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現代日本人が綴るタライバン島史  作者: 黄蘿蔔
第一章
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第一章 第四十六話

 

 第一章 第四十六話


 南タライバンを抜けた一行は陸路をルーカンへ向かった。ルーカンまでは全行程の三分の一ほどの距離であり、海賊の心配もないらしい。


 市街を抜けてしばらくは緊張からか全員の口数が少なかったが、遠目に海が見え始めるとショーピンが侍女たちと騒ぎ始めた。魚が跳ねたの跳ねないで荷車を超えて大声で話し合っている。遠くに見える海には白波が立ち、小型の漁船が海岸から近い場所で漁をしているのが見えた。海沿いには畑を併設した民家らしきものもぽつぽつと見える。


 街道はまだ街に近いのもあって荷車が3-4台並んで走れるほどの幅がありきちんと整地されていたが、現代人のチハルからして見ればそれでも相当揺れるので車内で休憩どころではない。しかし北に着いたら≪サスペンション≫でも作って荷車に装着しなければなどと早速考えるほどの余裕はあった。


 荷車の行列はそのままゴトゴトと街道を進み、7-8km地点にいた一人目のタカ族を回収した。回収したタカ族の斥候らはそのまま荷車に乗せて同行し、翌日の深夜から早朝にかけて再び斥候に出てもらう予定だ。翌日タカ族は視力が良くて夜目も利くらしく、夜間の警備や斥候が主な任務となっている。飛行ができるものは川越えなどでも活躍してもらう予定だ。


 チハルは荷車から顔を出し、側を歩いていたカン護衛官に声をかけた。


「そういえば。」


「なんでしょうか?」


「ウシ族の奴ら襲撃の時銃持ってたよね?あれって何でなの?盗まれたの?」


「ああ、あれはですね……。」


 カン護衛官の説明によると、ウシ族が襲撃に用いた火縄銃は全部で4丁、西洋人が奴隷の対価に置いていった超がつくほどの旧式のモノらしく、火薬もそのときにもらったものを使ったらしい。ただし保管状態が悪く火薬のほとんどが湿って使えず、保存状態が良かったものを選んで銃身に詰めて弾も込めずに打ち鳴らしていただけらしい。銃とは言うが木製部分はほとんど腐っており、修理しても使い物になるようなものではなく、もちろん銃による死傷者はゼロであった。


「なるほどねぇ。」


「使い方もうろ覚えで弾も込めていなかったそうです。」


「よし、分かった。護衛官、故郷の歌はあるか?」


「へ?」


「順番に披露しよう。一曲ずつ歌おうぜ。」


「いや、私、歌はその……。」


「なんだよ、じゃ、詩でもいい。」


「で、では……。」


「お、いくか?」


 急に振られたカン護衛官であったが、歌よりも詩が得意だというので即興で一つ作ってもらうことにした。


「秋風に北へ向かう

 揺れる景色は酔いか風かや

 海に見る 船と白波

 風に問う 彼方の花香」


 護衛官が一首読むと周りから拍手が上がった。メルイーウ語を理解する者たちはこの詩の良さが分かったらしい。チハルもショーピンに説明してもらって大体の意味を教えてもらい、少し遅れて拍手に混じった。チハルはショーピンに紙と鉛筆を渡し、先ほどの詩を記録しておくように頼んだ。チハルもメルイーウ語は書けるが、少し難しい古風な言い回しだったので、どのように表記していいのかよくわからなかった。


 どうやら会心の出来だったらしい。カン護衛官は鼻の穴を大きくし、少し歩幅を広げて胸を張って歩いている。


 しかしここで変な横やりが入った。同僚で友人でもあるはずのエム護衛官である。彼はチハルが治療した骨折した腕を三角巾で吊ったまま、チハルの荷車に並行してカン護衛官の反対側を歩いていた。


「カンジエ―よ、少し古い、いや、古すぎる。もうちょっとこう、今風の軽さを出したほうがいい。」


「は?古いだと?分からんのか?古典の良さというものが。そういうならお前が作ってみせろよ、今風のものを。」


「簡単なことよ。」


 どうやら先ほどのカン護衛官の詩にエム護衛官がいちゃもんを付けたらしい。面白いことになって来たとチハルはニコニコしながら二人を眺めている。


「新たなる道 途切れのない空

 雲を切り 海を渡る

 明日を見れば 希望の轍

 蒼天の下 今遥々と


 旧き路 遮るもののない海

 腰に剣を 背中に盾を 

 昨日を胸に抱いて歩こう

 大地の力 今洋々と」


 エム護衛官がメルイーウ語で韻を踏んだ少し長めの詩を諳んじた。解説を聞いたチハルは個人的にはカン護衛官の詩の方が好みだったが、エム護衛官の詩もチハルの知るJ-POPの歌詞のようであり、特にリズムが良いためなかなか甲乙つけがたい作品であると感じていた。


