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現代日本人が綴るタライバン島史  作者: 黄蘿蔔
第一章
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第一章 第四十一話

少々短めです。

第一章 第四十一話


 翌日、夜半から降り出した雨は嵐になっているようで、窓にたたきつける雨の音でチハルは目を覚ました。半固定の窓が風に吹かれてカタカタと音を立てており、隙間から入って来た雨水が床を濡らしている。チハルは窓枠の隙間にボロ布を押し込み、雨水が入ってくるのを止めた。部屋の扉を開けると吹き抜けになっている廊下でも強風が吹き荒れており、チハルはしっかりと扉を閉めなおして部屋の外に出た。


「台風かな。ちょっとドキドキするな。」


 チハルは正門近くまで行って門の入り口に立っているずぶ濡れの門番を呼び寄せ、嵐がやむまで軒のある場所で見張りをするように伝えた。


 チハルはすっかり目が覚めてしまったので、厨房で自分でコメを炊き、大量のおにぎりを作った。物音を聞き付けてショーピンの侍女が厨房に降りてきたので、おにぎりを口に放り込んで軽く雑談し、朝ごはん代わりに食べるように指示して自宅の一角にある工房に向かった。


 チハルの自宅にある工房には窓がなく、化学薬品を使った実験よりは工学系の実験を行えるような設備がそろっている。工人たちと一緒に4-5人が座って作業できるスペースがあり、チハルがイアイパッドから複写し終えた文章などはこの部屋の簡易金庫にしまってあった。


 チハルは金庫の鍵を開けて幾つかの神の束を取り出し、机に広げて眺めた。


「さて、鉱山以外にこいつも仕上げとくか。」


 チハルは広げたタライバン島の地図上にコンパスと定規を使って線や記号を書き込んでいった。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 チハルが工房で過ごしていると、正門を叩くどんどんという音と騒がしい男の声が聞こえた。何事かと顔を出してみるとサクシードの手の物で、上流の堤防が決壊したために周辺が水没する恐れがあることを報告に来てくれたらしい。チハルは侍女たちを全員叩き起こし、一階や半地下にある実験道具や設備を二階のチハルや侍女たちの部屋に避難させた。


 連絡人によると毎年この時期の嵐でチハルの自宅周辺はひざ下あたりまで水没してしまうらしい。チハルの家や仮王宮はそれを見越して少し高めの土台に建てられているが、それでも食料は上の階にあげておいた方が良いらしい。王宮にも人を向かわせているということだった。


 チハルは連絡人にメルイーウ軍に今日は行けそうにないと伝言を伝えてくれるよう頼んだ。サクシードからの連絡人は快く受諾し、その他幾つかの注意事項をチハルに伝えると嵐の中を走って港の方に戻っていった。チハルは侍女やショーピンらとともに荷物やショーピンの嫁入り道具を階上に上げ、見張りの兵士たちも室内に引き入れた。


 その後数時間もすると大通りの水かさはみるみる増していき、チハルたちの家も中庭などは足首のあたりまで水に浸かっている。建物はまだ無事だが、時間の問題のようにも思えた。


「堤防決壊って、洪水かぁ。疫病とか大丈夫かな?」


「チハル、なんじゃコレは?なぜここに水がここまでやってきておる?」


「ん?知らねーの?コウズイ?なんていうんだメルイーウ語で、お前ら分かる?」


「XXXXです。」


「そう、XXXX、知らない?王都でなかった?」


「ないな、聞いたこともない。」


「雨がたくさん降ったりすると川が氾濫してこうなる。普通は堤防作ってるはずだけど、今回はそれが壊れたらしい。」


「テイボウ?」


「意外と世間知らずなのな?」


「な!さすがのわらわでも見たことのないものは知らぬ!」


「昨日の道具とかな。」


 ショーピンの顔が真っ赤になった。


「し、知らぬ!チハルのバカ!」


 チハルの胸をポコポコと叩いてショーピンは寝台に飛び込んでうつぶせになり、足をバタバタさせている。昨晩のことがよほど恥ずかしかったのだろう。侍女たちはそんなショーピンを見てくすくすと笑ったり、顔を赤らめたりしている。ショーピンの反応は侍女たち全員が通って来た道なのであった。


「よし、お前ら、おにぎりがあるから食っておけ、二、三日はやることないから休んでていいぞ。」


「「はーい!」」


「ショーピン、すまんすまん。恥ずかしがってないでこっち来い。秘宝を使わせてやる。知りたいことがあったら調べてやるぞ。」


 ショーピンがぴょこんと起き上がり、チハルににじり寄って来た。


「あ、それとお前らしばらく下の水には触るな。病気になる。カラダを洗いたいなら一度沸騰させたものを濾してから使え。絶対に生水は触るな、飲むな。暇だったらここにいてもいい。」


「「はーい!!」」


 王都出身のチハルの侍女たちは事の重大さがいまいちわかっていないような間の抜けた返事をしながら部屋に戻っていった。侍女たち全員がチハルの部屋から去っていったが、一人だけ残った侍女がチハルの袖をクイクイと引いた。


