第一章 第二十二話
第一章 第二十二話
「たのもー。」
数日後チハルはイ神官と共に王宮の門を叩いた。顔なじみの門衛とも挨拶もそこそこに門をくぐり、イ神官が約束を取り付けたクダレム宰相とタクト参謀を前に信長の衝動をプレイさせるためだ。チハル自室のある建物から一度も持ち出したことのないイアイパッドを布袋に入れて持参している。応接室に通されてしばらく待機した後、案内を受けて軍議室に通された。軍議室の壁には設置されたばかりの黒板とチョークが燦然と輝いている。
「うむ、しばらくであるな。その節は世話になった。」
「どうも!お久しぶりです!」
「こんにちは皆さん。今日は一つ相談したいことがありまして。」
「なんだ?話は聞いておるが秘宝に何か見つかったとか?」
「これです。」
チハルはフル充電したイアイパッドを起動させ、画面をタッチして信長の衝動をスクリーンに映した。地形エディットは概ね済ませてあり、彼我の戦力や城の位置もイ神官に聞いた限りで大まかに設定してある。
「これは?何だ?」
「ゲーム、なんですが、思ったより良くできてるんですよ。」
「げぇむ?」
チハルはエディットしたゲームを最初から始め、その画面を説明した。
「この数字は事前にお伝えしておいたものですが、読めますか?」
「うむ?いち、に、さん……。」
「あ、僕は覚えてます。」
宰相は指折り、タクトはすぐに表示されている数字を読み取った。
「これが兵力、細かく見ると歩兵、騎馬、まぁ、ここには騎馬はいませんが、そして弓兵、銃兵です。そしてこっちがお金、食料ですね。細かく見れば鉄や石材の量も見れます。」
「ほほう、うむ、ここまでは分かった。」
「それでこちらが、敵国の兵力です。旧メルイーウ国の兵力をそのまま使っていますが、修正が必要なら言ってください。すぐに直します。今のところ対岸の、主要な城にこういう風に割り振っています。ここが、タライバンで、海を渡ってこちらがフォーシュ、北に街道を上ってコス、更に上ってシャント―、そこから運河をこう上ると、北に王都、南の内陸にキッシュです。もっと細かく都市を入れることもできますが、今のところ大まかな地形だけです。」
凝り性のチハルがイ神官と共に数日をかけて完成させたマップには、主に海岸沿いに主要都市が並び、行軍距離なども含めてなるべく現実に即してある。
「んー、ざっと見たところ、ここ、対岸のフォーシュの兵は半分くらいでしょうね。あとフォーシュに銃兵はいませんが、海軍の船団があります。」
「お、タクトさん、さすが!なるほど、そりゃそうですね。修正します。他にあります?」
「北はほとんど歩兵と騎馬です。銃兵はいましたが、銃はほとんどこちらに持ってきましたし、火薬は余ったものは廃棄したので、ほとんど残っていないと思います。」
「ほほう、なら銃兵はなしにしときます。」
チハルはマクロを検索し、数字を変更した。その後いくつか大雑把に設定を書き換え、一時間後にマップの修正が完成した。
「それで、これ、僕の世界の遊びなんですよ。ただちょうど時代設定がこの時代に似てまして、技術とかできることとか、ほぼ忠実に再現されています。」
「これが遊びか?」
「≪シミュレーションゲーム≫っていう遊びです。子どもから大人までやってます。」
「いや、これはどう見ても軍事用途だろう?」
「いや、本当に遊びなんですよ。目的もやることも現実とそれほど変わりませんが、実際に人は死にませんし、これで強いからといって現実には関係ありません。」
「いや、これは役に立つかもしれぬ。なぁタクト。」
「はい、これはすごいですよ。戦闘も行えますか?」
クダレム宰相もタクト参謀も二人とも信長の衝動に興味津々のようだ。
「戦闘?はい、できます。えっと、こうですね。」
チハルは一度タイトルに戻り、戦闘チュートリアルを開いてそのなかほどの行軍と実際の戦闘の様子を見せた。
「おお、なるほど、戦闘は将棋のような要領で行うんですね。なるほどなるほど。これは水場?ですか?草?山ですね?これは。」
「そうですね。そのへんはやりながら覚えて下さい。あと内政もありまして、クダレムさん、事前に渡しておいた紙は持ってますか?」
「うむ、あるぞ、これだ。」
チハルは内政や外交の行動リストをイ神官に翻訳させたものをあらかじめクダレムに渡しておいた。
「操作は僕がやります。あと毎ターンセーブしておいてどの時点にでも戻れるようにしておきます。これを、電池が切れるまでですが、二人にプレイしてもらいたいんです。目標は……、分かりますね?ちなみに僕は何回やっても二年以内にゲームオーバー、国が滅びます。」
「うむ。」
「あとはやりながら覚えましょう。」