 エム護衛官が少し速足で荷車を追い越し、振り返ってカン護衛官にしたり顔を向けていた。どうやら言い出しっぺのチハルも巻き込まれそうな雰囲気である。チハルは知っている歌の歌詞やメロディを思い出そうと思考を内側へ向けた。その時、やっぱりと言うべきか、ショーピンが口を出してきた。


「うむ、剣だの盾だのどうも物騒に過ぎる。これだから軍人の作る詩は固くていかんな。エムユーバイよ、そんなことでは女の一つも口説けぬぞ、どれ、ここはわらわが見本を見せてやろう。そうじゃな……。」


 エム護衛官がすごすごと荷車の陰に引き下がっていった。今度はそれを見てカン護衛官がニヤニヤしている。どうやらエム護衛官には思い当たるふしがあるようだ。


 ショーピンは荷車から顔を出して周囲をきょろきょろと眺め、眼を閉じて数瞬思考した後、こんな詩を披露した。


「草の音を聞き 風と共に

 君と行く 荷車に乗って

 南遥かから北遙か

 見よ 青雲の彼方

 希望を胸に


 海の色も 空の色も

 君が教えた 調べに乗せて

 東の明日から 西の昨日へ

 聞けよ 波の彼方

 念願を胸に」


 後ろの荷車から侍女たちが「キャーキャー」騒ぐ声が聞こえた。振り返ったチハルは荷車から顔を出した侍女がニヤニヤといやらしい笑いを向けているのを見た。不思議に思って今度はカン護衛官の顔を見てみたが、チハルと目が合った後、すぐに目線でショーピンを見るように促された。チハルはさらに視線を回してショーピンを見ると、本人は顔を真っ赤にして遠い景色を見ている。


「あれ?意味の説明してくれよ。」


「せ、せぬわ!」


「「チハルさま―、恋の歌ですよー!!キャー!」」


 後ろの荷車からサンとラックが囃し立てた。なんとなく意味を理解したチハルは口をとがらせて背中を向けているショーピンの頭を撫でてやった。


「んー、じゃ、俺が未来の恋の歌でお返ししてやろう。ちょっと待て。思い出す。えーっと、チャーンチャーンチャーン……。」


「ほ、ほう!未来の歌とな!わ、わらわに送ってくれるのか?」


「まてまて、歌詞を翻訳しないと、ちょ、誰かもうひとりくらいやっといてくれ。あ、そうだ。ボリーさんは?」


「む?ボリーズオ?どこだ?ボリーズオ!チハルさまが唄を披露せよと仰っておる!」


「うむ?おかしいな。先ほどまで荷車の後ろに……。」


 カン護衛官とエム護衛官が荷車の周囲を探すと、ボリー護衛官は二、三台後ろの侍女たちの荷車の陰から隠れるようにしてこちらを見ていた。どうやら詩が苦手らしく話をふられるのが嫌で少し離れていたらしい。


「うは!まあ、無理強いはするなよ。じゃ、歌うわ。詩の翻訳ができなかったところはメロディだけで。すまん、ショーピン、全部はまたあとでな。」


「むぅ、よいぞ。は、はよう歌ってたも。」


「うっし。あー、あー、うーあ-。では、行きます。」


「堅苦しい規則に縛られて

 私の歌がうまく飛べない

 安い玩具みたいで君に悪い


 ひどいことさ らららーら

 ただ軽いだけの詩がもてはやされてる

 私はそれを聞いていたよ 横になって


 君を想う時 心が呼吸を始める

 ただ胸にあるのは 君への恋歌 恋歌 恋歌


 抱きしめると ほら

 また君が増えていく

 君が想うよりも 僕は君が好き」


 チハルは80年代J-POPの少し古いラブソングを、適当にメルイーウ語に翻訳しながら歌った。この歌が発表されたのはチハルが生まれるか生まれないかの時代だったが、チハルの親がこの歌手の熱心なファンであり、チハルは小学生のころのほとんどをこの歌手の歌を聞いて過ごしていた。この曲はその中の代表的な一曲である。チハルは大人になってからふとこの歌手の歌を聞きなおしてみたが、当時の流行歌とは一線を画す強いメロディと不思議な歌詞が再びチハルの心を捕らえ、CDを大人買いしてしまったほどだ。


