第一章 第二十八話
第一章 第二十八話
「なるほど!≪奴隷≫か!」
「知ってます?」
「そもそも西の国の奴らがこの島の、特に亜人らを奴隷として連れ去っておってな、それが原因で揉めたのよ。」
この時代オランダやイギリスなどの西洋列強は新大陸アメリカから連れてきた原住民を奴隷として植民地のプランテーションで働かせていた。とくにイギリスがおこなった≪三角貿易≫が有名で、国家に多大な利益をもたらした。この時代はこの奴隷貿易が始まったばかりであったが、少なくない数の奴隷がアメリカからインドに連れてこられ重労働を課せられていた。またアメリカ以外、東南アジアや日本からも火縄銃に使う火薬や芸術品の対価として特に女性が奴隷として売られていった。
チハルたちの世界では特に亜人らが西洋の貴族に人気で、高値で取引されているようだ。
「ああ、なるほど。じゃあそれを買い戻す……、というか、購入するのは可能でしょうか?」
「いかほど必要なのだ?」
「少なくとも2万。」
「に、2万?!」
「無理ですか?」
「無理だ。一人当たりおそらく電信の機械数台で買えるとは思うが、それほどの数はさすがに用意できぬ。というか、それだけの奴隷がおるのかどうかも分からん。」
「やっぱそうですよね。じゃあ、ここから連れ去られた亜人くらいは取り返せますか?」
「いや、さすがに全員は無理だろう。」
「そこで……、これです。」
チハルは懐から再び紙を取り出して机に並べた。
「地図か!」
「そう、しかし地図だけを売るのではありません。」
チハルが取り出したのは白地図、まっさらな海岸線の線だけがひかれた世界地図である。そこにチハルはもう一枚の紙を重ねた。
「これに世界中の金と銀の鉱山の場所を記したものを付けます。正確な経緯の値も。たぶん、ほとんどの国で鉱山の場所は国家機密でしょうけど、その値が書かれてあれば信用に足るかと。奴隷二万人くらいじゃお釣りがきませんかね?特にインド、ムガーでしたっけ?その辺りの銀鉱山のデータがあれば検証にも時間がかからないと思うんですけど。」
「ば、お、これは……、チハル殿!」
「ん?」
サクシードは明らかに狼狽していた。
「こ、こんなものまであるのか?」
「ある……、というかありました。おまけにここ、ここにはダイアモンドの鉱山があるそうです。まだ発見されていないようですよ。」
「だいあもんど?」
「世界で最も固い鉱石です。西洋では宝石として珍重されます。この時代はまだ価値がそれほどないそうですが、今のうちに掘って集めておけば百年もすると、まぁ、小さい国ならこの鉱山一つで買えるくらいの価値があるでしょうね。」
「な、いや、馬鹿な!」
「僕も本当かどうかは知らないですよ。さすがにここは検証には時間がかかるでしょうけど。あ、今、この時代ならエメラルドの方が価値があるらしいんですが、そのエメラルドの鉱山もムガーにあるそうなので、そっちの方が高く売れるかもしれません。」
「え、えめらるど?それは宝石か?」
「えーっと、緑色の透明な石なんですけど、知ってます?」
「り、緑玻か?」
「いやぁ、僕もこの時代の呼び方は知りませんけど。」
「さすがに、そ、それはやめておいた方が良くないか?よ、……よくわからぬが、この地図が出回ればおそらく戦争になる。国境が書き換わるほどの価値を持つはず、そのようなものだ。チハル殿、おぬしこの価値を本当に分かっておるのか?」
「んー、大体においては。ただ、眠らせておいても誰かがいずれ見つけるものですし、それならこの島を守るために有効に活用したほうが良くないかな、と思いまして。もちろんサクシードさんに見積もりとか交渉とか、それと一番大事かと思いますが、売る相手も。そういうのすべてお任せになってしまうんで、そこはご迷惑をおかけします。しかも今回、割と急ぎです。メルイーウの人たちを死なせないために今のところ思いついたのがこれ、ということです。これでダメなら他の手を探します。」
「ううむ。これは……、しかしまたとんでもないものが出てきたな。」
「あ、その地図、差し上げます。僕が持ってても仕方ないですし。さすがにこの規模の情報になると僕の手には余ります。そして僕には交渉も無理です。どうしてもサクシードさんの協力が必要です。というわけで、どうでしょう?」
「むぅ。しかしこれは大事だぞ……。金と銀の鉱山とな……。うむぅ、さすがにここまでの情報は商品として扱ったことがない……。おそらくうちの商会でも莫大な利益を生むだろうが、それだけに扱いが難しい。前代未聞だ。」
