第一章 第二話
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第一章 第二話
翌日。
夜更けまで自室で筆を片手に紙とにらめっこしていたチハルは、日が少し高くなってから自発的に部屋の扉から出てきた。
「あー、よく寝たわ。」
満足げに背伸びをしたが、目の下には薄らクマが差している。
「お、神官さん。おはよー。昨日の商人さん呼んでくれる?サクシードさんだっけ?あとイアイパッドも持ってきて。」
「シ、シバラクマッテクダサイ。」
「昨日の部屋でいい?あ、俺もメモ、メモ……。」
一度自室に戻ったチハルは調えられた紙の束を手に、昨日サクシードらと会談した一室へ向かった。
神官と記録官は昨日の報告をすでに王へ上げている。それなりに遅い時間であったが、上位の文官ら総出でチハルの言動の分析が行われた。発言の意図は誰一人として理解できなかったものの、何かをひらめいた様子、紙に書いた未知の図形、光を放った未知の板。なによりチハルが嘘をつく理由がないこと、そしてチハルの放った"国が救えるかもしれない"という一言が全員に衝撃を与えた。そのためチハルに敵対する意思が見られない限り「最大限の便宜を図るよう」に王からの指示が出ていた。また本日チハルからの何らかの説明や新しい動きがあるだろうということで、仮初の王宮はそれなりの緊張に包まれていたのである。
「えっと、それでは。」
サクシードや神官、記録官が部屋に集まり、チハルを囲んでいた。チハルは目の前の机に昨日部屋で書いてきたメモを広げ、イアイパッドの修められた玉手箱を持ってこさせた。
「まずこいつの電源問題を解決します。すべてはそれからです。サクシードさんは僕の横で質問に答えてください。神官さんも意味が分かればお願いします。」
「う、うむ……。」
チハルは室内にいた全員を前にイアイパッドを操作した。パッドは昨日と同じようにスリープモードから復帰し、鮮やかな画面を表示した。輝度を最低に下げているため多少見づらくはあるが、読み取りに支障はない。指紋認証を行った後、チハルはオフライン用に保存していたヴィキペディアを起動させ、『電池』について検索を始めた。
「ボルタ電池……に、ダニエル電池か……。銅に、亜鉛…。サクシードさん銅板は手に入りますか?」
チハルは紙に数字、元素記号、図を書き込みながらサクシードに尋ねた。
「うむ、銅はあるぞ。鉄、銀、それと言葉は知らぬが、他にもいくつかの金属はある。」
「合金ですかね?亜鉛は?」
「ごう……、す?すまないがその言葉は聞いたことがない。」
「この鉱石は見たことありますか?」
チハルは錫鉱石や亜鉛鉱石の説明の説明ページを開き、錫鉱石の写真を見せた。
「いや、わからない。部下ならばあるいは。」
「んー、真鍮……、は銅、錫、亜鉛の合金か……。合金から錫や亜鉛を取り出せるか?いや、鉱石……。青銅……。サクシードさん、青銅や真鍮はこの島で作っていますか?」
「青銅?真鍮は、工場がある?」
「んー、っと。青銅はたぶんこれです。」
チハルは懐から金属製の箸を取り出して見せた。昨日の夕食時に出されたものを取っておいたのだ。
「ん?」
「これが青銅です。たぶん。」
「あ、ああ、これなら鍛冶で作れる。材料もある。」
「鉱石ですか?単体で溶かせますか?」
「鉱石?」
「石ですか?」
「石だったと思う。たぶん。」
「それを溶かして……、加工して金属の板は作れますか?」
「できるぞ。」
「うし!あとは…硫酸……。これが難しい、なんだっけ……。≪硫酸≫。検索っと……。……。そう接触法、接触法!接触法は硫黄にバナジウム?ないな。白金か…、でも触媒なら時間の問題?んー、お、ミョウバンで乾式?そうかミョウバン……からも作れる?希硫酸、で、いいか。たぶん。濃縮は……できる!」
