プロローグ2
プロローグ2話です。
プロローグは3話までの予定です。
王一行がルーカンを離れ南タライバンへ出発したのは、結局下船から三日後、続々と到着する後続と荒れ始める海を確認してからとなった。後続らの報告によれば追跡はなく、海峡が荒れ始めたので通常の船では出航が不可能と判断されてからようやく王らは陸路南タライバンへと向かった。
南タライバンに入城後、王はすぐに豪奢に飾り立てられたサクシードの商会本館へ入った。遠く離れた本来の王宮とは比べるべくもないが、サクシードの努力によて調度品は手に入れられる限り最高のものが揃えられている。あれがないここが悪いと悪態ばかりをつく側近らに対して、王は不便に文句を言うでもなくただ商館の奥に引きこもった。これからはサクシード商会の本館が仮の王宮となるため、周辺には厳重な警戒が施され、自由な出入りが禁じられる。
メルイーウ地方軍の反乱に乗じて王都を奪った異民族とは亜人ではなく同じ人族であり、めるいーる王国と文化や血統が異なるだけで外見は全く変わらない。彼らは400年前に滅びたメルイーウの前王朝であるユー王朝の末裔を自称していた。メルイーウの地方軍による反乱を"無能な"王家に代わって鎮圧するという大義を掲げて王都に侵攻し、一部の軍人と結託してそのまま王宮を占領してしまった。民への被害はほとんどなく、ほとんどそのまま王国を乗っ取ったというに等しい。実際に王は王宮を捨てて逃亡してしまい、これで本当に地方軍が完全に鎮圧されてしまうなら、民に新王朝を開くと言っても十分な説得力があるだろう。
旧メルイーウ軍のほとんどは常備軍ではなく、臨時徴用した民衆である。地方軍の反乱とはいえ、実情は地方民の蜂起であった。異民族の軍は少数であったが専門に訓練を受けていた精鋭であり、王都への侵攻は電光石火で、メルイーウ王家は軍を編成する暇もなく敗れた。すでに中央は掌握され、"新王家"により逃げ延びた旧王家、つまりメルイーウ王族らに討伐の命令が出されている。
遠くタライバン島へ逃げ延びたメルイーウ王家の逆転の目はゼロに等しいかに見えた。
しかしたった半年から一年の時間を生き延びるために王族がタライバン島まで逃げ延びたのは理由があった。メルイーウ王家は王朝奪還のための切り札をいくつか隠し持っているのである。その一つに≪始王之門≫という秘宝があった。この秘宝と付随する解説書がメルイーウ王家の最大の切り札である。
400年前にメルイーウ初代王が異民族のユー王朝を打倒し、王朝を打ち立てることができたのもこの秘宝のおかげであった。またその後400年にわたってこの秘宝は王朝に少なくない恩恵を与えてきた。付属の解説書の記録載によれば、最初にこの秘宝を使ったのはおよそ3000年前にメルイーウ大陸に最初の王朝を開いた"始王"であり、それ以来人族の王家に連綿と受け継がれているということである。
王とその直系、そして秘宝の守手であろう神官らは、仮の王宮の一室に集まり、厳重な警備の元で秘宝の使用についての会議を行っていた。一目で文官とわかる動きにくそうな衣をまとった文官らは30人ほどいようか。王の面前ではあるがあるものは分厚い書籍を、あるものは羅針盤のような奇妙な器具を、あるものは算木を手に携え、大声で議論していた。
「前回の開門は丑の方角よりでありました。今回は古法に則り方角はやはり寅とするのがよろしかろう。」
「いや今や儀式は中央で行われるわけではない。改めて子の方角より始められるのがよい。」
「前回の通門者は北西なら確実に賢者がおると発言しております。確実を期すならば前回と同じ時の北西にすべきでは?逃げてきた距離も方角も分かっております故。」
「通門者のいう賢者と言うのはあてにならぬ。過去それで何度失敗していることか!もう一度記録を読むがよい。」
「どちらにせよ南方からはあり得ぬ。南方からのモノの多くは災厄を連れてきよる上に、早死にしよる。」
「記録ではどの方向からでも賢人は出てきております。やはり問題は距離と時です。どちらもあまりに離れすぎていては。」
「今一度全記録を見返し、最も安全な方法にすべきである。」
「いや、状況が許さぬ。ある程度冒険をすべきだ。やはりあくまで古法に則るのがよい。」
「いや、やはりすべてを新しい占いによっては?」
「王家存亡の危機を運に託すというか!」
「時間がないのだぞ、ならば、ならば今までにない方角や距離を試すのはいかがか?」
「いやいや、記録なら100以上残っておるのだ。その他の秘宝と組み合わせればどのようなものが現れても少なくとも損はない。」
「損がないという、そういう消極的な方策を探っているのではない。この度はあくまで実用のみを重視すべきである。王家存亡の危機であるぞ。」
