プロローグ3
次回より本編です。
書きためてありますので、推敲しながらどんどん投稿していきます。
南タライバン郊外に設営された半地下型の石室は、もともとこの周辺に暮らしていた亜人らが建築したものであるという。何らかの宗教行為に使われていたらしいが、もともと文字を持たない亜人らの記憶からはすでに失われている。南タライバンに人が棲むようになって以来、祭祀などに限定的に使われているだけであったが、今回メルイーウ王室が何らかの儀式を行うということで、急遽体裁を整えられた。
周辺には王とともに海峡を渡った精鋭300人がそこかしこで物々しい警備を行っており、外部の者が許可なくして近づくことを禁じられている。
南タライバンではすでにメルイーウの王族が王都を失い逃げ延びてきたことは公然の秘密となっていた。
反乱を起こした地方軍はすべて王都北方のものであり、王都の南部では反乱軍鎮圧のためのの徴兵が行われていた。徴兵された兵らは南方軍統括チャンモ・リューとともに王都へ向かって進軍していたが、王都を逃れた王族と合流し、すぐに王国南部へととんぼ返りすることとなった。王族が逃げてきたという情報に驚いたものも少なくなかったが、その上兵を連れてタライバン島へ渡るという。一部の兵は逃亡したが、タライバン島のうわさを知っていた兵に諭されて島へ渡ったものも多い。そういうわけもあって王族直属の軍人ら以外の一般兵の士気も低くはない。
また徴兵を避けるため少なくない男性が家族とともに土地を捨て、南タライバンへ渡ってきていたのである。海峡を渡ったその先で友人らと再会したという話も流れ始め、南タライバンには緊張感と言うよりお祭り騒ぎのようなのどかな熱気が生まれていた。王族を追跡する軍が迫っていることが知られれば、悲壮感も増すのだろうが。
太陽はそろそろ南中に差し掛かるころであった。≪始王之門≫の発動にはただ前回の使用から50年以上の時がたっていれば良いだけであり、開門には何らかの儀式や供物が必要というわけではない。方位や時を定めるのは設置する方角や角度で調節できるため、時さえ満ちれば門に手をかざすだけで誰にでも使用することができる。歴代王朝の独占的使用によってうやうやしく権威付がなされているだけであり、今回の儀式というのも形式だけの物、秘宝の発動に儀式が必要というよりは"その後"に備えての準備といった方が正しい。
石室内には王、そして神官、宝物管理官、記録官、そして数人の武官が入り、秘宝の発動に備えていた。
南中を確認するための日時計を持った神官が、石室の外から連絡人に時刻を伝え、連絡人は石室内の神官にそれを伝えた。
時刻の伝わった石室内で、ほかの神官より目立つ服装をつけた神官長らしきものがすっくと立ちあがり、祝詞の奏上を始めた。残りの神官が平伏したままそれに続く。数人の神官は感極まったのか涙を流しながら祝詞を口にしていた。
祝詞の奏上を見守っていたヒューゴー王も、いつもの肘杖ではなく背筋を伸ばしたまま椅子に座っていた。目線は石室中央に置かれた玉でできた四角柱に据えられている。前回の儀式から50年、前回の儀式を行ったのは先々代の王であり、現王は儀式を目にするのは初めてである。王の表情からも並々ならぬ緊張が見て取れた。
神官長が祝詞の奏上を終えると、秘宝横に侍る記録官に目配せした。記録官が手元の紙を読み上げる。
「方位はこれより丑の方。」
「時はこれより400年の後。」
「距離はこれより1000里の向こう。」
「メルイーウ歴397年大呂の22日、正午。これより開門の儀を執り行います。」
石室内に緊張が走る。神官長が日時計のような石板に置かれた≪始王之門≫に手をかざすと、四角柱の形をした≪始王之門≫内部に青い光が走り、上方から噴出した。石室内におぉという低い驚きの声が漏れる。王も椅子から身を乗り出すようにして秘宝に注視していた。
