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現代日本人が綴るタライバン島史  作者: 黄蘿蔔
第一章
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第一章 第二十三話

 第一章 第二十三話


 チハルはその後妃、側室、姫の数を変えてそれぞれシミュレーションを行ってみたが、妃や側室の数にかかわらず、コンピュータはすべて人質に送り出してしまう。妃や側室がいない場合は国庫と秘宝のすべてを相手国に貢ぐがそれでも3年ほどで攻め込まれて滅亡してしまった。どうやら妃や王女を人質に出すのが、最も効果的に停戦、和睦を結ぶ方法であるらしい。男子がいる場合も人質に取られてしまう。


 妃や姫を一人でも残すと子供を産んで、将来攻めてくるという、という設定なのかもしれない。自国で子供を産ませれば、息のかかった跡継ぎを後継ぎとして送り込み、その後長い期間にわたって傀儡政権とすることができる、という設定なのかもしれない。コンピュータがやっていることなので裏を読むのは人間の勝手だが、それにしてもよく作られてある。


「うーん、こないだ功利主義について講義したばっかりなのに、いきなり現実でコレか……。」


 チハルはその後十数回シミュレーションを回し、コンピュータの選ぶ「戦略」というものの残酷さを知ることとなる。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 チハルは再び通訳のイ神官を連れて仮王宮の軍議室を訪れた。前回と同じメンバー、宰相クダレムと軍参謀タクトが既に待機済みだ。

「して、どうだった?」


「何か良い手はありましたか?」


「……、まず。前回の5年以上生き延びた結果です。あ、すいません。申し訳ないんですが、イ神官、一瞬だけ席を外してくれますか。」


「ン?マズイデスカ?」


「いや、いてもいいと思うんだけど、一応念のため、二人の許可が下りたら教えるから。ちょっとだけ扉の外に出てくれていればいい。すぐ呼ぶから。」


「ワカリマシタ。」


 通訳のイ神官が扉の外に出ると、チハルはたどたどしいメルイーウ語でコンピュータの取った戦略の説明を始めた。


「王の妃、女、姫、全部敵に送る。それで戦い止まる。毎年、金送る。その間、戦いない。」


 チハルはジェスチャーも交えながら二人に説明した。


「!?ひ、人質か!?」


「なるほど、その手がありましたか。」


「これ、彼も知る?問題ないか?」


 チハルは扉の外を指さして二人に尋ねた。


 二人はしばらく苦い顔をして見つめ合った。


「まぁ、よかろう。」


 クダレムの同意でイ神官が呼び戻された。


「ハヤイデスネ。」


「許可が出た。絶対に他言無用で頼む。」


「ワカッテマス。」


 チハルはコンピュータの取った戦略を逐一説明した。結局戦闘になってしまうと敗北が必至のため、タクトが参考にできるような戦術はなかったが、その戦闘を避けるためにコンピュータがとった内政、外交戦略に、クダレムは驚きと失望を隠せなかった。


「人質に、毎年の朝貢……。こちらの成長の目を完全につぶしたうえで毎年利益だけを吸い取ると……。これでは……。」


「いや、クダレムさん、これ、僕の国のゲームなので、この世界で人質がどれだけ有効かは分からないですが。」


「チハル殿、僕たちの国では、相手によっては有効すぎるほど有効です。その……、人質の意味は知ってますよね?」


「ん?もちろん。」


 チハルは信長の衝動のマニュアルで人質戦略について読んでいたし、戦国時代の人質についてヴィキペディアの記事を読んでもいた。日本の戦国時代は人質とは大名間の同盟の保証のような役割があり、通常は相互に子女を送り相互協力の担保として丁重に育てられる。万が一先頭になった場合は、時に殺害されてしまうこともあるが、温情から相手先に送り返したり逃亡させてやったりすることも珍しくない。


「平和が保たれる間は無事なのでは?」


「それはそうなのですが、この世界で片方だけ人質を送るというのは"命以外は何をされてもよい"という意味になります。相手国にもよるのですが、暴君であったりする場合は……、その……、女性の場合、手足の腱を切り落とされたうえ、王が飽きたら配下らの慰み者になったりする場合もあります。始王、知ってますか?彼も元々人質であったのですが、通門者の手を借りて大陸を統一した後に各国から集めた人質をそういう風に扱ったという記録があります。」


「え?!安全は保障されないのですか?」


「それは相互に人質を送りあう場合ですね。」


 タクトの説明にクダレムが終始頷いている。


「実はな、王都には王の子女が数人残されておる。今となっては生死も分からぬが、王朝をひっくり返すほどの戦だ、それを盾に交渉をしてくる可能性もあるが、過去の例を考えると無事に保護されているとは考えにくい。」


「王の妃は……、五人でしたっけ?ではショーピン姫の兄弟は?一緒に渡って来た人はいないんですか?」


「おるぞ。9人。王には全部で16人の子がおってな、そのうちショーピンを含む7人がタライバン島に渡ってきておる。残りは他家に嫁いだり、合流できなかったりしてここにはおらぬ。」


「16人!?妃5人に子供が16人?」


「妃以外に側室の子もおる。ショーピンは第三妃の子であるな。」


「うーん、仮にですよ、それを全部相手国に指し出した場合、本当に停戦はなりますか?」


「うむ、それはおそらくなるだろうな。その代りおそらくメルイーウ王の死後は王家の血脈は途絶える。仮に人質が敵の手中で子を作っても、普通は親元を離れて育てられ反逆の芽はつぶされるからな。時間は稼げるが、今度はゆっくりと国が死んでいく。」


