第一章 第三十七話
第一章 第三十七話
チハルは軍議のひと段落した天幕に押し入り、タクトに捕虜への面会を求めた。タクトはすでに捕虜から必要な情報は聞きだし終わったといって面会を渋ったが、チハルから亜人たちの反撃の目をつぶしたうえでこちらに完全に服従させられる可能性があると聞き、最終的には物は試しと面会を承諾した。反撃の軍の編成は終えているらしく、捕虜との面会にはタクトも立ち会ってくれるらしい。
チハルはタクトに案内されて捕虜を収容している建物に入った。
「で、これがウシ族の捕虜?思ったより元気そうですね。」
「フォーシュ語を解さないものや、ケガの酷いものはすでに処分しました。ここに残っているのはいちおうフォーシュ語が分かるモノばかりですね。で、チハルさん、手とは?」
当然捕虜の扱いに関する条約や法はない。そもそも情報を引き出す以外の目的で敵軍の者を捕らえること事体が行われておらず、特に命令がなければ敵を捕らえて自軍に連れ帰るという行為事体が珍しいものである。捕らえられているウシ族の者も情報を得るために活かされているにすぎず、攻撃が成功すれば用なしとして処分される予定のものである。拷問が行われていないのは彼が素直に情報を提供したからにすぎない。
チハルはその辺を時代と国の違い無理やり納得し、捕虜の前に立った。
「じゃ、通訳お願いします。」
同行の兵士が床に寝転んでいたウシ族の捕虜を乱暴に叩き起こし、チハルの正面に座らせた。両手両足は太い柱に結び付けられており、行動の自由は奪われている。猿ぐつわはされておらず声は出せるようだが、大声を出したりはしないようだ。
「過去に自分たちを動物と掛け合わせた神を憎んでいるようだな。」
チハルはなるべく低く、ゆっくりとした声でウシ族の捕虜に話しかけた。捕虜は通訳された内容を聞いても虚ろな目でチハルを眺め返すだけである。チハルは胸を少しそり返し少し尊大な態度で捕虜に向かい合った。
「俺がその神の系譜を継ぐものだ。意味は分かるか?」
通訳された内容を聞いた捕虜の目に一瞬にして光が宿るのが分かった。捕虜は憎しみとも、畏怖ともどちらともつかぬ視線でチハルを見返している。
「お、オマエが、俺たちをケモノにした!許せない!殺す!捕まえて首を刈る!」
捕虜は口角に泡を浮かべて興奮した様子で、声を出した。しかし大声を出す気力はないようで、声には力が入っていない。
「……まったく、残念だ。」
「?!」
「神の使いとして作ったというのに、逆に神に手を挙げるだと?」
「オマエが!オマエがいなければ!」
「愚か者!」
チハルが大声を出して捕虜を叱責した。通訳が入る前であったが、捕虜は意味を察したのかびくりとして動きを止めた。
「神の意志を忘れて、挙句に神に刃向かうとは。神の力の一端、改めて見せてやる。」
チハルは同室にいるタクトと通訳を近くに呼び、懐から黒い塊を取り出して見せ、小声でささやいた。
「今から僕がコレを捕虜の近くに落としたら、後ろを向いて耳を塞いでください。絶対に見ないで、ものすごく大きな音が出ます。音が終わったら見ても大丈夫です。分かりました?」
「何ですか、それ?」
「ものすごく大きな音と光を出す道具です。試しに数個作ったものを念のため工房から持ってきました。相手の思考能力を奪えます。今からこれを使って捕虜の感覚を一時的に奪います。絶対に見ないで。時分では怖くて試したことないですけど、下手すると数刻耳が利かなくなります。」
「?!わ、分かった。」
チハルはタクトと通訳を部屋の隅に寄せ、捕虜に再び向き直った。
「今から神に逆らった罰としてお前の目と耳を奪う。取り戻したければ許しを請い、神に服従を誓え。」
「な、何をバカな!」
チハルは振り返ってタクトを見て「じゃ、やります、」と一言呟いた。右手に握っていた黒い塊から出ていた紐を左手で引き抜き、捕虜の足元に転がした。それと同時にチハルは耳を塞いで部屋の出入り口付近まで一目散に走った。タクトたちもそれを見て慌てて後ろを向き、耳を塞ぐ。
「「「ドバン!!!!」」」
耳を塞いでなお脳を揺らすような爆発音が部屋に響いた。それと同時に後ろを振り向いて瞼を閉じていても分かるほどの光が発し、足元に転がされた塊を目で追っていた捕虜を襲った。
「ぐあぁ!!!」
