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現代日本人が綴るタライバン島史  作者: 黄蘿蔔
第一章
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第一章 第二十九話

 第一章 第二十九話


「もういい、結論だけ話せ。それで何ができる?」


「医薬品、香料、火薬、染料、繊維、食品、農薬、そして燃料。あと、その他もろもろ。未来の生活でこれがかかわっていないものはまずありません。」


「燃える水と言ったな。大陸でも湧いている場所があるらしい。実物は見たことがないが、ただの油だぞ?それでそんなことができるのか?いや、できるのだろうが、それのすべてをチハル殿が扱うのはさすがに無理だろう?何をやるつもりなのだ?」


「そうですねぇ、最初に考えているのは医薬品、薬です。石油さえ手に入れば、たぶんいろんなのが作れます。おそらくそれらだけで世界を変えるだけの衝撃があるでしょう。」


「薬?そうだな、たしかに、売れるぞ……。鉱山うんぬんよりよっぽど現実的だな。」


「あ、そうそう、将軍様。ミンチ将軍、覚えてます?」


「お、おお、ミンチ殿か、体調はどうなのだ?」


「立場が立場なので死亡してるかどうかも分かりません。実際どうかは分からないですけど、王宮の人に症状を聞いてます。数日おきに発熱を繰り返して、徐々に衰弱しているようです。」


「ふむ、もつのか?」


「いえ、おそらくは……、ダメでしょうね。もしかするともう死んでるかもしれません……。で、おそらくマラリアという病気です。」


「まらり?」


「この島でも流行ってませんか?」


「あ、ああ、おこりか?」


「特効薬があります。」


「なぬ!?」


 チハルはさらに懐から紙を取り出した。


「今はないですが、ムガーに人を送るときにこういう植物を、種でもいいですが何株か持ち帰ってもらえますか?育てるのは非常に簡単だそうなので、ここタライバン島でも大規模に栽培できるはずです。しかも僕が肥料を作りますし。あっという間に増やせるでしょう。で、この植物の樹皮からマラリア、なんでしたっけ?おこ?」


「おこり。」


「瘧の特効薬が作れます。作れるというか抽出するだけなんで、アルコールもエーテルもありますし、まあ簡単にできるでしょう。」


「ふむ。」


「どうしました?」


「いや、先ほどまでの話と比べて簡単なものだな。俺にも理解できる。」


「じゃ、お願いしていいですか?世界中で売れますよ。植物の名前はキナ、ですが、別の名前で呼ばれているかもしれません。一応西洋の言葉で"キンコナ"とかそんな名前で呼ばれていると思います。」


 サクシードはチハルから植物のスケッチをした紙を受け取り、余白に植物の名前を書き込んだ。


「この島でその、おこり?がどれだけ流行っているかは知りませんが、その植物が手に入ればその病気で死ぬ人は相当減らせます。」


「おいおい、流行っているなどと言うものではないぞ。不思議と亜人はこの病にはかからぬが、人は毎年数百、多いと千を超えるものが、南タライバンだけで死んでいく。墓を作るだけで一苦労よ。まぁ……、棺桶屋は儲かるがな。」


「では、その植物の入手、それと西の商館との交渉、お任せします。奴隷として連れ去られた亜人たちはぜひ取り返してください。」


「うむ、約束は出来んぞ。だが、まあ、できる限りやってみよう。」


「こっちは王家の人たちに大陸の方の鉱山の話を引き換えに戦闘が停止できないか聞いてみます。」


「うむ……、その、まぁ、俺と同じように腰を抜かすだろうが……、やってみるといい。」


「じゃ、ありがとうございました。」


「うむ、また何かあれば呼んでくれ。」


 チハルはサクシードの執務室を後にした。室内に残ったサクシードは机の上に残された地図や鉱山の情報を眺め、がっくりと椅子にへたり込んだ。


「……まったく、人使いが荒い、荒すぎる。せいぜい稼がせてもらうぞ。」


 サクシードは机の上に散乱した紙をまとめ、引き出しにしまい込み部下を呼んだ。


「おい、西の言葉が分かるものを呼べ。大仕事だ!」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 チハルは自室に戻り、侍女たちに清潔な水を持たせて体を拭いた。


「おし、ひとまず、まったく無理ということはなさそうだ。喜べお前ら、何とかなるかもしれない。」


「なんとか?」


「戦を避けられるかもしれない!明日王宮へ行って作戦を話してくるよ!」


「戦を……、ほんと?」

「キャー!チハルさま!」


 侍女たちが色めきだった。彼女たちにしてみてもやはり戦になるというのは相当のストレスだったらしい。喜ぶ侍女たちを眺めてチハルも笑みを浮かべた。


 そんな折、廊下を走るどたどたという音が近づいてきた。朝からサクシードを訪ね、そろそろ日も暮れようかという時間だ。夕食を持ってくるのには少し早いが、それにしても足音がうるさい。足音がどんどんと近づいてき、そのままノックもせずにドアが開けられた。よく見ると見知った顔の護衛官である。


