表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現代日本人が綴るタライバン島史  作者: 黄蘿蔔
第一章
41/59

第一章 第三十八話

 

 第一章 第三十八話


 ウシ族らの拠点へ軍が向かってから丸一日経った。随時伝令が走り回っているようだが、チハルの元にはまだ何の連絡もない。治療所での仕事がひと段落したチハルはたった一人で死体の処理に取り掛かっていた。


 死体を大八車に乗せて浜辺の一角に集め、簡素に組み上げた薪の上に乗せて焼いていく。服装や装備から市民か兵士かの区別はついたが、ほとんどが身元不明である。せめて身元が分かればと小物を身につけていた死体から小物を外して別に保管しておいたが、そういったものは多くなかった。


 最初は何か感慨のようなものがあったが、二時間も作業していると体の痛みや疲労で何も考えることができなくなった。それでも作業の手を休めることはできない。戦闘後の大規模な感染症の流行を防ぐためには死体が腐乱してしまう前にすべての作業を終える必要があった。


 カン護衛官とエム護衛官は死体を恐れて遠巻きに見守るだけであった。話によるとショーピンがチハルの手伝いをすると言って避難場所を抜け出しかけたそうだが、チハルが死体の処理を行っていると聞いて真っ青になった侍女らに力ずくで止められ、引きずり戻されてしまったそうだ。


「こりゃ、結婚も流れるかもな……。」


 チハルはそんなことをつぶやきながら、10数体目の死体を荷車に乗せるために作業していた。チハルの侍女たちもチハルを手伝いたがったが、治療所での軽作業に当てさせた。運搬も火葬も力仕事なので特に侍女たちには荷が重すぎる。


「せめて軍人らが手伝ってくれりゃあなぁ。」


 チハルは現在護衛についているカン護衛官の方をちらりと見たが、彼も遠くからチハルを眺めているだけで決して手伝おうとはしてくれなかった。物陰に隠れながらではあるが、それでもチハルから目線を切らさないようにしているのはさすがである。


 もそもそ……。


「ん?」


 チハルは山積みになった死体の一角から妙な気配を感じて作業する手を止めた。


 もそもそ……。


 チハルがその一角に目を凝らしてみると、何かが死体の中で動いている。


「?!か、カン護衛官!!!来い!」


 チハルが荷車から手を放し、死体の山から少し距離を置いた。呼び出されたカン護衛官はチハルの声色から緊急事態を察したのか、震える足でチハルに近づいてきた。しかし死体に正対はせず、間にチハルを置いているのはさすがである。


「ど、どうしました?チハルさま。」


 チハルは背中側から震える声をかけるカン護衛官に、もそもそと動く死体の山の一角を指さして示した。


「!?や、やはり……!」


「動いてるよな?」


「ほら!やっぱり言ったじゃないですか!動くんですよ!死体が呪って人を喰うんです!終わりだ!こいつにやられるんだ!」


 チハルが振り返って護衛官に確認すると、今にも泣きそうな顔でカン護衛官が支離滅裂に答えた。チハルは両手でカン護衛官の顔を両側から挟みこみ、ごちゃごちゃにこねくり回して両方の頬をつねりあげた。


「落ち着け!違う!死体は動かない!それよりよく見ろ!」


 チハルはカン護衛官の肩をがっちりと掴み込み、動く死体の一角の観察を続けた。


 しばらくするともそもそと動いていた死体の山から、にょきりと手が生え、その根元からもう一本の手が生え、伸びた手が側にあった死体を引きはがすように動いた。


「ひぃぃ!」


 腰を抜かして後ずさるカン護衛官を尻目に、チハルは死体の山の観察を続けた。死体の山から手が生えてきたときはさすがに驚いたが、その動きは明らかに生者のものであった。そしてよく観察すると死体から生えた手の表面には薄らとウロコのようなものが見える。