静かな室内でチハルだけがブツブツと独り言をつぶやきながら紙に筆を走らせている。サクシードは日本語が読めないが、たとえ読めたとしても何を書いてあるかさっぱりだろう。覗き込む神官が神官長に耳打ちし、「どうやらラテイの文字に似ています」などと言っている。一言二言会話を交わし、神官の一人が退室した。おそらくそのラテイの文字というものを理解できるもの、おそらくチハルが呼び出されたときに言葉を発したものを呼びに行ったのだろう。
「サクシードさん、硫黄はわかりますか?ありますか?」
「硫黄はわかる。ある。」
「硫酸、硫酸、塩酸?……、硝酸も……。硝酸、しょうさ、硝石?硝石は?えっと……、火薬……の材料で、これです。火薬、爆発、銃のバーンってやるやつの粉。400年くらい前ならあるかも、あります?」
ジェスチャーを交えながら、チハルは検索した硝石の写真を見せる。
「銃?火薬?あれか?その……、こちらの言葉で≪フエイカ≫というが、小さな玉を飛ばす武器の粉だろう。武器だし大量にある。」
「あ……、硝石は硫酸とると硝酸に?あー、どのみち硫酸がいるのか。硫酸……作れるか?んー、なんか設備が、お、硫黄と硝石を混ぜて火をつけると硫酸が?これか!?うし、やってみよう。」
チハルの右手は紙に線や記号を引きっぱなしである。
「白金は……。サクシードさん、銀みたいで、銀より重くて高価な鉱物なんですけど、わかりますか?」
「わからぬ。」
「王様の身に着けているもので、銀のようで銀より重いものありますか?」
「それこそわからぬ。」
「神官さんは?」
「ワカリマセン。」
「あと、鍛冶のところって銀も扱っていますか?」
「ある。」
「そこで、"溶けない銀"って聞いたことありますか?この時代なら銀の偽物と考えられているそうです。銀より重くて、銀と同じ温度で溶けない金属。」
「銀の偽物か?聞いたことはある。大陸の西から銀を取り寄せるとたまにそういう偽物が混ざっているという話だ。」
「それ!たぶんそれです、白金、たぶん。それ、捨ててますよね?」
「うむ、どうにも加工ができぬそうだ。」
「それをどうにかして手に入れてください。溶けない銀、たぶん白っぽい銀色をしているはずです。」
「対岸まで行ければおそらく。しかし数か月はかかる。しかもこのご時世ではな。」
「……ダメですね。王様の持っているものにないでしょうか?溶けない銀。」
「タカラノ、アツカウモノ二キイテミマス。」
「宝の扱う者?宝物の?管理官?そうか、王宮から宝を持ち出しているならあるいは……。それ、それを聞いてみてください。銀と似た色ですが、溶けません。わかります?外国から送られた鉱物コレクショ、鉱物の標本みたいなのに入っているかも。」
「ワカリマスチャ。サガシマス。」
神官は別の男に指示を出し、その男がそそくさと退室した。
「あとは、電線。UCB、UCB。これ、両側が電源。こっちがプラスっと。サクシードさんここ、ここ見てください。」
チハルはサクシードにイアイパッドのUCBコネクターを見せた。
「うむ。」
「ここと同じ細さの銅線は作れますか?できたらこの穴と同じ大きさで、ここにカチッてはめられるような、えっと、カギと鍵穴みたいな。いや、とにかくまず銅線です。銅線は?」
「細いな。が、冶金をやる者はいる。銅線は建築にも使うだろうから、たぶん作れるだろう。」
「あ、5V?ボルタ電池の起電力が1.1?だっけ。弱すぎるか?直列にして…内部抵抗が……、うーん、電圧が低くても電流さえ取り出せれば時間がかかっても充電できるか、ムー。ひとまずやってみっか。」
「何かを作るのか?」
「そう、そう、電池作ります。銅OK。亜鉛、錫、たぶんOK。硫黄OK、硝石OK。ほかの金属OK。硫酸、たぶんOK。銅線OK。あとはそう、金属のイオン化傾向一応調べとかないと。うし、プランAクリア。続いてプランB。」