チハルはこっそりと難易度を"高"に設定し、ゲームのプレイを始めた。
初回プレイ、二か月目に敵国がいきなり朝貢を求めてきた。クダレムは停戦を条件に国庫の大半と宝物を渡すことを決断し、2年の猶予を得たが、半年後に停戦を破棄されて攻め込まれた。タクトが籠城して一度は撃退するも領内を一部荒らされ始めた。銃兵が城から出て城内を荒らす歩兵を撃退したが、圧倒的戦力差により再び城に閉じ込められてしまう。二か月の間籠城したがその間城下を荒らされ、数か月後の再侵攻で滅亡。
二回目プレイ、クダレムが対岸のフォーシュの城主に和平工作を仕掛けるがことごとくが失敗。再び朝貢の要求があったが今回はそれを突っぱね、全国力を兵力増強に向けた。しかし内政をおろそかにしたことで数か月後から逆に国力が落ち始め、仕方なく国力を内政にも向けることに。タクトはその間各地に斥候を放ち、詳細な兵力、金銭のデータを得た。しかしそれらは元々知っていたものなのであまり意味はなく、すぐに徴兵と練兵を行い兵力の増強を図った。銃兵を増やすために鍛冶場を建設、クダレムは宝物を売って金を工面し、タクトの兵力増強を支えた。その後数か月の間敵軍の侵攻はなく、鍛冶場も完成したが、生産できる銃の量が初期状態ではあまりにも少ないため落胆する。そのすぐ後に敵軍の侵攻があり、今度は籠城せずに水際に兵を展開、上陸前に敵を叩く作戦に出た。しかし銃兵の攻撃しか敵には届かず、少ない歩兵がさらに無駄になってしまったうえ、敵の船に大きな打撃を与えることができずに結局上陸を許してしまい、その場で全滅。王宮を占拠され滅亡。
三回目、タクトの意見でいくつかの大砲を水際に配置、これにより大兵団が上陸できる場所が南タライバンのみに限られ、防衛が容易となる。またクダレムの意見で王都の北部とフォーシュの南部に第三勢力を展開。チハルがエディットしてそれらの国力を簡易に再現した。クダレムはそれらの国と外交同盟を結ぶ作戦に出たが、敵勢力以上の朝貢を求められて却下。外交コマンド"風説の流布"でそれぞれの国の仲を引き裂きにかかったが、なかなか成果が出ない。タクトはクダレムの協力を受けて資金を確保し、鍛冶場を複数建設。大砲の量産を計画するが、今度は鍛冶場の完成前に敵軍の侵攻があった。水際に並べた大砲で敵兵力の五分の一の撃退に成功するが、上陸された後大砲が破壊され、歩兵により再び城下が蹂躙、二回目のプレイよりも早く滅亡してしまった。
三回のプレイを終えて、全員軽い休憩をとった。
「基本的に……、我々の軍議でもほぼ同じ結果である。」
「ですね、とにかく兵力に差がありすぎるのが問題で、そして時間がない。」
「僕のプレイだと、全国力を朝貢に向けたときが最も長生きできました。その代り最終的に飢えで国力が尽きます。」
「だろうな。チハル殿、これは本当に遊びなのか?現実に即しすぎておる。」
「そうですよ。敵が送り込んで来る兵力、あれ、僕の予想とほとんど同じですよ?あり得ない、いや、秘宝なのであり得るんですが、それにしてもよく出来すぎです。」
「間違いなく遊びですよ。僕も数日前に初めて遊んだんで、よく知らないですけど。似たような遊びはたくさんあります。」
「うむ、しかしこうして何度も試してみられるのは良いことだ。いったいどういう原理なのだ?」
「この板の中に小人がいるのは知ってます?非常に頭が良くて数万の計算を瞬時にやってるんですよ。乱数表を使った計算とか、そういうのを≪コンピュータ≫と言うんですが、僕の時代ではそれを使って気象や物理、軍事のシミュレーションをやります。って……。ん?」
「気象?天気か?計算が可能だと?」
「はい、天気予想できますよ。僕の国は確か世界一です。が、うん?軍事のシミュレーション?あれ?」
「どうした?」
「いや、できるのか?ん?」
「チハル殿?」
「いや、これ、信長の衝動っていう遊びなんですけど、今僕たちが戦っていたのは機械、この中の小人ですよね。」
「うん?これの相手か?小人というのもモノの例えだろうが、まぁ、それでよい、で?」
「いや、だからそうです、小人、機械ですよ。相手はこのイアイパッドその物、これ自身、こいつがいろいろ計算をして、いくつかの選択肢の中から勝率の高そうなものをランダムに選んでると思うんですが……。ってあれ?もしかしてあるのか?」
「だからどうしたのだ?」
「いやいや、今まで僕たちが、要は人間がこいつ、機械と戦ってましたよね?HUMAN VS CPU。一応敵の設定は"強い"にしてあったんですが……。」
チハルはおもむろにイアイパッドを起動し、信長の衝動を再度起動した。開いたのはエディット済みのマップ、そしてゲーム開始の待機画面から設定を開き、その中からある項目を見つけた!
