいというビダイ・シュランを連れてラックが戻って来た。歌の歌詞は直接神様に説明したいということらしい。サクシードが遠目からチハルたちをチラチラ見ている。
「で、ウシ族とタカ族の歌はほとんど同じ内容、神様を怒らせないようにいけにえを捧げるとかの内容、で、少し言い回しが違うだけでほとんど同じ。で、ワニ族の歌にはその続きがあるって?」
「そうだと言っています。」
「神が自分たちを作った、怒らせると怖い、いけにえを捧げる、ここまでは同じ?残りは?」
「きちんと祀れば神は優しい、遠い明日の神の子のために石に刻む、という内容らしいです。」
「おそらく他の部族の族長らならこの歌も知っているはずだと言っています。」
「んー、意味が分からんな。亜人の種族全部に同じ歌が伝わってるってこと?しかも先祖代々。」
「歌と一緒に石板も伝わっていて、毎年新しいものを作って祀っているそうです。」
「石板?まっさかぁ、イアイパッドみたいな?いくら亜人を作ったのが通門者って伝説が本当だったとしてもできすぎだよなぁ。ま、いっか、そうそう、それでサクシードさんには何を言われたの?」
「俺の女になれと言われたそうですが、モノでなく心?気持ち?を見せなさいと言ったら、いきなり抱きついてきたので殴ったそうです。」
「ッハ!典型的だな。それで?」
「歌が下手な男はどの集落でも人気がない、だそうです。ふふ……。」
「そっか、口説くなら歌とか言って悪かったな。今度慰めに行ってやろう。悪い、ありがとう。」
「ウシ族の男が未来の歌を聞いたと言っていた、今度聞かせてほしい、だそうです。」
「ああそうだな、いいよ。その乳なら、ロックンロールだな。っぐふ!!」
チハルの横にいたショーピンが容赦のない肘打ちをチハルに喰らわした。チハルの目線がビダイの胸に注がれていたのに気づいたらしい。侍女といちゃいちゃするのは構わないが、それ以外の女にまで見境なく視線を注いではいけないらしい。その夜、蚊帳の中で抱き合った後に子守歌代わりに二曲ほど別の恋歌を要求され、疲れていたチハルはしぶしぶそれに答えるしかなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから一行はサクシードに少し生傷が増えた他は何事もなく、無事ルーカンに到着した。
チハルが歌ったのは`89年発売のCHAGE&ASKAの≪LOVE SONG≫をチハルが即興でメルイーウ語に翻訳しながら歌ったものです。
サクシードが歌った歌は現在長崎に伝わる≪明清歌≫と呼ばれる伝統芸能が元になっています。
それとタライバン島には馬がいません。長距離移動は基本的に船です。




