第一章 第十一話
第一章 第十一話
「戸籍……か、人別張や家系図のようなものは、あるぞ。一族やうちの会社でも管理しているはずだ。もう一つは、また知らぬ言葉だな。」
「戸籍は、どこか一か所ですべて管理したほうが良いでしょう。それに生没年、結婚、住所などのの記録をつけて管理します。外国人と自国人を分けられますし、生まれてから死ぬまでの記録が将来にわたって残せます。それと土地の測量ですかね。」
「それはすぐに可能だな、何せ人口が少ない。それで、もう一つの方は?」
「こっちがメイン、えっと、国の核となるものですね。」
「ほう、大きく出たな。」
「僕も詳しくはないですよ?だから未来の国の憲法をいいとこどりすればいいでしょう。あとから矛盾が出てきたら改正もできます。まぁ、なんというか、法がありますよね?例えば他人のものを盗んではいけないとか、殺してはいけないとか。」
「当たり前だな。」
「その当たり前を保証するのが憲法です。盗んではいけないのは所有権があるため、殺してはいけないのは生存権があるため、ということです。それをきちっと文章にして、全世界に公布します。そのほかの細かい法、モノを売買したり、罪人を裁いたり、そういうのはすべてこの憲法と矛盾がないようにつくらないといけません。」
「法か?いちおうそういうのはあるんだが?」
「法の根拠となるものですね。本当は偉い学者が何年も、人間とは何だろう?とかそういうのを突き詰めて書き上げるものなんですが、幸い、僕の世界の各国の憲法は一通りイアイパッドに入ってますし。」
「イャワトのものもあるのか?」
「ありますよ。えっと、コレ、全分だけは覚えているので、言いますね。」
「む?覚えていると?」
「えっとー、日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。っと。こうかな。歴史や社会の苦手だった僕が、唯一、覚えている文章です。」
「うむ、内容は分からんぞ。だが、高潔な良い文章であるというのはわかった。イャワト語はそれほど詳しくはないがな。それでも伝わる。」
「これは僕の国の憲法の前文ですが、面白いことに僕の国は戦争を放棄しています。これはさっきの憲法前文のもっとあと、9条に書かれていますね。僕も読んだことないですけど。有名です。おかげでこの憲法が成立してからは、僕の国は戦争をしたことがありません。70年以上ですか、もっとかな。80年?とにかく100年近く戦争がありませんでした。」
「お、そ、そんなことが可能なのか?」
「僕の世界では、僕の国だけですね。憲法で戦争をしないことを明記しているのは。内外から批判もあるんですが、おかげで平和に過ごせてます。」
「では、攻められたらどうするのだ?」
「その時は全力で守りますよ。そのための軍もいます、が、それを侵略に用いないということを決めています。」
「しかしそれはただの文章だろう?だれかが守らないと決めたら、すぐに破れるのでは?今回のメルイーウ王家の崩壊も、軍の反乱から始まったのだぞ?」
「ところがそうもいかないんです、何せすべての法がこの憲法というものを元に成り立っています。それを捨てるというのは国を捨てるのと同じことです。その国の国民でいるためには、その国の憲法を順守する必要がある。そういうことを憲法が保障するんです。矛盾してますが、憲法があるから国がある、国があるから法があるというのとは逆なんです。この憲法自体が国の形を決めていると言ってもいいでしょう。そういうものなんですよ。だから早いうちから準備をしておくといいですよ。短い文章でいいですし、最初はこの南タライバンだけでいいでしょう。戦争を禁止する必要もありません。ただし山の亜人たちを従えて領土を増やしたら、この憲法を守らせることを誓わせないといけません。その代り、憲法を守る限りの国民の権利を保障します。立憲国家というのですが、僕ももう少し勉強が必要ですね。」
「ふむ、やはり難しいな。」