捕虜はその場に蹲り、手足をばたつかせながら頭を胸に近づけて防御姿勢をとっている。チハルは塞いだ耳から手を外し、未だ壁に向かって耳を塞いで目を閉じているタクトと通訳の二人の肩を叩いて気を付かせた。
タクトと通訳は耳を塞いでいてなお聴こえてきた轟音に相当驚いたようで、真っ青な顔で動揺している。
チハルもキーンと耳鳴りがしており、自分の声が正常に出ているのかよくわからないため、いつもより大声でタクトたちに話しかけた。
「大丈夫ですか!?聞こえますか?!」
「あ、あああ、聞こえます!なんという音ですか!」
「そのまましばらく!少しすれば良くなります!」
チハルは二人にジェスチャーで捕虜に目をやるように促した。
チハルが試作した強力な≪スタングレネード≫の効果をもろに喰らったウシ族の男は砂を噛みながら地面に寝転がり、足をバタバタと動かしながら目を開けたり閉じたりしている。視力は失われ、耳も聴こえていないようで、口の端からはよだれが垂れ流しである。
スタングレネードとは敵の行動、思考能力を奪うために近代に入って開発された非殺傷目的武器の一つである。爆発の轟音が聴力を奪い、粉末状のマグネシウムが強力な光を発して視力を奪う。一時的に視力と聴力に障害を負うと、人は思考能力を奪われて咄嗟の行動がとれなくなる。ごく少量精製に成功した金属マグネシウムと、硝酸から合成した強力な火薬を使って自衛のために開発した護身武器の一つであるが、金属マグネシウムの大量入手ができないため量産は出来ない。昨晩工房に寄ったときに持ち出してきた道具の一つである。
チハルは捕虜の目の前で両手を叩いたりして視力と聴力を奪えているのを確認した。
途中爆音を聞き付けた兵士らがチハルやタクトの無事を確認しようと部屋に飛び込んできたが、チハルが捕虜に尋問のために音を出しただけだと説明して引き帰してもらった。また通訳の兵士は耳を塞ぐのが少し甘かったのか、しきりに耳の後ろを叩いたり、耳から水を抜くように首を傾けてトントンと飛び上がったりを繰り返している。
2分ほど経ってチハルたちは完全に回復したが、やはり捕虜の回復は遅れているようだ。
それから更に数分後……。
徐々に感覚が戻って来たらしい捕虜は何度も瞬きをしながら目の焦点を少しずつ合わせてチハルをを見た。体は地面に横たわったままであるが、顔面が蒼白で額には小豆大の油汗が浮かんでいる。それを地面にこすりつけているので顔面は砂まみれである。
チハルは捕虜の感覚が戻って来たのを確認し顔を近づけて少し大きな声で話しかけた。
「聴こえるか?!」
捕虜の男はチハルの唇が動いているのを見たのか、何か質問されているのを悟って大きく首を横に振った。視力に対して聴力の回復が遅れているらしい。チハルは何か意味ありげに捕虜に手をかざし、回復を待った。捕虜からすれば何か術のようなものをかけられて回復させられたと感じることだろう。
それから更に数十秒待ち、チハルは捕虜に同じように声をかけた。今度は捕虜は大きく頷き、チハルに答えた。捕虜の顔には恐怖の色がありありと浮かんでおり、手足の自由が利いたならその場にへたり込んでチハルを拝み倒しそうな勢いである。
「今のが神の力だ。また反逆するというのならお前たち一族すべての者の目と耳を奪い、今度は返さない。死ぬよりも辛いと知れ。」
捕虜は目に涙を浮かべてチハルの足元に蹲った。
「しかし、俺に従うなら、そうだな、特にお前には神の使徒としての地位を与えてやる。」
翻訳された内容を聞いた捕虜はチハルの顔を仰ぎ見た。眼には涙が浮かび、
「我に服従するなら、神の使途よ、その名を……。」
「チハルさん、ちょっと待って!」
慌ててタクトが止めに入った。振り返ってチハルが答える。
「え?どうして?」
「いや、どのみち攻撃は行いますよ!?」
「ええ、でも反撃がない方が楽でしょう?全員投降して来ても殺します?」
「そ、それは……。」
「それよりこの勇敢な戦士たち、戦力として軍に組み入れたほうが得じゃないですか?ワニ族は知りませんけど、タカ族なんて空飛べますよ。偵察がどれだけ楽になるか。」
「ま、いや、しかし……。」
「失った戦力も補えて、力も強くて、空も飛ぶ、来るべき追跡軍との戦に役立ちます。それに神様の軍隊ですからね、その気になれば死ぬことすら恐れませんよ。」