「あった!」
「何があったのだ?」
「CPU VS CPU!」
「何を言っておる。」
「そうですよ、何も僕たちが遊ぶ必要ないじゃないですか!これ、こいつ自身にこいつ自身と戦ってもらいます。」
「?そんなことができるのか?」
「できそうです。これ、この部分の設定をいじれば、いや、それでもたぶん負けますよ。何度も負けるでしょうけど、その中で最も長く生き延びた戦略のログを記録しておいて、それを分析すれば……。いや、試しに一回やってみましょう。」
「?やってみる?」
「ええ、たぶん僕たちがやるより早く終わりますよ。まぁ、見ててください。たぶんお茶飲んでるうちに終わります。あ、僕ももう一杯。」
チハルはゲームの設定を書き換え、自軍のCPUの強さを最強に設定、相手の強さは今まで通り「高い」のまま、ゲームのログを記録しながら再度プレイを開始した。ゲーム開始後すぐに進行速度を最速に設定し、そのまま放置、画面に表示されるメッセージが目にもとまらぬ速さで流れていく。
「これか?」
「何をやっているのか全然わからないですね。」
「そりゃそうですよ。本当はこうやって画面の表示させる必要もないです。」
「これは今何をやっているのだ?」
「さぁ、僕にもわからないですね。あ、でももう一年経過しましたよ。」
「これは?お、攻められておるのか?」
「ですね。水際で一撃、すぐに籠城、城下は?む?全部自分で破壊?!整地?なぜ?」
「あ、お、こいつは敵の外交官だな。もう消えた?何をした?」
「さあ?」
「お、今度は田を再建?早いな。なるほど、土地が荒れておらぬからか。」
「もう二年?おお、二年持ちこたえたか?」
「鍛冶ができましたね。」
二人は目まぐるしく切り替わる画面を見ながら見覚えのあるアイコンや人物が表示されるたびに声を上げていた。そうこうしているうちに三年目に突入。チハルたちが何度プレイしても突破できなかった二年目の壁をCPUは簡単に打ち破った。しかしその後四年目、五年目と城内の水田の数は増えたが、兵糧数や兵数などの国力は常に低いまま推移、おそらく敵国に朝貢しているのだろう。しかし敵国からの攻撃はない。どうやら和平工作が成功しているようだ。最終的に六年目に大陸南部の第三勢力が侵攻してきて国は滅びたが、ついに大陸からは一年目に攻撃を受けて以来侵攻はなかった。
「む、滅びたか。しかし六年もったな。何をした?」
「えっと、ちょっとログ見てみます。ログ、記録です。」
チハルはフォルダの底に保存されていたプレイログをテキストエディターで開いた。そこにはHTMLのようなタグと多くの数字が並んでいる。
「あー、これは帰ってから解析が必要ですね。今は読めないです。ですが、最初の戦闘のあと攻められていないので、外交の部分で何かやったんじゃないでしょうか?」
「うむ、気になるな。」
「なんでしょうね。ただその後は国力が伸びてませんね。おそらく敵国に吸い取られてたんでしょう。」
「なるほど、しかし6年もったのはすごいぞ。」
「ですね。あっさり二年の壁を突破されました。どうです?もう二、三回やってみましょうか?」
「うむ、何をやっているか分からぬが、我々がやるよりも長く生き延びることができるようだな。解読は任せるが、あとで報告してくれ。」
「最初の水際での一撃からの即時撤退、籠城、そして城内の主要設備を敵に荒らされないように自ら破壊、から敵軍撤退後にすぐに修理の流れは見事でした。」
「さすがCPU、そこにしびれる憧れる!ってね。ではもう一回まわします。」
その後結局計五回軍議室でコンピュータ同士の対戦が組まれ、最も長く生き延びたのは四回目の八年と言う記録であった。どの対戦でも五年以上生き延び、全員を驚かせた。
「八年。短くても五年、か。」
「今のところ何をやっているか分からないですが、うまくやればこれだけ国力差があってもそのくらいは生き残れるってことです。今から帰ってログを分析します。」
「ぜひお願いします。いったいどんな手を使ったのか知りたいので。」
「お任せください。僕も知りたいですよ。いったいどうやって生き残ったのか。」
チハルは口外無用を念押しされたイ神官と連れ立って、王宮を後にした。通訳としての業務が多く、どうしても守秘義務を課せられてしまうイ神官のストレスも相当なものだろう。しかし文句ひとつ言わずに仕事をこなしてくれる彼にチハルはそのうち何か未来の知識でも授けてやらねばな、などと考えていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
チハルは自室に戻りすぐにログの解析に取り掛かった。ログを原文で読むのはさすがに時間がかかりすぎるので、チハルはログをロードしてゲーム内容を再現させながら何が起こったのかを確認していった。そしてチハルはコンピュータがとった衝撃の外交戦略を知った。知ってしまった。
どのプレイでも外交策戦としてまったく同じ作戦がとられていた。それもゲーム開始から一年以内に。それによって敵国は停戦を受諾、毎年の朝貢を条件に侵攻を止めていたのだ。
「王女と王妃全員を人質?か……。」
チハルがリアルを追い求めるためにこっそりと設定しては忘れ去っていた大名の妻と側室五名、そして姫。敵国にその全員を指し出すことで、コンピュータは国を永らえさせていた。
「妃……は会ったことないが、姫ってショーピンだよな?どうすんだ?これ?」