「まぁ、法の上位のものという感じでとらえておけばいいでしょう。もし……、王家が滅びたら、頭のいい人を集めて一度勉強してみてください。草案ができたら、それを西方の国に伝えればもしかするとそれだけで人が呼べます。」
「なぜだ?」
「西方の国というのは、実はこういう規則というのが大好きです。西方の国で信じている神はこちらのものと少し違うと思うんですが、そういう宗教が関係していると言われています。未来ではですよ。とにかく、えっと、まぁ、難しいですけど、憲法を公布してそれに則って国を作る、そういうことが西の国に知られると、その影響は計り知れないと思います。学者以外の哲学者なんかもこの国に呼べるでしょうね。その人たちにも手伝ってもらって、国の礎を作りましょう。もしかすると西方の市民革命とかが……、起こることなく国の形が変わるかもしれません。」
「ふむ、またもよくわからぬ。」
「……ですよね。実は僕もよく分かりません。中学校で最初に学ぶのがこの辺だったんで、おそらく国づくりには大切なんだろうなと思っただけです。西の国の興味を引けるというのは多分間違いないと思いますけど。それと……。」
チハルは椅子の背もたれに身を預け、三人の罪人の方を見た。それにつられてサクシードが同じ方に目を向ける。
「そろそろ薬が切れて来ましたね。ここからが地獄らしいですよ。」
「む……?」
椅子に縛られている罪人、特に二番目の罪人の麻薬の効果が切れたようだ。チハルはサクシードにどういう感覚だったか質問してもらった。
「スゲェ、今のはスゲェぞ!人を殺すのなんかクソ、これを知っちまったらもう人殺しなんかやってらんねぇ、殺しまくっても、犯しまくっても足りねぇ。もう一度だ、もう一度今のをやれ、やれ、やってくれ。なんだ今のは?畜生、なんだ今のは?!……、というようなことを言っておる。」
「さすがですね、さすが、"薬物の王"。怖わ……。」
「何が悪いんだ?気持ち良かっただけではないか?」
「もうしばらく観察してみましょう。この後のことは、この人たちに恨みを持っている人に伝えるといいと思います。」
「うむ?どうなのだ?」
「今のがこの薬の良い部分、と言っていいのかわかりませんが、快楽の部分です。あ、こっちも切れましたね。」
一人目の薬も切れたようだ。同じようにサクシードに先ほどまでの感じを聞かせてみたが、二人目と同じような絶大な快楽を味わっていたようだ。可能ならもう一度やってほしいとも懇願された。倍量を投与した三人目はいまだよだれを垂らしてそのままである。もうしばらくすればこちらも効果が切れるだろう。
「では、また明日かな、もう一度同じ薬を打ちます。」
「今日はもういいのか?」
「はい、あとは見張りに観察させておいてください。できるだけ、心の強い人をお願いします。」
「やはりさっぱりわからぬ。この薬は何なのだ?」
「いやぁ、僕も初めて使うんで、よくわかんないんですよ。ただ、この薬の地獄はここからです。だそうです。」
チハルはサクシードと共に席を立ち、倉庫を離れた。
サクシードは、終始怪訝な表情をしていた。彼にしてみれば時間を無駄にした感があったのだろう。もう二、三日も薬の付き合わせれば考えも変わるだろうが。
「今日は時間が無駄になっちゃいましたか?」
「いや、そうではないが、……、いや、正直そうかもしれんな。いつもチハル殿には驚かされてばかりだが、今日はそれがなくてな。いや、普通はそうよ。俺が変に期待しすぎた。」
「いや、僕もちょっと拍子抜けでしたからね。扱ったことがないものはやっぱり勝手が違いますから。というわけで、がっかりさせることもあるかなと、一応用意しておきました。」
チハルはいつものように懐から紙の束を取り出した。サクシードは目を輝かせその紙を除き見た。
「それよ、それ。金の臭いがするのはそちらの方よ。今度はなんだ?」
「えーっと、本当は別の目的に使うんですが、最終的に頑丈な鉄の加工が必要なので、これは試作品です。」
「どういうものだ?」
「氷を作ります。冷蔵庫ですね。」