「カン護衛官!」


「ひ、ひゃい!」


「カン!見ろ、死体じゃない!生きてる。おい!」


「ひぇ?」


 チハルはカン護衛官の隣まで一歩下がり、頭をつかんで死体の山に向き直らせた。


「よく見ろ、手にウロコがある?あれワニ族じゃないか?」


「は?」


 そういわれたカン護衛官は少し正気に戻り、チハルと同じく死体の山に目を凝らした。


 死体の山から伸びた手は何かを探すように空中でパタパタと動いた後、死体をかき分けるように動き、また死体の山の中に戻っていった。数秒後また同じ場所から手が生えてきて、同じようにパタパタと動き、今度はだらりと力なく死体の山になだれ掛かった。


「中に埋まってるんじゃないか?」


「?あ、はい、かもしれません。」


「もしかして出られない?」


「……、のようですね。」


「軍の人呼んできて。見張ってるから。」


「っは、はい!」


 腰を抜かしていたカン護衛官だったが、この場を離れられると聞いてすぐに立ち上がり脱兎のごとく兵士を呼びに走り去った。チハルは死体から伸びてはパタパタと動き、また引っ込むという動きを繰り返す腕に近づいて観察を続けた。


「ウロコ……、というか、皮膚が変形した感じ?やっぱワニ族か?」


 死体から伸びている腕は、複雑に絡み合った死体の手足の隙間を縫って中から伸びてきたものようで、中に人がいるのは間違いない様だ。ざっと見て10人分近い死体が腕の根元、本体の上に重なり合っており、出るに出られなくなってしまったようだ。


 チハルは伸びた腕に一歩近づいて、声をかけた。


「何者だ?」


「……。」


 腕は動きを止めた。しかし返答はない。言葉が通じないのか、あるいは……。


「オマエ、タスケ、ホシイ?」


 チハルは自分の覚えているいくつかのフォーシュ語を並べて文章のようなものを作ってみた。


 手がパタパタと動いたが、どういう返事なのかよくわからない。


 チハルはさらに一歩近づいてさらに腕を観察してみた。手の甲の半分ほどから肘のあたりまで、爬虫類の肌のようなウロコでおおわれてはいるが、どうやら女性の手のようだ。


「亜人……だよな?ま、危ないから兵士が来るの待ってよ。」


 その後数分間、声をかけたり観察していたが、相手は声を出せないのか腕のジェスチャーのみではやはり何が言いたいのかよくわからなかった。


 それからしばらくしてカン護衛官が数人の兵士を連れてやってきた。兵士は全員死体を恐れ、さらにそこから伸びる手が動いているのに驚きいたが、チハルの粘り強い説得により、腕に縄をかけて動きを封じておき、上に乗った死体をチハルがのぞいていくという方法で動く腕を救出することとなった。


 腕に縄をかけ、チハルが死体の山の上から順に荷車に死体を移動させていく。上に乗った5体ほどの死体を除くと腕の根元がもぞもぞと動き、その上半身が姿を現した。


「ブハァ!!!ッハ、ッハッハ!」


 水から上がったばかりのように呼吸をしながら飛び出してきたのは全身を血にまみれたワニ族らしき亜人の女性であった。髪は青く、額の一部から背中にかけてウロコのような皮膚が特徴的であった。生態も文化もほとんど分かっていないらしく、今回の戦闘で数体が見られた以外にほとんど目撃情報がない。


「よし、縄!んで……、引け!!」


「ギャ?!ニョ――――?!!!」


 チハルが手に持っていた縄を亜人の上半身に絡めると、すぐに兵士たちが縄を引いて亜人を引きずり出した。カン護衛官が剣を喉元にあてると、亜人は状況を悟ったのかすぐに委縮し、大人しく捕縛された。


「チハルさま!亜人です。」


「んー、知ってる。しかも女?ワニ族か?」


「いや、分かりません。」


「分からない?あ、いや、誰も見たことないんだった。誰かフォーシュ語で話してみて。」


「あ、ハイ、私が、少しなら。」


 チハルの思った通り、この亜人は簡単なフォーシュ語が分かるようだった。武器も携帯しておらず、こちらに敵対する意思もなさそうだったので、しばらくその場で尋問が行われた。


