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現代日本人が綴るタライバン島史  作者: 黄蘿蔔
第一章
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第一章 第三十四話

 

 第一章 第三十四話


 翌朝。


 空が白み始めるとすぐにカン護衛官がチハルたちを起こしに来た。チハルはゆっくりと起き上がり、侍女の一人に少しの託けをして外に出た。腕や腰を大きく回して思い切り背伸びをし、チハルはケガをした護衛官の見舞いに向かった。急ぐこともないのでゆっくりと徒歩である。


「カンさん、悪いね。疲れてるだろうに。」


「いえ、構いません。このような非常時こそ、お役に立ててこその護衛官ですので。」


「いやいや、頼もしいね。けど、休めるときに休んどいてね。」


「っは、ありがたきお言葉。ところで昨晩、チハルさまが最初にウシ族を転ばしたあの技は?」


「?あ、ああ、≪背負い投げ≫?とっさだったけど、俺の国の武術でね。高校の時だっけか、体育で習った。学校、学生の時ね。」


「あのような技を学び舎で習うというのですか?!」


「あー、んー、なんというか、そうだね。ああいうのか、剣術かどちらかを習うよ。」


「剣も!?どちらも危険ではないですか?」


「あー、そうだね。≪柔道≫……、じゃない、戦場で使ったから≪柔術≫か。そういう名前の技術。たぶんこの時代のイャワトにもあるよ。門外不出かも。教えようか?投げ技くらいでいいなら。」


「ぜ!ぜひに!」


 チハルは中学、高校と体育の選択授業では柔道を選んでいた。授業中に教員に教わった背負い投げや大外刈りなどの基本技には飽きてしまい、普通の授業では触れることすらないほとんどの種類の投げ技をモノ好きの同級生らと図書館で借りてきた本やビデオを見て練習していた。もともとの運動神経の高さもあって素人相手ならどれだけ対格差があっても投げられるほどの実力は身につけていたが、授業に黒帯の柔道部員に珍しい技をかけて技ありを奪い、それで本気になった相手に絞め技をかけられて落とされてしまった。それ以来、柔道はすっぱりやめてしまったが、技の入り方は体が覚えていたようでとっさに技が出てしまった。


 実はチハルにはまったくその気はなかったのだが、相手と身長差があったのと少しバランスを崩してしまったこと、そしてウシ族の男が全く受け身の知識を持っていなかったこともあり、顔面から強烈に地面に叩きつける結果となってしまった。カン護衛官の目には見事な必殺技に映ったことだろうが、チハルとしてはその後の建物を回り込んで二人を倒したことの方をほめてもらいたいくらいだった。


 カン護衛官が数人に道を尋ねて場所を聞き出し、二人はけが人を治療しているという倉庫を訪れた。


 中に入ると広々とした倉庫にござが敷かれ、けがをした人たちが雑に寝転んでいた。うめき声のようなものも聴こえるが、チハルはなるべくそれらから目をそらいし、奥に進んだ。病人の世話をしているというとおぼしきヒツジ族の亜人の女に尋ね、カン護衛官の相棒でもあるもうひとりの護衛官を訪ねた。


「起きてます?」


「あ、ああ、チハルさま!よくぞ御無事で!」


 ケガをした護衛官は横になっていたが、二人の接近を感じて上体を起こし、二人に向き合った。カン護衛官もすぐに同僚にねぎらいの言葉をかけた。


「ごめんね、来るのが遅れた。骨を折ったって?どこ?」


「申し訳ありません!チハルさまの侍女を言われた通り守れなかったばかりか、秘宝までも奪われてしまいました。」


 護衛官が自身のケガも気にせず土下座せん勢いで平伏したが、チハルはそれを起こして同じようにあおむけに寝かせた。


「いや、動くな。安静にしてて。秘宝は気にしなくていい。侍女もたぶんまだ無事だ。むしろよく他の侍女たちを守ってくれた。例を言いたい。」


「いえ、滅相もございません。その……。」


「あー、気にしないで。本当に。それで?どこの骨?」


「い、いえ、ここが痛むので、おそらくそうではないかと。」


 護衛官は右手で左の手首を持ち、痛みを我慢しながら左手を持ち上げて二人に見せた。左手の肘と手首の間にある尺骨と呼ばれる骨を痛めているようで、その部分が大きく腫れ上がっていた。レントゲンのない時代である、骨を折っているかどうかはっきりとは確認はできないが、素人であるチハルでも何らかの異常があるのは見て取れた。


 しかし三角巾や添え木もされておらず、現代の医療の常識を知るチハルには少し違和感の残る処置だったようだ。


「治療は?これで終わりなの?」


「あ、はい、このまま安静にしておくようにと。」


「骨、折れてるんだよね?」


「い、いえ、おそらくですが……。」


「んー。俺は医者じゃないけど……、たぶんその治療は間違ってると思う。あ、えっと護衛官、名前は?」


「は、はい!ボリーズオです。光栄でございます。」


「ボリ―ズオ?ボリーでいい?ボリー護衛官、ここって医者は?」


「医者?いえ、いませんよ。」


「え?」


「?」


「その治療したの誰?軍隊だよね?」


「あ、ハイ。同僚達ですが。詳しいものがいますので。医師は街にいるのでは?」


「もしかして医者って薬を出す人のことなの?」


「?あ、ハイ、そうですけど?なぜ医師が?」


「あー、中世……。」


 チハルはがっくりとうなだれて、認識の違いを噛みしめた。カン護衛官とボリー護衛官は顔を見合わせてチハルがカルチャーショックに打ちのめされている様子を不思議そうに眺めている。


