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現代日本人が綴るタライバン島史  作者: 黄蘿蔔
第一章
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第一章 第三十話

 第一章 第三十話


 チハルは平和ボケした日本人の自分には、戦闘になれば冷静な判断などできないものだと思っていた。しかし今のチハルの頭は思った以上に冷静である。この世界に呼び出されてから自分でも知らぬ間に状況に適応していたのだろうか、それともいまだに状況が呑み込めていないだけ……?などと考えているうちに、仮王宮が目の前に迫って来た。


 チハルはハンドサインで並走する護衛官を止まらせ、そのまま物音を立てないようスルスルと仮王宮が見える路地に入った。建物の角から仮王宮を眺めたが、いつもいる門番はいない。王宮近辺の建物には人の気配がないが、王宮のいくつかの窓からは明かりが漏れている。


「どうだ?」


「分かりません。」


「火の手は上がってない……、逃げたか?」


「よし、入るぞ!」


「無茶ですよ!」


「あ、いや、まて!」


 建物の二回の窓辺に人影が見えた。チハルが指さして護衛官に伝える。護衛官も気づいたようで二人で目を凝らした。どうやら室内に数人の人がおり、それもどうやら亜人ではないらしい。


「逃げ遅れたか?いや、あの動き、……戸を塞いでるのか?」


「そんな風にも見えますね。」


「やばいな、てか、え?アレ?ショーピンじゃね?」


 一人の女が窓から身を乗り出し、周囲を確認して窓を閉じた。漏れ出ていた明かりがすぐに消されたのであの場所で籠城するつもりなのだろう。


「見たか?」


「はい、姫です。」


「姫ですねって!なんで逃げてないんだ……?いや、いいや、あいつのことだし。まあいい、助けよう。」


「どうします?私が正面から入りますか?」


「いやいや、中に敵がどれだけいるかも分かんないし。てか、スゲェなお前、今一瞬で死ぬ気になったろ。さすが軍人。あそこ、窓まで3mくらいか。二人いればイケルと思う。あの窓の下まで行くぞ」


「届きませんよ?」


「作戦名≪ニンジャ!≫ってな。」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 チハルと護衛官は足早に、周囲を警戒しながら仮王宮の門を抜け、先ほどまで人陰のあった窓の下までたどり着いた。王宮の建物の中からは部屋を荒らしているような音や怒号も聞こえる。略奪を行っているのかもしれない。


 窓を見上げてみるが、二人の男が肩の上に立ち上がって手を伸ばしてももう少し足りないほどの高さがあった。壁にはほかに足がかりになりそうなものはない。


「どうしますか?やはり届きません。」


「これだ。剣が二本あれば、届く。」


 チハルは自身の剣と護衛官から受け取ったもう一本の剣を鞘に刺したまま壁に立てかけ、鍔の部分に両足を乗せて立ち上がった。チハルは子どものころに読んだ≪忍術大百科≫で、忍者が高い塀を超えるときなどに忍刀を足場にしたという記事を覚えており、それを応用したのだ。


「俺を登って、肩に立て。たぶん届く。」


「なるほど!」


 護衛官はするするとチハルの体を登り、窓に手をかけた。


「悪い、想像以上に重い。早くしてくれ。」


 ただでさえ悪い足場に、肩の上に60kgを超える大人を乗せているのだ。軍人でもないチハルの弱音ももっともなことだろう。


 護衛官は窓枠をコンコンと叩き、小声で中の人に話しかけた。


「ショーピンさま、チハルさまが救援に来ました。窓を開けてください。」


 中からは反応がない。


 護衛官はもう一度窓を、先ほどよりは強めに叩いた。


「自分はチハルさまの護衛です。窓の下にチハルさまがいらっしゃいます。どうか窓を。早く逃げましょう。」


 窓がキイと小さな音を立てて空いた。そこから顔を出したのはやはりショーピンだ。ショーピンは護衛と小声で一言二言話し、護衛の股の下にいるチハルを見て喜びの表情を浮かべた。


「ショーピン、俺たちの体を伝って降りてこられるか?」


 ショーピンは頷き、すぐにするりと護衛官とチハルの体を伝って地上に降りた。さすがおてんば姫である。


「上には他に何人いる?」


「3人じゃ。料理長と料理人一人、それとわらわの侍女が一人。」


「護衛官、たぶん侍女は俺たちを伝って降りられる。早く呼べ。ショーピンはそこで侍女が下りてきたら手伝え。お前が何で残ってたのかもなんとなくわかった。」


 護衛官が窓枠越しに室内に小声で話しかけ、まずはショーピンの侍女が窓から顔を出した。窓下の高さを見て一瞬躊躇したが、ゆっくりと護衛官の体を伝って降りてきた。


 チハルは護衛官に残った二人に窓の外を見るように指示し、護衛官も肩から下ろさせた。料理長は既知である。彼の小太りの体系では同じ方法で窓から降りるのは思った通り不可能だった。もう一人の料理人もおそらく同じだ。


 チハルは即座に上着を脱ぎ、護衛官の上着も半ばはぎ取るようにして脱がせた。それぞれの袖の部分に結び目を作り、それを絡めて少し長いロープを作った。それを掲げて窓の上の二人に見せ、同じようにするように指示する。長さが足りなければチハルたちの服を投げ込めばいい。


