第一章 第一話
読み直してみると一杯書き直したい部分がありますねぇ。
書きためてある分はただただ勢いで書いたものなので……。
落ち着いたら修正していきますね。
誤字脱字や文法間違いの報告もお待ちしております。
読んでくださった皆様、本当にありがとうございます!
見られてると思うとドキドキします(笑)!
儀式により呼び出されたマ"ツ"オカ・チハルは、南タライバン郊外にある豪華に飾り立てられたホテルらしき建物の一室に軟禁されていた。室内には緊張をほぐすための香が焚かれ、室内には半裸の女性が数人侍っている。どれも超がつくほどの美人だ。部屋の外や建物の中庭、周囲には帯剣した軍人らが警戒に当たっており、建物と外部との接触は完全に断たれている。チハルの滞在する部屋の隣には日本語を理解する神官や記録官が待機しており、チハルの呼び出しにはすぐに駆け付けられるようになっていた。
チハルは半眼を開けたとろりとした表情で、部屋の中央の寝台に寝転んだ。すぐに半裸の女性ら数人がチハルの側に寝転び、チハルはその胸に顔をうずめる。言葉の通じない彼女たちであるが、突如として別世界に呼び出されたチハルの困惑と緊張を緩和するには一定の効果があった。実は焚かれている香には弱い麻薬作用があるようで、チハルはそれにも気づいていたが何も言うことはない。この部屋に軟禁され始めてからすでに数日、毎日取り調べのように様々な質問をされて心はすり減っていたが、どうやら危害を加えられることはなさそうで、食事や望むものも可能な限りも与えられていた。唯一言葉の通じる神官も折に触れ安全だ、安心しろということだけは繰り返し言っていた。
毎日繰り返される神官との問答から、チハルはその身に起こった現象の一部を把握しつつあった。
自分はメルイーウという王家により、400年ほど先の未来から呼び出されたこと。自分の来た未来はこの世界と直接つながりがある未来ではなく、どうやらパラレルワールドのような時間軸の世界であること。50年ごとに自分と同じように元の世界に住む人が呼び出されていること。神官の話す日本語は600年前にイャワト(ヤマト?)などと呼ばれていた日本から呼び出された通門者から伝えられているもので、この世界のイャワト出身者の村の住民からも習ったものであること。前回の日本からの通門者が文字をかけなかったため、文字は伝わっていないこと。イャワト出身者の村にも文字は伝わっていないこと。神官らの母語はチハルのやってきた時代でいう中国語のような音節言語であったが、チハルの理解できる漢字ではなく見たことのない文字を使っていること。チハルに可能な限り不自由のない生活を保障する代わりに、知っている知識を教えてほしいということ、などなど…。
そして詳しい状況は教えてくれなかったが、なんとかいう王家が現在存亡の危機に瀕しており、そのための助けを求められていることは理解できていた。
「一国の存亡とか言われてもなぁ、俺にどうしろと……。いや、まぁ、いいんだけどさ……。」
いきなり別世界に連れてこられたチハルの心が折れそうになるたびに、絶妙なタイミングで香が焚かれ美女たちによる半強制的な"アメ"が与えられた。チハルの混乱は過去の通門者が同じように通った道であるらしく、手慣れたものである。頭でわかってはいてもチハルの心はそれに抵抗できないでいた。
「あの神官の日本語、聞いてたら頭がおかしくなりそ……。むかつくわあー、てか400年ほど前の世界って…。やっぱ疫病とか怖いよなぁ。ここ厚いし。性病…とか…んー、ないか…。お前ら処女だったしな。てか、どのみちなんとか王家が滅びたら、俺も殺されるんじゃね?こえぇ……。帰りてぇ。死ぬたくねぇ。」
チハルが胸に顔をうずめる半裸の女は、現代の日本女性とは趣が異なっていたが、まごうことなき美女である。その豊満な胸は母性を強く感じさせ、そこに顔をうずめて愚痴をつぶやくのが自室にいるときのチハルの癖となっていた。悔しいことに、それもすべて何とか王家の策略なのであろうが。
言葉は通じないが、女たちが"そういう教育"を受けているであろうことはすぐにわかった。性知識の豊富な現代日本人男性であるチハルが、驚愕するような体験であった。チハルが男性であるため女性があてがわれたのでああろうが、同じように女性を接待するための男性というのも用意されていたのだろう。