「用を求めて呼び出したはいいが、阿呆が門をくぐったこともあるのだぞ。先代もただの女だったではないか?」
「それでも役には立ったであろう。北と西ならば400年ほど先からでも言葉がわかる。」
「やはり武器が欲しいものよのう。」
「武器の知識は400年前にしか記録がない。」
「ならば……。」
「いや……。」
南タライバンに到着してから今日まで、数日にわたり文官たちによる喧々諤々の論戦が昼夜を問わずに続けられていた。メルイーウ王家が王宮から持ち出した人族の秘法≪始王之門≫の使用法をめぐっての論戦である。
≪始王之門≫は約50年に一度使用が可能で、使用者が臨んだ方位、距離、時間から一人だけ人を呼び出すことができる。ほとんどの場合未来から人を呼び出すのに使われ、呼び出された者が持つ知識は王家に多大なる恩恵をもたらした。
過去に呼び出されたものは、あるものは文化を、あるものは医術を、あるものは農業を、あるものは算術を、またあるものは航海や武器の知識をもたらし、人の大陸支配を盤石なものとしていた。どのような方角と距離から、どういった性質の人が呼び出されてくるかは、詳細な記録が残されており、ある程度の推測が可能である。ただし実際に呼び出されるものには指定した時刻と地域に住む人からある程度ランダムに選ばれるらしく、時には幼児や死にかけの老人が呼び出されたこともあった。しかも未来から呼び出されたと考えらえれる彼らが知る歴史はどうやらこの地のものとは少し異なっているらしく、未来の予測にはほとんど使えないことが分かっている。そもそも詳細な歴史を知るものが呼び出された記録が少ない。どうやらまったく同じ時間軸から人を呼び出すものではないらしい。
記録によると亜人が≪始王之門≫を奪取して開門したこともあったが、その時は阿呆が現れ、亜人の国は数年で滅びたそうだ。
前回はメルイーウから見て北方、700kmほどの場所より300年ほど未来から一人の女性が門をくぐって呼び出された。美しい金髪の女性で、手には包丁を握っていたらしい。突然呼び出されて困惑する女性と意思疎通できるようになるのに数か月かかり、その後女性は編み物と少しの畜産と農業の技術、料理と薬草の知識をメルイーウにもたらした。彼女はその他の通門者と同じように終生をメルイーウの王宮にて丁重に扱われ呼び出されて20年ほどで息を引き取った。子供は生まなかったらしい。メルイーウ王国への恩恵はゼロではなかったが、いわゆるハズレの通門者とされる。
しかしその前、遠く西から呼び出した先々代の男性は船舶と航海、そして大砲の知識をメルイーウにもたらした。外洋への航海はメルイーウに莫大な利益をもたらした。その男のもたらした船舶の知識もあって現在タライバン島への航海が可能となっているのである。彼は長生きし、先代の北方より呼び出された女性とも数年だけだが面識があった。アタリの通門者とされている。
≪始王之門≫はまさにメルイーウの切り札である。しかし呼び出されるものがハズレであれば、時を待たずして新王朝からの追跡軍がタライバン島へ至り、圧倒的な兵力差をもってメルイーウ王家は滅ぼされてしまうだろう。異民族へ秘宝の情報は伝わっていないはずであるが、王宮に残る記録から遠からずその存在は知られ奪われてしまうかもしれない。
文官らがあれほど白熱していたのも当然である。現状を打破するような知識を持つものが現れなければ、そのまま王家が滅びてしまうのだ。
「さらに議論を尽くせ。」
「っは!」
豪華な椅子に肩肘を付き、額にしわを寄せて扇を握り締めていた王が、かっと目を見開いて低い声でそう叫ぶと、文官らは一斉に議論を中止し、王に向き直って平伏した。王の存在を忘れていたわけではないらしい。
その後王はすっくと立ちあがり、数人の配下を連れてつかつかと部屋を後にした。王が立ち去ってすぐ、室内は再び先ほどまでと同じ喧騒に包まれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
南タライバンはタライバン島南部にあるタライバン島最大の都市である。王朝から正式に認められた場所ではないため正式な名称はなく、数十年前から人の生活が安定し始めると誰が呼ぶでもなく、南タライバンと呼ばれるようになった。
最初期にタライバン島へ入植したのは船舶技術が急速に発展した100年前よりさらに前、メルイーウ王朝中期の罪人や疫病患者たちである。かれらは刑罰、また隔離として小型船舶に押し込まれて海峡に流され、生き残って対岸までたどり着いた人々であった。生存確率は数パーセント以下で、タライバン島漂着後も疫病で倒れ、亜人らの襲撃で倒れ、この地に定着できたものはごく一握りである。しかし彼らは持ち寄った知識で土地を拓き、身振り手振りで亜人らと意思疎通をし、物々交換をし、言語や文字、農耕技術を伝え、また時折対岸からたどり着く漂着者などから情報を得ながら強かに生き延びた。