 しばらくすると窓からするすると二人の服で作ったロープがおりてきた。地上まで半分ほどの長さしかないが下でチハルと護衛官が補助すれば十分に降りてこられるだろう。まず料理長が上半身裸で息を荒くしながら降りてき、続いて最後の料理人が危なげなく降りてきた。チハルは唇に指をあてて音を出さないよう指示、またハンドサインで全員を壁際に下がらせた。


 その時、全員が寄り添う壁の上、先ほどまでショーピンたちがいた部屋からドアを蹴破ろうとする音とそれに続く亜人らの怒号が響いた。ほどなく部屋に突入されてしまうだろう。その時に窓枠に垂れ下がるロープを見られれば窓から階下を見られてしまうかもしれない。


 チハルは護衛官と目配せし、全員に門の外まで走るよう指示した。チハルが先頭、少し離れてショーピン、三人目に護衛官、その後ろにショーピンの侍女と料理長と料理人が一塊である。


 そして6人パーティーとなったチハルたちは中庭を抜け、門をくぐったその瞬間。


 おそらく王宮の宝物につられてやってきたのだろう、小走りで門に近づく三人の亜人と出くわした。普通の人間よりも肩幅が広く、頭長から二本の大きな角が張り出した亜人、ウシ族の者たちである。


「あ……。」


 亜人たちが何か言葉を発しようとした瞬間、チハルは持っていた剣を投げ出して亜人の衣服をつかみ、そのまま柔道の≪背負い投げ≫の要領で頭から鼻から地面に落下させた。ゴツンと鈍い音がしてウシ族の男が地面に頭で倒立し、数瞬の後にぐらりと倒れた。


 それと同時に護衛官が中列から飛び出し、残り二人の亜人の、片方の喉、そしてもう片方の心臓を剣で突いた。二人の亜人が鮮血を上げてその場に倒れ、動かなくなった。護衛官は二人の亜人が息絶えたのを確認するとチハルが気絶させたもう一人の背中にも剣を突き刺し、息の根を止めた。


 チハルがあっけにとられていたショーピンの肩を叩き、先ほど二人が突入前に王宮を俯瞰していた建物のあたりまで下がらせた。脱出開始からこれまで、誰一人として声を出していない。


「よし、まず全員、息をしよう。スー、ハー、スー、ハー。ゆっくりー。OK?」


 チハルが小声で口火を切った。


「これからどうしますか?」


「もちろん港に向かう。ただ、おそらくもうこの辺は亜人の手の内だと思う。ゆっくり敵を探しながらがいいと思う。どう?」


 再び遠くからパパーンという銃声が響いた。今度はチハルたちの後方ではなく、チハルたちの行く先の方角からだ。味方の者でないとしたら、この辺はすでに亜人の手に落ちている可能性がある。。


「……、チハルさま?あの、すみません。あの、あなたは商人?あと工人ということでしたが……、先ほどの技といい、その、作戦といい、どういう。」


「ああ、技は学校で習った。あと、作戦っつーかそっちは≪FPS≫だな。脱出ミッション。敵に囲まれるってのは定番だし。」


「えふぴー?」


「よい、無理に聞くな。今は逃げるのが先じゃ。」


 護衛官の疑問をショーピンがぶった切った。


「うし、じゃ、この辺の道が頭に入ってる人は?」


 全員が顔を見合わせて首を横に振った。無理もない。チハルと護衛官以外の全員が王宮勤務、護衛官はチハルの家の警備が仕事である。むやみに市内を出歩いて港までいろんなルートで散歩していた人間はチハル以外に一人もいなかった。


「俺だけか……、よし、じゃあ、俺が先頭。ショーピンと侍女がその後ろ。ショーピンは左、侍女さんは右を見て。その後ろに護衛官、二人の穴を埋めてほしい。一番後ろに料理長ともうひとり、後の方を確認して。もちろんちゃんと俺についてきてよ。分かった?」


 全員が大きく頷いた。


「それと、これ、まぁ、見ればわかると思うけど覚えて。」


 チハルは片手を上げて指を広げ、一から十まで順にメルイーウのやり方で数字を作って見せた。


「これはわかる?」


 全員が頷いた。続いて指先でキツネの形を作り、全員に見せた。


「これ、敵の意味ね。こうすると前方、敵、三人、の意味。分かった?」


 全員が頷いた。


 その後、停止や急げ、など二、三の≪ハンドシグナル≫を全員に教え、全員が意味を理解したか確認した。


「よし、俺は基本的に振り返らないからね。ひたすら前方にだけ集中する。声も出さない。何かあったら肩を叩く。分かった?じゃ、行くよ。」


 チハルは先ほどとっさに使えなかった剣を鞘から抜き、一呼吸で突きが可能な姿勢で胸の前に構えた。チハルたちはまず大通りから離れる方向に進路をとった。大通りの方角からかすかな銃声や悲鳴が聞こえていたためだ。仮王宮から港までも歩いて20分ほどの距離である。足早に向かえば15分ほどで着くだろう。ただし直進して向かうのは亜人と鉢合わせる可能性があるので、ぐるりと迂回して30分ほどの時間をかけて向かうつもりだった。


 ゲームで学んだとは言うが実際の戦場は初体験、戦闘に関してもずぶの素人のチハルが立てた作戦である。どこまで正しいのかチハル自身にもわかっていない。もしかすると最短距離を走って港に向かうのが正解なのかもしれない。何もかも投げ出してその場にへたり込んで泣きわめいてしまいたい本心を、どうにか押さえつけた。


「あー、これ≪吊り橋効果≫間違いねーわ。」


チハルは口の中だけでそう呟いて足を前に進めた。

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