王都から落ち延び、この南のタライバンとかいう場所に来てまだ数日らしいが、豪華に飾り立てられた室内、そして麻薬作用のある香、処女、美女、軟禁生活であるが何不自由のない生活であった。更にはチハルの世話をする下男下女、室外に待機する兵士たちの数、王宮でない場所でこれだけのものを用意できるのだ。王の権力は絶大なものなのだろう。それに逆らうことが不可能であろうこともうすうす気づいていた。
「ったく、どうしろと。」
チハルは姿勢を変え、ベッドサイドに置かれていたキセルを指さして、側の女に「オイ」と一声かけた。侍女が慣れた手つきでキセル口に火をつけ、チハルに咥えさせた。日本にいたころのチハルには未経験のものであったが、これもおそらく普通のタバコではないだろう。一呼吸ごとに強烈な陶酔感が湧き上がってくる。体にいいものでないだろうが、このキセルを燻らせているときだけは頭の中が整理されるような気がしていた。
急に部屋の扉がノックされた。聞きなれた神官の声だ。
「チハルドノ、ハイリマス。」
神官は名前をイと言うらしい。短くて呼びにくいため、チハルはただ神官と呼んでいた。
「キョウカラ、ヒトリ、フエマス。」
「増える?何?誰?」
「私だ。」
神官の後ろから整った服装の鬚面の男が現れた。
「サクシードという。子供のころ、あなたの国に住んでいたことがある。力になれると思う。」
チハルの顔を見て海賊のようなサクシードがにっこりと笑った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
チハルは軟禁されている建物内の、一室でサクシードと神官と向かい合って座っていた。部屋の隅には記録官や軍人が待機している。いつもの取り調べが行われる部屋である。
「して、チハルさんはどこの出身かね?私はヤマト、こちらではイャワトとかの発音だが、そのヒラドという場所で生まれた。母がイャワトの人で、20年ほど前に父とメルイーウへ逃げてきたのだが、すぐに死んでしまったよ。ヒラド、わかるかね?」
「同郷……、というか、まぁ、時代が違いますが、は……、ヒラドって、そのまんまでじゃん。今は長崎という場所ですかね。僕はちょっと離れてますが、山口、えっと長州の出身です。チョーシュー、わかりますか。」
「いや、わからんな。私と父は異人とか呼ばれて、外出は自由でなかった。まぁ、なんとかいう、なんだ、そのあれだ、チハル殿のように呼び出された人とは時代が違うそうだが、地名も違っているかもしれん。名前や歴史が違うことがあるらしい。チハル殿の世界は亜人もおらんそうだな。まぁ、私も詳しい話はは知らされておらんのだがね。まずは普通に話してくれると助かる。」
「亜人とか言ってもねぇ。まだ見たことないですし。え、っと、サクシードさん?でしたっけ?ひとまずそこのイさん、神官さんよりは話が通じそうですね。」
チハルは椅子に座りなおして、会話の速さについていけないといった表情の神官をちらりと見た。
「で、ある程度はその人から聞いていますが、もう一度説明してもらっていいですか?」
「すまんな。私は王の関係者ではないので、本当に詳しくは知らないのだ。たぶん今チハル殿が知っていることがすべてだと思う。それ以上知りたければその神官に聞いてほしい。私はたまたまイャワトの言葉がわかるのでな、それで呼び出されただけだ。まぁ、チハル殿のように呼び出された者たちが大切にされるというのは、まず間違いがない。この者たちがチハル殿に危害を加えることはない。」
「……、あ、サクシードさんは、もしかして商人ですか?」
「え?いや、そうだが、なぜ?神官に聞いていたか?」
「やけに僕の名前を呼ぶので……。」
「ほう、それだけで?すごいな。」
「そういう学問が未来にはあるんですよ。」
「ほう、すごいな。ぜひ学んでみたいものだ。ここはタライバン島という島なののだが、私はこの一帯である程度の力を持っている。君の時代にあるか?タライバンとかメルイーウとか、対岸にはフォーシュやキンという大きな都市がある。そういった地名は聞いたことはないか?」