「でん、でんち?」
サクシードは神官に耳打ちし、≪でんち≫という単語を知っているか聞いた。が、神官は首を振って答えただけである。
「≪レモン電池≫っと。お、意外と起電力高い、内部抵抗も高い…。時間は、まぁ王様だし大量にはいけるか。あとは大量に並列につなげば、イケルか?サクシードさん、ミカンはありますか?そのなかで特にすっぱいものがあればなおいいのですが。それか酢は?」
「ミカン?食べるあれか?イャワトの物はない。が、似たような酸っぱい果物はある。酢もある。酢ならそれこそ大量に。」
「どのくらい?」
「それこそ交易に使うものだ、倉庫に何百とあるぞ。甕でな。」
「うし、あとはこの紙でろ紙の代わりには、なるか?やってみるしかない。」
「紙はあるぞ。」
「どうも!レモン電池、クリアっと。プランC……。≪整流回路≫、部品が足りないと思うけど、一応。サクシードさん磁石はありますか?」
「磁石?わからぬ。」
「鉄で、砂鉄を引き付ける鉱物です。」
「あ、ああ、ある。薬に使う。」
「へ?薬に?ま、まあいいや。銅線は作れるからコイルは問題ない。あとは交流を直流にさえ変換できれば……。トランス方式?整流器?あと、コンデンサか。ですよね。作れるか?≪整流器≫っと、あ、これはすぐには無理か…。エジソン……、真空管ダイオード、真空管作れるかな?んー。半導体ダイオード、お、酸化銅!とセレンか、セレンの単離はまだ無理だろうな。≪セレン≫、そうそう、硫黄と似てんだよね。何々?硫酸製造時の沈殿物から精錬可能?まぁ現代の話か。さすがに電気回路はいきなりは無理か……。いちおう≪コンデンサ≫っと。あ、ライデン瓶ね。なら整流器さえあればいいのか……。あとは式だけ書いとくか。……。っと。こっちは要検討と。」
チハルは一息つくと、机に並べた紙に向き直った。書き始めから一通り確認しているようだ。
「あれ?直流って取り出せたっけ?発電機?」
「直流発電機……、お!これなら……、あ、でも電圧どうやって測る?間違ったらバッテリー爆発しねぇか?」
チハルはイアイパッドに表示されている回路図を紙に移し、さらに検索を重ねて図や式を追加していく。図と式にはたくさんの矢印や横線がひかれ、それぞれの解説を書き込んでいく。
「チハル殿、その図は?イャワト語か?」
「違ういます。いわゆる未来の世界共通語かな。」
「そのようなものが?」
「まぁ、理解できる人は一部だけどね。」
「???」
「まぁ、後で説明します。最後にプランD……、と。」
チハルはいくつかの語を検索にかけ、今度は何もメモを取らずに画面を注視した。指先を板に触れ表示されている文章をスライドさせて読んでいく。
何度か頷き、イアイパッドをスリープモードにした。机の上にはチハル以外に理解できない乱雑に書きなぐった"現代語"のメモが広がっている。チハルがイアイパッドの電源を入れてからこれまで約30分ほどである。
「とにかく充電、一に充電、二に充電、それさえできれば未来のチ……、いや、希望がある。」
未来の知識と言おうとしてチハルは言葉を換えた。指紋認証があるので現状チハルにしか使えないとはいえ、一度起動してから奪われてしまえば誰にでも動かすことはできる。現状このイアイパッドが自身の生命線であるかも知れず、しかもそれが一国の存亡を左右するかも知れないのだ。下手に奪われでもしたらと思い至り直前で言葉を選んだ。
「終わりましたか?」
「あぁ、まぁ、ひとまずは。たぶんプランAでいける、けどB、Cでもたぶん可能。Cが安定してると思うけど、すぐには無理だと思う。」
「その……。説明をいただいてもよろしいか?ほかの者たちに伝えねばならないもので。」
「あ、そう、そうね。」
チハルは一瞬迷ったようだが、覚悟を決めたそぶりで口を開いた。
「この板の中には俺の作った小人が入ってます。その小人が飢えて死にそうです。」