 この女はワニ族の亜人で間違いなく、襲撃に合わせて数人が街に入ったらしい。ワニ族はもともと数が非常に少ないらしく、ウシ族らと共闘の約束はしたが攻撃にはまったく参加せず、敵対する亜人らが数を減らすのを遠巻きに見守っていただけのようだ。


 またどうやらワニ族の亜人は嗅覚がほとんどないらしい。この女は死体の山に隠れてウトウトしていたところ、上にたくさんの死体を積み重ねられて身動きが取れなくなってしまったらしい。さすがに呼吸が続かなくなって抜け出そうとしたが、手だけ出して動けなくなっていたところを死体を処理していたチハルに見つかり、こうして御用となったのだそうだ。


 部族でフォーシュ語が話せるものだけが状況確認のために市街に入ったそうで、彼女の記憶が正しければ他に4人、市街に潜伏しているらしい。ただし襲撃から数日たった現在、まだ市街に残っているかは分からないとのことだった。また命の保証さえしてくれるなら彼女は他のワニ族を呼び出してくれるそうで、すぐに降伏するとのことだった。


 今回の襲撃においては決して人は襲っておらず、今後もそのつもりはなく、武器も持っていないらしい。敵対するウシ族らの数を減らすためになら協力するとも。


 彼女がまったく悪びれる様子もなく、まるでいたずらが見つかった子供のように事の顛末を話すので、チハルたちは全く毒気を抜かれてしまった。


 しかもこのワニ族の女、血まみれではあったが、相当に美しい。しかも上半身は服がはだけて裸である。


 チハルはひとまず彼女に危害を加えないよう兵士たちにきつく念押しし、軍の詰め所に持ち帰ってもらった。兵士たちはワニ族の女を連れて去り、残ったのはカン護衛官と二人だけである。二人は建物の壁を背にして座り込み、一息ついた。


「な?死体が動いてたわけじゃないだろう?」


「あ、はい、そうですね。」


「手伝う?」


「んー、しかし触るのはちょっと。」


「荷車を引いてくれるだけでだいぶ助かるんだけど。」


「絶対に触りませんよ?」


「うし、呪いは全部俺が引き受けた。」


「恐ろしいことを言わないでください!」


「頼む!これをやっておかないと本当に町が全滅するかも知れないんだ。後の世で英雄になれるぞ!」


「むぅ……。いえ、分りました。手伝います。」


 しばらくすると護衛を交代するためにエム護衛官が合流したのだが、チハルとカン護衛官は二人して迷信深い彼をなだめ、すかし、時に脅し、揶揄いながらも、「英雄になれる」の一言を呟き続けてどうにか説得に成功した。さらにどうせならと腕を折って療養中のボリー護衛官も呼び出して手伝わせた。


 こうして四人は丸二日をかけて死体のすべてを火葬し、遺品の整理を終えた。四人は最後の一体を火をくべ、輪になって座り込んだ。この二日、食事や水浴びも一緒にし、力仕事も全員で行い、全員すっかり打ち解けてしまった。


「メルイーウってさ、墓を荒らしたりする奴いるの?