「ないですね、ヤマト……というのは日本の古い名前ですが、神官さんに見せてもらった地図はさすがに大雑把すぎてよくわからないです。ヤマトが東にあるということなら、僕の時代ではこの辺りには中国って国があるんですが、その400年前でしょ?なんちゃらいう王朝があったと思いますけど、メルイーウはまったく聞いたことがないですね。でタライ?バン?島?でしたっけ?そういう島もないです。」
「やはり地理が少し異なっているようだな。」
「というかヒラドにヤマトって……、そこだけ一致してるのは変ですよ。」
「ふむ、まぁ、それは私にはわからぬ。議論しても仕方がない。それでだ。失礼だがチハル殿が手にしていたあの板のことを教えてほしい。」
「板?えっと、イアイパッドのことでしょ?んー、その神官さんにも説明したんですが、たぶん、ちゃんと動けば役立ちます。たぶん……ものすごく。ただ、電池が持たないんですよ。というわけで結局使えません。って、分かります?」
「イア…、すまぬ。よくわからぬ。武器ではないということだが。」
「武器ではないです。書物……、うーん、中に200万冊の本が入っていてっていえばわかりますか?まぁ、それ以外に使うことの方が多いですけど、ネットはないし。たぶん数時間、それだけしか使えません。あと指紋認証にしてあるので、僕にしか使えません。」
「書物が200万とな?あの板にか?」
「ハイ。いや、それ以外の使い方することの方が多いんですよ。僕の世界では。現物を見せたほうが早いでしょうけど、なかなか返してくれないんですよ。使い方を説明しろと言ってね。指紋認証付けてるっていうのに、それが分からないようで。まぁ、どのみちもうすぐ電池が切れるでしょうけど。」
「その電池というのは何なのだ。それがないと使えないのか?」
「その説明が、いや、だから…、まだもうしばらくは使えます。たぶん数時間だけですけど。」
「ふむ、有用であるのは間違いないが、すぐに使えなくなる、と。」
「ヴィキのデータをダウンロードしてるんで、そりゃ使えればもう知識の宝庫ですよ。使えればね。」
「その話、この者らにしたか?」
「しましたよ。でも理解してもらえません。」
「ふむ……、私が交渉してみよう。それで……、私にも見せてもらえるか?その板、イアナントカを使うところ。」
「イアイパッドと言います。ま……、いいですよ。すぐ電池……、あ!」
「なんだ?」
「いや、電池……。」
「ん?」
「サクシードさん、商人ですよね?」
「金属の名前はわかりますか?」
「む、金属とな……?イャワトの言葉でか?むぅ、ハガネとドウ、あとはキン、ギン、なら知っておる。」
「亜鉛は?」
「知らんな……。」
「あっと……、錫は。」
「むぅ、聞いたことはない。それは金属の名前なのか?」
「……なんだっけ、10円玉……、銅じゃなくて、メッキじゃなくて……、ブロンズ?アルミはないか……、使えなかったっけ……。アルミ。」
「金属の種類か?イャワトの言葉でなら、えーっと、タマハガネ……、シンチュー……は違うか?」
「真鍮?真鍮!真鍮って銅の合金?いや、イオン化傾向の異なる二種類の金属?があればたしかいけるんだよなぁ。あとは酸……、塩酸とか、塩水?酢か!でも王様ならなんとか……。合金から分離?いや合金ってことは、原料があるのか?合金から分離?原料から?あ、あとはUCBの充電の方法も、それならたぶんヴィキに……。あとは起電力……、間違っても爆発は、するかも。直列……?並列?あとは電線の加工、銅、でイケルか。電源……、回路っているのか、UCBの充電って直流だよな。交流なら磁石か?あ、磁石?交流から直流ってどうやって取り出すんだ?ヴィキに乗ってるかな?これくらいなら電池……、持つか?」
「すまぬ、チハル殿?何を?」
「ヴィキから情報書き写して……、数時間あれば……、あとはぶっつけで……。あ、今待機モードか?!え?もう三日……、四日?やべ、電池切れてんじゃね?まずい、えっと……。ひとまず……。」
「チハル殿?」
「あ、いや、サクシードさん、時間!時間との勝負です。今すぐイアイパッドをここにもってきてください。」
「早く!」
「いや、国が救えます!いや、もっと!早く!たぶん、今すぐやらないと手遅れになります。早くイアイパッドを持ってきてください。あの板!持って行った板!」
「チハル殿?」