 チハルが最後のサビの部分を数度リフレインしてからショーピンを見ると、瞳をウルウルさせながら完全に乙女の顔であった。目を凝らすと顔の後ろにキラキラした星のようなものが見えたかもしれない。チハルが周りを見ると、後ろの荷車の侍女たちはうっすらと目を閉じてメロディーを口ずさんでいるし、両側の護衛官も頬を赤らめて何度も頷いている。


「も、もう、チハルが一番じゃ!素晴らしいのじゃ!何じゃこれは?何という歌じゃ?!」


「ん?こい…、恋歌…かな。」


「んーんー、よい、これは良いぞ。特に最後、き、君が想うよりも 僕は君が好き。こ、こ、これは……、わらわのことか?そうじゃろう?ん?」


「あー、んー、まぁな。てか、そんなに照れんなよ、歌だぞ。」


「ほ、ほほ、ほほほおほ。よい、でへへ、これは良いぞぅ。わ、忘れぬうちに残しておくのじゃ、最初のところはなんだ?固い規則?詩の規則じゃろう、ほう、よいのう……。でへへへ……。」


「堅苦しい規則……かな。いや、まて、そのまま書くな、もっといい言葉に変えろ。こういうのはメロディーに合わせないと。後でもう一回教えてやるから、そん時にしろ。てかなんかお前、キャラ壊れてねーか?"でへへ"とか言うキャラじゃねーだろ。」


「や、約束じゃぞ。後でもう一回じゃ。約束してたも。ね、寝るときにもう一回聞きたいのじゃ。」


「あー、分かったわかった。でもやっぱ歌はいいな。オイ、"ウシ"、なんかないか亜人の歌みたいなの。」


 後ろの荷車に乗っていたラックがフォーシュ語でチハルたちの車を引いていたサイシャワット・"ウシ"にチハルの言葉を伝えた。


「有ります。二人で歌います。」


「お、二人で?良かったら歌ってくれ。」


「ハイ、では……。」


 サイシャワットは後ろの荷車を引くウシ族の亜人と言葉を交わし、歌を歌い始めた。


「ツラーシェラーイ シャコーシャー

 ボーライショー カカー

 ホイラーソウモ― コーウソアナ

 ホーアーエイヤー ホーラーヤワーエーインヤ

 ホーライエーワーホンラー

 ヨナイエコーラン ホーラン

 ワンハイヤイホー ハンヤー……」


 二人のウシ族がハモりながら亜人の言葉で独特のメロディーを紡いで行く。チハルたち人は誰もその意味が分からないが、どこか子守唄のような温かさのある歌で、周りの全員がそれに聞き入っていた。


「おお、なんかいいな。演歌……、ぽいけど」


 ウシ族の亜人たちが歌い終わると、チハルはすぐに拍手をして彼らを褒めたたえた。サイシャワットの背中はどこか誇らしげである。チハルがラックに頼んで歌の意味を訪ねようとすると、すぐ側を並走していたタカ族の男が近づいてきてサイシャワットと話し始めた。二人とも驚いたような顔をしている。


 ラックに通訳してもらったところ、タカ族にも似たメロディーの歌が伝わっているらしく、歌詞の意味もほとんど変わらないらしい。今まで敵対するだけで部族間の交流がほとんどなかった彼らだが、歌を通じて通じるものがあったらしい。はた目には一触即発のような雰囲気であったが、タカ族が破顔一笑サイシャワット・ウシの肩を抱くと二人は笑いあってチハルの方を振り返った。


「その……、彼らの部族に神に捧ぐ歌というのがあるそうですが、それを歌わせてほしいと言っています。」


 ラックが彼らの言い分を通訳し、チハルは応諾した。タカ族の青年はチハルの荷車を引くサイシャワット・"ウシ"の隣に入ってきて、二人で荷車を引きながら歌を歌い始めた。


「「マーリーハーリーハンキーター

 イーターハンニーカーヨーワー

 ハーミーラーニーハンミーター

 マリーターキーターイーター

 ハーニーホラ二― ハンニーター

 マーリーハーリーホナイーター」」


「え?」


 チハルは自分の耳を疑った。


「えー?マジで?なんで?嘘だろ?」


「どうしたのじゃ?」


「いや、俺この歌知ってるぞ。」


「ん?どうしてじゃ?」


 チハルはその聞き覚えのあるメロディーに唖然とした。


「いや、これって≪きらきら星≫だろ?」


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