「やっぱりそのくらいの価値がありますよねぇ……。これでぜひ奴隷を、できたら亜人を買い戻していただきたい。それも数か月以内に。余ったお金は好きに使ってください。ちょこっとだけ僕の研究とかに回してくれればいいです。」
「うむ、わかった、確約は出来ぬが、部下に話してやってみよう。」
「しかし、鉱山ってのはやはり金になるみたいですね。」
「うむ?それはもちろんだ。鉄や銅からは武器が作れるし、国力に直結するからな。銀や金は言わずもがなだ。」
「やっぱり……。そこでこれです。おまけにざっくり作ってみましたが……。どうです?」
チハルがさらに懐から取り出して机の上に並べたのは、メルイーウ大陸内、チハルの時代でいう中国大陸の等高線、河川の位置までひかれた詳細な地図、そしてそれに重ねる主要な鉱山の場所を記した紙であった。
「チハル殿!」
サクシードが机に両手をついて立ち上がった。
「こっちには金、銀、銅、亜鉛、錫、鉛、そして石炭に石灰、あとは……、この時代にはまだ意味がないですが、アルミニウムやチタンにニッケル、それとレアメタルと呼ばれる希少金属、その他の宝石の鉱山まで書いてます。」
「バ……、バカな!さすがにこれはやりすぎだ!」
「これを新王朝に売って、安全を買えませんかね?」
「む?……?いや、しかし……。」
「タライバン島を攻め滅ぼすよりよっぽど価値のあるものだと思うんですが……、ダメでしょうか?例えば数年ごとに新たな鉱山の場所を開示するとかで、100年くらいこの島への不干渉の約束は買えませんかね?新王朝が攻めてきた場合、逆にこの情報を西の国に開示するとか脅せば……、手は出せないと思うんですが……。どうでしょう?」
「むぅ……。いや、すぐに答えは出せぬ……が、これだけのものがそろえば無理……、とは言えぬ。が、大陸の方との交渉は俺には無理だ、それこそ王家の者らを通す必要がある。そっちはお主の方が詳しかろうよ。しかし……、上手くいくか……。いや、うむぅ。しかも時間もかかる。」
「敵が攻めて来た時にでも、交渉できればいいんですけどね。」
「……しかしチハル殿……、こんなものまで出てくるとは……、よくこんなものを……。おぬし賢者として歴史に名前が残るぞ。」
「あんまり表には出たくないんですけどね。まぁ、その辺はもう覚悟してます……、姫に大見得切っちゃいましたし、自分にやれることはやろうかと。」
サクシードが鼻でふん、と息をして椅子に座りなおした。
「ふむ……、毎度毎度、チハル殿には会うたびに驚かされるわ。が、こ度は規模がまったく違う。機械一つがいくらとかの話ではない。しかも……女のためかよ?全く、あきれるわ。いやいや、気持ちは分かるぞ、分からんでもない。しかしそれで出てくるのがこれかよ……。」
「いやぁ、探せばいろいろ出てくるものですね。」
「一人の女のためにここまでするかよ?」
「あ、一人じゃないですよ。侍女のみんなにも守るって言ってしまったんで、全部でひい、ふう、みい……、7人ですね。全員いい女です。もっともこれから増えてもまったくかまいませんけど、はっは。サクシードさんも守られます?」
「要らんわ!」
チハルの笑いにサクシードが眉をゆがめて肩をすぼめた。
「サクシードさんこそ、いつもこっちの無茶に応じてもらって……、大変でしょう。」
「まだ応じるとは言っておらぬぞ。しかもこれ、これに至っては大変どころの話ではないわ。鍛冶の連中につつかれるのが子供の遊びに思えるわい。」
サクシードがチハルの顔を見た。しばらくチハルの顔を観察していたが、サクシードはチハルの顔に薄い笑みが張り付いたまま自分を見返しているのに気付いた。チハルの口角は吊り上がったまま下がらない。
「……。」
「……。」
「ま、まさか!まだ何かあるのか?」
「ご名答!さすが!」
「いいや!もう驚かぬわ。むしろ早く言え。聞くだけ聞いてやる!」
「おそらく一朝一夕にはいきませんが、地図や鉱山の場所で得られた利益の余り、余りが出れば、ですけど。ここ、この辺を掘ってほしいんです。」
チハルは机の上の地図の、タライバン島から少し南に行ったところ、現代でいうインドネシア、スマトラ島のある場所を指さした。
「何の鉱山があるのだ?」
「ここは鉱山……、ではありません。もっといいものが眠っています。ですが……、この時代にはあまり価値がないものです。ここにあるモノを抑えられれば、今言った鉱山どころではない利益が見込めます。中身を運ぶ船も、それを精製する工場も必要です。」
「?」
「こっちはあまり急がないんで、交渉事が終わってからでいいですよ。」
「だから何があるんだ?」
「燃える水、≪石油≫を掘っていただきたいと思います。」