「むぅ……。」
「ひとまずこいつだけは服従させます。僕が責任もって管理するんで、こいつ僕に下さい。んで、せめて来た亜人らを説得させます。まぁ、とにかくまず服従させます。通訳頼むね。」
チハルは通訳の方をちらりと見てから改めて捕虜に向き直った。捕虜はどこかすがすがしい面持ちであり、チハルの言葉を待っているかのようでもあった。
「我に服従するなら、神の使途よ、その名を告げよ。」
『XXXXXXX、XXXXXX、サイシャット・パスバキ、XXXXXXXX』
ウシ族の言葉だろうか、なんとなく名前を言っているのであろう部分だけは聞き取れた。他の部分は何を言ったのかさっぱり分からなかったが、チハルの前に跪いて敬意のようなものを表していることから説得は成功したようだった。
「サイシャット・パスバキよ。お前に最初の仕事を与える。この者らに同行してウシ族、タカ族、ワニ族を説得せよ。お前と同じように服従するのならば俺がお前たちに英知と神の使途としての地位を授ける。失敗すれば敵対した全員の命を奪い、お前の一族からは目と耳を奪おう。」
ウシ族の戦士、サイシャット・パスバキの身がぶるりと震えた。
「もし説得に成功すれば、お前には我の右腕としての地位を授ける。やれるか?」
「XXXXX!」
ウシ族の言葉だったが、"お任せください"のような意味の言葉を叫んだのだろう。その態度からは若干の混乱と緊張が見て取れたが、表情は先ほどまでの濁ったものと違い晴れ晴れとしたものが浮かんでいた。側で見ていたタクトは若干のあきれ顔である。
「サイシャットよ、お前に授けた動物の力を存分に発揮し、我に服従を誓えば、神の国へ連れて行ってやる。」
「おおぉ!」
チハルは神っぽいポーズで、天を仰ぎ見、その後捕虜の頭を両腕で抱きかかえた。
「二度と人に危害を加えないと誓うか?」
「XX!」
「よろしい、ではお前に新しい名を授ける。今日からお前はサイシャワット・ウシ・パスバキと名乗れ。」
「XX!」
チハルは立ち上がってタクトを連れて捕虜の部屋の外に出た。
「タクトさん、やりすぎました……、どうしましょう?」
「どうしましょう……、って。チハルさんあなた演劇の才能でも有るんですか?アレ、完全にチハルさんを神だと信じてますよ?」
「ですよね?」
「神の国に連れていくとか……、あなたまさあイャワトへあれを連れていくつもりですか?」
「あ、いえ、そのつもりはないですよ。でももし役に立ってくれたならウシを神と祀る宗教があるので、そこに送ればいいかなと。タカも、ワニも、確か神様としてまつる宗教があったはずです。」
「で、どうするんですか?」
「どうしましょう?」
「いや、責任とってくださいよ。あれを使って説得させるんでしょう?」
「あ、そうですね。戦闘に連れて行って、交渉をさせてやることは可能ですか?」
「まぁ、やらせてみるのは構いませんが、失敗したらまとめて殺しますよ?それに一族の長老にはどのみち責任を取って死んでもらいます。」
「仕方ないです。余計な者たちまで死ななければ、それでいいです。」
「じゃ、……縄を解くのはダメでしょうけど、あのまま服を着せて交渉させてください。たぶん……、成功するとは思いますけど。成功したら僕に従者としてくれませんか?他の者には僕が言いつけて軍に従うよう指示しますので。成功したらですけど。」
「チハルさん……、あなた本当に……、いや、もういいです。それとあの音と光を出す鉄の塊、あとで詳しく聞かせてもらいますので。」
「あ、はい。他にもいくつか神の力を見せるための道具は用意してたんですけどね。」
「……、では、あとのことはこちらに任せて、お戻りください。」
「はい、あ、最後にウシ君に挨拶していきます。」
その後、チハルはウシ族の戦士サイシャワット・"ウシ"・パスバキにダメ押しの神の力≪メントール≫を使った神の力、触れた場所の温度を下げるという奇跡を見せつけ、絶対の服従を誓わせた。同族の亜人たちの説得が成功すれば、神の従者として自由を与えることも約束した。
作戦の大幅な変更を余儀なくされた参謀タクトは頭を抱えて軍議に戻った。結局、捕虜を携えて進軍することを他の軍人たちに同意させ、亜人たちの拠点の殲滅、もとい説得へ出発したのだった。




