第一章 第四十二話
第一章 第四十二話
南タライバン島の都市部から水が引いてすぐ、市街のあちこちでこれらの患者が出るなかチハルはこっそりとメルイーウ軍に呼び出されて仮王宮の軍議室にいた。
チハルを迎えるのは軍参謀タクトと宰相のクダレムの二人である。
「チハル殿、あのおてんばをよろしく頼む。」
「ショーピン姫の場合メルイーウではおめでとうございますとは、言わないんですが、チハルさんの時代ではどうだかわからないので、一応おめでとうございますと言っておきます。」
二人からはショーピンを娶ったことに対しての祝辞が述べられた。本来なら宮中で盛大に婚礼の儀が執り行われるらしいが、元々ショーピンは出戻りというか王宮にはいないはずの人物なので、婚礼の儀もうやむやにしてしまうらしい。チハルの家でささやかな催しをやる分には構わないとのことだったので、その時はということで二人を招待しておいた。王も呼ぼうかと思ったがさすがに参列は出来ないらしいので、代わりに贈り物を届けるようにしてくれるらしい。
クダレムや神官長には親代わりとして参加するかどうか尋ねたが、余りにぎやかにやると王家の者があそこにいると宣伝するようなもので変な虫がつきかねないとして謹んで辞退するとのことだった。どうやら過去に一度痛い目にあっているらしい。
「それはともかく、洪水の後に流行る疫病の対策といい助かった。王都の者にとっては未知の物であるからな。すでに軍の物にも少し被害が出ておるようだが、チハル殿の言う通り砂糖と塩を溶いた水を飲ませておる。それと糞便の処理も。」
「ええ、実はあれ、僕じゃなくて侍女の一人、イニーって子が良く知っていたんで、僕はそれに現代の知識を加えて伝えただけです。礼なら彼女に言ってください。」
「さて、時間もないことですし本題に入りましょう。チハルさんが記録していただいたこの大陸の鉱山の地図、正確であるとの前提で話をさせていただきますが……。」
「うむ……。」
「?」
「おそらく交渉の道具としては使えません。」
「え?なんでですか?」
「説明します。すでにメルイーウ王国でも既知の金と銀の鉱山については場所が一致しました。本来は徹底的に秘匿されているはずの銀山の場所が未来においてどうやって漏れたかは今は置いときます。それで残りの鉱山も位置もおそらく正しいのでしょう。」
「?ではなぜ?十分交渉材料になると思うのですが……。」
「検証する時間がありません。」
「あ……。」
「仮にこれが正しいとしても我々にはそれが正しいかどうかが分からないので、相手に検証してもらうことになります。ただ、鉱山を開くには莫大な時間と労働力が必要です。仮に一か所を検証するのにも数年の時間がかかります。国家事業ですね。それを保証する術がありません。」
「なーる、ほど。」
「それと情報の出処も問題になります。」
「やっぱりまずいですか?」
「チハルさんが未来から秘宝を持ってやってきたことは、蕃亜人にも漏れてしまいましたし。おそらく商人や漁民らを通じて対岸に伝わるのも時間の問題でしょう。チハルさんを人質として要求されたらどうしますか?」
「正直な話、戦闘を避けられるのなら、僕たちが丸ごと対岸で軟禁されるのも悪い……、とは思いません。」
「情報を封鎖された後、ここは攻められるでしょうね。」
「んー。一つ、疑問があるんですけど。」
「はい。」
「追跡軍の目的って何ですか?いまさらですが。」
「王を捕らえることです。正確に言うとその直系の男子もですね。ショーピン姫はここにいないことになっていますし、後家でしかもすでにチハルさんの元に嫁いでいるので手出しはないと思います。」
「タクトさんやクダレムさんは仮にですよ?捕まるとどうなるんですか?」
「相手次第ですね。」
「良くて地方に軟禁、悪くすると殺害ってところでしょうか?」
「そんなところです。」
「では兵たちは?」
「戦闘に参加すれば傷つくものもいるでしょうが……、多くはおそらく開放されるでしょう。おそらくは本国への入国を禁じられたうえで、家族らを国外追放、ここに呼び寄せることは可能です。」
「うーん。」
「チハル殿、実はな。我々の予想では戦闘にはならないと考えておる。」
「え?何でですか?」
「戦力差が圧倒的過ぎるのだ。」
「え?ああ、なるほど。」
「数万の大軍で攻められると、それを目にしただけでおそらくこちらの軍が崩壊する。逃亡はできんからな、投降するものが続出するだろう。おそらく小競り合いにもならぬ。」
「で、王が捕らえられて終わり、ですか?」
「交渉の余地すらないでしょうね。」
「話し合いは不可能ですかね?」
「そうなる前に終わります。」
「そこで提案なのだが、チハル殿。多くは語らぬからよく考えて返答してほしい。」
「はい?」
「おぬし、逃げぬか?」
「え?」
「そのままの意味ですよ。この島の北部にも小規模ですが人の住む町があります。そこに逃げるのはどうですか?数年ひっそりと暮らしてください。必要なものは王宮から持っていけばいい。その後南タライバンに戻ってきてもいい。メルイーウ王家のことはこちらにすべて任せて……、どうです?」