「なるほど、やっぱり、そうなるか……。」


「チハル殿、これって≪功利主義≫とかいう、前の講義の時の?」


「そうですね……。次の講義でそれが正しくない場面を教えようと思っていたんですが、まさかこんなにすぐに現実で対面するとは。」


「これで停戦がなったとして、その後はどうなる?」


「シミュレーションでは5年、最長で8年生き永らえましたが、どれも戦略は似たようなものです。人質を送り、毎年、食料や工業製品のほとんどを相手国に吸い取られます。残される食料は民が暮らしていけるだけのぎりぎり、しかし兵力を維持できるほどの食料は残せません。」


「やはりそうなるか。」


「それと、他に条件を変えてシミュレーションを十数回やってみました。それで……、一度だけ、対岸の相手の城を一か所だけですが落とせたことがあります。すぐに取り返されましたが、そこから始めれば他の戦略も見えるかもしれません。」


「城を落とした?」


「はい、一度だけですよ。で、その記録なんですが……、現実的ではないですよ。これはもう運に頼るしかないです……。失敗したときの危険も大きいので、お勧めはできないです。」


「早く言え。」


「≪暗殺≫が成功したときですよ。」


「暗殺か……。無理だな。」


「ですよね。」


「チハル殿、その手はいつ軍議を行っても常に考察の対象になります。ですが、基本的には悪手です。城内へ入るのは商人などを装えば簡単です。しかし君主に近づくのは容易ではない。官位や親書でも持たないと普通は門前払いです。それを掻い潜って近寄り、暗殺となると難易度が高すぎる。バレた場合問答無用で殺害、裏が明らかになれば停戦協定などその場で破棄される。ただし戦場においては常套手段ですね。それでも成功しないことの方が多いですけど。」


「ではですよ?仮に人質が君主を殺害するというのは?」


「それをさせないために腱を切られるんです。」


「ああ、なるほど。」


 全員がうなだれた。なるほど人質を出すというのは悪くない手だ。五年と言わず数年の時間が稼げれば、チハルの知識で未来の技術を再現し、少なくとも防衛の準備は可能だ。内政に関しても農業や流通、交易を改善すれば敵に貢ぐ以上の収益を上げることも可能だろう。西洋の学者を呼び寄せてそれらの国に守ってもらうというのも良い。上手くすれば西洋の国と同盟を結ぶことも可能で、そうすると反撃も可能かもしれない。


 その対価は王妃と子女の命である。


 先日の講義で功利主義、最大多数の最大幸福など自分で宣わっておきながら、自分の知る人物が多数の命を救う代わりに指し出されるとなると、心にどうしても引っかかるものがある。


「あれだな、漂流中の船で、他のみなを助けるため食料になることを選択した船員が居たっけ。自分の意思で死ぬか、くじ引きで死ぬか、多数決で殺されるか、そしてそれに同意が必要かどうか。そしてそれが正義か?悪か?」


 チハル次の講義用に準備していたヨンデル先生の問答の内容をつぶやいた。


「ならどうする……。」


「チハル殿、今すぐに結論は出せぬ。が、早い方がいい。王にはまだ話せぬ。ひとまず口外無用を願いたい。」


「そうですね、僕も条件を変えてまたシミュレーションを回します。人質以外の戦略があれば、またお伝えします。」


「チハル殿、僕にその、他の戦闘の記録を見せてもらえますか?」


「はい、17回シミュレーションして、戦闘があったのは21回、ほとんどは敗北ですが、その記録は見れます。今からでも?」


「ハイ、お願いします。」


「では、私は先に出る。タクト、あとは頼んだ。」


「分かりました。」


「では、チハル殿。」


「はい、クダレムさん。」


 その後チハルとタクトはシミュレーションの戦闘データを数時間かけて詳細に検討した。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 戦闘データを検討し終え、チハルはタクトの助言でいくつかのデータを改善していた。チハルはマクロを組む手を少し止めてタクトに呼びかけた。


「タクトさん?」


「ん?」


「ショーピン姫って、どういう人です?」


「ん?ああ、姫?面白いでしょ?」


「ええ、変な女ですね。この時代でもやはり変人ですか?」


「変人……、というか、豪胆な人だよ。そしておそらく兄妹で最も聡明、そしてあの美貌、男子だったら王もさぞ喜んだろうね。」


「彼女が人質に行ったら、どうなります?」


「んー、相手の目の前で自決するくらいはやりかねないね。」


「まさか……、いや、あいつならやりかねない、か。それとも逆に城を乗っ取って帰ってきたりして。」


「はっはっは、チハル殿も姫がお気に入りのようだな。」


「彼女を嫌いな人なんてあまりいないでしょう。」


「まぁね。姫もチハル殿のことはたいそう気に入っていたよ。ここでも公言してはばからない。今度遊びに行くとか言っていたかな。……あと、クダレム宰相は姫の教育係だ。親代わりといっていい。人質として送るのは内心反対のはずだ。しかしそれを職務と天秤にかけている。今頃、厠で吐いてるんじゃないか?」


「悪いことをしましたね。」


「いや、あらゆる可能性を考えるのが戦術の基本だ。むしろチハル殿には感謝しなければならない。僕の立場では、だけど。」


「あらゆる可能性……、ですか……。」


「そうだ。常識の外に手があることも少なくない。戦場では特にね。僕もなにか手がないか考えてみるつもりだ。」


「そうですね。では、今日はこの辺で。新しい結果が出たらお知らせします。」


「うん、頼むよ。イ神官も、お疲れ。」


「アリガトウゴザイマス。」


 三人は軍議室を後にし、自宅へ戻った。


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