「早く!王様に許可が必要なら、早く!もう四日経ってますから、やばいっす!モード変えないと!解除しとかないとやばいっす。」
「あ……、ああ、わかった。あの板が必要なのだな?安全か?」
「安全です!一刻を争います!早く!」
「わ、わかった。し、神官、チハル殿が、あの板を……。」
「日本語!」
「あ。」
「shengha kus ngas kahchi aharudo sua on go a …………。」
突如何かをひらめいたチハルに押し出されるようにサクシードが動いた。今まで蚊帳の外だった隣の神官もある程度の事情を察したのか、サクシードとしばらく話してからすぐに退席した。同席していた記録官や軍人にはサクシードが何やら説明している。
「なにか……、書くもの……。そこの紙と筆!それください。」
「お、おう。」
サクシードは書記官の机から未使用の紙の束をつかみ、毛筆とともにチハルに渡した。
室内がにわかにあわただしくなった。チハルは机の上に紙を並べ、手近な紙で毛筆でその上にクルクルと線を引いた。慣れない筆で字を書く練習のようだ。
「小筆なんて小学校以来やん。この際、何でもいいけど。成功すれば『鉛筆』でもなんでも作ってやるぜ!」
「チハル殿?」
何が起きたのかわからないといった様子で、サクシードが声をかける。
「イアイパットの電池が切れたらアウトです。だから電源作ります。成功したら、その、国を救えるかもしれません。」
「は?」
「たぶん、いや絶対説明しても分からないと思います。が、ひとまず、イアイパッドの寿命延ばします。」
「寿命?」
「とにかく早く持ってこさせてください。待機電力もバカにならないんで!」
「待機で?ん?に?」
サクシードは去っていった神官とは別に、入り口に待機していた軍人と目が点になっている書記官らにも一言二言声をかけた。今までチハルと直接会話していたサクシードですら何が何だか分かっていないのだ、それを見ていただけの書記官や軍人らには理解不可能な事態だろう。
数分後、仰々しい箱を携えた神官長が、お供を連れて部屋を訪れた。配下の者の手には螺鈿の飾りが施され、紫色の紐で封をされた箱がある。まるで講談に出てくる玉手箱といった様子である。中にチハルのいうイアイパッドが入っているのだろう、それを察したチハルは一緒に入室したイ神官に中身を取り出すよう頼んだ。促した。神官は神官長にそれを通訳し、神官長が神官に何かを言う。それを横で聞いていたサクシードが神官よりも早く通訳する。
「本当に武器ではないかと聞いている。」
「違う、早ければ早いほど確実です。とにかく早く!」
チハルの語気に通訳を経ずとも神官長は察したのだろう。机の上に玉手箱を置き、自ら結ばれていた紐をほどいた。中には紫色の座布団のような緩衝材が敷かれており、案の定その中心に秘宝、チハルのイアイパッドがおかれていた。画面に残ったチハルの指紋すらそのままだ。
チハルはイアイパッドを手に取り、慣れた手つきで電源を入れた。ピコーンという音とともに画面が光り、イアイパッドはスリープ状態から復帰した。チハルは慣れた手つきで指紋の認証させた。画面には現代人が見慣れた鮮やかな壁紙と多様なアイコンが浮かんでいる。チハルにとっては懐かしい画面だが、この時代の人たちには未知のものである。覗き込んでいた神官らは驚きを隠せない。
「よし、電池は半分残ってる。」
チハルは画面上で確認した電池残量をみて、すぐに設定画面を開いた。Wifiと3G通信をオフ、輝度を最小に、省電力モードを起動、通知音もオフ、自動起動のアプリケーションも可能な限り停止、メモリーを開放、スリープモード時の電力消費も最小に設定し、最後に現在の使用状況で、あとどのくらい使用できるのかも確認した。ついでに在りし日の日本でダウンロードしておいたオフラインヴィキペディアが起動するかどうかも確認した。ひとまず問題ない様だ。最後は懐かしそうに、そして名残惜しそうに壁紙を数秒眺め、電源を落とすかどうか迷ったが起動時に大電力を消費するのを考え、スリープモードにした。
傍らで見ていた神官たちはいきなり目の前で光を発し、鮮やかな絵と文字らしきものを浮かべたかと思えばチハルの指の動きに合わせて目まぐるしく画面を変え、そしていきなり数秒前までと同じく真黒な画面にもどったイアイパッドに目を奪われたままであった。