「棺桶を荒らして盗むものはいるでしょうな。王都ではあまり聞きませんが。」


「なんで死体は燃やさないの?」


「どこかの異民族がやるとかやらないとか。メルイーウではないです。理由は…、さぁ?」


「あれですよ。始王が死後の復活を信じていたので、死体は燃やさないのだとか、確かそうじゃなかった?」


「そうだっけ?何か聞いたことあるようなないような。」


「お墓の土地が足りなくなったりしない?」


「いえ、よほどの金持ちか貴族でもなければ墓などありませんよ。どこぞの畑にでも埋めるだけです。」


「ふーん。ま、こうして火葬すれば墓も小さくて済む。それに疫病も防げる。未来じゃほとんど火葬だぞ。」


「私などもう呪いが怖くて怖くて。これで一族が呪われでもしたら、合わせる顔がありません。」


 エム護衛官が大きな体をぶるりと震わせた。


「そういや、兵士さんたちの家族って……、いや、いい。」


「……、多くは大陸の方に残してきていますね。」


「いや、言わなくていい。すまん。」


「構いませんよ。みな知っていることです。カンジエ―なんか嫁さんと子供も残してきてるんですから。」


「マジで?カンさん結婚してんの?」


「はい、してますね。んー、会いたいなぁ。」


「俺も。」


「私も。」


「そっか……、俺も……。帰りたい、のかな。」


「チハルさまも?やはり未来に戻りたいと思いますか?」


「んー、なんだろうなぁ。来たときはあんまり突然すぎてな。しかも侍女たちがいるだろ?あいつらがまたことあるごとに寄ってきてな。いろいろ忙しかったし、帰りたいとか考える時間もなかった。」


「チハルさまの侍女たち美人ですものねぇ。」


「やらんぞ。」


「では今は?」


「んー、もともと一人で暮らししてたしなぁ。ほとんど家からも出なかったし、旅行行くのも一人が多かったし。ここにいるのもそうだなぁ、いうなれば"慣れた"な。」


「"慣れた"ですか?」


「もし帰ったら、その時は来た時と同じように驚いて、それで数か月したらまた"慣れる"んじゃね?」


「「「はっはっは!」」」


「うし、もうひと仕事しよう。」


「まだ何かやるのですか?」


「まぁ、な。死んだ兵士もいるし。みんな水浴びして服を着替えてくれ。最後の一仕事だ。」


 チハルたち三人は血で汚れた体を石鹸を使って念入りに洗い、服を着替えた。その後、軍に頼んで銃を三丁と数十発分の火薬を提供してもらった。もちろん攻撃目的ではない。武具管理官は終始怪訝な顔をしていたが、慰霊に使うというとさらに意味不明な顔をした。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 死体の煙が立ち上る火葬場の一角で、チハルたちは銃の手入れをしていた。日本の戦国時代に使うような旧式の火縄銃である。チハルは護衛いの三人に使い方を教えてもらった。弾を込める必要がないため、一発20秒ほどもあれば打つことができる。


「じゃ、見様見真似だけど、未来の使者を送る儀式を教える。」


「ッハ!」


「死亡したのは全部で56人、攻めて来た亜人も入ってるが、敵も味方も関係ない。空砲一発で一人の魂が天に昇る。死後の世界でも安楽に過ごせるように、祈りを込めながら撃ってくれ。号令はボリー護衛官に頼む。」


「ッハ!」


「じゃ、やるよー。」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「撃て!」


 パーン!


「撃て!」


 パーン!


「撃て!」


 パーン!


 ……。


 チハルたちは火縄銃に次々と火薬を詰めて、空砲を鳴らし続けた。音を聞きつけた兵や住民が近寄ってきて遠巻きに四人を見守っていたので、チハルは銃を下ろして彼らに近寄り、これが慰霊の行為であることを告げて、可能なら近づいて祈りを捧げてほしいと頼んだ。こうすれば悪鬼は音に驚いて逃げていくし、死者の魂も安らかに天に昇れるのだと説明した。


「撃て!」


 パーン!


「撃て!」


 パーン!


「撃て!」


 パーン!


 ……。


 ほとんどの者はやはり近寄らずに遠巻きに見守るだけであったあ、家族を失ったのであろう南タライバンの住民数組がぱちぱちと音を立てて燃える死体を確認しに近寄ってきた。彼らは火の前にまとめておいた遺品を手に一つ一つ手に取り眺めている。なくなった家族の物を見つけたのだろうか、ある家族は蹲り、大声で泣き出してしまった。チハルたちもそれを見て涙ぐみ、さらなる深い祈りを捧げながら空砲を打ち鳴らすのであった。


「撃て!」


 パーン!


「撃て!」


 パーン!


「撃て!」


 パーン!


 ……。



やっとワニ族登場です。


しかも美人だそうですよw。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