「開門!」
神官長がそう叫んだ数秒後、石柱の上部から噴き出していた青い光が楕円形となり、その中から一人の人間が姿を現した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「えっ……?」
Tシャツに寝巻の長ズボン、左手にタブレットPCを携え、見るからに現代人といったいで立ちの男が石柱の真上に現れた。黒髪が短くそろえられ、割と整った顔立ちをしている。メルイーウ王国北部に住む人族に近い風体であるが、その柔らかそうな物腰は南部の異民族のようでもあった。年は20代半ば、ついさっきまで寝ていましたといった風体で、事情が理解できないのか、手にしたタブレットPCと周囲を交互に眺め、目を泳がせている。
「あ……、っと、え……う……。」
神官長が小声で部下に何か耳打ちし、脇から5人の神官と数人の美女が男に歩み寄った。美女の手には仰々しいテーブルが持たれている。当惑する男の手前まで歩み寄ってから跪き、手にしたテーブルを男の前に掲げた。男の両側に同じように跪いた五人の神官らは、高い声で「チン。」「バジャールスタ。」「メンフォドリカ。」「シラ。」「ドウゾ。 」と順に言葉を述べた。
当惑する男はまだ状況が呑み込めないようで、目をきょろきょろさせながら一歩後ずさった。五人の神官が顔を見合わせ、再び「カルナー。」「ポルファボー。」「シンブイロン。」「リュッツファン。」「プリャーセ。」と順に述べた。男の足が震え、顔から汗が噴き出し始めた。
「異例者か?しかし手には秘宝、ひとまずあれをなんとしても…。」
王はこぶしを握り締めながら石室の一角で小さく呟いた。
神官らは男の前に跪いた女性に何か言い、女性は立ち上がって男の目の前にテーブルを再び差し出した。
神官らが立ち上がり、男性のまえで再び「チン。」「バジャールスタ。」「メンフォドリカ。」「シラ。」「ドウゾ。 」と繰り返した。今度はジェスチャー付きである。どうやら手にしたタブレットPCを女が差し出したテーブルに乗せろと言っているようだ。
男は首だけを回して、先ほどの神官のうち「ドウゾ。」と答えたものを強く見据えた。
「いま…どうぞっつったか?」
声をかけられた神官は、背筋を伸ばし、「ハイ、オヌシドノ。オマチシテオリマシタ。」と抑揚のない声で言った。そして男に近づき、慇懃に「オヌシドノノコトバ、スコシワカリマス。ソノテノモノヲ、アレ……、コレニ、ノセルテクダサレ。」
「日本語か?日本語を話せるのか?なんだこれは?夢か?どこだ?死んだのか?」
男は胸に手を当てながら、心臓の鼓動を確認する様子で、早口にまくしたてた。話しかけられた神官以外が下がり、日本語を話す神官とテーブルを指し出す美女だけが残った。
「ユックリ、ハナス、マズハソレヲ、アレニ、ノセテクダサイ。アトデカエシマス。キズツケナイ、オヌシドノ、ココ二ヨバレマシタ。ヨバレタ?オチツキマス。キズツケナイデス。」
王の側に一人の神官が近づき「イャワトの言葉でございます。しかし600年前の通門者の言葉にて。あのものにどれだけ通じるか…。」
「うむ。」
男は当惑の表情を浮かべながら、恐る恐る美女の手にしたテーブルにタブレットPCを乗せた。女性は胸元を強調した薄手の衣服をまとっており、男はちらりと胸元に目をやった。が、周りに人がいることに気づいすぐに目をそらした。
「オヌシドノ、コチラニ。」
神官は石室の中央に置かれ椅子に座るよう促した。
「座れってのか?なんだココは?答えろ、こ、答えてください。」
「スワル、レマス。マズココヲデルマス、アトデハナスダ。」
抑揚がなく聞き取りにくいが、どうやら日本語らしきものを話している神官に促されるまま、呼び出された男は石室の中央に置かれた椅子に座った。椅子は足から伸びた横棒を屈強な男たちに持ち上げられ、みるみる高さを増した。まるで神輿のように男を乗せたまま担ぎ上げられた椅子は、そのまま石室を出、優雅な音を奏でる楽隊と護衛の兵士らをひきつれ南タライバン市外へ向かった。