「チハル殿!今すぐお逃げください!」


「なんだ?どうした?」


「亜人です、亜人が襲撃してきました!」


「亜人が?何だって?」


 襲撃してくるというメルイーウ語がうまく聞き取れなかったチハルはもう一度聞き返した。言葉を理解した侍女たちの顔がチハルより先に青くなった。


「あ、えっと……、ああ、もう!亜人の攻撃です!とにかくお逃げください、早く!すぐそこに迫っています!」


「攻撃?!って、おい、どこに?いや、とにかくお前ら、逃げるぞ!」


 チハルは一瞬にして状況を理解し、侍女たちに逃亡を支持した。


「護衛官!どこに逃げる?」


「山側からの襲撃です、ひとまず港へ!ここは放棄します。秘宝はお忘れなく!」


「おし、お前ら、行けるか?急げ、靴を履いたら手には何も持つな。とにかく港へ行くぞ。」


 チハルはすぐに靴を履き、侍女たちを隣室へ向かわせ外出用の靴を履かせた。侍女全員、六人がそろったのを確認するとそのまま建物の出口へ向かいすぐに海側へ向けて走り始めた。しかし運動に慣れていない侍女たちのペースに合わせなければならないため、ジョギング程度の速度しか出ない。護衛官二人が殿を務めているが、亜人らが本気で追いかけてくればすぐに追いつかれてしまいそうだ。通りには怒号が飛び交い、どちらに逃げてよいのか分からない住人たちが右往左往している。護衛官らの対応が早かったのは幸いで、住民らの中にはまだ建物の中に残っているものもいるようだ。


「くそっ!なんでこんな時に……、おい護衛官、攻めてきた亜人ってのは何族だ?」


「っは、ウシ族かイノシシ族かのどちらかかと、いや、両方かもしれません。」


「ウシ?イノシシ?そいつら城内にはいないだろ?山にいる連中か?」


「っは!おそらくは。」


「どんな武器を持ってんだ?」


「その……、銃を持っているとか。」


「銃?!」


 その時チハルたちの後方でババーンという大きな音が聞こえた。チハルにとっては映画の中でしか知らない、しかし聞き覚えのある銃の発砲音だ。侍女たちが顔を引きつらせる。


「亜人はこの通りに沿って攻めてきてるのか?」


「はい、約10町ほど後方です。」


「10町、大体1kmか。サクシードさんの倉庫まで歩いて20分ほど……、3kmくらいか。このペースなら相手が本気なら追いつかれるな。しかしお前ら大丈夫か?まだ走れるか?」


 運動不足がたたった侍女たちの顔色は悪いが、何しろ命がけである。まだあと少しは走れそうだ。その時後方で再び発砲音がした。同じ方向から悲鳴も上がった。


「なんで山の亜人が銃を持ってんだよ!」


「わ、分りません!」


「くそ、周到に用意してたってことか?なら狙いはなんだ?王族か?王か?まさか、新王朝側の工作……?ああ、クソ!分からねぇ。おい、王宮は?王宮は攻められてんのか?」


「分かりません!報告があってすぐにチハルさまのところに行ったため、詳細は不明です。」


「くそ、狙いはなんだ?首狩り?いや、規模が大きすぎる。……。まさか?俺?いやいやいやいや、俺が何をした?他所モンなら王様たちだぞ。ああ、いや、俺も他所モンだけど。あ、ショーピン?ショーピンは無事か?」


「チハル殿?」


「アア―!もう!くそったれ!」


 チハルが叫んだ。


「お前ら止まれ!」


 チハルは足を止めて侍女と護衛官たちを連れて路地に入った。


「いいかお前ら!港に行ったらサクシードさんを探せ、顔は知ってるな?会えたら指示に従え。もし見つからなかったら俺の工房、工房の場所は知ってるな?奥の部屋、大きな機械のある部屋に地下室がある。そこに入って中から鍵をかけろ。食料もある。おい、お前はこいつらを守れ。死んでも守れ!それとこれ。秘宝だ、こいつらと一緒に持っていけ!いいな!分かったか!」


「チハルさま!チハルさまは!?」


「俺は王宮に行く、ショーピンを助ける!あの建物は外からの攻撃には弱い。あいつだけでも連れて逃がす!大通りには出るな。流れ弾があるかもしれん。この路地をまっすぐ港までだ。分かったな!」


 心配そうにチハルの顔を覗き込む侍女たち、しかしチハルの意思は固そうだ。ここで議論している時間もない。


「お前、それ、その剣かしてくれ。」


 チハルは今まで一緒に走ってきた二人の護衛官の内、チハルの判断で運動神経が悪そうな方の剣を借りた。腰には刺さず、すぐに鞘から抜けるように左手に鷲掴みである。受け取った剣の代わりに護衛官にイアイパッドの入った袋を押し付けた。


「いいな、転ぶなよ。割れるぞ。お前より秘宝、秘宝より侍女たちだ、わかったら行け!頼んだ!」


「「チハルさま!」」


「いいから行け!追いつかれるぞ!」


 チハルは侍女たちと護衛官の一人を港へ向かわせ、自身はもう一人の護衛官を連れて王宮へ向かった。チハルの足で自宅から歩いて10分ほど、走れば2分ほどの距離であるが、亜人たちの手がどこまで回っているのか分からない。銃声は王宮の方から聞こえないが、全員が銃を持っているわけではないだろう。油断はできない。


「ああ、くそ、俺今ちょっとカッコよくねぇ?なぁ?」


 チハルは並走する護衛官の顔を見て日本語で同意を求めた。もちろん聞き取れない護衛官は「?」である。



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