集落が一定の大きさになると、周辺の山間部に住んでいた亜人らを取り込みながら、町を形成し、指導者を立て、それなりの生活基盤を築いた。農耕技術を知る者により畑が作られ、操船技術を持つものにより漁が始まった。町の規模が広がり、港ができ、対岸からうわさを聞き付けた船が往来するようになると、町は一気に規模を広げメルイーウ王朝も無視できない規模の都市に成長した。タライバン島の生活が対岸に伝わると、貧農の多いメルイーウ南部から新天地を求めてタライバン島に渡る人が続出した。また新たな船舶、航海技術がタライバン島に伝わると大陸沿岸まで海峡を越え、海賊行為に手を染めるものも現れ始めた。王家は住民の流出を防ぐため数度にわたって渡航禁止令を出したが、それが逆にタライバン島へのあこがれを強める結果となり、人口は増え続けた。罰則も強化したが、海賊らに"攫われて"タライバン島へ渡るものも多くなっていた。
南タライバンの人口の2割は最初期に渡航してきた人らと交易を始めた亜人である。すでに山での生活を捨て平地の都市で人とともに100年近く生活しており混血も多い。なかには部族特有の言語を話せなくなってしまったものもいる。亜人と人との混血は、外観上は人とほとんど区別がつかないものも多く存在している。人と共に生活する亜人を平亜人と呼び、いまだ山間部で人と敵対している亜人を蕃亜人と呼ぶ。平亜人らはそれぞれの種族の特技生かした仕事を生業としており、南タライバン内においては差別意識もほとんどない、しかし社会地位は人より一等低く扱われており、それは蕃亜人らが人を襲うからであった。近年は少なくなったとはいえ、定期的に人と蕃亜人らの小競り合いがあり、そのたびに同じ部族の平亜人への視線が厳しくなったからである。
南タライバンは港町特有の力強さと、非公認都市ならではの自由さが同居し、争い事は日常茶飯事であるがあるていどの秩序は保たれている。独特の生命力に満ち溢れていた都市であった。
サクシードはその南タライバン全域で顔の知られた名士であり、両岸で築いた莫大な富により都市内では領主のような権限を持っていた。彼は明け渡した紹介本部の代わりに港近くの倉庫に仮の事務所を設け、その奥にしつらえた個室で椅子に座り、貴重品であるタバコをくゆらせていた。些事は山のようにたまっているが、今は部下に丸投げして、自分ではどれにも手を付ける気はない。
ドアを叩く音がしたと同時にすぐにドアが開けられた。サクシードは目線を向けず、パイプを揺らしながら鼻から紫煙を吹き出した。
「ボス。神官らに頼まれたものの準備はすべて完了しました。」
再び鼻から煙を吐いて返事に換える。
「うむ、分かった。ほかに何か動きがあれば報告しろ。予定では明日、何らかの儀式が行われる。異民族への呪いかそんなものだろう。ここまで逃げてきていきなりだ。王家復活でもかかった大切な儀式なんだろうよ。」
「ですがボス……。」
「なぁに、どのみに俺達には何が何だか分からないことばかりだ。今やれることはない。お前も下がれ。」
「っ……、失礼します。」
ドアが静かに閉められ、報告にやってきた側近は退室した。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか…。」
≪始王之門≫の使用予定時刻は明日正午、サクシードは祭祀に必要な場所と供物の用意を仰せつかっていた。サクシード商会で儀式のことを知るのはサクシードただ一人。王に協力するにあたって、儀式の成否で王家復興が成ると聞かされてはいたが、詳細については知らされてはいない。ただ王家の儀式にかける並々ならぬ期待から、サクシードは"何かある"と読み、逃亡の協力を約束したのだ。
彼の部下らは儀式について何も知らない。都を追われた王族がタライバン島に逃げてきて、それになぜかサクシードが協力している。なぜサクシードが勝ち目のない王族に肩入れしているのか理解できていなかったが、商会を一台でここまで大きくしたサクシードの商人としての勘を信じて動いてくれていた。
サクシードはふと立ち上がって棚に置いてあった酒瓶を取ると、乱暴に蓋を抜きそのまま口に流し込んだ。乱暴に飲んだせいで胸元まで酒がこぼれたが、気にする様子もなく椅子に深く座りなおした。そのままいつしか眠りに落ち、起きたのは翌日の正午前である。
儀式が始まる時刻となった。