「どうした?イニー?」


「チハルさま?これ、洪水ですよね?このままここにいて大丈夫でしょうか?」


「せいぜいこのくらいの高さまでって聞いたけど?」


 チハルが片足を持ち上げて膝の高さを示し、イニ―と呼んだ侍女に示した。


 イニーは王都から西にずいぶんと離れた農村の出身で、貢物として王都に送られた少女の一人であった。黒い長髪で茶色の瞳を持つ、スレンダーな少女であった。彼女の故郷では毎年のように大規模な洪水が発生しており、その度に大量の死者が出るのだという。チハルが示した膝の下までの洪水でも多くの人が流されてしまうようで、建物の二階とは言っても安心はできないらしい。チハルが何か対策はあるか聞くと、彼女は洪水そのものよりもその後に流行する疫病と食糧不足が怖いのだと言っていた。


 チハルはすぐにすべての食料が二階に上がっているかを確認し、衛兵たちも二階に上らせて清潔な水で体を吹かせた。また衛兵の一人を王宮に伝令に出し、チハルの家で働くすべての者物に水が引くまでは特に招集しない限りチハル宅まで来て仕事をする必要はなく、各人に衛生管理を徹底させて自宅で休息をとるよう指示した。


 チハルは大通りに面した二階の窓を開け、侍女や衛兵に交代で通りを見張らせた。もし流されている人がいればチハルか衛兵に連絡が行き、すぐに木の枝を結び付けた縄を投げて救助する予定である。手の空いたものには厨房に降りて薪を取ってきてもらい、砂を敷いた二階の一室で米を焚いておにぎりを作ってもらうことにした。もちろん料理をするものは一度煮沸させた水と石鹸で手をよく洗わせている。作りすぎた分は嵐が去ってから近隣の人に配る予定だ。


 イニーから洪水時の注意やその怖さを全員に講義させているので、楽観視どころか物珍しさで一回に降りようとしていたショーピンや他の侍女たちも二階でいそいそと自分の仕事をしている。ショーピンには家事をしなくていいと言ってあったのだが、おにぎり作成に参加したチハルが様々な形のおにぎりを作ってゴマ塩で線を引いていくのを見て興味を示し、様々な不格好なおにぎりを量産していた。その内飽きるだろうが、その後は絵でも書かせておけば大人しくしているだろう。


 暇な時間は全員がチハルの部屋に集まってワンナイトではない正式の≪コワク探し≫をしたり、チハルが再現した双六で盛り上がったりしながら時間をつぶした。


 ショーピンと侍女が未来の服装について質問してきたので、チハルは「そういえば調べたことなかった」とイアイパッドを検索してみたが良い画像や写真入りの記事がなく、仕方なくチハルが和服の写真を見せるとその鮮やかさは概ね好評であったがショーピンからも侍女たちからも「デザインが古い」との評価が下された。彼女らにしてみると「千年前の服」であるそうだ。≪Tシャツ≫も薄すぎるという意見で切って捨てられ、≪ジーンズ≫も労働者の服というのが気に食わなかったのか女性受けはよくなかった。意地になったチハルが示した衣服の中で唯一彼女らの目を引いたのが多種多様な帽子で、王宮に一人だけいる仕立て人に頼んで同じようなものを作らせてみるらしい。さすが一国の姫である。


「あれ?でもお前もう家は出たんじゃないのか?」


「そ、そうじゃった!しかし服飾管理官にも仕事を与えねばならぬ!作らせるのじゃ。」


 ワガママぶりは相変わらずであった。


 嵐は丸一日続き、チハルの家の床ぎりぎりまで迫っていた水はその後4日も引かなかった。結局家の前を流されていくものはおらず、見張りは小降りになってくるとともに打ち切りとなった。この間チハルは作業が途中だった地図への記入も終えて、たっぷりと英気を養ったのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 水が引いて二、三日後から市内では疫病が流行り出した。聞いた症状からチハルが推察したところによると≪コレラ≫のようなものが流行し始めたらしい。チハルは感染を恐れて家からは外出せず、なるべく他人との接触も避けた。鉱山の位置を記入済みの地図は伝令に頼んでタクトに届け、自分はショーピンや侍女たちと共に家に閉じこもった。


 コレラは脱水症状を防止さえすれば死亡率が著しく低下するということだったので、軍とサクシードに黒糖と塩を混ぜた水を継続的に飲ませればよいとアドバイスを伝えた。まだ島の全員が悪神によるものだと信じているため、チハルは呪いの原因が患者の糞尿にあると伝え、清潔を保って食事に熱を通すことで呪いを防げるということを周知した。軍ではトイレの後に清潔な水で手を洗うことが徹底され、市内では糞便に石灰をかけて消毒することが始まった。これらの行為により南タライバン島でのコレラによる死者は激減することとなった。


 自宅に引きこもっていたチハルやショーピン、侍女たちは運よく全員が感染を免れた。彼らは水が引いてからコレラ禍が過ぎ去るまでの1週間ほどを無事乗り越えることができたのであった。


 追跡軍到着まで残り4週間。

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