「チハルさま……?」


「んー。ここで働いてる人は?さっきの亜人は?」


「あ、はい、急遽雇用した者たちと聞いています。あとは高官らの侍女などですね。」


「ケガの治療の経験がある人?なわきゃねーな。やべぇ。」


「?」


「カン護衛官、俺ちょっと工房に行って道具取ってくる。その間に料理人さんからでかい鍋借りてきて表でお湯を沸かしててくれない?すまん、休んでもらおうと思ってたんだけど、それだけやってほしい。」


「あ、ハイ!構いませんが、お湯ですか?」


「そう、なるべく大量に。あと桶も用意して。沸いたはしからお湯は桶に入れてね。俺も半刻くらいで戻るから。それまでに頼む。」


 チハルはカン護衛官に託けしてひとりで工房に戻った。


 実は王都から数人の医師がタライバン島に渡ってきてはいた。すべて今でいう内科医で特に王の体調管理が仕事である。彼らの治療水準はこの時代にしてみれば非常に高く、世界の最先端といってもよい薬物知識を持っていた。チハルは彼らに≪エーテル≫による麻酔法を伝えていたが、彼らはそもそも軍の兵士を治療するのを生業としておらず、一兵卒がケガで適切な治療を受けられることはまずない。あくまで王や貴族の治療を専門とする人々である。


 戦場ではわずかばかりの治療の知識を持った兵士たちが、その場に合わせて見よう見まねでケガの治療をしているだけであり、しかもそのほとんどが現在の医療からすればむしろ逆に症状を悪化させるようなものであった。骨折には添え木、という現代では当たり前の知識もこの時代にはもちろんない。


 南タライバン市街にも医師と呼ばれるものはいたが、彼らは呪い師や占い師とほとんど変わらない。悪霊に取りつかれたという病人を祈祷や札によって払うのが仕事で、薬物治療もするが、その処方は全くのいい加減で有る。祈祷中に祭壇に備えられる供物から患者の家庭の経済状況を判断し、その家庭がギリギリ購入できそうな価格の薬物を買わせるという悪徳であった。もちろんなんの治療効果もないが、疫病の正体が病原菌やウイルスであるという知識のない時代ではいた仕方のないことなのだろう。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「ごめん、みんな起きて!」


 工房に戻ったチハルは寝ていた侍女たちを起こして事情の説明をした。自分たちを守ってくれた護衛官を治療すると聞いて全員が二つ返事で同意してくれたのは幸いだった。


「ラックは通訳を頼む。裁縫ができるのは誰だっけ?」


「私です。スーちゃんの方が上手いですけど。」


 侍女の一人、ウォーが手を挙げた。ウォーは王都から少し南の出身、その地方では有名な富農の娘である。実はイ神官と同郷であり、時々イ神官に話しかけられて故郷の言葉で会話をしているのだが、もともとの身分がかなり違うのでずいぶん気を使っているようだ。引っ込み思案だが好奇心旺盛で、手先が器用で、チハルに頼まれて簡単な実験操作を行うこともあった。


「ウォー、んー、傷は縫えるか?」


「傷?い、いえ、縫えません。」


「すまん、俺はちょっと苦手なんだ。お前にしか頼めない。無理ならいい。が、やってくれるか?」


「や、やります!」


 もちろんチハルには傷口を縫合する知識などない。せいぜいかた結びするくらいであるが、何もやらないよりはましだろう。


「残りは、これ、あと、これとこれを広場まで運んでくれ。」


 チハルは石膏やアルコールの入った樽とハサミ、糸や針などの小物などを手押し車に乗せ、侍女たちと共にボリー護衛官のいる治療所に戻った。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 治療所の前ではカン護衛官が大きな鍋にお湯を沸かしていた。なぜかチハルも見知った宮廷の料理人たち数名がそれを手伝っている。何か料理をするのかと勘違いしているのだろう。


「あー、その、料理人さんたち?」


「っは!チハルさま!お久しぶりです。お手伝いに参りました。」


「その……、すまん、料理をするんじゃないんだけど……。」


「え?違うのですか?」


「ケガの治療だ。が、もし手伝ってもらえるのならすごい助かる。頼める?」


「え、いや、お力になれるのならば構いませんが……、なぁ?」


 料理人が側にいた同僚の男に同意を求めた。男は返答に困っているようだ。


「いや、お手伝いさせてください。チハルさまの知識はどんなものでも役に立ちますので!」


 鍋の後ろから昨晩ショーピンたちと共に逃げてきた料理人飛び出してきた。男は昨晩のことを同僚たちに話したようで、チハルもその顔に見覚えがあったようで、簡単な挨拶を交わして再会を喜んだ。


「すまん、では、みんなの力を借りる。」


「「ハイ!」」


 チハルは中で作業していた人と亜人の看護婦も呼び、治療の説明を始めた。とはいえ、チハルに医学の知識はない。見よう見まね、本やテレビで見知った知識の受け売りだ。間違った知識もあるだろうが、それでもこの時代の医療の水準よりは高いと判断してのことだった。


「まず、全員清潔な服に着替えてください!話はそこからです。」

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