「数種の亜人の神の化身ともなっておるからな、道中や北部に行っても彼らの協力は取り付けられるはずだ。捕虜にしておる者をそのまま連れていけばいい。良い労働力にもなるだろう。」
「……。」
「王家のわがままでチハルさんを呼び出しましたが、役立ちすぎるほど役立ってくれたので、つい話すのが遅れてしまいました。もともと通門者が一人いたところで覆るような状況ではないのです。それに……、サクシードと一緒ならここに残ってもそれなりの生活はできることでしょう。ここに"国を作る"というのも、上手くいくかもしれませんね。」
「……、知っていたのですか?」
「はっは、邪魔するものは誰もおらんよ。王家の悲願は王都奪回、ここは化外の地であるからな、ここでチハル殿が何をしようが関与はせぬよ。大陸に行きたいのならそれも良かろう。軟禁はされるだろうが、ここよりは暮らしやすいかもしれぬぞ。」
「……。返す言葉がありません。」
「その……鉱山を開く手間を圧倒的に短縮させる方法があるって言ったら信じますか?」
「?!」
「というか、すでに試作は完了していて…「チハル殿。」…はい?」
「それも予想済みだ。」
「え?」
「鉱山を交渉の材料に出してくる以上、そういうものがあるのかもしれないと予想はしておった。おそらく武器にも転用できる類の物であろう。そんなもの敵に渡してどうする。」
「あ、いえ、その、それはもちろん考えましたが。」
「敵に渡らずとも、こちらにそのようなものがあると知られれば、すぐに攻め込まれる。その製法を知るチハル殿の身も危ない。」
「……、で、では、大陸の河川や山脈、各地で栽培に適した作物の情報は?農薬も作れますし!そういうのも併せて交渉すれば?!」
チハルは現在作成中の大陸の地図情報を盾にクダレムとタクトに迫った。
「他の国ならばあるいは交渉に乗ってくるだろう。しかし今回の追跡軍だけは事情が異なるのだ。」
「彼らの目的は旧王家の殲滅です。それだけ成功すればおそらくこの島に手出しはしてきません。」
「……、では……。」
「ここまで来た我々メルイーウの高官らは王を裏切ったりしません。例え何があっても。まぁ、例外はいるかもしれませんが、ここまで渡って来たというのはそういうことなのです。」
「しかし……。」
「それが我々の選んだ道なのです。チハルさんはそこまでする必要ありません。むしろこのような状況で呼び出した無礼を詫びたいくらいです。」
「そんな……。」
「未来ではなんというか知りませんが、メルイーウでは例えどのような状況でも主君を裏切らないことは美徳の一つとされます。」
「……"忠"ですか。」
「チュウ?」
「僕の時代にもそういう言葉があります。しかしそれは……。」
チハルの脳裏に現代で社畜や奴隷と呼ばれる労働者の姿が浮かんだ。タクトやクダレムがいう忠義とはまた少し意味が異なるが、チハルはそういう生き方を嫌ってトレーダーとして身を立てることを選んだ。忠義に殉じるなどといった旧時代的な生き方に相当の忌避感を持っており、チハルは元の時代でそのような人たちを見下して生きてきた。
しかし、実際に忠義を実行しようとする人たちを目の前にしてチハルは言葉を失った。
「チハルさん、未来の人からすれば理解できないかもしれませんが……、ここは納得してください。」
「しかし、ほら、秘宝を使えば何とかなるかも……。」
「チハル殿。今までの協力感謝する。数々の発明、亜人らの恭順もおぬしがいなければ成せないことであった。この度の疫病の対処もな。鹿と記録して後代に伝えられるよう努力する。」
「もうお気づきかもしれませんが、大陸南部で人気のあったミンチ将軍は病に倒れました。その薬をチハルさんが捜してくれていたのも知っています。彼がいなければそもそも大陸南部の軍人を動かすことができません。つまり王都の奪還は不可能だということです。」
「しかし!何か方法は?」
「チハルさん。あなたも内心気づいているのではないですか?そしてそれが一番平和に解決する手段であることも。」
「……。」
「実は海峡を横断しない航路を使って、大陸の情報は随時得ています。海峡の潮が止まるまで残り一月ほど、対岸に数万の軍が集まっているのも間違いありません。」
「チハル殿。あなたは生き残るべきだ。」
「……。お二人の言葉、とてもよくわかります。ですが、とても受け入れることはできません。」
「それは求めていません。それとチハルさんの言っていた亜人の捕虜たちには全員にきちんと食事を与え、港の倉庫に軟禁しています。彼らを使って何かするのなら、早い方が良いでしょう。」
「チハル殿、今は時間があればと考えるのは止した方がよい。あなたの本質は戦人ではない。どうかその聡明な頭脳は自分と近しい人たちを守る、生き残るために使っていただきたい。我々のことは気にせずにな。」
「……、帰ります。」
「警備の者が送ります。」
「ハイ。」
チハルは王宮を後にした。足首辺りまである泥水の中を裾をまくりあげて歩き、自宅に戻った。家に戻るとどこか呆けた様子でショーピンや侍女たちから心配されたが、考えることがあると言って風呂に入り、イアイパッドを持って個室に引きこもった。
その後数日チハルは食事のとき以外個室から出てくることはなかった。