チハルは自らイアイパッドを玉手箱の中に戻し、神官長の両肩をパンパンと叩いた。
「シハルドノ?」
「チ!ハルな。」
「シ、ティ…?。」
「説明はあと。電池残量はのこり五時間。これだけあればたぶんイケる…。あとは必要な情報と今現在分かる材料のリストアップ、どのみち金属が手に入らなきゃアウトだけど、二種類くらいならあるだろう。材料は数種類準備するとして、たぶん、イケル、イケルか…、イケル……はず!失敗したら、まぁ、そんときゃそん時だ。理系なめんな!」
チハルは両手を胸の前で引き寄せてガッツポーズ、そのまま目を細めて何かを噛みしめるような表情を浮かべた。
「チハル殿?」
「サクシードさん?商人ですよね?たぶんあなたの力が要ります。この町に金物屋はありますか?あ、武器って青銅ですかね?あ、部屋のコップ……、って真鍮っぽいな。あと近くに火山あります?温泉でもいいですけど。酸っぱい果物って売ってますか?酢は?」
「はぁ……?」
「おー、なんかドキドキしてきましたね。とりあえず説明は明日します。あとこの紙と筆借りますね。部屋に戻って、メモっとかないと。」
「チハル殿。」
「たぶん今、説明しても分かんないと思うんで、あ、イアイパッドは明日も使います。そのままにしといてください。」
「チハル殿?」
「では部屋に戻ります。」
「え?」
「成功したらいろいろ教えます。今は、時間がないので、それに聞いても分かんないと思いますので。」
「う…、うむ。」
机の上に散らばった紙を集めなおし、チハルはそそくさと部屋の外へ出た。はっとした護衛と神官がその後を追い、状況を呑み込めないサクシードと神官長らが部屋に残された。
「サクシード。かのものは一体何を?何か説明をしていたようだが?」
「いや、さ、さぁ……。何を言っていたのかさっぱり……。」
「説明せよ。」
「いえ、あの、あの板が、板ですか?何やら光ってましたけど。」
「何を言っておったのだ?」
「いや、銅?真鍮とか言ってましたけど、あと果物?」
「わからぬ。武器でないならなんなのだ?」
「書物が200万冊とか言っておりましたが……。」
「200と?」
「いえ、200万?です。」
「……それは何かの言い回しか?であろうな。まるで意味が分からぬ。狂ったか?と、に、ともかくかのものがかのものが言ったことをなるべくそのまま記録せよ。イともよく話せよ。」
「は。」
「き、記録官に、分かるように話せよ。記録ができ次第王へも報告いたす。」
徐々に落ち着きを取り戻した神官長はサクシードにそう告げ、イアイパッドの箱とともに退室した。部屋に残ったサクシードは、戻ってきたイ神官と何が何やら分からないまま報告書を作成した。もちろんチハルの話した内容の後半は全く意味が分からなかったので、聞き取れた単語だけを報告し、あとはチハルの興奮した様子を伝えただけに過ぎない。
またすぐに記録の訂正を求められ、さらにチハルと密談を行ったのではないかと疑いをかけられもしたが、同席していた記録官や軍人らの証言によりサクシードの当惑ぶりが伝えられ事なきを得た。
サクシードは情報の漏えいを避けるためチハルと同じ建物の別室に軟禁されることとなった。もちろん扉の前にはいかつい見張りが経っている。
サクシードは優秀な商人である。彼は会談を終えてから、ずっとチハルの言葉を反芻していた。
「銅に真鍮……、間違いなく金属のことを言っていたか。イャワトの言葉でそう言ったはずだ。記録官にはそのまま伝えたが、武器を作るのではないとすれば、一体どういうことなのだ。どのみち手を貸すしかない。集められるだけ集めておくがよかろう。」
呟いたサクシードは外部との連絡用に待機させていた部下に声をかけた。見張りの男にはわかっているといわん顔で目配せしただけである。
「いま南タライバンにあるすべての種類の金属を集めておけ。金も、銀もだ。あと鍛冶のドワイチに聞いて原料の鉱石も全部だ。同じものも産地が違うならそれぞれ全種類集めておけ。あと硫黄もだ。倉庫をひっくり返しても構わん。外国からのものもとにかく全種類揃えろ。」
「は。全種類の金属と鉱石、それと硫黄ですね。」
サクシードは睨み付ける見張りには肩をすくめジェスチャーと表情で「別に何も話してないよ?」と示し、椅子に座りなおした。