「……なにこれ、なにこれ……。」
うつむきながらちらちらと横目で周囲を確かめ逃げ出そうにもその隙がないことがないことを確認すると、呼び出された男はがっくりと肩を落とし、目をつむった。この現実が夢であることを祈ってのことである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
サクシード商会の本館、仮の王宮では、王の前に平伏した神官らが記録官から得た報告を読み上げていた。
「して此度の通門の男は?」
「は。ただいまイャワトの言葉を話すものに探らせておりますが。名はマトゥオカ・チハル、齢は29、日本というイャワトの後代にあたる国のものだそうで。あとはその…、生業に関してはよく理解できておりませぬが、商人のようなものだそうです。600年前のイャワトからの通門者とは、まるで時代が異なっており、イャワト語を話す神官の言葉がかろうじてわかるようですが、かのものの言葉はのほとんどが理解できませぬ。」
「あの銀の板はなんであるか?」
「それが…、よくわかりませぬ。あれを通して何かをするものであるということはわかったのですが、その使い方に関してはさっぱり……。形状から武器ではないと思われます。今までの通門者が手にしていたものとは全く異なります。今は下手に触れぬ方がよいかと。かのものに使わせてみるのも、安全が確認できてからにした方がよいでしょう。しかしこちらの言葉は少し通じるようです。こちらのことを説明して協力を申し込むのがよろしいかと。」
「ふむ……、ひとまず意思の疎通ができるのは助かった。他に分かったことは?」
「個人としての武力は極めて低くそうです。それと女が利用できるかと。王がお会いしても危害を加えられることはないかと思いますが、それはいましばらく待った方がよいでしょう。それと……、ひとつだけ、かの通門者の心を開く手に心当たりがございます。」
「うむ、説明せよ……。」
「この度の通門者であるマトゥオカなるもの、どうやらサクシードの母と同郷です。」
「む?」
「あのサクシードが異国の出であることはご存知でしょうか?」
「いや、知らぬ。」
「サクシードの父がイャワトに滞在していたことがあるそうで、その折に現地の女に産ませた子がサクシードだということです。サクシードは11歳までをその地で過ごし、父親もイャワトの言葉を少しは理解します。本当にたまたまなのですが、600年前に伝わったイャワト語を学んだ神官よりも話は通じるかと。サクシードの父でもよいのですが、サクシードほどは使いこなせぬそうです。」
「うむ。」
「我らが手の内に他に現在のイャワトの言葉を理解するものはおらぬのか?」
「ご存知のように100年ほど前よりイャワトは鎖国しており、サクシードの父が、イャワトへ渡ったのも近海で遭難したためです。王都の東にイャワトからの民が少数住む村もありましたが、奪還の目途は立っておりません。」
「ふむ……、サクシードは信用できるか?」
「肯定はできませぬ。しかし時間もありませぬ。文官の内でも意見が割れております。ただ商人であるので、人質を取り、適当な褒美を取らせるならあるいは。」
「……。」
「……。」
「わかった。今は時が惜しい、サクシードの父を人質とし、サクシードに通門者への対応を任せよ。記録官は倍に増やし、武官の立ち合いの下でのみ、通門者に対応させる。開示すべきこちらの情報は神官長に選別させる。イャワト語を話す神官は必ず同席させ、サクシードと通門者の会話はすべて記録させよ。有用と思われる情報はすべて報告するように。」
「っは!」
神官が下がった後、王は玉座に座りなおし、頬杖を突きなおした。